第五話 珍客と騒動(後編)
◇◇◇◇
「何でこんなとこ来なきゃいけねーんだ?」
椅子をギシギシ揺すって、ジーンが愚痴た。
「相手が相手です。我慢なさい」
窘めたのはサラである。
…――…――…――…
マリーに連れられて、二人は町の庁舎へ出向く羽目となった。
町のド真ん中にある庁舎は、石造りの豪奢な建物である。大きさはジーンの館と比べても、軽く倍くらいはあった。
さもありなん、公共施設であるから、むしろ当たり前である
サラとジーンのいる場所は、庁舎の会議室である。
中央の長机には水差しとグラスが置かれていて、その長机を挟んで、椅子が三つずつ向かい合わせになっている。
調度品も並び、豪勢な作りの割に窓は無い。
もう少し言えば、この会議室ずいぶんと手狭であった。
実はこの会議室、内密の取り決めをする密会所なのである。
…――…――…――…
「で、何でお前はそんなに偉そうなわけ?」
「それは貴方、私がこの町の実質的な最高権力者だからですよ」
「その割には、こんなシケたところで密会ってどうよ? もっとこう、正式な謁見の間とかでやるもんじゃねーのか?」
「影で操る黒幕が好きですから」
「あ、そ」
上座中央でふんぞり返るサラに対して、ジーンはその左隣にチョコンと座っていた。
「で、今回の件で何か心当たりは?」
「無いと言えば無いですが――」
ジーンが聞いて、サラが続ける。
マリーの話では、サラを訪ねて御大尽がやって来たとのことである。
「有ると言えば、それこそ腐るほど有ります。貴方は?」
聞き返したサラである。
「右に同じ」
ジーンが答えた、その直後である。
コンコンと、扉がノックされた。
「失礼します」
扉を開けたのは代官であった。
お家騒動の折、サラの継母に内通した張本人である。
「あ、代官じゃん。ちーっす!」
ジーンが右手を上げた。
「これはこれは、ジーン様。ご機嫌麗しゅう」
恭しく頭を下げる代官である。
「お仕事は順調のようですね」
「はい、もちろん」
確かめるサラに、代官が答える。
「おや、貴方」
サラが代官をジーッと見つめる。
「少し痩せたのではありませんか?」
「あ、分かります?」
サラが聞いて、代官が笑みを浮かべた。
元は敵であったこの代官、官吏としては非常に優秀であった。
サラにしても政に興味が無いので、代官は捨て置かれたのである。
ちなみに代官の肥満は、今は随分と解消されていた。
政争の渦中にあって、本人も知らない内に、ストレス太りしていたのである。
代官自身も気にしていたので、痩せることが出来て、大層ご満悦であった。
「おっと、これはいけない。お客様をお連れしました」
言って、代官が扉を開けた。
「どうぞ」
代官が促した。
「やあ! どうもどうも!」
入って来たのは男であった。
頭にターバンを巻き、ゆったりとした衣服の若者である。
赤い髪に褐色の肌、金色の瞳は、マリーと同じ特徴である。
笑顔が似合う美男子であったが、アルカイックスマイルがどうにも胡散臭い。
ついでに言えば、使い込んだ半月刀を佩いていて、これまた油断がならない。
「これはこれは」
若者の訪問に、サラが立ち上がった。
「おっと、いけね」
ジーンが慌てて、サラに倣った。
「お初にお目にかかります」
言って、右手を差し出すサラ。
「ようこそおいでくださいました。ラシード殿」
「いえいえ。こちらこそ、突然の訪問をお許しください」
サラと若者の間で、握手が交わされた。
若者のフルネームを、ラシード・イブン・ハキームと言う。
しかしてその肩書は、南部商業者組合の若き盟主であった。
◇◇◇◇
サラたちの町から南へ下ること、五十キロほど行った人界である。
果たして、そこに広がっているのは、王家直轄の天領である。
この天領において、権力の頂点は貴族や代官ではない。
全てが商人たちの自治である。
その商人たちを取りまとめる組織こそが、南部商業者組合――通称ユニオンであった。
そこの盟主ともなると、権力はこれまた絶大である。
もっとも、王宮内での席次で言えば、精々が平騎士程度である。
だがしかし、経済力を背景にした力は無視出来ない。
盟主の権勢は、時に伯爵をも凌ぐ程である。
若くしてその地位に就いただけあって、ラシードは優秀であった。
年齢に似合わず、清濁を簡単に併せ呑むラシードである。駆け引きに長け、時には脅迫まがいの行為をも辞さず、敵も味方も凄い勢いで増やしていった。
そんな影響力の強いラシードに率いられ、南部商業者組合は日夜、王国中にその存在感を増しているのである。
男爵令嬢のサラでは、とても無下にできる存在ではない。
…――…――…――…
さて問題は、そんなラシードが、町を訪れた理由である。
サラたちの町は辺境の飛び地で、さして珍しい物がある訳でもない。
強いて言えば魔物であるが、さして実入りのいい商売にはならない。
「どうぞ」
「これはどうも」
「よければ水を」
「ああ、有難い」
サラが席を進めて、ラシードが座った。
「それで、火急の用向きと伺っておりますが?」
席に座って、サラが聞く。
「ええ、それなんですがね――」
言いながら、ラシードが水を飲んだ。
「ああ、この水美味しいですね」
「この町は水源に恵まれておりますから」
「ほう、それは興味深い」
「それよりもお話の方を……」
脇に逸れた話をサラが戻した。
「おっと、いけない」と言って、ラシードが続ける。
「お入りなさい」
開けっ放しの扉に向けて、ラシードが手を打ち鳴らした。
一方で代官である。
まるで使用人のように、代官は扉を支えていた。
「し、失礼しやす」
ラシードに続いて、男が一人入って来た。
取り立てて特徴の無い、中肉中背の中年男である。
革鎧を着ている中年男であるが、纏う雰囲気はハンターのものではない。
「彼は?」
サラが聞く。
「はい。彼は南部商業者組合が抱えている、とある商人の護衛なのです」
ラシードが続けた。
「抱えている商人? 貴方の護衛ではなく?」
首を傾げるサラである。
「ええ。そして、ここからが本題なのですが――」
勿体づけて、ラシードがさらに続ける。
「その商人なのですが、二週間くらい前に、この辺りで行方不明になっておりまして。ちょっと調べたところ、どうにも殺害されたらしく……」
「……ほう」
「……へえ」
ラシードの言葉を受けて、サラとジーンに緊張が走った。
「彼が言うには、そちらのジーン殿が、何やら一枚噛んでいるとか……。是非、お二方からも説明をいただきたいのですよ」
ラシードが二コリと笑った。
◇◇◇◇
ラシードの言う商人とは、サラにナオミを売った連中である。
人身売買の発覚を恐れたサラは、ジーンを使って商人を皆殺しにした。
口封じに成功したと思いきや、ここに来て、生き残りが現れたのである。
それも、ラシードと言う、強力な後援者付きであった。
「ちょっといいですか?」
言って、サラが続ける。
「少し確認したいことがあるので、席を外させてもらいたい」
サラの要求に、ラシードが「どうぞ」と答えた。
「ジーン、代官、来なさい」
「お、おう……」
「は、はいっ!」
ジーンと代官を引き連れて、サラが部屋を後にする。
…――…――…――…
「代官!」
廊下に出て、サラが切り出した。
「貴方はこの二週間での、出入管理記録を持ってきなさい」
「た、ただいま!」
サラの指示を受け、代官が走った。
「さてと……」
ジーンに向き直ったサラである。
「ジーン、これはどういうことですか?」
「……ありえねーよ」
「は?」
「だから、討ち漏らしなんてありえねーの!」
サラの疑問に、ジーンが力強く答えた。
「大体、あの商人が五人組だったのは、お前も知ってるだろ?」
「……たしかに」
ジーンの主張に、サラは納得した。
サラの記憶でも、確かに、商人は五人組であった。
「では、別の誰かに見られていたとか?」
サラの懸念は、第三者の脅迫である。
「それもありえねーよ」
否定して、ジーンが続ける。
「あそこって、森を切り開いただけの、形だけの街道だぜ。いくら何でも、木が生い茂って見晴らしが悪すぎる。それにな――」
ジーンの釈明はさらに続いた。
「終わってすぐに死食鬼がやって来たんだぞ。これって、俺以外の人気がなかった証拠じゃねーの?」
「……なるほど」
ジーンの言葉に、サラが頷いた。
「貴方の言う場所が正しければ、南部商業者組合より、この町に近い位置ですしね……」
親指を噛んで、サラが考える。
そもそもの話、体力馬鹿のジーンですら、馬を飛ばしたほどの距離である。
外界の危険性から、単独行動の監視者は考えにくい。
複数での行動と仮定しても、それはそれで死食鬼の行動が疑問である。
「何よりもだ」
ジーンが胸を張った。
「この俺が、他人の視線に気づかねーわけねーだろ! 多分だけど、アイツ等ハッタリきかせてんだよ」
ジーンは自信満々である。
さもありなん、見えない所からの狙撃を回避し、毒を盛られても看破するジーンである。その発言には、相応に説得力があった。
「……信じます」
サラが顔を上げた。
「おそらくですが、時系列や状況から見て、勝手に邪推したのでしょうね。何せ、貴方の武勇伝は広く知れ渡っていますから」
「そ、そうだな……」
サラの推測に、ジーンが目を泳がせた。
「行きましょう」
言って、サラが扉に手をかけた。
「いずれにせよ、相手の言い分を聞かねばなりません」
「お、おう!」
そうして、再び部屋へと入ったサラとジーンである。




