第五話 珍客と騒動(前編)
◇◇◇◇
武器屋を出て、元来た道を帰る三人である。
買ったばかりの薙刀は、ナオミが担いでいた。
そのせいで輪をかけて目立っているが、サラやジーンはどこ吹く風である。
「やっぱ剣はねーのな」
「またそれですか」
しつこいジーンに、サラが呆れた。
「いやな、前から両手剣が欲しかったのよ」
「馬鹿も休み休みに言いなさい」
ジーンの希望を、サラが否定する。
「そんなもん振り回すなら、それこそ薙刀とか戦斧の方がマシでしょうに」
「あ、分かってねーな」
サラの言い分に、今度はジーンが呆れた。
「どういうことですか?」
サラが聞く。
「いいか? 両手剣の用法は、剣であって剣じゃねーんだよ」
「……詳しく」
「両手剣って名前だけは確かに剣だけどな、あれ実は長柄武器みたいに使うんだよ。その証拠に、必殺技は突きなんだ」
「ほう、それは初耳です」
「もちろん、斬り付けることも多いんだけどなー。創作でやたら振り回すから、みんな勘違いするんだよ」
…――…――…――…
ジーンの言うとおりである。
両手剣とは、その名の通り両手で使う剣である。
だがしかし、その用法は槍に準じていた。
質量に物を言わせて、甲冑の隙間を突き破るのである。
そのため、先端以外は切れ味の鈍い物が多い。物によっては刃が無いばかりか、刀身の半ばまで柄が伸びている場合もあった。
とどのつまり、両手剣は刀身を握れる剣である。
そのため変則的な技が多く、正に槍に近い用法が可能であった。
…――…――…――…
「それで射程は?」
「え?」
「射程距離ですよ。歩兵槍よりも長いのですか?」
「……短いけどよ。でもでも、普通の剣よりは長いんだぜ?」
サラの追及に、ジーンはタジタジである。
「でもお高いのでしょう?」
「えっと、それはまぁ……」
「お金の無駄です。別の物にしなさい」
「……へーい」
いつの間にか、サラに主導権を握られるジーンであった。
ジーンの買い物を邪魔する権利など、元々誰にもない。
「ここはやはり飛び道具でしょう」
「飛び道具ねぇ……」
「これだから素人は。いいですか? そもそも運動エネルギーというのは――」
そのまま、マニアックな会話が続いた時である。
「あ、あの……」
遠慮がちにナオミが口を挟んだ。
「どうした?」
ジーンが答える。
「本当によかったのですか? お金まで払っていただいて……」
ナオミが聞いたように、買い物は全てジーン持ちであった。ちなみに、これに関しては、さすがにサラは別である。
「ああ、そんなの――」
「気にする必要はありません」
ジーンの台詞にサラが被せる。
「袖振り合うも多生の縁です。貴女の面倒を見ると言ったジーンは、町で有数のお金持ちなのですよ。本人がいいと言っているのですから、存分に甘えてしまいなさい」
「いえ、でも――」
「黙りなさい」
「ひっ!」
有無を言わさないサラに、ナオミが怯む。
「貴女、ジーンにお世話になっているのでしょう?」
「……はい」
「でしたら、報いる唯一の方法は、その薙刀を使って強くなることです」
「……は、はい」
「返事は大きく!」
「はいっ!」
サラに焚き付けられて、ナオミが声を張った。
「よろしい! 自信のある人は好きですよ」
ナオミの態度に、満足したサラである。
「さ、帰りましょう」
言って、サラが歩みを進めた。
「あ、待ってください!」
ナオミがサラを追いかけた。
そして、立ち止まるジーンである。
「……お前は、何を返してくれるっつーんだよー?」
遠ざかるサラの背中に向かって、ジーンが小声で言った。
偉そうなことを言っても、自分を棚に上げただけのサラである。
対して、いつの間にか、ナオミの後見人にされてしまったジーン。
本人に聞こえない抗議は、これまたヘタレの証であった。
◇◇◇◇
さらに一週間後。
再び、館の裏庭である。
「えいっ!」
薙刀を振り下ろすナオミがいた。
ナオミの稽古は連日続いていたのである。
だがしかし、今までとは違う点が一つ。
「せいっ!」
「まだまだっ!」
「とうっ!」
「お、今のいい感じ」
ジーンが稽古台になっていたのである。
ナオミが繰り出す真剣の薙刀を、ジーンは木の棒だけであしらっていた。
「大丈夫、殺すつもりで来い! 当たらねーから!」
「はいっ!」
ジーンが挑発するも、ナオミの攻撃は本当に当たらない。
ナオミの薙刀は、てんで見当違いな箇所を攻めていた。
傍から見れば、完全にヤラセの攻防である。
これらは全て、ジーンの巧みな誘導が原因であった。
ナオミが攻撃する予兆を捉えては、先に動いて打点を逸らし、わざと作った隙に誘い込んでは、当然のようにこれを躱すのである。
つまるところ、ジーンの思惑通りにナオミは動かされていた。
「ハァハァ……」
ナオミの呼吸が荒くなる。
「今日はこの辺にしとくか?」
ジーンが聞いた。
「ま、まだまだ!」
ナオミが言って、薙刀を振り下ろした。
その時である。
「あっ……」
ナオミがたたらを踏んだ。疲労が祟って、足にきていたのである。
薙刀が軌道をズラし、ジーンを捉えてしまった。
だがしかし、さすがのジーンである。
「あらよっと」
手元の棒を巧みに使い、ジーンが薙刀を絡め取った。
ナオミの手から、薙刀が弾き飛ばされる。
「ま、参りました」
言って、ナオミがへたり込む。
「はい、今日はもう終わり! 部屋で少し休んでおけよー」
「……あ、ありがとうございました」
「休息も稽古だぜ。ほれ、掴まれ」
「は、はい……」
ジーンが手を差し伸べて、ナオミを引き起こす。
「きゃっ!」
ナオミが足を滑らせた。
「おっと!」
ジーンがナオミを支える。
「おいおい、大丈夫か?」
「え? あ、あれ?」
ジーンが聞くも、ナオミ自身が分かってない。
「あ、足が……」
「うん? 足がどうした……って、そういうことか」
ナオミが言って、ジーンが納得した。
両膝が笑っていたナオミである。
「ちょっと無理させちまったな。よしっ!」
言うやいなや、ナオミを担ぎ上げたジーン。
「きゃっ!」
ナオミが赤面する。
さもありなん、ナオミがされているのは、所謂『お姫さま抱っこ』である。
不意打ちで圧し掛かられたらともかく、ちゃんと気を張っていれば、ジーンはやはり怪力であった。
とは言え、子供が大人を抱えているようで、少しユニークな構図である。
「あああ、あの、その……、ありがとうございます」
赤面しながら、ナオミは自室へと運ばれた。
◇◇◇◇
「ちゃんと寝ておけよ~」
ジーンが言って、ナオミの部屋を後にした。
「ふう……」
ジーンが溜息をついて、扉を閉めた時である。
「ご苦労様です」
「うわっ! びっくりした!」
いきなりの声に、驚くジーン。
「……タラシ」
茶化したのはサラである。
腕組みをして、サラは扉の陰に隠れていた。
「『タラシ』って、お前ね……」
「事情は分かっています」
反論するジーンを、サラが押し止めた。
「それで、どうです? あの子の調子は?」
「気が早えーよ」
サラの疑問に、ジーンが呆れた。
「稽古を始めて、まだ二週間かそこらだろ? そもそもな――」
ジーンが続ける。
「戦士が使い物になるには、最低でも半年の訓練は要るんだぜ。ナオミが戦えるようになるのは、まだまだ先のことだと――」
「別に人間相手に戦う訳ではありません」
ジーンの意見に、サラが被せた。
「最低でも、私に付いてくる体力があればいい」
「あ、そういうことね」
サラの言い分に、ジーンが納得した。
「ここじゃ何だから、場所を変えようぜ」
ナオミの部屋を指さして、ジーンが言った。
…――…――…――…
所変わって、館の応接室である。
「それで、ナオミの様子だっけ?」
ジーンが言って、ソファに身を沈める。
「ええ」
ジーンの対面に、サラも座った。
「それで、どうなのです?」
サラが促す。
「ぶっちゃけ言うと、いやはや大したもんだよ。まず第一に――」
ジーンが続ける。
「体力がある。こいつは多分、外界での過酷な暮らしの結果だろうなー」
「……なるほど。他には?」
「例えば腕力だ。デカい身体を裏切らず、かなり筋肉質なんだよ。体重も、見た目よりある――」
「百十キロです」
ジーンの途中で、サラが被せた。
「何でそんなの覚えてんの?」と聞いて、ジーンが続ける。
「まあ、いいや。でも、それはここに来た当初のだろ? 今は百二十キロってとこかな? まあ、身体能力面は良しとして、問題は頑張りすぎるってとこかなー」
「……はぁ」
ジーンが言って、サラが呆れた。
「貴方、それはですね――」
サラが言いかけた時である。
突然、ガラガラとドアベルが鳴らされた。
「誰だ? こんな時間に?」
「さあ?」
二人が揃って首を傾げた。
「ま、アポ無しの訪問客なんて、無視でいいでしょう。きっと何かの勧誘ですよ」
「だなー」
サラの言い分に、ジーンが同意した直後である。
『おーい!』
果たして、外から響いたのは女の声であった。
『サラとジーン! いるんだろ! とっとと出てきな!』
玄関の扉を鳴らすのは、マリーであった。




