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第四話 稽古と買物(後編)

◇◇◇◇


「う……」


 店に入って、ナオミが息を呑んだ。

 それもそのはず、ナオミにとって、店内はド迫力である。

 

 中にはカウンターがあって、四方の壁には物々しい武器が飾ってあった。

 さらには言えば、武器に見入る客の人相も悪い。眼光が鋭くて、脛に傷のありそうな輩ばかりである。もっとも、実際にはハンターや町の番兵たちで、ナオミの想像する悪人はいない。


 そして、サラ一行が店へ入った直後である。

 五人いた客は、サラたちを一瞥すると、サッと潮を引くように店を出て行ってしまった。


「あ、あれ?」

「どうした?」


 首を傾げるナオミに、ジーンが聞く。


「あの人たち、どうしたのですか?」


 ナオミの疑問に、ジーンが「ああ、あれはな――」と続けた。


「俺たちに遠慮してるんだよ」

「遠慮?」

「そうそう」


 搔い摘むジーンである。


…――…――…――…


 二人揃って、富と名声を併せ持つ、サラとジーンである。

 一般人ならば、さっきの通行人のように、顔を知らないこともあった。

 だがしかし、荒事家業のハンターや番兵のような役人には、広く知れ渡っている。さもありなん、彼らにとってはVIPの不知は死活問題なので、至極当然である。


…――…――…――…


「――ってな訳なんだよ」

「え? あ、あれ?」


 ジーンの説明に、ナオミは目を白黒させた。。


「どうした?」


 ジーンが聞く。


「あの、えっと、ジーンさんも?」


 聞きながら、ナオミはジーンとサラを見比べる。


「……ははーん」


 ジーンがサラを見据えた。


「……」


 サラはどこ吹く風である。


「ナオミ」

「は、はい」

「誰も怒らないから、正直に言ってみ。ぶっちゃけ、サラから自己紹介された時、一体全体何て言われたんだ? いや、一応コイツから聞いてはいるんだが、出来るだけ具体的に頼む」

「……はい。『私は引退した元スーパーエリートな天才魔物学者で、ジーンはボンボンのドラ息子です。勘当されたアホ息子を私が拾ってやったのですよ』と……」

「……は?」


 ナオミの告白に、ジーンが目を点にした。


「……おい」

「何ですか?」


 ジーンがドスを効かせ、サラが答えた。


「こいつは一体どういうことだ?」

「どうもこうも、貴方もご承知でしょう」

「俺だけが、一方的にこき下ろされてるんだが?」

「別に嘘は言っていません」


 ジーンが追及がするも、サラは悪びれない。


「ふざけんなっ!」


 ジーンがキレた。


「おめー、自分に都合の悪いとこだけ隠しやがって! 誰が普段世話してやってると思ってんだ? この恩知らず! 居候の干物女!」

「え? あそこって、サラさんのおうちじゃないんですか?」


 いかれるジーンに、付け加えるナオミであった。


「マジかよ!」


 ジーンが天井を仰ぎ見た。


「ほら見ろ! 要らんことまで信じてる!」

「それはナオミの勝手な解釈です。私は別に嘘は言っていません」


 青筋を浮かべるジーンと、淡々と答えるサラ。

 なまじ嘘は言っていないだけに、サラのたちは極めて悪い。


「あー、もう! 信じらんねー、このクソ女!」


 ジーンが血圧を上げた時である。


「うっせーな。喧嘩は余所でしてくれ」


 カウンター奥の扉から、男の声がした。



「店の中で騒ぐんじゃねー」


 扉を開けたのは中年男であった。

 下っ腹の出た男は、立派なアゴ髭を生やしている。


「って、ジーンの旦那じゃねーですか!」


 男が目を剥いた。


「よお、店長! ちょっと、聞いてくれよー!」


 ジーンが男に泣きついた。

 果たして、男の正体はここの店長である。


「こ、これはサラお嬢様。それに、最近噂のメイドさんまで……。一体どうしたんです?」


 男こと店長が聞く。


「サラのやつが、もう滅茶苦茶なんだよ」


 言って、ジーンが「実は――」と経緯いきさつを語った。


「―――ってな訳なんだよ」


 サラの非道ぶりを、ジーンが語り終えた。


「そういうことですかい……。まあ、同情は出来ますが」


 武器屋がアゴ髭をなでた。


「な、ひっでー話だろ?」


 憐れみを請うジーンである。

 だがしかし、無残にそれは拒否された。


「すまねぇ、旦那!」


両手を合わせて、店長がジーンを拝む。


「あっしは、サラお嬢様につく!」

「何でよ?」


 掌を返す店長に、突っ込むジーン。


「長い物には、巻かれる主義なんです」

「……ちっ、そういうことか」


 店長の言葉に、ジーンが舌を打った。


 サラは領主の娘である。ジーンの館に間借りしているとは言え、サラから言わせれば、元々自分の支配圏である。

 そんな訳で、ジーンの味方はいない。


「えっと、あの、どういうことなのでしょう?」


 ナオミだけが、一人取り残されていた。



◇◇◇◇


「――そういう経緯いきさつがありまして、現在の私たちがあるのです」


 事態の呑み込めないナオミに、サラが詳細を説明した。

 もっとも、全てを馬鹿正直に言った訳ではない。

 流星竜リントブルムの卵をジーンがうっかり拾ったことや、それに助けられたことなどは、公には秘密である。

 その辺りだけ上手にぼかして、サラは自分たちの出自と、それにまつわる騒動の顛末を語った。もちろん、ジーンの大活躍も欠かしていない。

 さすがにジーンの目があるところでは、サラでも本人を立てるのである。


「……はぁ」


 ポカンとして、言葉の出ないナオミである。


「お二人とも、凄い人だったんですね」


 感心するナオミの視線は、主にジーンに向けられている。


「だろー」


 鼻を高くするジーン。


「でも、旦那もいけねぇや」


 言ったのは、店長である。


「うん? どういうこと?」


 ジーンが首を傾げた。


「いやね、旦那、普段から御三どんしてなさるでしょ?」

「おう。使用人は来ねーし、サラのヤツがてんでグータラだから、仕方無しだけどな」

「それがね、誤解を与えちまってる」

「へ?」

「いや、あっしら事情通は、お二方の事情を知ってますよ。でも、外から見たら、旦那は完全に召使だ」

「……」

「巷じゃあ、竜殺ドラゴンスレイヤーしはヒモに成り下がったと、専らの噂でさぁ」

「……マジかよ」


 店長の言葉に、ジーンが肩を落とした。


「それはそうと」

 

 しょげかえるジーンを余所に、サラが割って入った。


「武器を見せてください」

「へい、まいど!」


 サラが言って、店長が答える。

「お前もうちょっと空気をだな」というジーンの抗議は、こうなっては那由他の彼方である。



クロスボウ太矢ボルトを十ダース。ああ、替えの弦もお願いします。それと、飛竜ワイバーンの毒液はありますか?」

太矢ボルトと弦はありますが、毒は人喰草トリフィドのしかありません」

「じゃあ、毒は無しで」

「へい」


サラと店長が、商談をめまぐるしく展開させる。


「なーなー」


 ジーンが割って入った。


「ここって、剣はねーの?」

「ジーン……」

「ん?」

「ここは辺境ですよ」

 

 ジーンの要求に、サラが呆れた。


…――…――…――…


 サラの言うとおりである。

 魔物が蔓延る蔓延る辺境では、近接武器は敬遠される。

 主な需要は、長柄武器ポールウエポンか飛び道具にあった。店に飾ってある武器も、全て戦斧ハルバート薙刀グレイブ、それに弓やクロスボウである。刃物も一応置いてあるものの、鉈やナイフの類でしかない。

 剣という武器は、人間同士の争いで、初めて輝く物である。


…――…――…――…


「貴方、ほとんど全ての武芸を修めているのでしょう? たまには、他の武器も使ってみては?」

「そうだなー」

「それよりも、大事なことがあるでしょう」

「え? あ、ああっ! 忘れるところだった。店長! ちょっといいか?」

 

 サラの振りに、ジーンが我に返った。


「何でしょう?」

薙刀グレイブを見繕ってくれ」

「旦那のですか?」

「違う違う」

 

 店長の問いに、ジーンが首を横に振る。


「この子のだ」


 ナオミを指さして、ジーンが言った。


「へ?」


 呆気にとられるナオミであった。



◇◇◇◇


「へえっ! このメイドさんの!」


 ナオミをマジマジと見る店長。


「そりゃあいい。せっかく大きい体なんだから、活かさない手はねーですね!」


 ナオミの上背に、店長は感心した。

 だがしかし、言われたナオミは「ひっ」と身を竦ませている。


薙刀グレイブがいいんだけど、何かいいのない?」

「旦那にこんなこと言うのは、釈迦に説法になっちまいますがね――」


 ジーンの要求に、店長が続けた。


「初心者にとって薙刀グレイブの扱いは、ちょいとばかり難しすぎはしませんか? 長柄武器ポールウエポンをお選びなら、長槍パイクの方がずっといい。それとも、このメイドさん、何か心得がありなさるので?」


 店長の疑問に、ジーンが「いいや、でも――」と続ける。


「俺が絶賛仕込み中。ぶっちゃけ、筋はかなりいい」

「……旦那がそこまで言うのなら、そうなんでしょう」


 ジーンの主張に、店長が折れた。


「ちょいとお待ちを。えーっと、そのメイドさんに似合いそうなのが確か……」 

 

 言って、店長が奥へと引っ込んだ。


「あった。これだ」


 再び出て来た店長は、長い木の棒を持っていた。

 三メートルの棒の先端には、反り返った刃物が付いていた。

 刃物を含めて、全長三メートル半くらいのそれは、まさしく長柄武器ポールウエポンである。


薙刀グレイブだな。それにしちゃあ、えらくデカいが……」


 ジーンの言うように、店長が取り出した薙刀グレイブは大きい。

 普通の薙刀グレイブに比べて、プラス一メートルくらいの長さである。長さだけではなく、太さまで大きい柄は、常人では上手うまく握れないくらいである。

 さらに言えば、刃物部分も二回りほど大きい。


「これ、実戦用じゃねーだろ?」


 薙刀グレイブを持ってジーンが聞いた。


「さすがは旦那だ! こいつはね――」


 店長が続ける。


「鍛冶屋が腕試しに作った、戦勝祈願品なんでさ!」

「戦勝祈願ねぇ……」

「ですが、実戦には十分耐えられるはずです。もっとも、使えるヤツがいての話ですがね」

「買った」


 店長の営業に、あっさりと乗せられるジーン。


「へい! 毎度あり!」


 喜色満面の店長である。

 それもそのはず、基本的には不良在庫なので、売り払えて清々であった。


「私からも一つ」


 サラが口を挟む。


革鎧レザーアーマーを作ってあげて下さい。素材は普通の牛皮で構いません。ナオミのサイズは私が覚えていますので」

「毎度!」


 サラの追加注文に、店長はご機嫌である。

「何でお前、そんなの覚えてんの?」というジーンの疑問は、華麗にスルーされた。


「え? あ? え? あ、ありがとうございます」


 目まぐるしい展開に、ナオミはそれだけを言った。

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