第三話 ナオミと処遇(前編)
◇◇◇◇
「……さてと」
死体を見渡して、ジーンが言った。
「確か、ここらに出る魔物は――」
ジーンが呟いた直後である。
近くの薮で、ガサガサと音がした。
「お? 噂をすれば……」
ジーンが薮を覗き見る。
「おおっ! こいつらがそうか!」
ジーンが言うように、薮の向こうには魔物がいた。
「へー、本当に青いな」
魔物を見て、ジーンが感心する。
果たして、そこにいたのは死食鬼であった。
…――…――…――…
死食鬼とは、皮膚の色が青い、人型の魔物である。
人間と同じくらいの体格で、若干細身の死食鬼は、忌み嫌われる存在であった。
その名の通り、死食鬼は死体を漁る。それも、人間の死体を好むのである。
墓荒らしの代表格、それが死食鬼である。
だがしかし、単なる死体漁りと侮ってはいけない。
群れを作って調子づけば、死食鬼は生きた人間すら襲うのである。
ちなみに、知能はそんなに高くない。自分たちの技術では、腰蓑をまとって、石斧を作る程度である。
もっとも、人間の物を奪った場合には、その限りではない。
そんな死食鬼の外見は、醜い禿げ頭であった。
ただ、それもオスに限った話であって、メスの死食鬼は目も眩む美女である。
ただの退治依頼は別として、ハンターが好んで狙うのは、主にこのメスの死食鬼であった。
見た目だけなら美女なので、捕まったメスの死食鬼には淫らな需要が高い。
とは言え、そんな死食鬼も負けてはいない。メスが囮になってハンターをおびき寄せ、返り討ちにする場合も、また多かったりする。
余談であるが、肌が青いのは、血中成分に銅が混じっているせいである。
…――…――…――…
「おっと、いけね」
ワラワラと集まって来た死食鬼に、ジーンが我に返った。
うっかり日でも暮れようものなら、外界は魔物の独壇場である。
「来い! ロシナンテ!」
言って、ジーンが指笛を吹いた。
『ブルル』と鼻を鳴らして、一頭の栗毛の馬が現れた。
実はこの馬、元々ジーンの馬ではない。
一連のお家騒動の折、ジーンを殺すため派遣された騎馬隊の軍馬である。
突然の闖入者が皆殺しにした中で、この馬だけが生き残ったのであった。
元々馬小屋に住んでいた縁もあり、ジーンが貰い受けたのである。
ロシナンテと言う名前は、ジーンが最近付けたものに過ぎない。
「ドウドウ」
ジーンがなだめて、馬ことロシナンテが足を止めた。
そのまま、ジーンは颯爽と、ロシナンテに跨った。
ジーンの顔色を窺いながら、死食鬼が死体に手を伸ばす。
「そうそう。しっかり食べてくれよ」
ジーンが言って、馬首をめぐらす。
と同時に、死食鬼がドッと、死体に群がった。
咀嚼音を背後に、ジーンがロシナンテに鞭を入れる。
所変わって、ジーンの館である。
ちょうど稜線に日が沈んだ時分であった。
「今帰ったぞ」
ロシナンテを厩舎に繋いで、ジーンが帰って来た。
「お帰りなさい」
玄関で出迎えたのは、サラであった。
「ナオミはどうしてる?」
ジーンが聞く。
「泥のように寝入ってますよ」
サラが答えて、ジーンが「うん?」と首を傾げた。
「寝床はどうした?」
ジーンの疑問はもっともである。
ナオミは随分と背が高い。おそらくは、ジーンを抜いて、この町一番の長身である。
そのジーンにしても、体格に会わない寝台に、もう随分と悩まされていた。
となれば、ナオミが苦労するのは想像に難くない。
「ちゃんと配慮しましたよ」
言って、サラが続けた。
「寝台を縦に二つ並べたのです。飾りの無い寝台で、幸いでした。もっとも、部屋を対角線上に占めていますが」
「へえ……」
サラの気配りに、ジーンは感心した。
「あっ! 服も用意してやらなきゃな」
思いついたかの言うジーンに、サラが「それも手配しています」と答えた。
「マジかよ!」
「はい」
「どうやって?」
「ひとっ走り仕立て屋まで行って、連れて来たのですよ。随分と無理を聞いてもらいましたが、金に糸目はつけないと言うと、気前よく応じてくれました。取り敢えず、一両日中には着れる服が届く手筈です」
「おいおい」
サラの手際に、ジーンはいよいよ舌を巻いた。
「お前、やれば出来るじゃねーか! 一体どうしたん……」
サラを褒めちぎるジーであるが、徐々にそのトーンを落としていく。
「あっ! お前ひょっとして……」
「……」
顔色を変えたジーンに対して、動揺を見せないサラである。
「採寸にかこつけて、ナオミの個人情報を採ったんだな!」
追及するジーンに、サラは「ええ、まあ」とだけ答えた。
◇◇◇◇
「お前、学問を笠に着れば、何やっても許されるとでも思ってんのか!」
怒るジーンを前に、サラは眉根を寄せた。
「心外ですね」
不機嫌なサラに、ジーンは「はあっ?」と声を荒げる。
「これは、ナオミのためでもあるのです」
「……え?」
「詳しく話しましょう。取り敢えず、リビングへ」
「お、おう」
サラに促され、ジーンはリビングへと向かった。
そして、リビングでテーブルを挟み、対面して座るサラとジーン。
テーブルには、ポットとティーカップが二人分置かれている。
「で、ナオミのためって、どういうことよ?」
ジーンが切り出す。
「その前に」
前置きをして、サラが続ける。
「ナオミを始めて見て、私が何を考えたか分かりますか?」
「え? 珍しい物を見たとか、これが巨人か、とかじゃねーの?」
「……そんな訳あるはずがないでしょう」
ジーンの言い方に、サラが呆れる。
「私がナオミを見て抱いたのはですね、病気の疑念なのですよ」
「……詳しく」
深刻なサラの発言に、ジーンは居住まいを正した。
「大きく育ちすぎる――そういう病気が、世の中にはあるのです」
「マジでか」
「ええ、マジです」
「……具体的には、どうなるんだ?」
サラに食いついて、ジーンが踏み込んだ。
「前にも言いましたが、人間のなることが出来る大きさには、自ずと限界があります。一定以上の身長ですと、背骨や膝が耐えられない。単純に立てなくなる」
言って、サラがカップに紅茶を注いだ。
「他の弊害は?」
「それはもう色々ありますよ」
カップに口をつけ、サラが続けた。
「心臓にも負担がかかるし、骨の発達が普通と違うので、目を圧迫して傷めたりもします。出来物にもかかりやすいので、いいことはありません」
「対策は? 何か治療方法はねーのか?」
「ありません」
「何てこった……」
サラが切り捨てて、ジーンが肩を落とした。
「話は最後まで聞きなさい」
涼しい顔で、サラが紅茶を啜る。
「結論から言いますと、ナオミは病気ではありません」
「え?」
「医術は専門ではありませんが、私が知っている限りの病気の特徴が、ナオミには出ていません。問診もしましたが、ナオミの身長は二年前には止まっていたそうです。聞けば、ナオミの部族は女性でも百九十センチくらいは珍しくなかったとのこと。ただの遺伝性の長身でしょう。ジーン、貴方と同じですよ」
「……そうか」
サラの説明に、ジーンが安堵した。
「それで、具体的なナオミの背丈は?」
「二百十五センチです」
「俺が百九十センチ丁度だから、これまた随分とデカいな」
「ええ、チビの私からすれば、羨ましい限りですね」
ジーンに答えるサラは、百五十センチ前後である。
「まあ、大きいことに変わりはないのですから、負担には気を付けてあげましょう」
カップを下ろして、「じゃあ、私はレポートに戻ります」と言って、サラはリビングを離れた。
「……アイツ、ちゃんと他人を慮れるじゃねーか」
ジーンが言って、サラの置いたカップを見つめていた。
夜はそのまま、とっぷりと更けていった。
◇◇◇◇
次の日である。
「それで、これか」
言うジーンの前には、着飾ったナオミが立っている。
「ええ、ピッタリでしょう?」
ジーンの横で、サラが胸を張った。
「いやいやいや」
首を横に振るジーン。
「よりにもよって、これはねーだろうよ」
ジーンが指さすナオミの服は、シンプルな藍色のロングドレスと白いエプロンである。
ちなみに頭には、フリルのついたヘッドドレスを着け、手には白い長手袋を嵌めていた。
足にローファーを履いたナオミは、由緒正しいメイドの姿である。
「こんな物、どうやって仕上げたんだよ! しかも昨日の今日で!」
「ああ、それには理由がありまして――」
ジーンの疑問に、サラが答えていく。
「元々これは、服ではないのですよ」
「はあ? じゃあ、何だよ?」
「何でも、とあるモニュメントを彩る、飾りだったそうです。その昔、メイドを主人公にした物語が流行ったらしく、その記念に作られた人形に着せていたとか。もっとも、今はもう人形はありませんが、衣装だけが仕立て屋に眠っていたという寸法です」
「そういうことか」
サラの語る経緯に、ジーンが納得した。
「いや、待てよ……」
ジーンの頭に、ピンと予感が走る。
「お前、今物語って言ったよな。それって、メイド以外に登場人物はいなかったのか? いや、この際もっと突っ込んで言うけどな、他の衣装もあったんじゃねーのか?」
「……」
ジーンが詰め寄ると、サラがツイと目を泳がせた。
「さてはお前、自分が家事するのが嫌だからって、ナオミに押し付ける気だな?」
「憶測だけで言わないで下さい」
「あー、もう! 昨日感心した俺が、馬鹿みてーじゃねーか!」
ジーンが頭を抱えた、その時である。
「あの~……」
遠慮がちに、ナオミが口を開いた。
「に、似合わないでしょうか?」
聞くナオミに、ジーンが「いやいや」と否定する。
「とても似合ってると思うぜ。ただ、君に使用人を押し付けたくないってだけ」
「……やってみたいです」
「え?」
「私、助けてくれた人に、恩返しがしたいです」
ジーンが答えると、ナオミからメイドになることを申し出た。
「まあ、そういうことです。本人の希望は尊重しましょう」
サラが締めくくる。
こうして、ナオミは町一番の大きなメイドとなった。




