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第二話 サラと悪癖(後編)

◇◇◇◇


「さあ、ジーン。開けてください」


 クロスボウを構えて、サラが言う。


「よーし……」

 

 対するジーンは、棺桶の隙間にバールを突っ込んでいた。


「それ、いち、にの、さん!」

「せいっ!」

 

 サラの合図に合わせ、ジーンが棺桶をこじ開ける。

 果たして、中から出てきたのは、包帯をグルグルに巻かれた人状の塊であった。

 ただし、その大きさは、とてつもなく大きい。

 ザっと見ただけで、全長二メートルは超えている。


「むむーっ!」


 棺桶から上半身を起こして、塊が身をよじる。


「ジーン! 離れて!」


 サラが引き金に指をかける。

 だがしかし、意外なことに、それを押し止めたのはジーンであった。


「待て」


 言って、ジーンがバールを下ろし、塊に近寄った。


「一体何を?」


 サラが首を傾げる中、ジーンは塊の包帯を解きにかかった。


「危険ですよ! 万が一、豚巨人オークオーガだったら、どうします!」


 サラの忠告を、ジーンは「大丈夫だ」と言って聞かない。

 塊の頭の包帯を、ジーンが解き終わった。

 露出した顔の口には、詰め物が入っている。


「ほらよ」

 

 詰め物を外して、ジーンがサラに向き直る。

 

「人間だよ」


 ジーンに言われて、サラが(クロスボウ)を下ろした。

 包帯の下にあった顔は、まごうことなき人間の女であった。

 褐色の肌に灰色の目、銀色の長い髪をした若い女である。


「あ、あの……。わわわ、わたし……」


 喋れるようになったものの、女の言葉は覚束ない。


「まあ、取り敢えず落ち着きな。俺たちは、君に危害を加えるつもりはない。そこのところ、オーケー?」


 ジーンがなだめて、女がコクコク頷いた。


「それでいい。すぐに全身の包帯を解いてやるからな」


 ジーンが言って、女に手を伸ばした時である。


「あ、あのっ!」

「ん? どうした?」

「わ、私、下には何も……」

「ああ、そういうことか」


 女の意図を、すぐに汲んだジーンである。

 そんなやり取りがある一方で、サラは少し呆けていた。


「おい、サラ」

「……」

「サラってば!」

「あ、はい」

 

 ジーンに二度呼ばれて、サラが我に返る。


「ベッドシーツを一枚……、いや二枚だな。持ってきてくれ」

「分かりました」


 ジーンの注文を受けて、サラが館へ入った。


「ごめんな。取り敢えず、足先から解いていくから」

「あ、ありがとうございます」


 ジーンの申し出に、女が礼を言う。


 そうやって、ジーンが包帯を解いていると、サラが戻って来た。


「じゃあ、サラ。続きを頼むな」

「え?」

「『え?』じゃない。男の俺が、これ以上解くわけにはいかないだろ」

「ああ、そういうことですか」


 ジーンの振り方に、いつもの聡明さはどこへやら、サラは中々理解出来ないでいた。

 セクシャルな面では、やはりどこか疎いサラである。


…――…――…――…

 

 女に気遣ったジーンが後ろを向いて、サラが包帯を解き終えた。

 サラはそのまま、女の上半身と下半身をシーツで覆う。

 要するに、即席の服である。


「ジーン、もういいですよ」


 サラが呼びかけて、ジーンが「おう」と答えた。


「へえっ!」


 女に向いて、ジーンが破顔する。


「可愛らしいお嬢ちゃんじゃねーの」

「え?」

「え?」


 ジーンの言葉に、サラが女が揃って言った。


「お嬢ちゃん? この人がですか?」

「おうよ」

「もう立派な成人女性では?」

「おいおい、お前、何言ってんだよ?」


 サラの見立てに呆れ、ジーンが首を傾げる。


「まだ、あどけない顔立ちじゃねーか。それに声も若々しい。多分だけど、十五、六歳ってとこじゃねーの」


 ジーンが言うと、女がコクンと頷いた。


「私よりも年下! この図体で!」


 サラが声を張る。


「ひっ!」


 女こと少女が身を竦めた。 

 その直後である。


「こらっ!」


 ジーンのゲンコツが、サラの脳天に直撃した。


「……いきなり、何をするのです?」


 頭をさすりながら、サラがジト目でジーンを睨む。


「お前はもうちょっとデリカシーを身につけろ」

「この明晰な頭脳が馬鹿になったら、どうしてくれるのですか……」


 ジーンが叱責するも、暖簾に腕押しのサラである。


「……おい」

「チッ、うっさいですね。反省してますよ」


 これっぽちも反省の色が見えないサラに、ジーンがヤレヤレと首を振った。


「で、お嬢ちゃん」


 ジーンが少女に向き直る。


「何やら込み入った事情がありそうだけど、よければ話してくれるかな?」

「……わ、分かりました」


 優しいジーンに、少女は少し心を開いていた。


 こうして、ジーンの館は珍客を迎えたのであった。



◇◇◇◇


 リビングに通されて、少女はソワソワしていた。

 二人掛けのソファは、少女の大きな体格のせいで、一人用に見える程である。


 ガチャリと扉が開いて、ジーンが入って来た。


「ほら、これでも飲んで」


 ジーンが少女にマグカップを渡す。

 果たして、中身はホットミルクであった。


「……ありがとうございます」

 

 受け取って、少女が礼を言う。


「……」

「どうした?」


 ミルクを見つめて動かない少女に、ジーンが訝しむ。


「グス……」

「お、おい」


 突然涙ぐむ少女に、ジーンが慌てる。


「わ、わたし、私、もう少しで、こ、殺されるとこで……」


 そこまで言って、少女はビエーンと泣き出した。


「……そうか。怖かったんだな」


 少女の背中を、よしよしと擦るジーン。

 もっとも、身長差がありすぎる二人である。子供が大人をあやしているような、不思議な構図であった。


 しばらくして、少女の嗚咽が止まった時である。


「そろそろいいですか?」


 言って、サラが部屋に入って来た。


「お前ね……」


 ジーンがサラを睨む。


「面倒くさいからって、逃げてただろ?」

「……」

「タイミング、計ってた?」

「ええ、まあ」


 ジーンの追及に、相変わらず悪びれないサラである。


「で、そこの貴女」

「ひいっ!」


 サラに話しかけられ、少女が身を竦ませる。


「よろしければ、こうなった経緯いきさつを教えていただけますか?」


 サラに言われて、少女はジーンの方を見た。


「俺からも頼むよ」


 ジーンが促すと、少女は自らの過去をポツリポツリと語り始めた。


…――…――…――…


 少女の名を、ナオミ・ベイリーと言う。

 森の向こうの未踏領域に隠れ住んでいた、少数民族の出身であった。

 この事実は、サラを少なからず驚かせた。

 未踏領域は魔物だらけで、人の住めたものではないというのが、一般の認識である。

 だがしかし、ナオミの言う事によると、未踏領域にも魔物の寄り付かない空白地帯が点在していて、そういう場所を遊牧民さながらに渡り歩く者がいるとのことであった。

 ナオミの部族は、総じて並外れた長身である。それこそ、大男のジーンですら、平均に少し届かないくらいの、大柄揃いであった。

 もっとも、そのせいで巨人ジャイアントだのオーガだのと迫害されたナオミの部族である。そんな彼らがあちこちを転々とし、未踏領域に活路を見出したのが、今から遡ること二百年前である。

 

 そんなナオミたちが、大規模な空白地帯を発見して、しばらくの滞在を決め込んだ、ある日のこと。

 突如、村に魔物が攻め込んできたのであった。

 長い首と尻尾を持つ、全長五十メートルもある四つ足のそれは、十頭以上も群れだって、村を蹂躙したのである。


…――…――…――…


「多分それは、世界蛇ヨルムンガンドの群れですね」


 話の途中で、サラが割って入った。


世界蛇ヨルムンガンド?」


 ジーンが聞く。


ドラゴンの一種です。多分ですが、吐息ブレスを吐いたのでは?」


 ジーンに答えながら、サラがナオミに聞く。

 ナオミが頷いて、話を続けた。


…――…――…――…


 長い首をホースのようにして、毒液の吐息ブレスを撒き散らした世界蛇ヨルムンガンドである。

 意外なことに、人間には無関心であった世界蛇ヨルムンガンドであったが、この後がいけない。

 世界蛇ヨルムンガンドに続いて、飛竜ワイバーンまでもが来てしまった。

 飛竜ワイバーンの中には、世界蛇ヨルムンガンドのような大型の魔物と共生している者がいる。世界蛇ヨルムンガンドを止まり木代わりにしながら、その図体に驚いて逃げる獲物を、上から着け狙うのである。

 その上、飛竜ワイバーンの好物は人間である。

 こうして、ナオミの村は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 着の身着のまま、外界を彷徨う羽目となったナオミである。

 そんなナオミが幸運にも、町の城壁を見つけた矢先のこと。

 ナオミの片足を、魔物用のトラバサミが挟んでしまった。

 大きい体と皮のブーツが幸いして、大怪我は免れたナオミであった。

 だがしかし、そんなナオミを行きずりの魔物商が見つけ、巨人ジャイアントだ何だのと騒ぎ出したのである。

 体が大きいとはいえ、ナオミは普通の少女である。

 必死の抵抗もむなしく、ナオミは至極あっさりと捕らえられてしまった。

 どうにもこの魔物商、目当ての商品を無くしただか何だかで、代替品を探していたらしい。

 そのまま殺されて剥製か木乃伊にされるところを、何故か生きた状態のまま、ナオミはサラの下へ売られてきたのである。


 以上が、事の顛末であった。


…――…――…――…


「……サラ、ちょっと」

 

 全てを聞き終えて、ジーンがサラを部屋から連れ出した。


「何ですか?」


 部屋の外へ出て、サラが聞く。


「今更だけど、これってヤバいんじゃねーの?」

世界蛇ヨルムンガンドのことですか。あれは決まった営巣地を、定期ごとに移動するのですよ。おそらく、空白地帯の正体ですね。ドラゴンの縄張りだから、他の魔物が寄り付かないのです。よくもまあ、二百年もかち合わなかったものですね。ああ、ちなみに、こっちの方には来ません。大丈夫です」

「いや、そうじゃなくてだな」

「え?」


 ジーンの言いたいことを、サラは履き違えていた。


「これって、人買いじゃねーの?」

「……あ」


 ジーンの指摘に、サラが得心する。

 王国の法では、人身売買に関わった者は、一律死刑となってしまう。


 重い沈黙が流れた。風がビューっと吹いて、館の窓をバンバン叩く。


「……ジーン」


 サラから切り出して、ジーンが顔を上げた。


「お願いします」

「へいへい」

 

 サラが言って、ジーンがその場を後にした。



◇◇◇◇

 

 ここは町の外である。

 城壁から一歩踏み出た外界は、魔物の闊歩する人外魔境であった。

 今、そんな魔境の街道を、五人組の商人が急いでいた。

 一頭立ての馬車に乗る一人を、残りの四人が護衛しているていである。

 禿頭のデブをかしらとした五人組は、サラにナオミを売った張本人である。

 

「よし、ここで一休みだ」


 デブが言って、一行が歩みを止めた。


「ところで、おかしらぁ」


 言ったのは、槍を持った護衛であった。


「何だ?」


 馬車から降りて、デブが聞いた。


「本当に大丈夫ですかい?」


 不安を隠せない護衛である。


「大丈夫だ」


 デブが言う。


「でも、あの大女、多分ですが人間ですぜ。売った俺たちも、罪に問われちまう」

「なーに、要は俺たちがやったと、バレなきゃいいのよ」

「と言うと?」

「貴族の弱みを狙う貴族っつーのは、思いの他たくさんいるもんだ。そいつらに強請りのネタを吹き込んで、小金を稼ぐって寸法さ」

「ああ、そういう……」


 デブが護衛を説き伏せた。


「まったく、あの小娘ガキ牛頭鬼ミノタウロスが欲しいなんて言い出すから、こっちは大損なんだ。せめて、憂さ晴らしはさせてもらわないとな」

「ハハハ。かしらは怖えや……っと、ちょっとクソ垂らしてきやすね」


 デブに断って、護衛がその場を離れる。


「ここらでいいか」


 物陰に護衛が隠れた、その時であった。

 護衛の背後に、スッと人影が現れる。


「なるほど、そういうことか」


 男の声に、護衛が反応するも、もう遅い。

 筋肉質の腕に首をギュッと挟まれて、護衛は天に召されていった。


…――…――…――…


「よおっ!」


 護衛の槍を奪って、ジーンが踊り出た。 


「だ、誰だ!」


 突然出て来た珍客に、デブがあわてふためく。


「ちょっと聞きたいんだけどさ――」

「ああっ、その槍はアイツの! お前、どこぞの刺客だな!」

「先手必勝!」

っちまえ!」


 ジーンの台詞を遮って、残り三人の護衛が一斉に飛びかかる。


「まあ、こうなるよなー」


 のんびり構えて、ジーンの槍が走る。

 最初に向かってきた護衛の槍を、ジーンの槍が蛇のように絡めとった。

 あっさりと槍を弾かれて、護衛は胸を貫かれた。

 そのジーンの後ろから、剣を振りかぶる別の護衛。

 だがしかし、槍の石突を叩き込み、ジーンは護衛をダウンさせた。

 きっちりと喉を裂かれて、剣の護衛は命を落とす。


「ば、化け物だーっ!」


 一人残った護衛が、ジーンに背中を向けた。

 ジーンはその背中に、槍をブンと投げつける。

 背中から貫かれ、残った護衛もあの世へ召された。


「あわわわわ……」


 護衛を蹴散らされ、呂律の回らないデブである。


「お、おおおおお前は確か、あの小娘ガキの小間使い!」

「誰が小間使いだ!」


 デブの胸倉を掴んで、ジーンが喚いた。


「お前らだな。牛頭鬼ミノタウロスが手に入らないからって、わざわざ人を浚ったのは。トラバサミまで用意するなんて、手が込んでるじゃねーの」

「ち、違う!」


 ジーンの言葉を、デブが否定する。


牛頭鬼ミノタウロスは、確かに手に入れたんだ。でも、あの町に来る途中、逃げられちまって……」

「この期に及んで、見苦しいっつーの」

「そもそもトラバサミは俺たちのじゃない! 誰かが仕掛けたやつに、あの大女が挟まっているのを、たまたま見かけてだな――」

「問答無用!」


 最後まで言わせず、ジーンはデブを地面に投げつけた。

 頭を盛大にかち割って、デブはあっさり死んだ。


「まったく、悪党ほど往生際が悪いってホントだよなー」


 言って、ジーンが額の汗を拭った。

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