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第四話 その男ハタ迷惑につき

◇◇◇◇


「どうぞ」


 マスターが持ってきたのは、頼んでいないウィスキーだ。


「あちらのお客様からです」


 そう言って、マスターは客の一人を指さした。


「ハァイ」


 妖艶にほほ笑むのは、二十歳くらいの美女じゃないか。

 ……まあ、俺も男だ。

 美人にモーションをかけられて、悪い気はしない。


 有難くウィスキーを頂こうとした、その時だった。


「うん?」


 グラスからは、異臭が漂っている。


 ……ああ、なるほど。

 要するに、これはいつものヤツだ。


「なーなー、マスター」


 俺はマスターを呼び止めた。


「な、何か?」


 マスターの額は、汗びっしょりだ。


「これ、アンタが入れたのか?」

「そうですが?」

「何か変な臭いするぜ。腐ってるんじゃねーの?」

「いえ、決してそのようなことは……」

「じゃあ飲んでみて」

「え?」

「いいから飲んでみ?」

「ジーン様、困ります」


 そうやって、押し問答していると、バーの扉がガランと開いた。

 入って来たのは、これまたガラの悪そうな集団だ。

 とは言え、あの集団には覚えがある。

 こいつは見つかると、ちょいとばかし厄介だな……。


「ジーンの兄貴じゃねーですかい!」


 俺の願いも空しく、一番偉そうな男が話しかけてきた。

 年の頃は、まだ十代だろう。

 こいつは、この不良集団のリーダーだ。

 どこぞの騎士の嫡男だかで、親の権威を傘に、色々と悪さをしているらしい。

 もっとも、俺に目を付けたが運の尽き。

 集団ごとボコボコにシバキ回して以降、こうして俺に懐いてくるって訳だ。

 もっとも、男に懐かれて嬉しい趣味は俺にはない。


「何か揉め事ですか?」


 リーダーが聞きながら、俺の隣に座った。


「いやな、こいつ自分で出した酒が飲めないんだと」

「なにぃ!」


 正直に答えると、リーダーがいきり立つ。


「おいっ! 変な物でも入れたんじゃねーだろうな!」


 いや、正にその通りなんだが……。


「兄貴! 俺が毒見して差し上げます!」

「お、おい」


 止める間もなく、リーダーがウィスキーを飲んでしまった。


「グハァ!」


 白目を剥いて、リーダーが床に転がった。

 何で自分で疑っておいて、わざわざ飲んだんだ?

 バカすぎて可哀そうだが、これはもう助けられねーな。


「てめぇ! よくもリーダーを」

「やっちまえ!」

「ち、違います。私はただ――」

「うっせー!」


 仲間に詰め寄られ、マスターはたじたじだ。


「リーダーの仇だ! 死ねーっ!」

「ギャーッ!」

「ちょっと! 私は関係ないわよ!」


 こうなると、もはや店内は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 

 三十六計逃げるに如かず。

 俺は早々に、店を立ち去ることにした。


「貴族向けのいい店だったんだけどなー……」


 背後の喧噪をBGMに、俺は星空を見上げた。


 要するに、あのマスターと女はグルだったんだ。

 ワーナー家に雇われて、刺客となったんだろう。

 顔なじみの人間だったので、俺のショックは一入ひとしおだった。


「帰ろっと」


 人間関係の儚さに想いを馳せて、俺は繁華街を後にした――。



◇◇◇◇


 次の日。


「くそっ! 何でこんなとこを……」


 俺は人に呼び出されて、路地裏をノソノソ歩いていた。

 何でこんな辺鄙な場所を通るかと言うと、さっきから俺を付け狙っている、あの狙撃手スナイパーのせいだ。

 ご丁寧に寺院の尖塔に潜んで、クロスボウを構えていやがる。

 だからこうして、射線を遮っているのだが、いい加減これも疲れてきた。

 よし! ここいらで、ケリを付けてしまおう。

 何せ、もう少し行くと大通りに出るのだ。


 そして、俺が大通りに飛び出した瞬間――。

 ボルトが放たれた。

 だがしかし、風を切ったボルトは、俺の頭上を通りすぎる。

 タイミングを見計らって、俺がしゃがんだせいだ。

 ボルトはそのまま壁で跳ね返り、街灯で跳ね返り、お終いには貴族の馬車に飛び込んだ。

 おいおい。あれは確か、王族に名を連ねる大貴族のはずだぞ。


「くっ!」


 髭面なデブの貴族が、馬車から降りて来た。

 顔面蒼白だったが、それもそのはず、ボルトが肩にグッサリと刺さっている。

 まあ、毒矢でもない限り、致命傷は免れるだろう。 

 不幸中の幸いってとこだな。


「お館様!」

「動いてはなりません!」


 護衛の私兵が大わらわだ。

 仕方ない、ここは一つ協力してやるか。


「狙撃だ!」


 言って、俺は尖塔を指さした。


「あっちだ!」

「……か、かたじけない」


 意外や意外、デブは気丈に答えた。


「お館様!」

「動いてはなりません!」


 使用人がワラワラと群がっていく。


「騒ぐな! 大事ない」


 言いながら、デブはボルトを引き抜いた。

 うん、見かけはともかく、なかなか気骨のあるヤツだ。


「ところで、そなたは―—」


 聞きながら、俺をジロジロ見るデブ。


「おおっ! 決闘卿――ジーン・ファルコナーではないか!」


 ちょっと待て。今のはひょっとして、俺の呼び名か?

 だとしたら、ものすごく恥ずかしいぞ。

 それというのも、この変な呼び名、俺の醜態を思い起こさせるのだ。


 ちょっと前の話だ。

 俺は決闘の作法を間違って、相手のそっ首を斬り落としてしまった。

 後から聞けば、騎士や貴族の決闘というのは、あくまで形式的なものだとか。

 上手に手傷を負わせることが肝で、あまり殺してはいけないらしい。

 そんなん教えない親が悪い――というのが俺の本音だが、まあ、人並みに羞恥心はある。

 ついでに言えば、若干の罪悪感も……。

 そして、それからが大変だった。

 騎士や貴族がこぞって、俺の陰口を叩くこと叩くこと。


 そんな訳で、俺はこの経緯を黒歴史としたいのだ。 


「そなたの剣捌き、見事であったぞ!」


 あれ? このデブは何か違う。


「件の決闘、しかと見届けさせてもらった! いや、本来騎士の戦いというものは、ああでないといかん!」


 デブの持論が続く。


「そもそも剣を抜いた時点で、戦いは始まっておるのだ。世間が何と言おうと、あれはアルバートの不手際よ。どうも最近の若い者は、やれ儀礼がどうたらで畏まっていかん」


 おおっ! このデブ分かってるじゃん!

 正に『捨てる神あれば拾う神あり』だな!


「あざーっス! でも、いいんスか?」

「うむ? 何がだ?」

「早く捕まえないと、逃げちゃうっスよ?」


 言って、俺は尖塔を指さした。

 今頃、狙撃手スナイパーは逃げ出そうと、てんてこ舞のはずだ。


「おお、そうであった! 者ども聞けいっ!」


 俺の意図を察して、デブがお供に言った。


「かの決闘卿が見ておられる! 今こそ我らの武威を示そうぞ! 下手人をひっ捕らえい!」

「お館様! しばしお待ちを!」


 差し出口を挟む護衛が一人。

 立派な鎧から察するに、こいつが責任者らしい。


「王都の管轄は憲兵隊にあります」


 責任者の言う事はもっともだ。

 王都の警察権は、軍隊でも衛兵でもなく、王直轄の憲兵隊にある。

 貴族でも好き勝手は出来ない。


「構わん!」


 いや、そこは構えよ。


「我が家は王妃様のご実家に連なる名門ぞ! いざとなれば、ワシ自ら王に直談判してくれる! 者ども後に続けいっ!」


 護衛をゾロゾロ引き連れて、デブが去って行った。


 この後絶対に憲兵隊と一悶着あるだろうが、まあ俺には関係ない。



◇◇◇◇


「さてと……」


 色々な目に遭いながら、俺はようやく目的地に辿り着いた。


「ああ、いたいた」


 広場の真ん中で、デンと構えるヤツが一人。


「遅い!」


 声を張り上げるのは、全身甲冑フルプレートを着た大男だ。

 右手には戦棍メイスを、左手には円盾ラウンドシールドを持っている。


「あー……、あんたが今日のお相手?」

「いかにも!」


 どうでもいいが、いちいち声がデカイな。


「拙者は遍歴の騎士パーシヴァル! 故あって、姓は明かせぬが――」

「分かった分かった。そういうのいいから」


 どうせこいつもワーナー家の刺客だ。

 パーシヴァルとか言ったが、それも偽名に違いない。

 野仕合とか果し合いに託けて、俺を葬る魂胆なのだ。

 こういう連中と散々やり合ったせいで、もうこれが何人目かは分からない。


 それにしても、問題は男の重装備だ。

 最初の手合いは、平服に細剣レイピアといった、いかにも仕合然といった格好だった。

 そんな奴らを倒していくうちに、敵はどんどん重装備になっていった。

 革鎧レザーアーマーを着た奴に始まり、金属鎧プレートアーマーで身を固めた奴、挙句の果てには馬に乗った騎士槍ランス使いまで現れた。

 そして、今度はこの全身甲冑フルプレート野郎だ。

 騎士槍ランス使いに比べたらインパクトは小さいが、向こうも多分ネタ切れなのだろう。


「お? ファルコナーのボンボンだ」

「またやるのか?」

「さあ、張った張った! ファルコナーが勝つか、遍歴の騎士が勝つか! 早い者勝ちだよ!」


 野次馬が集まって、騒ぎ出した。

 ちゃっかりと店を出すやつまでいる。

 まったく、とんだ見世物だ。


「どうした? 剣を抜け!」

「はいはい――」


 答えるや否や、相手が向かってきた。

 もっとも、鈍重な鎧のせいで、踏み込みが遅い。


「おっと!」

「貴様! 何故逃げる?」


「いや、それは逃げるだろ」と答えようとした時、俺は違和感に気付いた。

 この男、すでに息を切らしている。

 なるほど。要するに、鎧が重いのだ。

 そうとなれば、採る戦法は一つ。


「せいっ!」


 俺は衛兵刀サーベルを抜いて、適当に斬りかかった。


「何の!」


 もちろん、盾に弾かれる。


「死ねいっ!」

「あらよっと!」

 

 横薙ぎの一撃を、しゃがんで躱してやる。


「おお、いいぞ!」


 野次馬が湧いた。


「やっちまえ!」

「ぶっ殺せ!」

「何をしているのですか! 鎧の隙間を狙いなさい! 隙間を!」


 最後の女、少しうるさい。


「こっちは貴方に全額つぎこんでるのですよ! 負けたら承知しません!」


 女が続けるが、俺の知ったこっちゃない。

 こっちにだって、ちゃんと考えがあるんだ。


「うおーっ!」


 鎧男がめちゃくちゃに突っ込んできた。

 追い詰められたフリをしてヒョイと避けると、戦棍メイスが野次馬を捉えてしまった。


「おい! しっかりしろ!」

「し、死んでる……」


 ご愁傷様だが、戦いを見世物にする方が悪い。


「ハァハァ……。この――っ!」


 息を切らしながら、鎧男が殴ってきた。

 そろそろ頃合いかな?


「とうっ!」


 俺の衛兵刀サーベル戦棍メイスがかち合った。

 衛兵刀サーベルが弾き飛ばされる。


「しめたっ!」


 鎧男がにやつくが、これはもちろんワザとだ。


「殺った!」


 鎧男が戦棍メイスを振りかざす。

 盾が開いて、胴体ががら空きになった。


――チャンスだ!


「ぬをっ! き、貴様っ!」


 タックルを仕掛けて、俺は鎧男の右足を抱えた。


「うぎゃっ!」


 バランスを崩して、鎧男が倒れた。

 ここで仕掛けるべきは、足関節技のヒールホールドだ。


「ぐわーっ! は、離せ、このーっ!」


 戦棍メイスで叩いてくるが、スピードが乗らず威力は無い。

 打撃武器の弱点だな。


「どっせい!」


 掛け声とともに、膝をグイと捻ってやった。

 膝がブチっと音を立てた。察するに靭帯が切れたのだ。


「ギャーッ!」


 鎧男の悲鳴が周囲に木霊した。



第四節


「ふう……」


 立ち上がって、俺は額の汗を拭った。


「ひいぃぃぃっ! 痛い痛い!」


 のたうち回る鎧男。

 だがしかし、同情は出来ない。

 俺を殺しに来たのだし、そもそも武具の選別が悪い。

 広い場所でタイマンを張るんだったら、もう少し軽装であるべきだ。

 相手に逃げ回られては、元も子も無いだろうに。

 飛び道具が飛び交う合戦でこそ、全身甲冑(古プレート)は真価を発揮する。

 おそらくコイツ、俺を待っているだけでも、相当体力を使っただろう。


「よ、良かった……」


 涙ながらに鎧男が呻いた。


「殺されずに済んだ」


……なるほど。そういう見方もあるのか。


 確かに、コイツが平服だったら、俺は容赦なく斬り殺していただろう。

 この戦い、見ようによっては、コイツの勝利なのかもしれない。


「ちっ! またファルコナーのボンボンか」

「くそっ! 大穴だったのによ!」

「何をしているのですか! ソイツまだ生きてますよ! 目を狙いなさい。目を!」


 相変わらずうるさい野次馬だが、最後の女、お前ちょっと怖いぞ。


「お前らね……」


 俺が野次馬を嗜めようとした、その時である。


「憲兵隊だ!」


 誰かが言った。


「やべーぞ!」

「逃げろ!」


 周囲はハチの巣を叩いたような大騒ぎだ。


「ちょっと貴方、そこ退きなさい!」


 我先にと、女が野次馬を引き倒す。

 いやはや、今どきの女は怖えーな……って、そんな場合じゃない!

 俺も逃げなければ。


「お前ら邪魔だ!」


 言って、俺は助走をつけた。

 そのまま建物の壁を蹴って、街灯に飛びつき、屋根にスルスルよじ登る。


「ひゅ~っ! カッコいい!」

「正にましらのごとくだな!」


 周囲の喝采を余所に、俺はそそくさと路地裏へ退散した。


 現行犯でもないし、後のことは親父殿に任せておけばいい。

 楽観的に考えて、俺は家路を急ぐことにした――。

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