第二話 とある女経営者の営業日誌
突然だが、私の職業は少々変わっている。
何と言っても、この町唯一のそれなので、特殊という意味では一入だろう。
ハンター斡旋所――それが私の職場だ。
ただ、親から受け継いだこの斡旋所、実はお役所だということは、一般的にあまり知られていない。
何せ、当のハンターにすら知らない者が多いくらいだ。普通の人が知らなくても仕方がないのだが、この場を借りて事情を説明しようと思う。
私たちの世界には魔物がいる。
当人たちの本意は知らないが、この魔物というやつ、普通の生き物とは比較にならないレベルで人に迷惑をかけるのだ。
これを退治するのがハンターだが、当然コイツらを統括する組織が必要となる。
それが斡旋所だ。
ただ、国土はあまりにも広大だ。貴族の封土は自治権が強く、辺境にある飛び地を含めれば、王政府の行政力は完全に役者不足だった。
そうかと言って、領主や町に好き勝手に任せれば、全国一律にハンター業を回せなくなる。
そこで斡旋所の出番って訳だ。
だがしかし、制度を統一する代わりに、領主たちの機嫌を窺う必要がある。
八方美人の産物が、ちょっと特殊な仕組みだった。要するに、王政府の出先機関――斡旋所に監督指揮権がある代わりに、完全に独立採算制を採らせて、税の方は領主に収めるという体だ。
ざっくり言うと、貴族や騎士のような連中は別にして、私は世にも珍しい世襲の役人なのだ。
こんな調子だから、民間からはもちろん、その地の領主からも睨まれて、完全に板挟み状態だ。副業とばかりに酒場を併設することも多いので、ある意味仕方がないのかもしれないが……。
この辺に、斡旋所の実態が知られない原因があると思うのだが、真実は永遠に闇の中だろう。
…――…――…――…
さて、そんな私が斡旋所を継いだばかりのことだ。
町に一人、少女がやって来た。
若い身空でハンターを志望の少女は、驚くほどの美少女だった。しかも、この町を領有する男爵閣下の一人娘――サラ・ブラッドフォード嬢と聞けば、王国内で知らない者はいない。
将来を嘱望されたエリート学士、それがサラだった。聞くところによると、学問がらみで不祥事を起こし、お家騒動に巻き込まれた挙句に都落ちしたらしい。
そんなお嬢様に何が出来る――そう思っていた私は、いい意味で裏切られた。
サラは飛びぬけて優秀だった。
この事実は、支配者層に偏見を持っていた私を随分と丸くさせた。
そうして、サラが着々と、ハンターの階梯を上げている頃だ。
町にもう一人、流れ者がやって来た。
サラが連れて来た男の名をジーンと言った。
雲を突くような大男で、筋骨隆々のガタイ、力強さの溢れる顔をしていて、辺境では随分とモテそうな男だった。
すぐにヘッポコぶりを露呈したジーンだが、町中の噂とは裏腹に、私はコイツに並々ならない物を感じていた。
後になって、その予想は正しく証明される。
いやはや、出来るなら、この時期の自分を今でも褒めてやりたい。
…――…――…――…
そんな私の平穏も、長くは続かなかった。
サラたちの仕事に付き合って、危うく命を落としかけたのだ。
これが普通の依頼であれば、ハンターの常として私も受け入れただろう。
だが、貴族のお家騒動に巻き込まれたと聞けば、穏やかではいられない。
その過程で判明したのが、入れ込んでいたジーンの正体が、実は殺戮者という事実だ。
こうして、私は貴族への偏見を取り戻した。
断っておくが、こんな調子でも、あの二人には感謝しているのだ。
ジーンの活躍で嬲り殺されずに済んだし、サラが復権したお陰で町は活気を取り戻した。
ただ、人を駒のように使う策士ぶりとか、淡々と人を殺す無情な戦士の実情に、一般人の私では着いていけなかったのだ。
…――…――…――…
「さてと」
私は両手を伸ばして、肩の凝りをほぐした。
「今日の仕事はここまで」
言って、蝋燭の火を消した。
ハンター斡旋所の営業日誌は、ここで一端筆を置くことにする。
了




