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第一話 強くて偉大な母の独白

――くそっ! ここにもいない!


 鬱蒼とした森で、私は毒づいていた。

 子供を浚った犯人を追っているのだが、正体は杳として知れている。

 毛むくじゃらな、あの鬱陶しい猿共だ。

 最初は毛無猿の仕業かとも思ったが、残った臭いから、それは否定された。

 そもそも、毛無猿は殊勝な奴らだ。たまさか例外はいるにしろ、総じて偉大な私たちを崇めているので、連中が犯人と言う可能性は低い。

 奴らの巣に近い場所で、うっかり営巣したこといけない。そのせいで、どうにも少しナーバスになっているらしい。

 

 さて、そんな私が猿の臭いを追って、森を進んでいる時だった。


――うん?


 ふと感じた気配に、私は頭を上げた。

 すぐそこの薮に、毛無猿が二匹、身を隠しているのだ。

 どうにも、この偉大な私に憚って、こうべを垂れているらしい。

 パッと見た感じ、オスとメスのつがいのようだ。


――おっと、いけない。


 慌てて、私は目を逸らした。

 いくら劣等で矮小な下等種族でも、睦事むつみごとを邪魔するほど、私は野暮ではない。

 産めよ増やせよ地に満ちよ。

 高貴で偉大な私たちは、他種族に寛大なのだ。


 二匹を見なかったことにして、私はそっとその場を後にした。


…――…――…――…


 結局のところ、追跡は徒労に終わった。

 何せ、小賢しさにかけては、右に出る者がいない猿共だ。身軽さを利用して、木々を伝われては、臭いを追うにも限界がある。


――忌々しい……


 腸が煮えくり返そうになりながら、私は巣に帰って、残りの卵をかき抱いた。


――せめて、この子達だけでも守らねば


 私が心に決めた時だった。

 臭いがして、私は何者かの接近を知った。

 だがしかし、この臭いには覚えがある。

 さっきの毛無猿のつがいだ。


 何事かと待ち構えていると、つがいが姿を現した。


――何だと!


 オスが持っている物を見て、私は驚きを隠せなかった。

 あの雅な色と、香しい臭いは間違いない。間違いなく、この私の卵だった。


――何のつもりだ!


 怒りに任せて、私は二匹に歩みを寄せた。

 いくら殊勝な奴らといっても、許せることに限界はある。

 でも、ここでいてはいけない。

 下手をすれば、卵を割りかねないのだ。


 どうしてやろうかと、私が思案している時だった。


「これを!」


 メスが叫んで、何かを取り出した。

 果たして、それはあの憎たらしい、毛むくじゃらの生首だった。


――ああ、そういうことか。


 生首と卵の臭いを嗅いで、私は唐突に理解した。

 要するに、この忠実なしもべたちは、私に尽くしたのだ。

 わざわざ卵を取り返してくれるとは、神妙な心掛けだ。

 卵を巣に置くよう指示すると、メスがそれに従った。

 全部揃った卵を見て、私が気分を良くした、その時だった。

 オスがメスを抱えて、森の中へ走っていった。


――あれは何かの求愛行動だろうか?


 不思議に思い、私は二匹の背中を見つめていた。


…――…――…――…


 それから何日かして、卵は全部無事に孵った。

 嬉しさに沸き立った私だが、すぐに気を引き締める。

 何故ならば、子供たちを連れて、早速移動せねばならないからだ。

 貧弱な下等種族と違って、生まれながらにして、私たちは歩くことが出来る。

 そんな強くて気高い私たちは、子供が生まれると、旅を始めるのが習わしだ。その道中で、狩りの仕方や敵との戦い方を学んで、子供たちは大人になっていく。


 そういう訳で、私たちが旅に出た、初日のことだ。

 崖下を通りがかった時、何かの声がした。


「うおーっ! このコケ公! あっちに行きやがれ!」


 崖上から聞こえる声の主は、前に会った毛無猿のオスだ。


「うわーっ! もう駄目だーっ!」


 オスが言った直後、上から何かが降って来たではないか。

 果たして、降って来たのは大きな鳥だった。

 この鳥なら知っている。飛べない代わりに、地面を走り回るたぐいの鳥だ。

 なすすべもなく、地面に叩きつけられて、鳥はもう虫の息だ。

 これは多分、私たちの門出を祝う、毛無猿からの貢ぎ物だろう。

 

 子供たちに言って、私は鳥の息の根を止めさせた。

 丁度いい具合に弱った獲物が欲しかったので、まったくいいタイミングだ。

 毛無猿の忠義立てに感心し、私たちは足を進めた。


…――…――…――…


 しばらく歩いた時のことだ。

 何やら、森の向こうがギャーギャーと騒がしい。

 子供たちに待つように言い、私は様子を探ることにした。

 森が切れたその先には、平野が広がっている。

 果たして、そこには毛無猿の巣があるではないか。

 そこにいるのは、他にもない毛無猿たちだったが、どうにも争っているらしい。


――あっ!


 よくよく見て、私はあることに気付いた。

 巣に陣取っているのは、例のつがいの毛無猿だ。

 見たことも無い毛無猿が、それを攻め立てているのだが、多勢に無勢でつがいの旗色は悪い。


――何てことをする!


 私は怒っていた。

 毛無猿は得てして臆病で、普通はたくさん群れて、巣に引きこもっている。

 おそらく、あの二匹は特別勇敢な者たちで、新天地に打って出たのだ。

 そんな二匹が愛の巣を設けた矢先、和を乱したとして、仲間に責められたのだろう。

 私の一族は強い者が好きだ。それに、散々私に尽くしたあの二匹は、もう私の眷属と言っても過言ではない。


――この野郎!


 気が付けば、私は走り出していた。

 眷属を嬲ることは、この私を侮辱したからに他ならないのだ――。


                                    了

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