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第二話 魔物とハンター(前編)

◇◇◇◇


 何時いつの時代の、どこかも分からない場所の話である。

 そこでは、新旧2つの生態系が鎬を削っていた。

 1つは旧来の生態系である。人間を始めとして、牛や馬などといった一般的な動物がこれに該当した。

 もう1つは新興の生態系である。ドラゴン吸血鬼ヴァンパイア、それに人狼ウェアウルフといった魔物たちが、こちらに分類される。


 だがしかし、この新生態系、何時いつどのように生まれたのかは分かっていない。

 ある者は異世界からの侵略を唱え、ある者は天が与えた神罰と答えた。

 専門家ですら見解を得ない、奇々怪々な生物群――それが魔物である。


 年代を経るごとに、魔物は旧生態系を脅かしつつあった。

 ちなみに〝脅かす〟とは言っても、魔物が偏執的に、人間や動物を襲うわけではない。

 存在自体が、ただそれだけで脅威なのである。


 まず挙げられる点は、魔物の強さである。

 その名に恥じず、一部を除いて魔物はとても強い。

 もっとも、強いとは言っても、伝承のように魔術を使ったりはしない。

 不自然な巨体は空を飛べないし、音速や光速を超えることもない。

 魔物と言っても、物理法則には逆らえないのである。

 では、どのように強いかと言えば、その物理法則の範疇で強靭なのであった。


 総じて、魔物は体が大きい。

 ドラゴンなどに至っては、10メートルの体長はざらで、中には50メートルを超える物すら存在した。

 例え人型ヒューマノイドの魔物でも、背丈は簡単に2メートルを超えてくる。

 大きな質量は、それ自体が凶器である。

 惜しみない怪力を発揮するかと思えば、生まれつき持つ飛び道具――例えば猛毒の瘴気ガスをまき散らしたり、弾丸を撃ってくる魔物すら存在した。

 

 強いと言えば、魔物は生命力からして強い。

 まず滅多なことで、魔物は感染症に罹らない。

 よしんば病原体が体に入っても、桁外れの体力から発症を免れ得る。

 そして、この生命力が厄介であった。

 病気を発症しないと言う事は、病原体の媒介者キャリアになることと同義である。

 それ故に、魔物が原因の流行り病も珍しくはない。

 

 極めつけは、個体の増え方である。

 魔物は長命な上に、繁殖力も旺盛であった。

 従来型の生物であれば、大型になればなるほど少産になる。

 例えば、犬や猫ならば一度の出産でに4~5匹、牛や馬なら1頭だけである。

 だがしかし、魔物の場合は違う。

 ドラゴンなどに至っては、個体が強力な癖に、この傾向が顕著であった。

 

 これらの特徴から、魔物は旧生態系の天敵となっていた。

 生存競争に強い上、減りにくいから当然である。


 しかしながら、このハタ迷惑な魔物に、敢えて挑戦する者たちがいた。

 我らが人類である。

 旧来の動植物が圧倒される中、人類は魔物の世界に果敢に討って出た。

 多大な犠牲者を出しながらも、人類は魔物について理解を深めていった。


 第一に、具体的な耐久力である。

 どんなに強力な魔物でも、決して無敵の存在ではない。

 いくら頑丈とは言っても、急所を潰されると死ぬ点は、やはり生物であった。


 第二に、知能についてである。

 高い知能を持つ魔物は、実際のところ多くはない。

 これは戦術次第で、人類が魔物に抗えることを意味していた。


 最後に、魔物の有用性である。

 危険に見える魔物でも、その肉体から資源を見出せた。

 例えば、ドラゴンの鱗からは、鋼鉄よりも軽くて強い鎧が作れるし、人喰草トリフィドの毒からは、強力な鎮痛剤を得ることが出来る。

 

 魔物への理解が深まるにつれ、狩りを生業とする人間が現れた。

 旧生態系の救世主――人は彼らをハンターと呼ぶ。



◇◇◇◇


 そして再び、さっきの男女である。


「やっとここまで戻ったか……」


 藪を掻き分けて、男が森を抜けた。


「ふう……。いやはや、全くこれっぽっちも、大したこと無かったな」

 

 虚勢を張る男であった。

 そんな男の眼前には、森を突っ切るように、一本の道が広がっていた。


「……益荒男が聞いて呆れますね」


 男に続いて、女も森を抜けてきた。


「う、うるせーよ」


 男が閉口したその時、太陽が二人を照らした。


「うおっ! 眩しっ!」

 

 男が目を細めた。

 

 大袈裟に驚く男の成りは、精悍な若者であった。

 その背丈ときたら、並みの男より頭一つ以上も高い。

 はち切れんばかりの筋肉をしていて、さながら歴戦の戦士である。

 短く刈り込んだ髪は黒く、黄色の肌は健康的に日焼けして、瞳は茶色であった。

 この地方では珍しい顔立ちであったが、顔の掘りは存外に深く、無骨な面構えは決して三枚目ではない。

 中性的な顔立ちでこそないものの、人によれば十分格好いいと言う、そんな容姿であった。


「いい加減、明暗の変化にも慣れなさい」


 女が言って、男の横に並んだ。

 同じく目を細める女であるが、その所作は落ち着いたものである。

 無骨な男と対照的に、こちらは繊細な少女であった。

 透き通るような白い肌の少女は、長い金髪を短く結い上げている。

 瞳の色は青く、この地方によく見られる顔立ちであった。

 背丈こそ並みの女より低いが、顔立ちは抜群に整っている。

 通りを歩けば誰もが振り返る、正に絶世の美少女であった。

 そんな超絶美少女ではあるが、終始仏頂面を決め込んで、纏う雰囲気はどこか剣呑である。

 ちなみに胸は小さい。


「常に先を見据えて、心を構えておくのです。これはハンターの基本ですよ」

「……肝に銘じておきます」


 女もとい少女の忠告に、男が殊勝に応じた。


 この凸凹でこぼこコンビ、会話の通りハンターである。

 お互いの見た目とは裏腹に、少女が師匠で男が弟子であった。

 もっとも、男の馴れ馴れしい口調からは、関係を読み解くことは難しい。


「まだ陽は高いですが、今日はこの辺で切り上げましょう」

「何で? 俺はまだまだいけるぞ?」


 少女の申し出に、男が首を傾げる。


「ハァ……。貴方あなたのクソ体力は認めますが――」


 呆れつつ少女が続ける。


「もう少し、知恵を付けた方がいい」

「な、何だよ?」


 少女の言い草に、男が閉口する。


流星竜リントブルムがいるのですよ。貴方あなたに仕留められる弱い魔物なんて、みんな逃げ去っています」

「あっ……。なるほどな」


 理路整然とした少女に、男が納得した。


「よっしゃ! それじゃあ、今日のところは帰るか!」


 男が言って、道を歩き出した時である。


「動かないで!」


 少女が叫んで、クロスボウを構えた。


「な、何だ?」


 男が立ち止まったタイミングである。

 太矢ボルトがビュンと唸りを上げて、男の首を掠めていった。



◇◇◇◇


「お、お前! いきなり何すんだ!」


 自分の首元を押さえつつ、男が少女に詰め寄った。


「落ち着きなさい」


 男に襟首を掴まれながら、少女が穏やかに言った。


「一体――」


 男が言いかけた時、太矢ボルトが飛んで行った先で、何かが倒れる音がした。


「何だ?」


 男が後ろを振り返る。


 男の視線の先、道の端にある茂みの向こうで、大きな生物が倒れていた。

 人間に似た毛むくじゃらの生物は、眉間にボルトを受けて白目を剥いている。


「あ、あれは?」

魔猿サスカッチですね」


 男の問いに、少女がサラッと答えた。


…━━…━━…━━…


 

 魔猿サスカッチとは、その名の通り猿の形をした魔物である。

 人間より若干大きめの体格で、四足歩行をするこの魔猿サスカッチは害獣であった。

 悪知恵が働く上、手先も器用なので、人畜に害をなす筆頭である。

 家畜や農作物はもちろんのこと、時には人間そのものを喰い殺す存在である。

 その上に、魔猿サスカッチを仕留めたとしても、利用方法は特になかったりする。肉は硬くて不味く、皮はどのように加工しても強い臭いを放ってしまう。

 これらの事実が、人々の魔猿サスカッチ嫌いに拍車をかけていた。

 もっとも、常に賞金がかかっているので、ハンターにとっては金の成る木である。


…━━…━━…━━…


「い、いつの間に!」


 男が目を剥いた。


「理由は分かりましたか?」

「ああ、すまなかった。危ないとこだった」


 少女が聞いて、男が頭を下げた。


「いいのですよ。……ですが、いい加減に、下ろしてもらえると嬉しい」


 言いながらも、少女の顔が青くなっていく。

 激昂した男が、胸倉を掴んで持ち上げたせいである。

 襟で首を締められて、少女の呼吸はままならない。

 もっとも、命の危険の割に、少女は仏頂面を崩してはいない。


「うおっ! マジですまん!」


 男が慌てて、少女を地面に下ろした。


「ケホッ! いえ、貴方が怒るのも理解できますから。こちらも、いきなり撃って申し訳ない」

「本当にすまん!」


 少女が許しても、男はしつこく謝った。


「……取り敢えず、まずは獲物の確認です」


 少女が話を打ち切って、魔猿サスカッチに足を向けた。


「ああ、分かった」


 顔を上げて、男が少女に続いた。



「……それにしても、見事だな」


 魔猿サスカッチの死体を見て、感慨深げな男である。


「そうですか? 魔猿サスカッチとしては、ごくごく平均的なサイズの個体ですよ」


 少女が首を傾げる。


「そうじゃなくて! お前の腕を褒めてるの!」


 声を張り上げて、男が魔猿サスカッチの額を指さした。


…━━…━━…━━…

 

 少女の一撃で、絶命した魔猿サスカッチである。

 

 元来、弓矢による狩猟というものは難しい。

 矢の破壊力は、あくまで貫通力に依存するからである。

 したがって、弓矢で獲物を仕留める場合は、毒矢を使うか、さもなければ急所を的確に捉えねばならない。

 威力の高いクロスボウでも、それは変わらない。相手が魔物とあっては、尚更である。


 今回の成果は、少女の並々ならない技量を意味していた――。

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