表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/119

第九話 危機と恩返し(後編)

◇◇◇◇


 鎧ごと骨まで溶かされながらも、生きている者はいた。もっとも、その命は風前の灯である。


「助けて……」

「し、死にたくない」

「おかーさん……」


 誰が誰だか分からないズルムケの顔と手足で、皆が将軍に縋ろうとする。その様子は、さながら屍人ゾンビであった。


「うわーっ! く、来るなっ!」


 尻もちをついたまま、将軍が後ずさる。


『グルルル』


 五体満足な将軍を見つけて、流星竜リントブルムが唸りを上げた。


「ひいっ!」


 腰を抜かしたまま、将軍が流星竜リントブルムに背中を向ける。


「ににに、にげ、逃げないと!」


 地面を這いずりながら、将軍がその場を離れようとした。

 流星竜リントブルムが将軍にあぎとを向けた、正にその時である。


「将軍!」


 生き残った騎兵が1人、将軍に駆け寄ってきた。この騎兵、さっき将軍に進言した張本人である。


「お乗りください!」

「かたじけない!」


 騎兵に助けられ、将軍が馬に相乗りする。


「行きます!」


 言って、騎兵が馬に鞭を入れた。


 2人を乗せて、馬は一直線に森へ駆けて行く。

 逃げに徹した馬に、さしもの流星竜リントブルムも足を止めた。


『グルル……』

 

 2人の逃げて行く先を、ジッと目で追う流星竜リントブルムである。

 そのまま、流星竜リントブルムが諦めたと思われた矢先――。

 その口が、一層大きく開かれた。

 ポンッという音と共に、何かが口から飛び出した。

 

 果たして、飛び出した物は、一抱えくらいの尖頭型な物体である。先っぽが円錐形になっていて、後ろ半分は円柱形の白い塊であった。塊の底には穴が開いていて、周囲に矢のような尾羽がついている。

 

 塊は10メートルほど惰性で飛んだ後、底の穴から噴煙を吹き出した。

 噴煙に押されて、塊が勢いよく加速する。

 塊は意思を持っているように、馬目がけてグイグイと飛んで行く。


 そんな未知の追跡者を、逃げる側が気付けるはずもない。


「ハアッ! ハアッ!」


 騎兵が変わらず、馬に鞭を打っている。


「将軍! もう少し、もう少しだけの辛抱です! あの入り組んだ森に入れば、奴も簡単には追って来られません!」

「そ、そうだな」


 騎兵が言って、将軍が胸を撫で下ろした。

 そうして、馬が森に差しかかろうとした瞬間である。

 塊が馬に追いついた。

 爆炎と轟音を伴って、塊が破裂する。


――大爆発であった。


 騎兵や将軍はおろか、乗っている馬はもちろん、周囲の木々までもが巻き込まれて、文字通り木端微塵になった。

 爆発の威力は凄まじく、地面にはクレーターまでもが出来る始末である。森の一部が熱せられて、炎がブスブスと燻っていた。


『グオオォォォン!』


 着弾を見届けて、流星竜リントブルムが大きく吠えた。

 勝利の雄たけびである。



◇◇◇◇


 一方で、すっかり見物人に徹した3人である。


「何だよあれ……」

「さあ……」

「遂に出ました! キャッホー!」


 茫然とするジーンとマリーを余所に、小躍りしているサラであった。


「お嬢、あれって――」

「あれこそが、流星竜リントブルムが放つ第2の吐息ブレスにして、最終兵器なのです! あれを直接見る事が出来た者なんて、ここ半世紀で私たちくらいのものでしょう! ああ、何て運のいい!」


 聞くマリーに、感無量のサラである。


「その名も〝隕石落とし(メテオストライク)〟! 口から、爆発性の実体弾を撃ち出すのです!」


 サラが続けた。


「あ、ひょっとして、流星竜リントブルムの名前の由来って……」


 マリーが思いついたように顔を上げる。


「ご明察です」


 サラが満足気に答える。


「あの放物線を描いて飛んで行く物体が、まるで流星みたいだから、付いた種族名なのですよ」

「なるほどね。それにしても、まったく大した威力だよ」

「でもよ、さっきのあれ、まるで意思があるみたいに、馬を追っかけて行ったぞ? 一体全体どういうことだ?」


 サラの説明にマリーが感心し、ジーンが疑問を垂れた。


「いい質問ですね!」


 本日2度目の、サラの決め台詞である。


「あれ自身も独立した生物とするのが、もっとも有力な学説ですね。

 発射直前まで流星竜リントブルムと意識を共有して、標的を把握する。そして、飛び出した瞬間から、一直線に標的へ向かって行く寸法です。

 しかしながら、正体が甚だ謎なことに変わりはありません。

 ある種の共生生物とするのが学説上有力なのですが、私個人の見解では、あれは本体である流星竜リントブルムの分身――つまり、子供のような物ではないかと思う次第なのですが……」

「そう思う根拠は?」

「過去のデータと照らし合わせますと、流星竜リントブルムがあの攻撃をする際、事前に繁殖期を迎えているのです。

 それに、あの攻撃をする個体は須らくメスなのです。加えて、例えメスでも、老齢の個体はあれが出来ない。

 そういう理由わけで、正しく子孫としての子供と、あくまで攻撃手段にすぎない子供の二種類がいるのではないかと思うのです」

「子供を武器にするって……。なんちゅー無慈悲な生命体だ」


 サラの仮説に、ジーンが顔を青くする。


「それはそうと、お二人とも。そろそろここから出ますよ。いい加減、天井が落ちてきそうで危ない」


 サラの言うように、建物は限界を迎えていた。ビシビシという家鳴りが、みるみる大きくなっていく。


「お早く!」

「おう!」

「はいよ!」


 サラが促して、全員が外へと飛び出した。



◇◇◇◇


「おいっ! あ、あれって!」


 外に出たとたん、ジーンが絶句する。


 果たして、3人から見て10メートル程離れた先である。血と肉片塗れな地面の上に、流星竜リントブルムが居座っていた。 

 流星竜リントブルムは佇んだまま、3人をジッと見つめている。


「しまった! まだ居やがったのか!」

「いや、そりゃあ居るでしょうよ」


 焦るジーンに、サラが不思議そうに首を傾げた。


「お前が急かすから、どっか行ったと思ったんだよ!」


 ジーンがサラに突っかかる。


「それは貴方、考え方が真逆ですね。魔物オタクの私が言うからには、まだ居るに決まっているでしょうに」

「――っ!」


 サラの指摘に、ジーンが目を剥いた。


 サラとジーンが、最初に流星竜リントブルムと接触した時のことである。

 わざわざ危険を冒して、サラは流星竜リントブルムに近付こうとした。

 好奇心を優先するサラの行動原理は明白である。


「に、逃げ――」

「ちょい待ち!」


 走り去ろうとしたジーンの腰に、サラがしがみ付く。


「前あれに卵を返した時、私言いましたよね? 急に動いたら、いたずらに刺激するだけです。とにかく静かにしてください」

「わ、分かった」


 サラの説得に、ジーンが折れる。


「はあっ?」


 声を上げたのはマリーであった。サラから受けた報告が、徹頭徹尾嘘だったので、これは当然の反応である。


「ちょい待ち! 流星竜リントブルムに卵を返した? 何それ? 私初耳なんですけど?」

「静かに!」


 マリーの抗議をサラが押し止める。

 直後、流星竜リントブルムが動きを見せた。

 流星竜リントブルムが長い尾を揺らしながら、ゆっくりと三人に向かってくる。


「あわわわわ……」


 ジーンが膝をガクガクと震わせた。


「ちょいと! これって大丈夫なのかい?」


 聞くマリーにしても、焦りを隠せない。


「取り敢えず、敵意は感じられません。こちらを殺すつもりなら、突進してくるはずです。いいですか? くれぐれも、さっきのジーンみたいに走って逃げないように。今私たちが出来るベストな対応は、ひたすら動かないことだけです」


 サラが答える。


「俺、もう駄目かも……」


 ジーンの顔が、青いを通り越して白くなっていた。


「気絶したければ、してもらって構いませんよ? 下手にパニックになるより、よっぽどマシです」

「いくら俺でも、自在に気絶なんて真似、出来ねーよ……」


 辛辣なサラに、ジーンが弱々しく反論した。

 丁度その時である。

 地響きを立てて、流星竜リントブルムが3人の前で足を止めた。



 流星竜リントブルムの巨体が太陽を遮って、3人の上に影がかかる。


「おおっ! 何と勇壮な!」


 念願叶って、感激するサラである。

 一方でジーンである。


「……」


 既に言葉はなく、ジーンの顔は引き攣っている。


「あ、ああ。す、凄い迫力だね」


 サラに相槌を打つマリーにしても、その実、ジーンとあまり変わらない。


「そうでしょう、そうでしょう」


 サラが言った、次の瞬間である。

 流星竜リントブルムが頭を下ろした。

 視線を3人に合わせて、流星竜リントブルムがサラに鼻先を近づける。

 流星竜リントブルムが『スンスン』と、サラの臭いを嗅ぐ。その隙に乗じて、サラが流星竜リントブルムの頭に触れた。


「ほほう。硬さは見た目どおりですが、思った以上に温かいですね。これは恒温動物である何よりの証拠です」


 顔を顰めた流星竜リントブルムを余所に、サラがペタペタとその顔を触りまくる。


「ああ、もうちょっとだけ」と言うサラを振り払って、流星竜リントブルムはマリーに顔を近づけた。

「ひっ!」


 さしものマリーも、恐怖で体を強張らせた。

 もっとも、マリーの懸念は無用であった。しばらく臭いを嗅いだ後、流星竜リントブルムは不思議そうに首を傾げた後、興味をジーンに移したのである。

 流星竜リントブルムが、今度はジーンの体を嗅ぎまくる。

 その時である。


『ブシュッ!』


 流星竜リントブルムが大きく息を吐いた。

 ちなみに、これには特別な理由はなく、単なるクシャミである。

 血と臓物の混じった荒息が、ジーンの全身をくすぐった。

 しかしである。


「……」


 頭から鼻水を浴びても、ジーンはピクリとも動かない。

 流星竜リントブルムがジーンから顔を上げて、自分の首筋を前脚で掻き毟った。


「ジーン! 受け取りなさい!」


 ピクリとも動かないジーンに、サラが呼びかける。

 ジーンの身体からだに、剥がれた鱗が降りかかった。


竜鱗ドラゴンスケイルです! それも剥がれたばかりの! とんでもない一財産ですよ!」

「……」


 興奮するサラに、やはり反応を見せないジーンである。


…――…――…――…


 ドラゴンの鱗こと竜鱗ドラゴンスケイルは、大変貴重な資源である。

 主に鎧に使われるそれは、鋼鉄よりも硬く、それでいて鋼鉄より軽い。

 さらには、曲げ強度に優れ弾力までもが富んでいる。熱にも非常に強く、まさに万能の素材である。

 その価値はもちろん高く、鱗1枚に対して金貨10枚の値がつけられていた。

 金貨十枚と言えば、庶民の年収である。

 当然、ジーンの浴びた物のように、状態がいいほど価値が高い。

 それが20枚散乱していれば、正しく一財産であった。


…――…――…――…


 首筋を掻き終えると、流星竜リントブルムは3人に背中を向けた。


『クックック』


 何かに呼びかけるように、流星竜リントブルムが喉を高く鳴らす。


『ピィピィ』

『クククク』

『クルルル』

『クックック』

『クークー』


 様々な声を鳴らして、森から子供のドラゴンが駆けてきた。

 その数は5匹で、巣にあった卵と同じ数である。

 子供を後ろに従えて、流星竜リントブルムがノッシノッシと去っていく。

 やってきた方角とは真反対の、未踏領域の更に奥深くへと、流星竜リントブルムは消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=21128584&si script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ