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第八話 面目と躍如(後編)

◇◇◇◇

 

 舞台は変わって、建物の外である。


「申し訳ありません。討ち漏らしました」


 前列の弩兵が1人、撃ち終えた太矢ボルトを番え直している。それ以外の人員は、依然として隊列を崩していない。

 そして、最後尾に控えている5人の騎兵である。いずれも正規の騎士らしく、堂々とした佇まいであるが、その中で一際目立つ存在がいた。


「構わん」

 

 怒兵をねぎらう、目立つ存在である。全身金属鎧フルプレートなのは当然として、鎧全体に金色の文様エングレーブが走っている。ヘルムの頭には赤い飾りが付いていて、止めに紫色の外套マントをはためかせていた。

 この人物こそが、ジーンが殺したアルバートの父にして、再び当主に返り咲いたワーナー将軍である。

 将軍の目的はズバリ仇討ちであった。憎きジーンを追って、遥々王都から遠征してきたのである。


「ジーン! 出て来い!」


 バイザーを跳ね上げ、将軍が建物を睨みつける。


「よもや、私のことを忘れたとは言わさぬぞ。お主の卑劣で非常識な振舞い、断じて許すまじ! 我が息子の仇、今ここで討たせてもらう!」


 続ける将軍であるが、一つだけ誤解があった。

 ジーンはこの人物を知らない。もちろん、アルバートに父親がいることは知っていたが、肝心の素顔を知らないのである。

 具体的に言うなら、町で声をかけられたとしても、「おっさん、誰よ?」と聞いてしまう程度である。

 これが一般庶民なら、許される無頓着かもしれない。

 しかし、宮廷騎士の嫡男としては甚だ許されざる無知である。

 これもやはり、ジーンの特異な生い立ちのせいであるが、怒りに燃える将軍にとっては、知った事ではない。

 もしも、この場にサラがいなければ、ジーンは訳も分からないまま、騒動に巻き込まれるところであった。出不精のサラとは言え、さすがに要人の顔は覚えているのである。


「くそっ!」


 いつまでも出て来ないジーンに、将軍が痺れを切らした。


「安心せい! 他の者には決して手を出さん。これはあくまで、ワシとお主、一騎打ちの勝負である!」


 焚き付けにかかった将軍だが、当然これは嘘っぱちである。もし本当ならば、わざわざ軍を引き連れて来るはずもない。

 要するにこの将軍、ノコノコと出てきたジーンを、クロスボウでハチの巣にする算段であった。

 残ったサラとマリーに関しては、兵たちの慰み者にした後殺せばいい――そういう筋書きである。


「どうした? 臆したか?」


 将軍が挑発を続けた時である。

 入口から、革鎧の男がサッと飛びだした。


「撃てーっ!」


 将軍の号令と共に、弩兵全員がクロスボウを斉射した。

 10本のボルトが、見事に全弾突き刺さる。


った……って、あれ?」


 一瞬喜んだ将軍であるが、すぐに異和感に気付いた。

 倒れ伏した男には片腕が無く、ついでに言えば片足も無い。


「と、盗賊の死体か!」


 将軍が気付いた時には遅かった。


「こっちだっ!」


 本物のジーンが身を乗り出した。

 ジーンは私兵の短弓ショートボウを構えている。


「いかん! 退けいっ!」

「喰らいやがれっ!」


 将軍の号令と、ジーンの攻撃は同時であった。


「がはっ!」

「げふっ!」


 装填をする間もなく、弩兵が二人、眉間を射抜かれた。


「1度に2発も撃ったのか! しかも、それを当てるとは!」


 将軍が驚愕した時である。


「おりゃーっ!」


 ジーンと入れ替えに、今度はマリーが飛び出した。その手には愛用の槍が握られている。


「死ねーっ!」


 助走をつけて、マリーが槍を投げる。


「ぎゃーっ!」


 槍は寸分たがわず、2人の歩兵を喉から貫いた。


「よっしゃっ! 見せ場ゲット!」


 マリーがガッツポーズを作ったその時、クロスボウの再装填が終わった。


「ちょ、ちょっと待って! あぶっ、危なっ!」


 飛んでくる太矢ボルトに追いまくられたものの、マリーも無事に建物へと逃げ込んだ。

 

 こうして、初戦はジーン側の圧勝に終わった。



◇◇◇◇

 

 今度は建物の中である。

 早々と身を引っ込めたジーンに続き、マリーが飛び込んできた。


「お見事」

「ぜぇぜぇ」と息を切らすマリーに、サラが労いの言葉をかける。

「み、見ているだけじゃなくて、あんたも戦いなよ」


 恨めしそうに、サラを睨むマリーである。


「私は戦力外です」

「はあ?」


 シレッと断るサラに、マリーが顔を歪ませた。


「お得意の射撃で、援護でも何でも出来るだろ――」


 言いかけた途中で、マリーが止めた。


「思い出されました?」


 サラが聞く。


「……ああ、そうだった」


 言われて、マリーが思い出す。

 

 サラのクロスボウは、修理不能の壊れたままである。

 私兵が持っていた短弓ショートボウにしても、ジーンが使っている最中であった。

 

 そもそもの話、サラは普通の弓を使えない。

 弓とは本来、腕力が必要な武器である。小柄な少女では、さすがに役者不足であった。

 ついでに言えば、サラの近接戦闘能力である。狙撃を得意とするように、不意打ち気味につけ込むのが、サラの常套手段であった。

 堂々とした会戦で、しかも重装備の戦士と渡り合うのは、いくらなんでも心許ない。


「それで、どうよ? 連中に対する感想は?」

 

 サラに向かって、ジーンが聞いた。


「そうですね――」


 サラが答えて続ける。


「いずれも正規軍の現役兵士か、元兵士でしょう。突然の反撃にも関わらず、よく統制がとれてます。ですが――」


 サラの分析は続いていく。


「将軍一人だけで、小隊ごときを率いていることが、極めて不自然です。おそらくですが、あの将軍――」

「出奔した?」


 サラの途中で、ジーンが被せた。


「はい。貴方に執着するあまり、自分に賛同する部下だけを引き抜いたってところでしょう。あの軍旗はハッタリですよ。ちなみに、これは国軍の私物化です。裁かれるべきは、むしろあちらの方です」


 サラの推理はそこで終わった。


「よっしゃ! 連中の素性は分かった。よかったな、マリー! どうやら俺たち、朝敵にはなってないみたいだぞ」


 ジーンがマリーに振った。


「よかないよ! 向こうが裁かれるべきだとしてもさ、要するにあの将軍、死なば諸共の覚悟ってことじゃんか! これからどうすんのさ?」


 マリーの反撃に、ジーンが「ひゃっ!」とたじろいだ。


「しばらくは安全ですよ」


 サラの反論である。


「向こうは、ジーンの強さをよく知っています。それに、私たちも戦力になることを見せつけました。いきなり押し入ってくることは、まず考えられない」

「籠城するってことかい?」


 サラの分析に、マリーが聞いた。


「そうですね。このまま夜になって、魔物が活発になった時がチャンスです」

「どういうことだい?」

「魔物へ注意が向いた隙に、ここを逃げ出します。少々危険な賭けですが、強行軍を敢行します」

「なるほど」


 サラの説得に、マリーが折れた時であった。


『ええいっ! カギ縄を持て! 屋根に引っかけるのだ! こうなれば、建物ごと潰してくれるわ!』


 将軍の号令である。


「……ちょいと」

「……おい」

「私のせいではありません」


 批判の視線がサラへ集まった。



◇◇◇◇


「オーエス! オーエス! ほれ、もっと腰に力を入れんか!」


 将軍の指示の下、外では兵隊が一丸となって、綱引きに勤しんでいる。

 無論、屋根にひっかけたカギ縄を引っ張り、建物を崩す算段であった。

 

 その一方で、その建物の中である。ミシミシと軋み音が響き、天井の梁からはパラパラと埃が降っていた。


「どどど、どうするんだい?」


 マリーが泡を食っていた。


「……ジーン、少しいいですか?」


 マリーを無視して、サラが聞いた。


「何だ?」


 聞き返すジーン。


貴方あなた、実際は1人で何とか出来るんじゃないですか?」

「は?」


 サラの問いに、マリーが反応した。


「いや、いくら何でも――」

「まあな」


 マリーの反論に、ジーンが言葉を被せる。


「やっぱり」


 納得するサラである。


「原因は私たちですか?」


 続けてサラが聞く。


「……」


 ジーンが黙ったまま頷いた。


「は? え? どういうこと?」

「私は、ジーンの強さをよく知っています」


 要領を得ないマリーに、サラが答えた。


「貴女も、ジーンの強さを見たでしょう? ですが、本来のジーンは、あんなものじゃあない。信じられないかもしれませんが、この男、フル装備の騎兵ですら、一刀で斬り伏せてみせるのですよ。あれくらいの有象無象、簡単に蹴散らせ無い訳がないのです。となれば、ジーンが動かない理由は一つ」

「あっ! ひょっとして……」

「はい、ご明察」

「私たちが足手まといってことか!」

 

 サラの説明に、マリーの合点がいく。


「他人を守りながらの戦いは、すごく難しいんだよなー」


 サラを肯定するように、ジーンが呟いた。


…――…――…――…

 

 例え1対多数の戦いでも、やり方次第では勝ち目がある。囲まれないように立ち回って、単独撃破を狙えばいい。ジーンの武技と体力では、それは十分に可能であった。

 しかし、これはあくまで、1人での切り抜け方である。他人を守って戦う方法ではない。

 既に得物を失って、サラとマリーは戦力外である。2人を守り抜くのは、いくらジーンでも不可能であった。

 

…――…――…――…


 そうこうしている内に、ガタガタと建物が揺れ始めた。


「はてさて……。これはいよいよ、覚悟を決めねばなりませんね」


 サラが言って、手近に落ちてる鉈を握った。


「くそっ……」


 悪態をついて、マリーも手近の斧を拾った。


「よしっ! 行くか!」

 

 ジーンが言って、3人が飛び出そうとした時である。


『グオオオオーンッ!』


 凄まじい咆哮が、空気をビリビリ震わせた。


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