表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/119

第八話 面目と躍如(前編)

◇◇◇◇


「さてと……」

 

隊長の死を見届けて、サラが立ち上がる。


「このおっさんの言ったこと、本当に信じてるのか?」


 サラの後ろから、ジーンが聞いた。


「私事で恐縮ですが――」


 サラが言って、続けた。


「貴方も知っての通り、私は学問だけの無精者です。家中の采配には、全くと言っていいほど無頓着だったのが、今となっては物凄く悔やまれる。自身の立場なんて、あの飛竜ワイバーン絡みの不祥事以前から、既に危なかったのですから……」

「……だろうな」

「それでも、今思い返せば、私のことを気にかけてくれた使用人はちゃんといたのです。この人は、その内の1人ですよ。色々気が付くのが遅すぎました――」

「……そうか」


 サラが言葉を詰まらせて、ジーンが相槌を打っていく。


「ええ」

「……」


 目頭を押さえるサラを、ジーンは黙って見守っている。

 時間だけが流れていった。

 激しい乱闘のせいで、すっかりボロボロになった建物である。隙間だらけの壁からは、外の風がビュービュー吹き込んでいた。

 

 そうして、五分ほど経った時である。


「それはそうと――」


 涙を拭って、サラがジーンに向き直った。


「貴方、あの魔鶏コカトリスはどうしたのです?」

「お、おう。あれな」


 サラの疑問に、ジーンが目をツイッと泳がせた。


「な~に、俺が本気になりゃあ、あんなニワトリもどき楽勝ってもんよ。こうやって、一刀で斬り伏せてやったぜ!」

「ほう……」


 胸を張るジーンを、サラがジト目で睨みつける。


「イヤ、ホント、マジデホントウダッテ」

「……」


 棒読みになったジーンに、無言の圧力をかけるサラである。


「……ごめんなさい。嘘つきました」


 ジーンが先に折れた。


「詳しく」


 サラが説明を求める。


「いやね、あの後追いかけっこを続けていたんだけど、気が付いたら崖っぷちに追い詰められていたのよ。いよいよ魔鶏コカトリスがジャンプして飛びかかって来た時、『もうだめだーっ!』と思って屈んだら、アイツ、俺の頭の上を通り過ぎて行ったって訳。そのまま、勝手に崖の下へ落ちて行ったって顛末なんだけど……」


 後半になるつれ、声のトーンを落とすジーン。


「ま、そんなことだろうと思ってました」

「あれ? 怒らねーの?」

「全然」


 どこまでも締まらないジーンに、サラは全く動じない。


「ハンターにとっては、運も実力のうちですからね」

「さいですか」


 サラの持論に、ジーンが納得した時である。


「あの~、2人とも、そろそろいいかな?」


 遠慮がちに口を挟んだのは、マリーである。


「私のこと、忘れているんじゃないかい?」


 床を這いずりながら、聞くマリーであった。今の今まで、縛られたまま放置を喰らっていたのである。


「いい加減、これほどいてくれないかな?」


 恨みがましく二人を見ながら、マリーは芋虫のように体をくねらせていた。



◇◇◇◇


「ごめんごめん」

「……まったく」

 

 ジーンが縄を切って、ようやく自由になったマリーである。


「あんたらときたら……」


 手首を擦りながら、マリーが立ち上がった。


「取り敢えず、1つだけ言いたいんだけど――」


 言って、マリーがサラとジーンを交互に指さした。


「おんなじ! あんたら二人とも、私からしたら全く同じだからね!」

「おや?」

「はあ?」


 マリーの発言に、サラとジーンが声を上げる。


「一体どこが同じなのですか?」

「一体どこが同じなんだよ?」


 サラとジーンが同時に聞いた。


「行き場を失くしたお偉方って点は、勿論だけど――」


 マリーが続ける。


「こうやって、人を散々に振り回す自己中なとこだろーよ! あんたらのせいで、何人の人間が人生を狂わせたと思っているのさ?」

「うっ……」


 怒気を強めたマリーに、サラが声を詰まらせた。


…――…――…――…

 

 確かに、一見して被害者のサラである。

 しかしながら、実際のところは、完全に善良と言い切れない。

 例えば、全ての発端になった飛竜ワイバーン騒ぎである。いくら法が許すとは言え、サラの思慮がもう少し深ければ、予見出来たことと言えた。この事件のせいで、路頭に迷ったアカデミー関係者は多い。

 もっと言えば、サラの実家である。サラ自身も後悔したばかりであるが、もう少し家内に気を配れば、さっきの隊長を始め、私兵たちの運命は大きく変わったはずである。


…――…――…――…


「面目ありません」


 すっかり項垂れたサラであった。


「おいおい、この俺は一方的な被害者だぜ?」


 サラを尻目に、ジーンがのたまう。


「助けてもらった身の上で、こんなこと言いたくはないけどさ……。散々人をぶっ殺してきて、どこがどう被害者なんだよ!」


 あちこちに転がるバラバラ死体を指さして、マリーが喚いた。


 無骨な武辺者のジーンに関しては、もはや弁解の余地もない。マリーの指摘は、至極もっともであった。


「まったく、これだから貴族様ってやつは……」


 呆れ顔で、マリーがぼやく。


「ちょっと待て」


 閉口するジーン。


「ちょいと誤解があるみたいだが、俺の家はただの騎士だぜ。そもそも勘当されてるんだから、今の俺はド平民だよ」


 ジーンが不服そうに言った。


 ジーンの言う通り、騎士とは厳密には貴族ではない。領主を兼ねることはあるものの、騎士とは本来、軍事的階級である。

 正式に貴族を名乗るには、この騎士爵に加えて、男爵以上の位階を必要とした。

 とは言え、平民から見てどう映るかは、これまた別の問題である。


「だーかーらー、そんなの、私ら平民から見たら一緒だっちゅーに――」


 マリーが言いかけた時である。


「……何か来る」

 

 ジーンが突然、顔色を変えた。


「ど、どうしたのさ?」


 マリーが聞く。


「危ねーっ!」


 ジーンが言って、剣を振り回した。

 ジーンの剣が、マリーの鼻先を掠める。


「ひいっ!」


 仰け反って、マリーが尻もちを着く。


「何する――」


 抗議しかけたマリーを、目の前の光景が押し止めた。

 真っ二つになった矢が一本、床に転がっていた。

 

――狙撃である。


「隠れろっ!」


 ジーンが言って、銘々が物陰に身を隠す。



◇◇◇◇


「全員無事か?」

「大丈夫です」

「生きてるよ」


 倒れたテーブルをジーンが盾にし、壁を背にサラが息を潜めている。

 ちなみにマリーに至っては、空の木箱に飛びこんでいた。


「サラ、外の様子は?」


 ジーンが聞く。


「ちょっと待って下さい」


 言って、サラが壁板の隙間から外を覗いた。


「ええ、いますよ。それも仰々しいのが沢山」


 サラが続ける。


…――…――…――…


 果たして、そこにいたのは軍隊であった。

 規模としては30人編成の、整然と並んだ小隊である。

 小隊の内訳は、前列の10人がクロスボウを持った弩兵で、2列目の15人が槍を持った歩兵、後ろに控えた残りが騎兵であった。

 いずれも装備が綺麗に整っており、全員が金属鎧プレートメイルを纏っていた。

 訓練も行き届いているとみて、動きに全く淀みがない。

 だがしかし、問題は掲げられた軍旗である。


…――…――…――…


「王国正規軍のようです」

「げっ!」


 サラの分析に、マリーが声を上げた。


「ちょいと! おたくら、何やらかしたんだい?」


 箱の中で、マリーが喚いた。


「うーん……」

「えーっと……」


 サラとジーンが、順番に首を傾げる。

 二人揃って、やらかしたことが、やらかしたことである。追われる心当たりには、枚挙に暇がなかった。


「じょじょじょじょ、冗談じゃないよ!」


 マリーが叫んだ。


「朝敵になるなんて、私はごめんだからね!」

「ハハハ。いやいや、それはねーって」


 心配するマリーを、ジーンが笑い飛ばす。


「多分だけど、ここにいた盗賊を退治しに来たんじゃねーの? まあ、俺が全員殺っちまったから、無駄骨に終わったんだけど」


 楽観的に、ジーンが続ける。


「大方、俺たちを盗賊の仲間とでも思ってるんだろうよ。なーに、ちゃんと名乗れば、分かってもらえるはずさ」


 言って、ジーンが身を乗りだそうとした時である。


『ジーン・ファルコナーの小僧だな! そこにいるのは分かっている! 抵抗を止めて、大人しく建物から出てこい!』

 

「……マジかよ」


 外から聞こえた声に、ジーンが頭を抱えた。


「……おい」


 マリーがドスを聞かせる。


「横合いから失礼しますが」


 サラが割って入った。


「マリーの心配は、大丈夫ですよ」

「え?」


 サラの台詞に、マリーが声を上げた。


「どういう意味さ?」


 箱の中から、マリーが詰め寄った。


「〝一時不再理〟という概念が、王国刑法にあるのです。ざっくばらんに言えば、一度無罪とされた以上、後になって有罪とされないという原則です。ちなみにこれ、王本人と言えども、決して覆せません。ジーンのやらかしたことは間違いなく、もう今後一生、追及されることはないのです。少なくとも、朝敵なんかにはなりえません」


 外をチラチラと窺いながら、サラが講釈を垂れていく。


「じゃあ、何でジーンを呼んでいるのさ?」

 

 マリーが重ねて聞いた。


「さっき、ジーンを呼んだ人物に、問題があるのですよ」


 答えて、サラが続ける。


「騎兵の中に、リーダーらしき人物がいます。さっきの声の主でしょうが、私の記憶が質しければあの人、ワーナー家の前当主、つまりジーンが殺したアルバートの父親のはずです」

「え? あれが?」

 

 サラの言葉に、ジーンの眉尻がピクリと動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=21128584&si script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ