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第七話 捕縛と陰謀(後編)

◇◇◇◇


「ひ、ひるむな!」


 檄を飛ばしたのは隊長である。


「今のあやつは丸腰だ! 皆で一斉にかかれ!」


 隊長の指示は的確である。戦士を組み伏せた時、ジーンは剣を捨てていた。たとえ剣を拾い直すにしても、結構な間があるのは明白である。

 隊長の言葉に、全員が「おうっ!」と奮い立った。


「死ねーっ!」

「仲間のかたき!」


 盗賊と私兵が、一斉にとジーンに斬りかかる。

 しかしである。


「ぐはっ!」

「ぎゃっ!」


 血しぶきを上げて、あっと言う間に倒れ伏す2人であった。


「な、何が?」


 驚愕する隊長の視界に、突っ立っているジーンが映った。ジーンの手には、さっきとは別の剣が握られている。


「剣を持ち換えたのか!」


 隊長の分析通り、ジーンは組み伏せた戦士の剣を奪っていた。

 一切の隙を生じさせない戦いの運び方は、正に歴戦のつわものである。


「おおっ! こいつ、結構な業物使ってるじゃねーか。今度からは、こっちを使わせてもらうなー」


 隊長を無視し、持ち換えた剣を見分するジーン。

 剣身をマジマジと見つめるジーンであるが、それでも、やはり隙は見せていない。


「ば、化け物だ」


 誰かが言ったものの、敢えてそれに同意する者はいない。その代わりに、皆が浮き足だって、戦意の喪失だけは明らかであった。


「この流れるような剣撃に、多勢を物ともしない戦いぶり……。まるで、少し前に世間を騒がせた、かの盗賊狩りを彷彿とさせる――」


 そこまで言った時、隊長の顔色が変わった。


「まさか、お主の正体は!」

「ああ、そのことか。おーいサラ、もういいか?」


 隊長を置いてけぼりにして、ジーンがサラに視線を向けた。


「いいでしょう」


 サラが言って、ジーンが「りょーかい」と答える。


「ご明察」


 さっきの隊長の追及に、ジーンが首肯した。


「俺がその〝盗賊狩り〟だよ」

「嘘だ!」

「有り得ない!」

「死んだんじゃねーのかよ!」


 正体を明かすジーンを、盗賊や私兵がこぞって否定する。しかしながら、誰もが言葉とは裏腹に、内心では確信していたりする。


「さてと……」


 剣を八双に構えて、ジーンが言った。

 サラとマリーを除く全員が、一斉に身体を強張らせた。


「相変わらず、お前らからは来ないのな……。まあ、いいや。いい剣も拾ったし、今度は全力で行くぞ」


 言い終えるや否や、ジーンが凄まじい勢いで駆けだした。

 前座を終えて、血の宴が始まったのである。



「どりゃーっ!」


 盗賊も私兵もお構いなしに、ジーンが剣を振り回す。先ほどに輪をかけて、ジーンの動きは早い。


「ぎゃっ!」

「ぐえっ!」

「ひでぶっ!」


 断末魔を上げて、面白いように人が斬られていく。

 誰ひとりとして、ジーンと斬り結べる者はいなかった。

 ほとんどの者が剣を受ける間もなく攻撃を浴び、偶然受けることが出来た者にしても、得物ごと首を斬り飛ばされた。

 軽装の盗賊にいたっては、特に悲惨であった。革鎧ごと腹を裂かれ、内蔵をぶちまける者が続出したのである。

 隙間の少ない全身金属鎧フルプレートの私兵にしても、それはそれで、ジーンは的確に関節の継ぎ目を狙うのである。深い傷から大量の血を撒き散らし、皆次々に意識を手放していった。

 盗賊と違って死体が綺麗なことが、せめてもの救いであった。


「距離を取れ! ゆ、弓を使うのだ!」


 形勢危うしと見て、隊長が指示を飛ばす。


「了解っ!」


 私兵の1人が隊長に答えた。


「く、喰らえっ!」


 ジーンから距離を取って、私兵が短弓ショートボウを構えた。


「甘いわっ!」


 ジーンが言って、近場のテーブルを蹴り上げた。

 テーブルが盾となって、矢が虚しく突き刺さる。


「くそっ!」


 毒づきながら、私兵が矢を番え直そうとした時である。


「どっせい!」


 テーブルを両手で抱えながら、ジーンが私兵に突っ込んだ。


「ぐはっ……」


 テーブルと壁に挟まれ、私兵は白目を剥いた。

 分厚いテーブル越しに、ジーンが私兵に剣を突き刺した。

 こうなってはもはや、誰もジーンを止める者はいない。

 殺戮マシーンとなって、ジーンは蹂躙を続けていった。


 一方で、完全に蚊帳の外になった、サラとマリーである。

 ふん縛られた2人は、ジーンの戦いに巻き込まれないよう、隅っこで身を潜めていた。


「お嬢、あんたジーンのこと、知っていたのかい?」


 サラに寄り添って、マリーが聞く。


「ええ、まあ」

「……あんたも人が悪いねえ」

「私としては、あの爆肉鋼体なガタイを見て、素人と思う方がどうかしてるかと――」


 マリーに答えながら、サラが一端言葉を区切った。


「――と言いたいところですが、私も最初から知らなければ、ただの木偶の坊と思ったかも知れません」

「うん? どういうことさね?」


 言い直したサラに、マリーが首を傾げる。


「告白しますと、ジーンのことは、随分と――それも彼が〝盗賊狩り〟になる前から、知っていたのですよ。時期はそうですね……。丁度、私がアカデミーにいた頃でした。もっとも、私が一方的に知っていただけなのですが――」


 サラが答えて、ジーンの素性を語り始めた。



◇◇◇◇


 ジーンのフルネームを、〝ジーン・ファルコナー〟と言う。

 ちなみに年齢は、今年で22歳であった。

 素性を偽る者が多い辺境で、ジーンは意外と本名を名乗っていたのである。

 

 ジーンの生家は、王都の名家――ファルコナー家であった。

 このファルコナー家、爵位こそは持たないが、立派な名門騎士の家系である。普段は王の近衛隊を任されており、代々が武芸指南役を務めてきた、武門の家柄である。

 特に爵位がない理由は、別に家格が低いせいではない。近衛である以上、最前線の戦士であらねばいけないからという、もっともらしい理由付けのせいであった。爵位というのは、基本的に土地を治める領主に与えられるのである。

 

 さて、このファルコナー家、お家芸とするのは剣術だけではない。

 当主に至っては、馬術や槍術、果ては弓術に格闘術と、およそ武芸と名のつく物は全て修めているのである。

 ジーンはファルコナー家の跡取り息子であった。しかも、ファルコナー家史上最強と持て囃されていたのである。無闇矢鱈に強かったり、トレーニングに詳しい所以である。

 

 しかしである。肝心の問題は、そんな天才御曹司が、風来坊さながらに辺境へ落ちのびた理由である。

 ざっくばらんに言えば、ジーンは王都で不祥事を起こしたのであった。

 もちろん、ジーンにも責任があったが、色々と不運が重なった結果でもある。


 ファルコナー家には、一般的な武芸の他に、もう一つ特殊な技術が伝承されている。すなわち、鷹匠の技である。

 ファルコナーの姓が示すように、元々この家は鷹匠であった。もっとも、鷹匠と言っても、一般的な鷹を使う狩猟の技術ではない。雷鷲サンダーバードという魔物を使役して、飛竜ワイバーンを迎え撃つ、対魔物用の戦闘技術である。

 王国建国の折り、押し寄せる飛竜ワイバーンをこれで蹴散らして、王に取り立てられたのが、ファルコナー家の興りであった。

 

 ちなみに雷鷲サンダーバードとは、翼開長3メートルほどの巨大な鷲の形をしていて、足の裏から生体電流を流す物騒な魔物である。

 唯一にして最大の美点は、雛の内から育てると、人に懐くことであった。

 

 魔物恐怖症のジーンは、この技だけはついぞ会得出来なかったのである。

 幼少期から育てたはずの雷鷲サンダーバードは、ジーンの怯えを感じ取ったせいか、一向に言う事を聞かなかった。馬鹿にしたようにそっぽを向いたかと思えば、いたずら半分にジーンに電撃を浴びせたりするのである。

 最早お手上げ状態のまま、ジーンは騎士叙任式を迎えてしまった。これは、王侯貴族が見守る中、家の後継者を王が承認する大事な儀式である。この式典で、持ち前の技を披露するのが、ファルコナー家の、ひいては王国の伝統である。

 

 もちろん、途中までは順調であった。剣術に弓術、そして格闘術と、歴代最強の戦士に相応しい技前を、ジーンは次々と王の御前で披露したのである。

 それでも、やはりというか、ジーンは雷鷲サンダーバードの使役でしくじってしまった。自分の雷鷲サンダーバードに、散々に突っつき回されたのである。

 

 締まらない結果であるが、これはこれで良かったりする。全ての技を完璧に披露できた当主など、長いファルコナー家の歴史を辿っても1人もいない。

 むしろ、1つを除いて完璧だったジーンは、必要にして十分な逸材である。

 本来ならば、このまま粛々と、叙任式は終わるはずであった。


 しかし、ここで入った横槍が、ジーンにとって運の尽きである。


「いてて……」


 ジーンが雷鷲サンダーバードに突っつかれた直後である。


「はんっ! 肝心の最期でしくじるとは、〝珠に傷〟とは正にこのことだな」


 嘲ったのは、観衆の中にいた一人の若者であった。

 ジーンより一つ年上の若者の名を、〝アルバート・ワーナー〟と言う。

 国軍を司る将軍を何人も輩出した、名門ワーナー伯爵家の若き当主である。身分としてはファルコナー家よりも高い、立派な貴族である。

 前年に叙任を終えて、家督を継いだアルバートは、昔からジーンに対抗意識を持っていた。

 これには、軍隊と近衛隊の確執や、形式上は身分の低いファルコナー家への嫉妬もあるのだが、偏にアルバートの一人相撲である。

 この事実を裏付けるように、正にこの瞬間まで、ジーンはアルバートのことを知らなかったりする。


「他の武芸ならいざ知らず、本来のお家芸でこの有様とは……。いやはや、ファルコナー家も跡継ぎに恵まれなかったご様子」


 続くアルバートの嫌味であるが、場の顰蹙を買ったのは言うまでもない。居並ぶ諸侯もこぞって、「ワーナー卿、口を慎まれよ」とか、「ジーン殿は十分な技を示された」と言って、ジーンをかばったのである。

 ジーンにしても、このまま黙っているか、適当にあしらっておけば、八方丸く収まるはずであった。

 そんな中で、今ひとつ空気を読めないのが、この男の欠点である。


「そんなに文句があるんだったらよ、いっそのこと、俺と勝負してみればいいんじゃね?」


 ジーンの口から出た、余計なひと言であった。

 頭に血が上ったアルバートを別にして、周囲はこぞって反対した。誰の目にも、勝負は明らかであったからである。


 だがしかし、ここで鶴の一声がかかった。


「面白い! その決闘、余の名において許そうではないか!」


 至極あっさりと、両者の喧嘩を追認した王である。

 白い髭をたくわえた壮年の王は、政務の単調さに辟易して、刺激に飢えていたのであった。


「陛下の許しを得たのだ。ええいっ! 皆々様、道を開けられたい!」


 群衆を割って、アルバートが御前に出た。


「それでは……」


 ジーンに向き直って、アルバートが剣を抜く。


「ジーン殿、いざ尋常に――」


 アルバートの最期の台詞であった。

 一瞬で間合いを詰めたジーンは、抜き打ちにアルバートの胴を薙いでしまった。

 腹から血と内蔵を盛大にぶちまけて、アルバートはその短い生涯を閉じたのである。


 場は一気に騒然となった。

 それと言うのも、ジーンの仕掛け方に問題があったからである。

 この国において、決闘とはあくまで形式的な作法である。剣で斬り合う以上、たまさか死ぬことはあるにしろ、基本的には片方が血を流すだけで決着になる。

 要するに、積極的に命を獲りにいくものではない。

 それに、腕のある者が弱者に胸を貸すことで、負けた者に箔が付くケースも多い。

 アルバート本人も、そういった目算があってこそ、敢えてジーンに喧嘩を売ったである。

 

 型破りな不作法の原因は、ジーンの生い立ちにあった。

 教えれば教えるほど、あらゆる武芸を吸収した天才ジーンである。それを面白がって、誰もが貴族社会の常識を伝え忘れていた。

 

 そんなジーンに下った沙汰は、驚く事に〝お咎めなし〟である。

 理由はいくつかあったが、現場にいた全員がアルバートに批判的だったことと、何よりも王本人が、決闘を焚きつけたことが上げられる。

 ついでに言えば、アルバートが先に剣を抜いていた事が、ジーンにとって有利に働いたのであった。

 

 だがしかし、ワーナー家の面々が収まるはずもない。

 特にアルバートの父である前当主の怒りは凄まじく、あらゆる手段を用いてジーンを消しにかかった。

 

 ジーンが王都を去った背景には、こういった経緯があったのである。


…――…――…――…


 ここで、舞台は盗賊のアジトに戻る。


「――と言うことでして」

「なるほど。それでジーンの奴、王都から逃げてきたのかい」


 サラが語り終え、マリーが納得する。


「いえ、事態はそう単純ではないのですよ。実は――」


 一度否定して、サラの説明はまだまだ続く。



◇◇◇◇


 かくして、叙任式も有耶無耶のまま、ファルコナー家とワーナー家の対立が始まった。

 手を変え品を変え、ワーナー家の刺客が次々と放たれた。


 まずファルコナー家に送り込まれたのは、所謂暗殺者である。名門同士の争いは外聞が良くないので、こういう場合、最も好まれる手段である。

 そんな大事が降りかかっているにも関わらず、当事者のジーンはというと、これが意外な事に、ただ超然と構えていたのであった。

 魔物相手ではヘタれるジーンだが、人間相手となると、向かうところ敵なしである。

 身近に暗殺者が紛れれば、それをことごとく看破してみせたジーンである。弓矢や吹矢の狙撃は避けてみせるし、食事に毒でも盛られようものならば、獣じみた嗅覚で見抜くのが、この男である。

 こそこそとした暗殺など、もはや不可能であった。

 

 それでも、ワーナー家が諦めることはない。

 必然的に、白昼堂々とした襲撃に切り替わることになった。

 何人もの腕に覚えのある武芸者が、野仕合にかこつけて、ジーンに勝負を挑んできた。当然、彼らにワーナー家の息がかかっていることは明白である。

 そして、ジーンはこの勝負を全て受けきってみせた。決闘ではないのだから、これはもう血みどろの殺し合いである。

 結果は全て、ジーンの完勝で終わった。武芸者たちは一刀で斬り伏せられ、冥土へ旅立つ羽目となった。

 

 こんなことを繰り返すと、悪化するのは治安である。

 ジーンの勝敗を賭けて、違法賭博が王都中に蔓延した。賭け金を巡って、あちこちで小競り合いが頻発したのである。

 それに、行われるのは、突然町中で始まる野仕合である。見物中に巻き込まれ、命を落とす市民が続出した。

 

 ちなみに、この見物人に紛れていたのが、アカデミー時代のサラである。

 何しろサラは見かけによらず、淑女らしくない。屋台の串焼き肉を片手に、有り金をジーンへ賭けて、チョイチョイと小遣い稼ぎをしていたのであった。


 もちろん、当局もとい王政府とて、手をこまねいていた訳ではない。賭博に関わった者はあらかた逮捕したし、ジーン本人やワーナー家の罪も問おうとした。


 余談ではあるが、この時サラは見事に逃げおおせていたりする。頭のいいサラが、本名を使って賭博に参加するはずもなかったのである。


 ジーンにしても、結局は罪に問われなかった。

 と言うのも、ジーンが殺したのは武芸者だけであったからである。

 巻き添えを喰った市民は、全て死んだ武芸者によるものであった。

 こうなると、ジーンには正当防衛しか認められない。


 ワーナー家に関しては、完全に証拠不十分である。これは、王自身が引け目を感じていたせいもあるが、証人である刺客の全員を、ジーンによって殺された結果でもあった。


 こうして、のうのうと生き延びたジーンであるが、今度は実家が敵に回ってしまう。

 ジーンが殺した人間は、最初のアルバートを含め30人に上った。常人であれば、罪の意識に苛まれる数である。

 それでも、ジーンの態度は変わらない。普段通り人当たりよく、のんべんだらりと毎日を過ごしていたのである。

 ジーンにしても、別に快楽殺人者ではない。

 生粋の戦士であるジーンにとって、戦いにおけるトラウマは存在しないだけである。過失によって人を殺めたのなら、ジーンも人並み以上に罪悪感に苛まれたはずである。

 もっとも、そんな心の働きを周囲は理解しない。あまりにも変わらないジーンに、王都の市民は不気味さを禁じ得なくなっていった。


 そして、いよいよをもって、ファルコナー家の評判が低下した時である。


「お前、勘当ね」


 ジーンの父――ファルコナー家現当主の一言である。

 ジーンが王都を出たのは、単に住処を失くしたからに過ぎない。

 腕っ節しか能のないジーンである。落ち着いた先が〝盗賊狩り〟となるのは、むしろ当然であった。


…――…――…――…


 再びアジトである。

 ジーンに蹴散らされて、襲撃者はその数を二割程度に落としていた。


「まあ、そんな折りに、狩りに出ていた私がジーンを見つけたのです。実家からのボディーガードが欲しかったので、正に渡りに船でした。何せ、腕っぷしは折り紙つきですから言う事なしです。ちなみに断っておきますが、弟子に偽装していた訳ではないですよ? どうにも魔物恐怖症を克服したいらしく、本人たっての希望で本当にハンター志望です」

「……あんた、本当に抜け目ないね」


 サラから全てを聞き終えて、マリーが指摘する。


「ええ、まあ」


 サラの相槌である。


「いや、でも待ちなよ。だからと言って、何でわざわざ正体を隠して〝盗賊狩り〟なんてやってたのさ? 魔物が苦手でも、対人専門のハンターとして、ちゃんと登録すればいいだろ? そりゃあ、単独ソロは無理だろうけど、パーティーを組めばその辺はフォロー出来るだろうに……」

「そればかりは、私も聞いてません」


 マリーの疑問に、サラは答えを持ち合わせていない。


「じゃあさ――」


 マリーが言いかけた時である。


「うわーっ!」


 恐慌状態になって、盗賊の一人がサラに詰め寄った。

 サラを引き起こし、盗賊がその首筋にナイフを押し当てる。


「貴様、何をする!」


 止めようとしたのは、隊長である。


「う、うるせーっ!」


 盗賊が喚き立てる。


「こっちは、あんな化け物がいるなんて聞いてねーんだよ! こうなりゃあ、こいつを人質にして――」


 盗賊が言葉を止めた。


「え?」


 小首を傾げて、盗賊がナイフを取り落とす。

 盗賊の指が欠けて、パラパラと床に零れ落ちた。


「あ? あれ?」


 自分の手を見て、疑問符を浮かべる盗賊である。


「うわーっ! 指がっ! 俺の指がーっ!」


 状況を理解して、盗賊がパニックになった時である。サラを拘束している腕が緩んだ。

 その隙を逃さず、サラが盗賊を振りほどく。


「せいっ!」


 振り向きざまに、サラの右手が盗賊の頸動脈に走った。

 誰にも悟られずに、縄を解いていたサラである。その右手には、血のついた短剣ダガーが握られていた。

 盗賊の傷口から、血がピューッと吹き出した。

 しばらく床をのた打ち回っていた盗賊は、すぐに動かなくなった。


「最初にしっかりと、ボディーチェックをしないからこうなるのですよ……って、もう聞いていませんね」


 盗賊の死体を見下ろして、サラがそれだけを言った。


「さてと」


 サラが顔を上げた時である。


「おーい。こっちは全部片付いたぞー」


 返り血塗れになって、ジーンがサラの元へやってきた。

 ジーンの言葉通りである。

 辺り一面、見渡す限りの死屍累々であった。

 20人以上いたはずの人間は、盗賊も私兵も区別なく、隊長一人を残してバラバラの惨殺死体になっていた。



◇◇◇◇


「ぬうっ……」


 いよいよ1人になって、隊長が剣を抜いた。


「俺が行く」


 サラを押しのけて、ジーンが前に出た。

 双方が向かい合う。隊長が正眼で構えて、ジーンが大上段に構えている。


「一つ聞きたい」


 剣を構えたまま、隊長が口を開いた。


「何だ?」

「お主は、お嬢様にとっての何だ?」

「用心棒みたいなもんだよ」

「……そうか」


 ジーンの答えに、隊長が満足気に頷いた。


「それがどうかしたか?」


 ジーンが首を傾げた。


「いや、何でも無い。始めようか」


 隊長が会話を打ち切る。

 ジリジリと、2人が距離を詰めていく。

 先に仕掛けたのはジーンであった。


「おりゃーっ!」


 気合と共に、ジーンが剣を振り下ろす。


「何のっ!」


 頭に迫った一撃を、隊長が受け止めた。


「おおっ!」


 感嘆の声を漏らすジーン。


「おっさん、結構やるじゃん! 大人になってからこっち、まともに剣を受けられたのは、これが初めてだぜ」

「ぬかせっ! 伊達に歳を重ねておらんわ!」


 ジーンの褒め言葉に、隊長が食ってかかった。

 そのまま、2人は鍔迫り合いにもつれ込んでいく。


「うおーっ!」

「おっとっと!」


 隊長の突進に、ジーンがたたらを踏んだ。


「ちっ!」


 舌打ちをして、ジーンが距離を取る。


「喰らえっ!」


 後退したジーンに向かって、隊長が追撃をかけた。

 隊長の渾身の突きが、ジーンの喉に迫る。


った!」


 一瞬、笑みを浮かべた隊長である。その目には確かに、剣先に貫かれるジーンが映っていた。

 しかしである。


「何?」


 疑問符を浮かべた時、隊長の前からジーンが消えた。


「下かっ!」


 残像であったことに気付き、隊長が屈んだジーンに目を移した時――。


「せいっ!」


 ジーンの剣が、隊長の膝を脛当てごと打ち砕く。


「ぐわーっ!」


 悲鳴を上げて、隊長が片膝を着いた。


「な、何の……」


 剣を杖にして、隊長がヨロヨロと立ち上がろうとする。

 だが、そこまでであった。

 隊長の腋を、ジーンが鎧の隙間から斬り上げたのである。

 天井高く飛んで、隊長の腕が床に転がった。


「ぐうっ! む、無念……」


 傷口を押さえて、隊長は仰向けに倒れ伏した。



「ぬうっ……!。何故止めを刺さない?」


 ジーンを見上げて、隊長が聞いた。

 もはや息も絶え絶えな隊長である。傷口からは血が流れ、床には赤い水溜りが広がっていた。


「あまり俺を舐めるなよ」

「どういう意味だ?」

「俺の剣を受けられる奴なんて、並大抵の使い手じゃねーんだよな。その割には、おっさんの剣は脆すぎる。本来のあんたなら、あんな見せかけの陽動で、迂闊に突いてくる腕じゃないだろうよ」

「それは……、少し買いかぶりが過ぎているぞ。現に私の目は、貴殿の動きを全く捉えられなかった。それに、貴殿は軽装で、私はご覧の通り全身金属鎧フルプレートだ。防御を活かせなかった、私の力不足だよ」

「そうかい。でも、どこか投げやりな剣運びだったのは事実だぜ?」

「むっ……」

「言い残したい事、あるんじゃねーの? 勝負の前に、ごちゃごちゃと変な事、聞いてきたじゃねーか」

「……なるほど。大した慧眼をお持ちのようだ。ファルコナーの名は、伊達ではないというところか」


 ジーンの答えに、隊長が得心する。


「サラお嬢様と話を――」

「はい」


 隊長が言い終わる前に、サラが答えた。ジーンの勝ちを見届けて、既に隊長の側へ寄っていたのである。


「ここにいます」


 隊長の横に膝を着いて、サラは先を促した。


「お嬢様、申し訳ありません。私が――」


 隊長が謝りながら続ける。


「――いえ、私たち使用人が、もっとしっかりしておれば、旦那様もあのようにお変りにならならなかったはず」

「……」

「偏に、私どもの不手際のせいです。ですが……、それでも、これだけは是非に知っておいていただきたい!」

「……」


 息も絶え絶えな隊長の台詞を、サラは黙って聞いている。


「私は、お嬢様の命だけは、何としてもお救いするつもりだったのです。ブラッドフォードの名を捨て、一町娘として、遠くの町に落ち延びていただく――そういう手筈だったのです。そういう意味で、お覚悟をお決めくださいと、申し上げたにすぎません。どうか、どうか、どうか……」


 うわ言のように隊長が繰り返す。


「お嬢様、何処いずこに?」


 既に視界も失って、隊長が聞く。


「信じます」


 サラが言って、隊長の右手を強く握った。


貴方あなたは決して、私を裏切ってはいません。そうですね?」


 確認するようにサラが言う。

 隊長の顔が綻んだ。

 直後、目を見開いたまま、その体からスッと力が抜け落ちた。


「長い間、お勤め御苦労さまでした。そして、ありがとうございます」


 礼を言って、サラが隊長の瞼を閉ざした。

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