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第七話 捕縛と陰謀(前編)

◇◇◇◇


「おっと!」

「うわわっ! 痛っ!」


 後ろ手に縛られたまま、サラとマリーが床に投げ出された。

 2人が連れ込まれた先は、先程の建物である。


「へへへ……」


 下卑た笑みを浮かべながら、リーダー格が扉を閉めた。


「ちょいと! もうちょっと丁寧に扱ったらどうだい!」


 マリーが抗議すると、リーダー格が「はんっ!」と鼻で笑った。


「そんな些細なことより、状況を考えろよな」

「え?」


 リーダー格に促され、マリーが周囲を見回した。

 大きな建物は間取りが無く、さながら倉庫のようであった。

 屋内にはテーブルや椅子が並べられていて、隅にはいくつもの木箱が雑多に置かれている。

 木箱の中からは戦利品と思しき武器や防具、はては貴金属などが覗いていた。

 

 そして何よりの問題は、サラとマリーを除く面々である。

 武装した男だけが20人は居て、その内の半分は、地べたやテーブルの上に座ったりと、盗賊然とした態度であった。


「おや?」

 

 残り半分の男を見て、サラが言った。

 柄の悪い連中とは違って、こちらは直立不動で壁際に整然と並んでいる。

 その中には、全身金属鎧フルプレートの者さえいる。


貴方あなた達、もしやうちの兵隊では?」


 サラの発言に、何人かが眉を動かした。

 装備を盗賊風に装っているものの、昨日の朝マリーの店に居た代官の護衛であった。


「それにそこのヘルムの人、ひょっとして、隊長ではありませんか?」


 全身金属鎧フルプレートの一人を見据えて、サラが尋ねる。


「……やはり、お嬢様の目は欺けませんな」


 観念したように、男が一人、サラの前へ歩み出た。

 ヘルムを外した男の顔は壮年で、白髪交じりの髪と、口髭を生やしていた。目元には隈を浮かべており、頬は少しこけている。


 果たして、男の正体は、ブラッドフォード家の使用人である。

 壮年に見えるが、実際のところ、まだ働き盛りの四十歳である。

 男の役割は、私兵たちの隊長であった。自身もまた騎士であり、身分に恥じない清廉な働きぶりは、ブラッドフォード家にその人ありと謳われた、傑物である。

 当然のことながら、サラにとっても旧知であり、それどころか、サラにクロスボウを教えた張本人でもあった。

 そんな男もとい隊長であるから、サラの都落ちには最後まで反対していたので、この場に居る事は甚だ疑問であったりする。


「随分とやつれましたね」

「まあ、色々ありまして」


 隊長を慮るサラに、言葉を濁す隊長。


「……義母はは君が、ご懐妊あそばされたのです」

「ああ、そういうことですか」


 言いにくそうな隊長に、サラが頷いた。

 

 いよいよをもって、サラの厄介払いが始まったのである。

 実際は継母のテコ入れであるが、表向きは男爵本人の命令を受けて、隊長はサラの首を取りに来たのであった。

 隊長はサラの臣ではない。あくまで男爵の臣にすぎないので、命令には逆らわないのが筋である。


「お嬢様、どうかお覚悟をお決めください」


 隊長が恭しく礼をした。


「ええ。これでゲームオーバーですね」

「そ、それは、私たちの命運がかい?」


 諦めたようなサラに、マリーが顔をひきつらせる。


「いいえ。ここにいる連中のです」

「へ?」

「え?」


 サラの言葉に、マリーと隊長が同時に唸った、その時である。

 建物の外が「ギャーギャー」とやかましくなった。

 しばらく聞こえていた音は、ものの数分で静かになった。



◇◇◇◇


「な、何が起きやがったんだ?」


 建物の扉を見て、5人組のリーダー格が言った。


 外は不自然なほど静まり返っている。


「おい! 見張り共! 何があった?」


 リーダー格が大声を張り上げて、外にいる見張りに聞いた。

 しかし、何も返ってこない。


「一体、何がどうなっていやがる?」


 痺れを切らせて、リーダー格が扉を開けようとした時である。


「いかん! 扉から離れろ!」


 隊長が警告を飛ばす。


「へ?」


 ドアノブに手をかけながら、リーダー格が振り向いた時である。

 木の扉を突き破って、1本の剛腕が飛びこんできた。筋肉質の太い腕は、リーダー格の首根っこを掴んだかと思うと、いとも容易く持ち上げた。


「くげっ! は、離せ! この……」


 リーダー格が暴れるも、腕はビクともしない。


「ぐ、ぐは……っ!」


 いよいよリーダー格の顔が青くなった時、腕の持ち主が姿を現した。

 バリバリと扉を破ったのは、平均的な体格を優に超える、筋肉質の大男であった。


「おーい。サラ、無事か~?」


 間延びした声の正体は、ジーンである。


「遅いですよ、ジーン」

「お前ね……。誰のせいで、そうなったと思ってんだよ?」

「例えどんな状況でも、それが貴方あなたの務めでしょうに」

「へいへい」


 周囲を置いてけぼりにして、サラとジーンの会話が続いた。


「お前ら、自分の世界に浸ってるんじゃねえ!」


 雰囲気を戻したのはリーダー格である。


「こ、この木偶の坊! いい加減に離しやがれ!」


 ジーンにぶら下げられたまま、リーダー格が振り絞るように言った。


「あっ! お前、この前俺をボコボコにした奴じゃんか!」

「ひいっ!」


 ジーンの剣幕に、リーダー格の顔が引き攣った。


「ちょ、ちょっと待って――」

「言い訳無用だ! ふんっ!」


 リーダー格が言い切る前に、ジーンが腕にグッと力を込める。

 リーダー格の首がポキリと折れて、体がダランと垂れ下がった。


「成敗!」


 言って、ジーンがリーダー格を投げ捨てた。


「やっぱり少し力が落ちてるな……。ちょっと前だったら、こんな奴の首なんて、もっと簡単に折れたんだけどなー」


 言葉を続けて、ジーンが「それじゃあ」と腰の剣を抜いた。


「よしっ! お前ら覚悟はいいな?」


 狼藉者に向き直ったジーンに、ひよっこハンターの面影はない。

 今のジーンはまさしく、戦士の迫力であった。


「い、いかんっ!」


 最初に我に返ったのは隊長である。


「ぶ、武器を構えよ!」


 隊長の命令に、全員がマチマチに武器を構え始めた。

 私兵は剣を抜き、盗賊たちは槍や鉈をこれみよがしに振りかざす。

 もっとも、普段のジーンを知る者は、見せられたギャップにタジタジである。


「そうそう。さすがの俺も、なぶり殺しは嫌だからなー」


 向けられる武器を余所に、のんびりと構えるジーンであった。


「……お主、見張りはどうした?」


 眉ひとつ動かさないジーンに、隊長が聞く。


「あれ見てみ」


 ジーンが背中越しに、後ろを指さした。


「ぬう……」


 外を見やって、隊長が唸った。

 

 果たして、壊れた扉の向こうには、見張りが何人も倒れていた。血が流れていないことから、死因は素手による撲殺である。


「おのれっ! まさかこれほどの達人が、こんな辺境の町でヘタレを装っているとは……」

「おいおい。ヘタレはねーだろ」

「ぬかせ! こっちも、しっかりと調査はしておる。お主が何のとりえもない新米ハンターだということは、把握しておったのだ」

「ひでーなー、もう」

「ぐぬぬ……。さてはお主、爪を隠しておったな?」

「うーん、それはちょっと違うかなー?」


 隊長とジーンの会話が弾んでいる時である。ジーンの右側から、ゆっくりと近付く者があった。すり足でジリジリと間合いを詰めるのは、鉈を持った盗賊である。

 そして、いよいよ距離が縮んだ時――。


「死ねーっ!」


 大声を上げて、盗賊がジーンに飛びかかった。

 しかしである。ジーンの頭に鉈が下ろされる直前、盗賊の動きがピタリと止まった。


「馬鹿だなあ」


 剣を持った右手を伸ばして、ジーンが言った。剣は盗賊の喉を貫いていて、もっと言えば、後頭部から先が飛び出していた。


「こっそり仕掛けるときに、わざわざ声を出す奴がいるかよ。もう一つ言っておくと、間合いの見切り方が下手すぎる。あんなの、俺がわざと作った隙に決まってるだろ……って、もう聞いてないか」


 語り終わって、ジーンが盗賊から剣を抜いた。

 支えを失って、盗賊が地面に転がった。

 首から出た血が溜りになって、どんどんと床に広がっていく。



◇◇◇◇


「……ゴクリ」


 一連の流れを見て、生唾を飲み込んだのは隊長だけではない。

 私兵や盗賊はもちろん、マリーまでが目を丸くしていた。1人例外がいるとすれば、仏頂面を崩さないサラくらいである。

 それもそのはず、ジーンの見せた剣技は神業であった。そもそも、剣を抜く瞬間自体、誰も見えていない。盗賊を突いた一撃にいたっては、ジーンは相手を見てすらいない。わざとらしく作った隙に、相手を誘いこむ――正に芸術的とも言える後の先であった。


「さてと……」


 剣から血糊を払って、ジーンが周囲を見回した。

 その場に居る全員が、武器を構えたまま固まっていた。

 木偶の坊と評判の人物が、いざ蓋を開けてみると、超がつく達人であったので当然である。


「うーん……。来ないのなら、こっちから行くぞ?」


 いつまでも動かない敵に、ジーンが痺れを切らした。

 虐殺開始の合図であった。


 最初に犠牲になったのは、ジーンの正面にいた男であった。背丈はジーンより少し低いくらいのくせに、横幅だけはその倍はあるデブな大男である。盗賊の一味であるデブは、革の鎧を着て斧を持っていた。

 一気にデブへ間合いを詰めたジーンは、その両手首を薙いだ。

 手首ごと斧を落としたデブは、状況を把握すると「ギャーッ!」と悲鳴を上げた。


「手! 俺の手が!」


 狼狽しながら、無い手で斧を拾おうと、デブが屈んだ時である。


「せいっ!」


 裂帛の気合と共に、ジーンがデブの首をはね飛ばす。

 首がコロコロと転がって、デブの体が床に沈んだ。


「こ、この野郎!」


 デブの最期を見届けて、仲間の盗賊がいきり立つ。

 チビが一人、ナイフを腰だめにして、ジーンへ突っ込んだ。


「うらーっ!」


 雄たけびと共に、ジーンのどてっ腹にナイフが突き出された。


「あらよっと!」


 ナイフの一撃を半身で捌き、ジーンがチビの胴体に剣を走らせる。

 チビの胴体が真っ二つに割れた。内蔵がズルっと零れ落ちて、血がドバッと溢れ出た。


「ぐぎぎぎ……」


 上半身だけのチビは、すぐに動かなくなった。


「おいおい、手ごたえがねーな」


 またまた血糊を払って、ジーンが敵を煽る。


 ジーンに怖気づいて、盗賊の戦意はすっかり萎えていた。

 対して、ブラッドフォード家の私兵だけは、戦意が消えていない。


「ならば、今度はそれがしが!」


 勇んで前に出たのは、私兵の1人――隊長の部下である。身分こそ騎士ではないが、鋼の前身金属鎧フルプレートの、重武装な戦士である。右手には長剣ロングソードを、左手には円盾ラウンドシールドを携えていた。


「いざ!」


 盾を前面に押し出して、戦士がジーンに詰め寄った。

 戦士に対して、ジーンの得物は剣1本だけである。それに、着ているのは革の鎧であった。盾を持った金属鎧フルプレートの戦士を相手取るには、些か心許ない。

 隊長を始め、誰もが戦士の有利を疑わなかった。

 だがしかし、何事にも例外はつきものである。


「よいしょっと!」


 ジーンが剣をあっさりと捨て、盾のふちを両手で掴んだ。


「え?」


 戦士が疑問符を浮かべた時である。


「そいやっ!」


 ジーンが盾ごと、戦士を振り回した。


「うわわっ!」


 反撃に転じる暇も無く、戦士がうつ伏せに床に組み伏せられた。


「盾って、相手にとっても盾になっちゃうんだよなー。そこのところを注意しとかないと。あらよっと!」


 解説を交えて、ジーンが戦士の首を素手でねじ切った。

 一瞬だけ痙攣すると、戦士の全身から力が抜けた。

 

 ジーンの桁外れな強さに、その場の全員が圧倒されていた。

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