第十話 冬と本番
◇◇◇◇
『ピィッ!』
銃声をきっかけに、アレクサンドラが失態に気付く。
とは言え、アレクサンドラが引き返す必要はない。
サラ謹製の散弾は、物の見事に飛翔蛇を捉えていた。
右翼が派手に千切れ飛び、飛翔蛇は地面に落ちていく。
「やった!」
サラが喜んだ束の間である。
草むらから灰色の魔物が飛び出て、既に息の絶えた飛翔蛇を咥えた。
「あっ!」
「げっ! あいつは!」
「この前の!」
3人が驚いたのも無理はない。
魔物の正体は魔狼である。
エマとの邂逅の際、ジーンと一戦を交えた、あの一匹狼である。
『グルルルル……』
飛翔蛇を咥えたまま、魔狼は3人に向き直った。
「ちっ!」
サラが慌てて、弾を込める。
「おい、ナオミ」
「は、はい……」
無防備なサラを庇って、ジーンとナオミが前に出た。
だがしかし――、
『フンッ!』
鼻息を吐いて、魔狼は3人に背を向けた。
魔狼はそのまま、森の奥へと走り去っていった。
サラが銃を構える寸前の出来事であった。
「ちっ!」
舌打ちをして、サラが銃を降ろす。
「何だったんだ、あいつは?」
「さあ?」
サラに続いて武器を降ろし、ジーンとナオミが首を傾げる。
「勲ですよ」
せっかく弾を込めた銃から火縄を外して、サラが答えた。
「勲?」
「前にも言ったでしょう?」
ジーンの疑問にサラが続ける。
「あの一匹狼の魔狼は、群れに加わるため手土産を必要としていたのです」
「それがあの飛翔蛇だと?」
「そういうことです。まあ、本人が前から狙ってたかは分かりかねますが」
「なーんだ……」
刀を鞘に納めて、納得するジーン。
「あれ、でも……」
ナオミがボソリと言った。
「何ですか?」
「だったら、あの魔物は私たちを襲うつもりはなかったんですか?」
「その通りですね」
「うん? だったらお前、何であんなに悔しそうだったんだ?」
ジーンの指摘は、サラがさっきした舌打ちの件である。
「貴方、バカですか!」
「な、何だよ……」
突然起こったサラに、ジーンが身を竦めた。
「獲物を掻っ攫われたのですよ! 賞金はどうするのです?」
「あっ!」
サラの指摘に、ジーンが合点した。
今回の依頼は希少種の魔物故、全体も持ち帰る必要がある。
「仕方ありません」
銃を背中に担いでサラが歩き出す。
アレクサンドラが降りて来て、サラに尻尾を手渡した。
「どこに行くんだ?」
「さっき翼が千切れたでしょう。それとアレクサンドラの持ってきた尻尾で、何とか交渉してみせます」
「おいおい……」
「何をボケっとしているのですか? あなた達も手伝いなさい」
「はいはい」
「分かりました!」
『ピイッ!』
サラの命令で、ジーンとナオミ、それにアレクサンドラも後に続いた。
3人と1羽が翼を見つけたのは、日が暮れそうになってからである。
◇◇◇◇
冬も真っ只中で、辺りが雪化粧に彩られた時期である。
今日も3人と1羽は猟に出ていた。
「……まだですかね」
雪原の岩に腰を掛けて、サラがボソリと言った。
その傍らには、件の銃が装填済みで立てかけられている。
『ピィ……』
サラの足下に、アレクサンドラが降りて来た。
「お、釣れましたね」
アレクサンドラの顔色を見て、サラが言った直後である。
「おーい!」
「サラさーん!」
遠くから響くのはジーンとナオミの声である。
「よっこらせ」
言って、サラが立ち上がる。
火縄を確認して、サラが銃を構えた時である。
「うおぉぉぉっ!」
「ひいぃぃぃっ!」
ジーンとナオミが森から飛び出した。
そんな2人の後ろから、追いかけてくる影が一つ。
『グオォーッ!』
雄たけびを上げて現れたのは、身長3メートルの猿の魔物である。
白い毛並みをした魔物は、俗に雪男と言われている。
…――…――…――…
そんな雪男とは、文字通り積雪地方に出る魔物である。
体格は大きいとはいえ、知能はかなり低く、道具を作ることもない。
それ故に豚巨人や牛頭人よりは、一等低い評価がされる魔物である。
…――…――…――…
そんな雪男をサラが求めている理由は、偏に銃の性能テストである。
そのせいで、ジーンとナオミに課せられた役目は、雪男を傷つけることなくおびき寄せることとなった。
反撃できないことから、その任務は危険極まりない。
「ちょっ……! こっち来んな!」
ジーンだけに狙いを定めて、雪男が追いかける。
「ジーン! こっちへ!」
「分かってるって!」
サラに応えて、ジーンが必死に走る。
「伏せて!」
「おうっ!」
サラが言って、ジーンが身を大地に投げ出した。
銃声が響いて、弾丸がジーンの上を通り過ぎる。
『ガッ……!』
雪男は脳天に風穴を空けて、地面に倒れ伏した。
「ふむ……」
雪男の死を見届けて、サラが満足気に頷いた。
「やはり、威力は申し分ありませんね」
「それはいいけどよ……」
身を起こしながら、サラに向かって閉口するジーン。
「毎回こんなこと続けるのか? 命がいくつあっても足りねーぞ」
「うーん……」
ジーンの意見に、眉をひそめるサラである。
そんなサラの瞳には、遠くで息を切らしているナオミが映っていた。
「次からは貴方だけでお願いします」
「お前な――」
「冗談ですよ。確かに、戦術に改良の余地ありです」
「本当に分かってるのかよ」
問答を繰り返しながら、雪男の解体を始めるサラとジーン。
雪は益々深くなり、狩りもままならない季節がすぐそこまで迫っていた。




