第九話 チャンスと到来(前編)
◇◇◇◇
それから10日は、成果のない日が続いた。
アレクサンドラを伴って猟に行く3人であったが、肝心の飛翔蛇は中々発見できないでいた。
たまに獲物を捕らえてみるも、その全てが別の魔物ばかりである。
もっとも、どれも希少な魔物ばかりなので、サラの懐が大いに潤ったのは嬉しい誤算と言えた。
そんなある日の夕暮れである。
「今日も不発でしたか……」
『ピィ―……』
アレクサンドラを連れて、サラが1人で帰宅する。
頭のいいアレクサンドラは、腕に乗せて飛ばさずとも、サラの指示で離陸をするようになっていた。
サラにとっての、もう一つの嬉しい誤算であった。
この日、ジーンとナオミはいない。
久々に盗賊が出たとの知らせを受けて、ジーンは斡旋所に駆り出されていた。
対するナオミはいつも通り、ラシードの店で警備に勤しんでいる。
もっとも、ナオミの身分は今やサラの、もといブラッドフォード家の従騎士である。
そういう訳で、対外的にはラシードがナオミに依頼する形となっていたが、本人が知らないのは言うまでもない。
ちなみに、もうこの頃になると、巨鳥を連れ歩くサラは見慣れた存在になっていた。
最初は恐れていた住人たちも、アレクサンドラが分別のつく魔物と分かると、あっさり存在を受け入れた。
強いて難を挙げるとすれば、集合住宅の屋上に巣作りを初めたせいで、ジーンがブツブツ文句を垂れるくらいである。
「よいしょっと……」
自室で装備を降ろし、サラが一息ついた。
「ああ、そうだ。これ食べます?」
袋から獲物を取り出して、サラがアレクサンドラに聞いた。
出てきたのは3つの首を持つ、1メートル程のヘビの魔物である。
果たしてその正体は、九頭蛇の幼体であった。
…――…――…――…
九頭蛇とは、その名の通り、首を9本持つヘビの魔物である。
幼体の時は普通のヘビと変わらない九頭蛇は、成長するにつれて首を増やす生態を持っている。
九頭蛇は最終的には全長10メートルを超え、しばしば猛毒の牙と9本の首を駆使して人間や家畜に襲い掛かった。
そして、その最大の特徴は、斬り落としても再生する首である。
もっとも、斬り落とした端から生えてくる訳ではない。
それこそ数カ月と、長い時間をかけてゆっくり再生するのであるが、ほぼ確実に原型を保った首が生えてくるのである。
古い記録によれば、全ての首を落とされたはずの九頭蛇が、再び姿を現した例も数えられていた。
実は九頭蛇にとって、首は眼球と食道を備えただけの、ただの器官でしかない。
九頭蛇の脳みそは、胴体に置かれているのである。
余談ではあるが、この事実を突き止めるのに、アカデミーが活躍したことは言うまでもない。
だがしかし、この九頭蛇という魔物、その希少性の割にハンターの糧とはなりにくい。
九頭蛇は毒で獲物を仕留める習性である。
そのせいで、ヘビ型にしては体の柔軟性に欠いている。
すなわち、皮が堅くて品質が低い。
肉も大して美味くない上に、取り柄の毒にしても、量に物を言わせているだけで、強さ自体はそれほどでもない。
大型の個体になって、ようやく危険性が認められる――それが九頭蛇という魔物である。
そういう訳で、今回仕留めた幼体の九頭蛇は金にならない。
◇◇◇◇
『ピィッ!』
アレクサンドラが、サラから九頭蛇を受け取った。
雷鷲の生体にとって、この程度の獲物はおやつに過ぎない。
アレクサンドラがそのままサラの部屋を出て行った、その直後である。
「おわっ!」
慄くジーンの声が、外から響いた。
「うわー……、びっくりした」
言いながら、ジーンがサラの部屋へと入ってくる。
廊下でバタリと、アレクサンドラとすれ違ったジーンであった。
「た、ただいま帰りました」
ジーンに続いて、ナオミも入って来た。
「おかえりなさい。2人ともご一緒で?」
鎧を脱いで、サラが出迎える。
「いや、玄関で鉢合わせになっただけ。それよりもよ――」
サラに答えて、ジーンが続けた。
「アイツ、何咥えてたんだ?」
鎧姿のまま椅子に座って、ジーンが聞いた。
「ああ、九頭蛇の幼体ですよ」
「九頭蛇?」
「詳しい説明は省きますが、要するにヘビの魔物です」
「ふーん……。つーことは、今日も駄目だったか」
「……そうですね」
「でも、いい傾向かもなー」
サラの説明に、ジーンが感心した。
「一応近い獲物を狙ってるってことだしなー」
ジーンの意味するところは、アレクサンドラの認識である。
ヘビ型に固執している以上、アレクサンドラは確実に、サラたちの意図を汲んでいる。
「でもなー」
「はい?」
「あの屋上は、どうにかならねーかなー……」
ジーンの苦言は、アレクサンドラの巣作りである。
屋上を占領したアレクサンドラは、サラが呼ばない限り、一日中巣作りに邁進している。
当然、出るゴミも多い。
「まあ、好きにさせてあげましょう」
「掃除するのは俺なんだぜ?」
いつの間にか、掃除役を引き受けているジーンであった。
「あ、あの……!」
遠慮がちに、ナオミが言った。
「どうしました?」
「雷鷲って、みんなあんな感じの巣を作るんですか?」
ナオミの疑問は、巣の形状である。
普通の猛禽類は、木の枝を組んで皿型の巣を作る。
だがしかし、アレクサンドラの場合は違った。
木の枝を編んで、トックリ型の巣を作るのである。
そんなのがゴロゴロと転がっている屋上は、さながら編み籠の展示会である。
「違います」
答えて、サラが続けた。
「野生の雷鷲は、普通の猛禽と同じですよ。何の変哲もない、お皿みたいな巣です」
「じゃあ、何でああなったんだ?」
サラの解説を聞いて、ジーンが首を傾げた。
「アカデミーにいた時、小鳥の飼育用のツボ巣を見かける機会があったのです。それにインスピレーションを受けたと考えるのが妥当でしょう」
「ふーん……。まあ、あまり散らかさないでもらいたいけどなー」
「まさかと思いますが……」
「うん? どうした?」
「アレクサンドラの羽、捨ててないですよね?」
「捨ててるけど、それが何か?」
ジーンの返答に、サラが「ああ、もう!」と呆れた。
「雷鷲の羽は、最高級の矢羽ですよ。1本で銀貨10枚はします」
「おいおい、嘘だろ?」
サラの言葉に、ジーンが呆気に取られた。
そのまま頭を抱え、「何てこった」と項垂れるジーン。
銀貨が10枚もあれば、贅沢に1日を遊べる程である。
経済的損失は計り知れなかった。
◇◇◇◇
「それはそうと――」
奥の部屋から3人分の茶を持ってきて、サラが話を換えた。
本来なら、この中で一番身分の高いサラである。
この面子の中では、お茶くみはナオミの仕事であるが、生憎サラの部屋はナオミの巨体に適してない。
もっとも、サラ自身身分意識がかなり低いので、他人の目が無いところでは、雑事は時と場合に合わせて適当に回している。
「調査の結果はどうだったのですか?」
まだ頭を抱えているジーンに向かって、サラが聞いた。
「あ、ああ。それなんだけどよ――」
顔を上げて、ジーンが続ける。
「今日の調査には、エマも同行したんだ」
「エマ先輩がですか?」
ジーンの答えに、サラが眉根を寄せた。
エマ・フェリックス・フォン・ヒンデンブルグは、サラのアカデミー時代の先輩である。
造兵廠をクビになったエマは、彼女が開発した銃というお土産を携えて、サラの町に厄介になっていた。
「何でも、この前別れた後、早速ハンター登録をしたみたいでな。斡旋所に行ったら鉢合わせてよ。まあ、知らない仲でもないし、初心者をいきなり単独猟に放り出して、死なれても寝覚めが悪いだろ? それに――」
「それに?」
「あいつもお前と同じ、アカデミーのインテリだろ。俺の検分が及ばない場合、あいつの知識は役に立つ。そう思って、今回は同行させてやった」
「それで、結果はいかがでしたか?」
「今回行方不明になったのは、隊商の護衛が1人。もっとも、隊商自体は護衛を置いて、無事に町へ入っている。生き残りの証言から探してみると、意外と近くに遺体はあった。まあ、やはりと言うか、盗賊の仕業じゃなかったけどなー」
「ふむ。早速エマ先輩が役になったのですね」
「そういうこと」
サラに答えた後、ジーンはおもむろに懐から手紙を取り出した。
「ほれ」
「これは?」
「ああ。詳しくは、手紙の中身を見て判断しろとよ。俺は何も聞いちゃいない」
「ふむ……。確かに、エマ先輩からですね」
手紙を受け取って、封蝋を確認するサラである。
そこには確かに、ヒンデンブルグ家の紋章が押してあった。
「ちょっと失礼」
机からペーパーナイフを取って、サラが封を破った。
中から出てきたのは、1枚のスケッチと、エマからの手紙である。
「どれどれ」
手紙とスケッチを読み比べながら、じっくりと見分するサラ。
そのまま1分が経過した時である。
「お二方……」
「おう」
「ど、どうしたんですか?」
サラが言って、ジーンとナオミが返事した。
「こうしちゃおれません」
「お? やっぱり当たりだったか」
「え? ええ?」
以心伝心のサラとジーンに、ナオミが付いて行けない。
「まさか、そんなところに移動しているとは、思いもよりませんでした。明日、早速出かけますよ!」
「りょーかい!」
「え? 何ですか?」
「ジーン」
「ああ、分かってる」
まだ付いて行けないナオミに、サラとジーンが同時に視線をくれた。
「飛翔蛇が出たのですよ」
「飛翔蛇が出たんだよ」
サラとジーンが同時に言った。




