第五話 銃と試射(前編)
◇◇◇◇
「それで、一体どういう機構だったのかな?」
「えーっと、えーっと……」
「駄目ですよ、エマ先輩。ナオミは専門家ではありません。何よりも、歩きながらでは説明しにくいでしょう」
「ふむ……。それでは、君たちの家へ行ってからにしようか」
「た、助かります」
「みんな、最初の目的忘れてるんじゃねーか?」
歩きながら、4人は駄弁り続けていた。
そんな4人が、深い茂みの前に差し掛かった時――。
「うん?」
ジーンが顔を顰めた。
「どうしました?」
サラが聞く。
「どけっ!」
言いながら、ジーンがサラを押しのけた。
「ちょっと!」
尻もちをつきながら、サラが抗議した、その直後である。
『グオーッ!』
大柄な灰色の魔狼が、茂みから踊り出た。
「このっ!」
鞘を払い、ジーンが大太刀を抜いた。
『グルルル……』
唸りながら、ジーンを中心に周りだす魔狼。
「ジーン!」
「ジーンさん!」
「お前ら動くな!」
助太刀に入ろうとするサラとナオミを、ジーンが制した。
「この魔狼……、出来るぞ!」
「――っ!」
「ええっ?」
ジーンの台詞に、言葉を詰まらせるサラとナオミ。
そんなサラたちの傍らでは、エマが「あわわ……」とへたり込んでいた。
「こいつは俺が仕留める!」
ジーンが言って、大太刀を脇構えに構えた――。
ジーンと魔狼の睨み合いが続く。
『ガアッ!』
先に動いたのは魔狼であった。
一気に間合いを詰めて、魔狼がジーンに飛びかかる。
「甘いっ!」
言って、ジーンが大太刀を薙ぐ。
その瞬間である。
魔狼が口を閉じ、頭頂部をグイッと突き出した。
「何っ?」
驚愕するジーンを余所に、切っ先は頭頂部を捉えていた。
果たして、ジーンの一撃は分厚い頭蓋骨に遮られた。
魔狼の薄皮一枚を切っただけで、大太刀は明後日に滑ってしまった。
とは言え、益荒男ジーンの一撃である。
『ギャッ!』
魔狼が跳ね飛ばされて、ジーンの左後方に転がった。
「この野郎っ!」
『ガアッッッ!』
ジーンと魔狼が、同時に体勢を立て直す。
だがしかし、リーチが下手に長い分、ジーンの切っ先は間に合わない。
魔狼の牙が、ジーンに届こうという時――。
「何のっ!」
ジーンが攻撃を変えた。
刀身に固執するのを止めたジーンは、柄尻で魔狼の顎を狙ったのである。
『ギャン!』
果たして、柄尻は物の見事に、魔狼の顎を打ち据えた。
魔狼はそのまま縦にクルクル回転しながら、5メートルほど吹っ飛んだ。
「死ね!」
止めを刺そうと、ジーンが大太刀を水平に構えた時である。
口から血を流しながら、魔狼が素早く立ち上がった。
『グルルル……』
「ちっ!」
隙のない魔狼に、ジーンが業を煮やす。
そのまま、3分ほど睨み合いが続いた後である。
『フンッ!』
魔狼が鼻を鳴らし、ジーンに背中を向けた。
「あっ! 待ちやがれ!」
ジーンの制止を聞かず、魔狼は森へ去って行った。
◇◇◇◇
「何だったんだ、アイツは?」
呆気に取られたまま、ジーンが零した。
「ジーン!」
「ジーンさん!」
サラとナオミがジーンに駆け寄る。
「怪我は大丈夫ですか?」
ジーンの身体を、くまなく調べるサラ。
「お、おう……。お前でも、心配してくれるんだな」
「何を言っているのですか?」
照れるジーンに、サラが怪訝な表情を作った。
「貴方には、エマ先輩の持ってきた銃(新兵器)の実験台……じゃなかった。試射を手伝ってもらわねばいけないのですよ。今怪我をされては困ります」
「ああ、やっぱそういうことね……って、俺が撃つのか? 今初めて聞いたんだけど?」
「いやはや、恐れ入ったよ」
夫婦漫才を繰り広げるサラとジーンに、エマが割って入った。
「さすがは竜殺し。私も君の作った観劇は見たんだけど、噂に違わない腕前だね」
「え? あれまだやってるの?」
エマの発言に、ジーンが食いついた。
「やってるも何も、シリーズ化されて続いてるよ。『竜の恩返し編』の他にも、『新たな出会い編』とか『結婚騒動編』とか色々とね。ああ、そこのナオミお嬢さんも『新たな出会い編』で出てくるよ」
「え? 私がですか?」
エマが指摘して、ナオミが慌てた。
「くそっ! 俺(原作者)に断りもなく、一体どこの誰が……」
親指の爪を噛みながら、ジーンが悔しがる。
「そもそも全部俺たちの実話じゃねーか! 個人情報もへったくれも無い――」
言いかけて、ジーンが顔を上げた。
そのままジッと、サラを見つめるジーン。
「お前まさか――」
「ところでエマ先輩。さっきの襲撃者に、あの灰色の魔狼は居ましたか?」
ジーンの詰問に、話題を逸らすサラ。
「いや、あんな毛色の魔狼は居なかったと思うよ」
「そうですか」
「……後で聞かせてもらうからな」
ジーンの恨み節を無視して、サラとエマの会話は続く。
「それがどうかしたのかい?」
「いえ、あの魔狼の素性が気になったものでして……」
「ああ、二度も仕掛けてきたんだから、その訳を知りたいところだね」
「でも、最初の群れには居なかったのでしょう? おそらくですが、さっきの魔狼は、最初の群れとは関係ありません。一匹狼というヤツですね」
「ふむ。その根拠は?」
「一度集団で負けた相手に、単独で挑む意味はありませんから。生き物としても、極めて不自然ですし」
「なるほど。となると、さっきの魔狼は、油断してる我々(お零れ)でも狙ったのかな?」
「食料が目的ならば、むしろ死体の方を漁るでしょう」
「おいおい。話が見えねーな」
サラとエマの論議に、ジーンが口を挟んだ。
「ジーン」
「何だ?」
「さっきの魔狼、戦った見てどうでした?」
「どうって言われても……」
サラに話を振られて、ジーンが考え込む。
「強いて言うと、1匹で戦い慣れてる……かな?」
「と言いますと?」
「あいつらは普段群れで戦うから、仲間の援護を期待した、ヒットエンドランを繰り返すんだ。だから逆に1匹になると、一撃必殺に固執する傾向がある。ただ――」
「ただ?」
「あの魔狼は、剣術で言うところの『先』を読んでいた。俺が攻撃しようとした機会を制して飛びかかって来たし、変化した剣の軌道にも対応して見せた。経験を積んでる証拠だよ」
「となりますと、あの魔狼の目的は勲ですね」
「勲って、何の?」
「何のためにだい?」
「勲って何ですか?」
サラの推測に、ジーンとナオミ、そしてエマが同時に聞いた。
「それを説明するには、まず魔狼の細かい生態から始めなければなりません」
サラの魔物講義が始まった。
◇◇◇◇
魔狼は群れ単位で行動する魔物である。
その結束は固く、余所の個体が入り込むのは容易ではない。
とは言え、何らかの理由で1匹になってしまう魔狼もいれば、近親交配が進みすぎて外部の血を欲する群れも出てくる。
その際に必要となるのが勲である。
手強い獲物を手土産にすることで、魔狼は別の群れに加わることが出来る。
…――…――…――…
「――とまあ、こういう事です」
サラが説明を終えた。
「え? 手土産って、ひょっとして俺?」
「……」
ジーンの質問に、サラが無言で頷いた。
「ジーン殿が一番暴目立っていたからね。倒したとあれば、それは素晴らしい勲だろうさ」
エマが補足する。
「しばらくは用心した方がいいかもしれませんね」
「おいおいマジかよ……」
サラの忠告に、ジーンが眉をひそめた。
「町から出なければいいんじゃ?」
「そうそう」
「いざとなれば、私が狩ってきますよ」
「……まあ、いいか。こうして新しい剣も手に入ったんだし――」
他の3人に諭されて、ジーンが諦めながら、大太刀を鞘から抜いた直後である。
「ああっ!」
切っ先を見て、ジーンが目を剥いた。
「どうしました?」
サラが聞く。
「刃毀れしてやがる!」
涙目のジーンである。
果たして、ジーンの言う通り、大太刀の刃は毀れてギザギザであった。
「それが何か? 研げばいいではありませんか」
今ひとつ、要領を得ないサラである。
「『砥げばいい』って、お前な――」
「まあまあ」
憤慨するジーンを、エマが宥めた。
「サラ君。この手の武器は、簡単に砥げないんだよ」
「え? 町には武器屋もありますけど?」
「蛤刃という特殊な構造でね。専門の職人以外が下手に研いでしまうと、武器としての機能性が著しく損なわれてしまうんだ。ジーン殿の反応を見るに、君の町にはその職人がいないんだろう」
「その通りだよ!」
エマの説得に便乗するサラとジーンである。
「エマ先輩は?」
「そうだ! あんた武器の専門家じゃんか?」
エマに期待を寄せる、サラとジーン。
「……残念だけど、私は学者であって技士じゃない。図面を引くのは得意だけど、手先は不器用なんだ」
「マジかよ……」
エマの返答に、ジーンが肩を落とした。
「そこでだ」
ジーンに向かって、エマが語りかける。
「丸腰になってしまうジーン殿に、この新しい武器はいかがかな? そろそろ場所もいいだろう?」
エマが言って、銃の包みを解いた。




