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第四話 エマと武器(後編)

◇◇◇◇


「素晴らしい!」


 エマをサラが称えた。


「主成分はやっぱり――」

「ああ、硝石だった。配合比率の解明に、随分と苦労したけどね。あともう1つ言えば、硝石の人工的な製法にも目途がついたんだ」

「それは凄い!」


 サラとエマが盛り上がる。


「火薬って、あの共和制時代に失われたっていう?」

「ええ、その通りです」


 ジーンが聞いて、サラが答える。


「な、何の話ですか?」


 1人だけ、話に付いて行けないナオミである。


「火薬と言うのはですね――」


 サラが説明しようとした時である。


「おっと、ここは私に任せてくれ」


 エマが名乗り出た。


「どうぞ」

「ありがとう」


 サラが譲り、エマが礼を言った。


「えーっと……、そこの大きなお嬢さん」

「……ナオミです」

「分かった、ナオミだね。火薬と言うのはね、簡単に言えば、非常によく燃える薬品なんだよ。共和制ミッドガルド時代には、よく兵器として使われたんだ」

「よく燃える薬品ですか?」

「そう」

「えーっと……?」


 エマの説明に、ナオミは要領が得ない。


「おや? その顔だと、よく分かっていない様子だね」

「す、すみません……。水を掛けたら、おしまいなんじゃないかなーって……」

「ああ、なるほど。いや、それは良い質問だよ」

「あ、ありがとうございます」

「結論から言うとね、この火薬は水の中でも燃えるんだ」

「え? 凄い!」


 エマとナオミのやり取りは続く。


「いや、もちろん、直接濡らしちゃ駄目だよ。ちゃんと油紙なりで包んで、加工した上での話だけどね。ただ、燃えるのに空気が必要ないという点は間違いない」

「でも、兵器なんですよね? 燃えるだけって、その……」

「ああ、言わんとしていることは分かるよ。ちょっと頼りないだろう?」

「は、はい、まあ……」

「この火薬ってやつはね、密閉すると爆発を起こすのだよ!」

「爆発ですか?」

「あ! うーん、そうか。そこからかぁ……」


 ナオミの理解力に、エマが「どう説明したものかな」と音を上げた。

 

「……ナオミ」


 サラが割って入る。


「栗をそのまま火にくべると、どうなりますか?」

「えーっと、ぜます」

「火にかけた薬缶を密閉すれば、どうなります?」

「……破裂します」

「それが爆発です。火薬を使えば、もっと凄い現象が起こせるのですよ。人間相手に使えばそれこそミンチに出来ますし、家や城壁を吹き飛ばすことも可能です」

「ひっ!」

「おお! さすがサラ君だ。分かりやすい説明だな!」


 顔を引き攣らせるナオミを置いて、再び盛り上がるサラとエマであった。


「なーなー」


 黙っていたジーンが口を開く。


「でも、俺たちハンターだろ? そんなもん、何に使えるんだ?」


 ジーンの疑問はもっともである。

 獲物を吹き飛ばしては、元も子もない。



◇◇◇◇


「ふふふ……」


 エマが笑みを浮かべた。


「な、何だよ?」

「この私が、そんなことも考慮していないと?」


 ジーンが聞いて、思わせぶりに返すエマである。


「ちゃんと専用の武器も作ってきたに決まっているじゃないか」

「まさか……」

「専用の武器?」


 エマの言葉に、サラとジーンが続いた。


「ちょっと待っておくれよ」


 3人に断って、エマが馬車の荷を漁った。


「あった! これを見てくれ」


 果たして、エマが取り出したのは細長い布の包みであった。


「ほら」


 長さ1メートル半くらいの包みを、エマがサラに投げ渡す。


「どうも……って、重っ!」


 受け取ったものの、包みを落としかけるサラ。


「……開けてみても?」

「どうぞ」


 サラが聞いて、エマが促す。


「では遠慮なく」

「お? 何だ何だ?」

「……?」

 

 サラとジーン、そしてナオミの3人は、包みに興味津々であった。

 

 サラによって、包みがスルスルと解かれる。

 果たして、中から出てきたのは鋼のパイプであった。

 直径2センチ半のパイプは肉厚で、中心には1センチ強の穴が通っていた。

 パイプは木の台座に固定されていて、クロスボウのような引き金も付いていて、狙って構えることが出来た。


「銃じゃないですか!」


 サラが声を張り上げる。



「ご満足いただけたかな?」


 自慢げに、胸を張るエマである。


「おお! これが銃か!」

「あれ? これって……」


 ジーンとナオミが、パイプもとい銃を覗き込んだ。


「よく再現しましたね。ろくすっぽ文献も残っていないのに……」


 銃を構えながら、サラが言った。


「そこは試行錯誤だよ」

「点火機構はどうなっているのです?」

「ああ、ここに火種を押し付けるんだ」

「と言うことは、生火が必要ですね」


 引き金の上、銃身の根本辺りを弄りながら、サラとエマが盛り上がる。


「そこで、これを使うんだ」


 エマが言って、懐から麻縄を取り出した。


「それは?」

「見たままの縄だが、これにはさっきの硝石を染込ませてあるんだ」

「ほほう……」

「この火縄に火を点けると、ジワジワと燃え続ける。これを火種にして、点火口に押し付けるって寸法さ」

「あのよー……」


 盛り上がるサラとエマに、ジーンが割り込んだ。


「何でアンタ、こんなスゲー物作ったのに、造兵廠をクビになったんだ? って言うか、どうしてこんな場所にいるんだよ?」


 ジーンのもっともな指摘である。



◇◇◇◇


「『作ったのに』と言うよりも、『作ったせいで』と言うべきかな……」

「は?」

「この銃という武器は、ほとんどの防具を貫ける。そこのところが、軍のお偉方に認められなくてね。私としても必死に価値を説いたんだけど、残念なことに厄介払いされてしまったのさ」

「そんなに強い武器なのかよ……。ああ、でも、なるほどなー」


 エマの言い分に、ジーンが納得した。


 得てして、軍隊という組織は保守的である。

 新兵器の価値は、なかなか認められない。


「ここにいる理由は?」


 横から入って、サラが聞く。


「……実は、他ならない君を頼ってきたんだよ。辺境なら、この武器の価値を認めてもらえるんじゃないかと思ってね」


 言いにくそうに、エマが答えた。


「それならそうと、便りの一つでも寄こしてくだされば良かったのに……」


 サラが眉根を寄せた。


 辺境を移動するのは、基本的に高リスクである。

 一般の隊商キャラバンに紛れるのは、貴人のすることではない。


「そうしたかったのは山々なんだがね――」


 エマが続ける。


「軍事機密に触れる以上、造兵廠の職員は監視されているからね。手紙だって、全て検閲されるんだよ」

「でも、辞めさせられたのでしょう?」

「例えクビになっても、むこう3年は監視が続くんだ。まあ、移動までは制限されないんだけどね。ただ、この隊商キャラバンにも、ひょっとしたら密偵がいたのかもしれない」

「その銃は? 軍事機密そのものでは?」

「もちろん! ああ、でも安心してくれ。書類を巧妙に偽造して、一丁だけパクって来たんだ。これは王国軍には存在しないはずの銃だよ」

「ほほう……」


 エマが不穏な告白をする度に、サラの目はギラついていた。


「それは好都合」


 言いながら、サラが周囲を見渡した。

 

 果たして、辺りに転がるのは、人と魔物の屍のみである。

 正に死人に口なしの状況であった。


「肝心の火薬の製法については?」

「ムカついたから、腹いせに記録は全部消してきたさ。ちゃんとバレないように、出鱈目な内容にすり替えてきたよ」

「お偉方がそれに気づく可能性は?」

「ほとんど関心がなかったから、しばらくは大丈夫じゃないかな? ちゃんとしたデータは、私の頭の中にしかないよ」

「結構結構」

「あの~」


 謀を進めるサラとエマに、ナオミが申し出た。


「何ですか?」

「何かな?」


 サラとエマが同時に聞いた。


「私、それ見たことあります」

「は?」

「え?」

「なに?」


 ナオミの発言に、他の3人が顔を上げた。



「『見た』って、一体どこの話さ?」


 泡を食いながら、エマが問い質す。


「はい。隠れ里にいた時に」

「隠れ里?」


 ナオミの言葉に、首を傾げるエマである。


「ああ!」

「なるほどなー」


 対して、要領を得たサラとジーン。


「ど、どういうことだい?」


 エマが狼狽えた。


「ナオミの素性はですね――」


 エマに向かって、サラがナオミの出自を説いた。


「……なるほど。共和政時代の開拓団の末裔か」

「ええ。ごく最近まで、細々と森で暮らしていたそうです。おそらく、彼らの装備にあったのでしょう」


 納得するエマに、サラが補足した。


「ちなみに、撃ったところを見たことは?」


 ナオミに向かって、サラが聞く。


「ありません。私が生まれるずっと前から、ただの置物だったみたいです。火薬と言う言葉も、今日初めて知りましたし……」

「さすがに200年も経つと、情報は劣化してしまいますか……」


 ナオミの返答に、サラが露骨に肩を落とす。


「でもでも、何かちょっと違う気がします!」


 サラの反応に慌てて、ナオミが言葉を続けた。


「と言いますと?」

「少し根元の形が違うんです。里の大人が言ってたんですけど、何かこう火打石を使う機械だったみたいで……」

「ほほう……」

「へぇ……」


 ナオミの情報に、サラとエマが食いついた。

 その直後である。


「あのよー」


 遠慮がちに、ジーンが言った。


「何ですか?」

「そろそろ場所を変えねーか? また別の魔物が寄ってきそうだぞ」


 鬱陶し気な視線を送るサラに、ジーンが指摘した。

 相変わらず周囲は死屍累々で、夥しい死臭を放っている。


「それもそうですね。少し移動しましょうか。あ、その前に皆さん、金目の物を忘れずに回収してください」

「りょーかい」

「はい!」


 サラの指示に、てきぱきと死体を弄るジーンとナオミである。


「え? 君たち、そんなことまでするのかい?」

「この地方に続く、昔からの風習ですよ」

「見届け人の俺たちが、こいつらの身元を確認して遺族に報告する」

「そのお礼に、ご遺体からちょっとだけお金を頂くのです」

 

 動揺するエマを、サラとジーン、ナオミの順に丸め込んでいった――。


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