第三話 飛翔蛇と捜索(後編)
◇◇◇◇
「そこ! もっと慎重に!」
「へいへい」
「わ、分かりました……」
サラの指示で、ジーンとナオミが草を刈る。
ジーンは大太刀を、ナオミは薙刀をブンブンと振り回す、
「何かこんなこと、前にもあったよなー」
ジーンが思い出したのは、流星竜との邂逅である。
未踏の地へ引き摺り回された挙句、ジーンは散々剣で草刈りまでさせられた。
「正直、ちょっと勘弁してもらいたいんだけどなー」
愚痴を垂れるジーン。
「何か問題でも?」
サラが聞く。
「いやな――」
ジーンが答える。
「この剣って、切れ味に特化してるだろ? ちょっとでも硬い物に当たったら、刃が欠けちまうんだ」
「ナオミの薙刀は?」
「あれは重量で押し切るタイプの武器だからな。あまりそういうのを気にしなくていいんだ」
「……なるほど」
ジーンの講釈に、サラが頷いた。
「では刃に気を付けて、慎重に草を刈ってください」
「そう言うと思ったよ……」
無慈悲なサラに、ジーンが渋々従った。
その時である。
「キャッ!」
ジーンの真後ろで作業していたナオミから、悲鳴が上がった。
「どうしました?」
「あ、あそこ……。何かが動いたような」
サラが駆け寄ると、ナオミが茂みを指さした。
何の変哲もない茂みは、冬に差し掛かったせいで、枝ばかりの枯れ木同然である。
「俺には何も見えねーけど?」
2人に釣られて、ジーンも目を凝らす。
だがしかし、人間離れしたジーンの近くを以ってしても、何も感知できない。
「いえ、油断はなりません……」
サラが言って、弩に太矢を番えた。
「どういうこと?」
「飛翔蛇は、周囲の景色に擬態することがあるのです」
ジーンに答えて、弩を構えるサラ。
そしておもむろに、サラが引き金を絞った。
ビュンと太矢が飛んで、ドスッと茂みの根本に突き刺さる。
その途端、地面の色が褐色から緑色に変わった。
果たして、緑色の物体は細長く出現して、ウネウネと脈打っていた。
「ビンゴです!」
『フシューッ!』
サラが言って、飛翔蛇が鎌首をもたげた。
「おいおい、結構デカイじゃんか」
大太刀を構えて、ジーンがナオミの前に踊り出た。
『フシューッ! フシューッ!』
噴気音を出しながら、翼を広げて飛翔蛇が威嚇する。
「気を付けて下さい! 解毒剤はありません。噛まれると助かりませんよ」
言いながら、サラが太矢を番えた。
そして、サラが弩を構えた時である。
飛翔蛇が威嚇を解いて、脱兎のごとく逃げ出した。
「あっ! くそっ!」
弩を構え直しながら、サラが毒づく。
そんなサラを置いて、飛翔蛇は丘を下って、草むらに飛び込んだ。
サラの撃った太矢が空しく、再び地面に突き刺さる。
「ちっ!」
舌打ちをして、サラが弩を下ろした。
「珍しいな。お前が外すなんて」
ジーンがサラの肩越しに声をかける。
「いくら私でも、外すことはありますよ」
答えながら、サラが続けた。
「ああいった小さい獲物は、弩には不向きです。そうですね……、せめて一度に沢山矢が撃てる武器でもあれば、話は別ですが」
「武器には俺も詳しいけど、残念ながら、そんな物は聞いたことがねーな」
「あ! あれを見てください!」
会話の途中で、ナオミが遠くを指さした。
「あっ!」
「おおっ!」
サラとジーンが同時に声を上げた。
果たして、50メートル程先の枯れ木に、飛翔蛇が登っていた。
飛翔蛇は木の天辺まで登ると、羽を伸ばして空中にジャンプした。
「あれ? 落ちるぞ?」
滑空するだけの飛翔蛇を見て、ジーンが首を傾げる。
「よく見てなさい」
サラが言った直後である。
地面スレスレに飛んでいた飛翔蛇が羽ばたいて、グングンと上昇していった。
「おお、飛んだ」
「飛びましたね」
ジーンとナオミが同時に目を見張った。
「あれが飛翔蛇の飛び方なのですよ。でもほら、もうあんなに高く――」
解説しながら、サラが上を見上げた。
鳥と比べたら覚束ない様子ではあるものの、飛翔蛇はもう点になっていた。
「でもあれだと……」
「ええ」
ジーンとサラが、視線を交わした。
「雷鷲なら獲れますね!」
「雷鷲なら楽勝だな!」
同時に言って、サラとジーンが飛翔蛇を見送った。
◇◇◇◇
「で、肝心の雷鷲なんだけど、いつ届くんだ?」
帰りの道中で、ジーンが聞いた。
「伝書鳩を飛ばしましたからね。昨日の夕方……遅くとも今日の朝には、アカデミーに伝わっているはずです」
「昨日の今日って……、何か凄く早くないですか?」
サラの言葉に、ナオミが驚く。
ナオミの言う通りである。
婚約騒ぎの折、3人で王都へ向かった時は、何日もかけての大行脚であった。
それと比べると、伝書鳩は正に一瞬と言える。
「鳩を侮ってはいけない」
サラが答える。
「普通の鳩でも、その飛翔速度は時速にして7~80キロ、鍛えられた伝書鳩なら100キロを超えることもあるのです」
「100キロ!」
「100キロ!」
サラの言葉に、ジーンとナオミが同時に驚いた。
「ええ。彼らは我々の身近にいる、最速の鳥の一つなのですよ」
涼しい顔のサラである。
「でもよぉ……」
言いにくそうに、口を挟むジーン。
「アイツ等、結構普通の猛禽類とかに襲われてねーか?」
「ああ、それは良い質問ですね」
ジーンの疑問に、サラが食いついた。
「ふむ……、確かに最速の鳥の一つと言いましたが、それは水平速度でのことです」
「水平速度?」
「はい。地面や水平線と、平行な次元のお話です」
「……続けてくれ」
サラの講釈を、ジーンが促す。
「ここで話が少し逸れますが、空を飛ぶ生き物が、空中で相手より優位に立つには、どうすればいいと思います? ナオミ、答えてみなさい」
「く、空中でですか?」
サラの質問に、ナオミが慌てた。
「そうですね……。例えば、相手よりも圧倒的に速く飛ぶことが出来る、というのはどうでしょうか。あ、でも、これだと話が繋がりませんね……」
「いえ、いい線いってますよ。75点ってところでしょうね」
「えへへ……」
「なーなー、ひょっとしてよぉ――」
サラとナオミに、ジーンが割り込む。
「相手より上を飛ぶことじゃねーか? ほら、戦いでも地の利って高い所にあるしよぉ」
「正解! さすがの戦馬鹿です!」
「へへ……って、あれ? 俺褒められてるのか?」
「それはそうと、ナオミも間違いではない。より上空を飛ぶことは、速さにも繋がるのですよ」
ジーンを無視して、サラが続ける。
「どういうことですか?」
ナオミが聞いた。
「ここで、さっきの猛禽類の話に戻るのですけどね――」
サラの講釈は、まだまだ続くのであった。
◇◇◇◇
「猛禽類は――これは猛禽類型の魔物も当てはまるのですが――基本的に、上からの急降下で獲物を仕留めます」
「うん、それは知ってる」
「ほとんど落下に近い所業ですので、本人には労力がかかりません。ここまではいいですか?」
「……ああ」
「は、はい」
サラの話に、何とかついていくジーンとナオミ。
「重力に飽かせて加速できますからね。理論上は無限に加速し続けられるのです。もっとも、空気の抵抗や標高の問題もありますから、実際にはそういう訳にいきませんが……」
「お、おおう?」
「う、ううん?」
少し難しいことを言い始めたサラに、ジーンとナオミが面食らう。
「ちなみに、急降下時におけるハヤブサの速度は、時速300キロ以上とも言われています」
「うげっ!」
「凄い!」
「でしょう?」
「うん? でも待てよ……」
サラの解説に、ジーンが疑問を抱いた。
「どうしましたか?」
そんなジーンの様子を、サラが訝った。
「斜めに落ちた方が速いってのは、俺にも分かる。矢や槍でも、打ち下ろした方が威力が大きいからなー。でもよぉ、問題は水平――つまりは横方向の速さだろ? って、俺間違ってるか?」
「いえ。いい質問ですよ」
ジーンの疑問を、サラが称えた。
「斜めの速さは、縦方向と横方向とに分けることが出来るのですよ」
「分ける?」
「ええ。速さはベクトルですからね。例えば、さっきのハヤブサが、斜め下に30度の角度を作って、時速300キロで急降下しているとします」
「お、おう……」
「あ、はい……」
ジーンとナオミを置いてきぼりにして、サラが地面に直角三角形を描く。
「そうすると、横方向にはその半分、時速にして150キロが出ている計算になるのですよ!」
口角に泡を飛ばしながら、サラが締めくくった。
「そ、そうなのか」
「そうなんです!」
ジーンが聞いて、サラが力強く言った。
「へぇ、やっぱ学のあるやつは違うな」
「ふふん」
ジーンが褒めて、サラが胸を張った。
「難しいことはともかく、結局は水平方向でも速いってことだろ。そりゃあ、逃げ切れない訳だ……って、ううん?」
言いながら、ジーンが顔を上げた。
ジーンの視線は、街道沿いをジッと見つめている。
「どうしました? また何か見つけたので?」
「うん」
「飛翔蛇の犠牲者ですか?」
「いや、そうじゃなくて――」
サラの問いに、ジーンが続けた。
「誰か、襲われてるみたいだぜ」
答えながら、ジーンが遠くを指さす。
果たして、ジーンが示す方向では、隊商が魔物に襲われてい




