第二話 雷鷲と依頼(前編)
◇◇◇◇
フリードリヒとシルヴィアが去った後、サラとジーンが一息ついていた。
ちなみにフリードリヒ父娘の部屋は、サラたちが住む賃貸の一階に住んでいる。
益々と魔窟化が進む、サラたちの住環境であった。
「意外でしたね」
「だなー……」
相槌を打つ、サラとジーン。
フリードリヒの話では、ファルコナー家はミッドガルド王国の成立以前から、その名を馳せていたと言う。
下手な名家より歴史の古い、ファルコナー家であった。
「案外、貴方の家こそが正当の王家だったりして」
「いやいや、それはねーよ」
サラの思い付きに、ジーンが首を横に振る。
「フリードリヒのおっさんも言ってたじゃん。当時から雷鷲を使う鷹匠だったって。第一、正当の王家だったとしたら、何で今まで無事に残ってんだよ? そんなの、とっくの昔に滅ぼされてお終いだろ?」
「それもそうですね……って、あれ?」
ジーンに説得されつつ、サラが首を捻る。
「どうした?」
「いえ、何か引っかかっているような……」
ジーンが聞いて、サラが顎を擦った。
「まあ、いいや。さてと、俺もそろそろ帰る――」
「ああっ!」
立ち上がろうとしたジーンを、サラが押し止めた。
「な、何だ?」
「雷鷲ですよ。雷鷲!」
慄くジーンに、サラが詰め寄る。
「貴方の家って、雷鷲を飼っているはずですよね? 一体どこにいたのですか?」
サラの疑問はもっともであった。
ジーンの実家にいた時、サラは一度も雷鷲にお目にかかっていない。
ファルコナー家のシンボルである以上、それは極めて不自然である。
「雷鷲なんて貴重な魔物、アカデミーの魔物研究室でしか見たことがありません。まったく、どこに隠していたので――」
「うん、それ」
サラの詰問を、ジーンが遮った。
「え?」
目を点にするサラ。
「だから、そのアカデミーにいるヤツが家の雷鷲なんだ。貸してるんだよ」
「な、何と……」
ジーンが宥めて、サラが気持ちを落ち着けた。
…――…――…――…
ちなみに雷鷲とは、鷲の形をした魔物である。
翼幅4メートルに及ぶ雷鷲は、突っ立っているだけで子供の背丈ほどもあった。
片足200キロを超える握力と、長い鍵爪から流す生体電流を喰らえば、人間などひとたまりもない。
雷鷲は飛竜をも凌ぐ、大空の覇者であった。
飛竜は図体こそは雷鷲より大きいものの、その飛翔能力は低い。
地上の獲物を上空から尻尾の毒針で襲うのが、飛竜の狩りであって、空戦はからっきし弱い。
トロトロと飛ぶ飛竜の頭にしがみつき、生体電流で気絶させた挙句、地面に叩きつけるのが、雷鷲の必勝法である。
毒針が効かないこともあって、雷鷲は飛竜の天敵足り得ていた。
そんな雷鷲の習性を利用して、飛竜退治に一役買ってきたのが、人類の――ひいてはファルコナー家の歴史である。
◇◇◇◇
「……なるほど。あれは貴方の物でしたか」
椅子に深く腰掛けて、腕を組むサラである。
「正確には、俺ん家の物だけどなー」
訂正するジーン。
「で、どうしてあんなのが気になるんだ?」
ジーンが聞く。
「貴方、雷鷲を扱えなかったのですよね?」
サラが聞き返した。
「お、おう……」
ジーンが頷く。
ほぼ全ての武芸を修めたジーンが、唯一使いこなせなかったのが鷹匠の業である。
「今から挑戦する気あります?」
「え?」
サラの問いに、目を点にするジーン。
そして、そのすぐ後にジーンは首を横に振った。
「無理無理無理!」
全力で拒絶するジーンである。
「あいつ、俺のこと滅茶苦茶嫌ってるんだぜ! また電撃を浴びせられちまうのは、もう懲り懲りだよ!」
「ですが――」
「無理なものは無理!」
「話は最後まで聞いてください」
嫌がるジーンを、サラが説き伏せにかかった。
「貴方、このままでいいと思っているのですか?」
「どういうことだよ?」
サラが聞いて、ジーンが聞き返す。
「私と貴方は、近いうちに結婚します。ここまではお分かりですか?」
「あ、ああ……」
「さらに言えば、ナオミとも結婚する」
「そ、そうだな……って、改めて言われると、かなり恥ずかしいなこれ」
サラが言って、ジーンが頬を赤らめた。
「すでにご存じでしょうが、これが認められるのは、異例中の異例です。ファルコナー家の特殊な家柄と、貴方の功績あってのものです」
「それは、俺も分かってるつもりだぜ」
「ですが、正直言ってまだ足りないのです」
「ど、どういう意味だ?」
サラの主張に、すっかり引き込まれたジーンであった。
「何せ事態が事態です。有象無象が妬み嫉み混じりで、色々とイチャモンをつけてくるでしょう。そんな結婚生活を、私は送りたくありません」
「それは俺も同感だなー」
「そういう訳で、私は貴方の英雄性を、完璧なものにしておきたいのですよ」
「ああ、そういうことか」
サラの意見に、ジーンが同調した。
鷹匠の業を修めれば、ジーンはファルコナーの歴史上初の皆伝となる。
周囲への説得力は十分であった。
「どうですか? もう一度挑戦してみては?」
「うーん……」
サラの勧めに、ジーンが腕を組んで考えた。
そして、そのまま3分余りが経った時である。
「……分かった。やってみよう」
ジーンが折れた。
「おお! それでこそ、私の婚約者です!」
サラが言って、ジーンの両肩を叩いた。
「ああ、もう言っていいですよ。私はこれから、雷鷲を取り寄せる手続きに入りますので」
「お、おう……」
サラが机に向いて、ジーンが立ち上がる。
そして、ジーンがそのまま部屋を出ようとした時である。
「あ! ちょっと待ってください!」
サラがジーンを呼び止めた。
「何だよ?」
「もしこの後時間があったら、斡旋所まで行ってもらえませんか?」
「どうして?」
「久しぶりに羽を伸ばしたいのですよ。そうですね……、飛翔能力のある魔物関連の依頼があれば、大変喜ばしいです」
「……分かった」
サラの難題を受けて、ジーンがドアノブに手をかけた。
だがしかし、そのまま動きを止めるジーンである。
◇◇◇◇
「どうしました?」
机にペンを走らせながら、サラが訝しむ。
「なぁ」
「はい?」
「聞いていいか?」
「どうぞ」
ジーンの問いに、サラが顔を上げた。
「ひょっとして、雷鷲を使った猟をしたいとか、それだけの理由じゃねーだろーな?」
「――!」
ジーンが聞いて、サラの眉が動いた。
「……」
「……」
そのまま見つめ合う、サラとジーンである。
陽の光が窓から差し込んで、午後の到来を告げていた。
「貴方――」
サラが切り出した。
「最近やけに勘がいいですね」
「やっぱり……」
肯定するサラに、呆れるジーン。
「ところで、それのどこに問題が?」
「お前な――」
「どっちにしろ、貴方の技量を調べねばならないのです。やることは一緒でしょう?」
「む……」
「貴方は現状を確認できて大満足。私は好奇心を満たせて大満足。みんな得して、幸せではありませんか」
「……それもそうか」
サラにやり込められるジーンであった。
「分かったら、とっとと行ってもらえますか?」
「りょーかい」
サラが促して、ジーンが部屋を後にした。
「……ふぅ」
ジーンを見送って、サラが汗を拭った。
「それにしても――」
再びペンを走らせて、サラが独り言ちた。
「どうしてあの男は、私の我が儘を、あんなに簡単に聞くのでしょう?」
もっともなサラの疑問である。
政略結婚である以上、ジーンは決してサラに岡惚れしている訳ではない。
にも拘らず、しっかりと理屈を唱えれば、大抵の要求をジーンは飲んでしまう。
これはサラにとって、大きな謎であった。
そして、出て行ったジーンである。
ジーンはそのまま建物を出て、大通りを歩いていた。
向かう先は当然、斡旋所である。
「おい、あれ……」
「しっ! 目を合わせるな!」
脛に傷がある者は、ジーンから目を逸らしていく。
「あ、ジーンだ」
「何て羨ましい」
普通の男たちはジーンを羨んだ。
「ねぇ、あれ」
「何てやらしい……」
女たちは非難の視線を浴びせた。
「しかし、そんな都合のいい依頼なんてあるもんかねぇ」
だがしかし、ジーンは周囲を気にせず、斡旋所に向けて歩いていた。
いつぞやのように、世間の評判など何処吹く風と、鷹揚に構えているジーンであった。
そんなジーンの前に、女が1人躍り出る。
褐色の肌をした年若い女は、そこそこの美人であった。
「げっ!」
「おっ!」
女が顔を引き攣らせ、ジーンが顔を綻ばせる。
「ちっ!」
「おいおい! ちょっと待てよ!」
逃げようとした女を、ジーンが追いかけた。
「くそっ! 放せ変態!」
「つれねーな」
暴れる女の襟首を捕まえて、ジーンが持ち上げる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ……」
「分かったから、とにかく降ろせ!」
ジーンの怪力に、女が根を上げた。
そんな女の名をマリーと言った。
ハンター専門の斡旋所を経営する、辣腕の女主人である。




