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夢の中の夢

作者: 笠井(くろめがね)

 ドッペルゲンガー。

自分と同じ顔をした、もう一人の自分。

それを見た者は間もなく死ぬという。


「……つまりこれは、死ぬのかしら」

一片の光も見いだせない闇の中、目の前に佇む私自身。

その目は、驚いたように見開かれている。

「あなた、死にたいの?」

「なに? 死なないの?」

 何故貴女が驚いているの、貴女はドッペルゲンガーでしょう。そう言い放ちそうになって、口を閉ざす。

ドッペルゲンガーなんて都市伝説を妄信するなんて、私らしくもない。もっと現実的な答えがあるだろう。つまり、

「これは、夢なのね」

 蓋を開ければ、なんてことはない。単純明快。なんともあっさりとした、無味乾燥な現実。いや、無味乾燥こそが現実なのだ。

 布団のぬくもり、それとわずかな浮遊感。

 私の最後の記憶が指し示した、ごくありふれた事実。

 だからこれは。

「そうよ、偽物さん(フェイカー)。あなたにとっては夢でしょう」

 そう、夢だ。夢なのだから、腹を立てても仕方がない。

  何故、目の前の私は笑うのか。私を偽物などと、のたまうのか。

偽物(フェイカー)? それじゃあ、まるで貴女が本物みたいじゃない」

「そうよ。何か間違っていて?」

 事も無げに、そう破顔してのける。

 何を言っている。偽物なのは貴女そっちだろう。

 そう言いたいのに、言葉は塊となって喉につかえる。かろうじて言葉となった声は、ひどく引き攣ったものに感じられた。

「まるで――こちらの方が現実みたいじゃない」

 動揺と、ほんの少しの恐怖。それが気取られたのか、彼女の笑みは意地悪くも醜悪なものへと変じていく。

「まるで、自分(あなた)が本物だと思ってるみたいな言い方ね」

 口角はみるみるうちに持ち上がり、次第に人間には不可能なはずの笑みのかたちを見せ始める。瞳孔は開き、その眼には何の光も差し込まない。

 それはまるで、虚無の笑み。

 ぞっとするほど、何もない。

「わたしと同じ顔をしたあなた。あなたとわたしは同じもの。でもね、違うことが一つだけ」

 一歩、二歩、彼女は私に近づいてくる。

 一歩、二歩、私は彼女を遠ざける。

「あなたはわたしで、わたしがあなた。わたしこそが、本当のあなたなのよ」

 彼女の笑みは、もはや人間のそれではない。

「気付いていないの? あなたの右手(・・)

 冷笑混じりの彼女の声音。

 思わず動く視線の先は、使い慣れないはずの左手。

「右も、左も、ぜぇんぶうそ。それでもまだ、あなたは幸せな夢を見ようとするの?」

 人ではない彼女が歩み寄る。

 三歩、四歩、手を伸ばして。

「貴女のような化物(ひと)が、本物であるはずない」

 背筋を冷たい汗が伝う。

 五歩、六歩、壁にぶつかる。

「あなたはわたしで、わたしがあなた。それならあなたも化物でしょう?」

 ひやりと凍えるような風。背後の壁よりも冷たい瞳。

 どこまでも透きとおる、殺意の微笑。

「ドッペルゲンガーを見た人は死期が近い。何故だか知ってる?」

 私はわたしに絡めとられて。


「おやすみ、わたし。良い夢を」


 氷の笑みが、脳を貫く。

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