空の上
遥か下の方に真っ白な雲海が見える。
足もとには白い床が広がっている。
ここは空の上だろうか。ビルの屋上?いや、雲を見下ろせるような高さのビルなんてあるはずがない。では、山の頂上だろうか?だが、足元の床は人工物にしか見えない。やはり、何かの建物の屋上なのだろう。屋上の端には手すりも何もないので遠くまでよく見える。
空は明るいのに太陽が見えない。そよ風が心地よい。
地平線が見える。そこまで延々と雲海が続いている。それ以外には本当に何もない。上空は青空が広がりただ光がふりそそいでいる。変だな、地平線が丸くみえないな。
「きゃっ!!」
突然、後ろから若い女の声がした。
振り向くと屋上の自分とは反対側に女がいた。大人の女性というべきか、少女というべきか迷うくらいの年齢に見える。
綺麗な顔をしている。『凛とした』という表現の似合う、美少女というよりは美人というべきか。長い黒髪を胸まで垂らし、少し驚いたような表情で、一糸纏わぬ姿をさらしながら、こちらを指差し、
「ちょ、ちょっと、な、なんであなた裸なのよ?」
自分のことを棚に上げそんなことを言った。呆然と彼女の裸を見ながら、言葉の意味を理解した直後、自分の体を見下ろす。下着一枚つけていない完全に全裸だった。
「うおっ!な、なんで……。君だって、裸じゃないか!」
即座に自分の股間を隠し、体を後ろに向け反論する。
「へっ、あ、あ、やだっ、、なんで……」
彼女は叫びながら右手で胸を、左手で股間を隠しうずくまってしまう。気がついていなかったのだろうか?まあ、俺も人のことは言えないのだが……。
「あなたがやったの?一体どういうつもりよ?」
顔を赤くし、こちらを睨みながら詰問してくる女に対し、必死で『俺じゃない』と弁明しながら、状況を説明しようとした。
だが、ここがどこなのか、なんでここにいるのか、なぜ裸なのか、全てわからないことに呆然となる。なんで、どうやって、どこ、すべての疑問に自分自身が答えることができない。
「とにかく俺じゃないんだ!君こそ何かしたんじゃないのか?」
「私が何でそんなことしなきゃいけないの?ふざけないでよ、この変態、犯罪者!」
彼女はあまりに必死で、本当に何も知らないように思える。
このままでは非常にまずい、男女が裸である状況で疑われるべきは当然男の方である。事態を打開するためあたりを見回すが自分の下着や服どころか、この屋上らしき場所には円形の白い床が広がっているだけで何もない。
屋上の隅に下に向かう階段らしきものが見えた。なので、とりあえず、
「俺じゃないからな!俺はもう行くから!」
ガキのような捨て台詞を残してその階段へ向かう。後ろからは、「何なのよ、もう。」と泣きそうな声が聞こえたが振り返るわけにもいかない。
屋上から下の階に向かう階段には外側に手摺りすらなかった。遥か下の雲海が見えてしまいかなり恐ろしい。幅は1メートル程度しかないため余計に足がすくむ。
高所恐怖症ではないはずではあるが、だからといってこんな高さが怖くないはずもなく、内側の壁に手をつけたまま恐る恐るといった態で左回りに螺旋状の階段をゆっくり降りる。
建物の周りを半周ほど進むと正面に壁が見え、踊り場のような少し広くなった場所があった。その左側、塔の中心方向には木製の古びた白いドアがある。よくわからない状況で少し怖かったが、勇気をふりしぼり思い切ってドアノブをつかむ。
開かない。
鍵穴も見えないので、鍵がかかっているわけではないと思うのだがドアノブが動かない。押しても引いてもビクともしない。かなり古びてみえるにもかかわらずである。内側でつっかえ棒がはまっている様子も感じられないのだが、何か仕掛けでもあるのだろうか。周囲には階段と壁があるのみだ。正面の壁をいじってみても真っ平らな平面しかなく特にこれといって何も見つからない。
かなり気後れしつつも、踊り場の床に手をつき、腹ばいになって外側に頭を突き出し下方を覗いてみる。
数百メートル?いや、もっと、数千メートルか?なんだよ、それ……。
遥か見えないほど下方までこの建物が続いており、そのまま雲海に突っ込んでいるため地面が見えない。下の方は細く線のようにしか見えない。この建物、塔というべきだろう、そのこちら側には外階段と思われる切れ込みが左右から交互に並んでいる。おそらくこの階の反対側にも下の階につながる外階段があるのだろう。この階と下の階をつなぐ階段は今いる階段とは逆に右回りになるようだ。階段がS字を描くように連続している建物なのだろう。
すぐに行き詰まったことでしばし呆然としてしまった。もしかしたら屋上に何かがあるかもしれないが、だからいって、屋上には彼女がいる、なんとなく屋上に戻るのも気がひける。とりあえず階段座り込み、状況を整理してみる。
ここは何なのか?何でここにいるのか?彼女は誰なのか?なぜ二人とも裸なのか?一つもわかることがない。
この塔もどうやってこんなに高いところまで建っているのかがわからない。少なくとも世界にこんな場所があれば有名になっていなければおかしい。それに屋上は直径10メートル程度だっただろう。下を見下ろしても下方が広くなっているようには見えなかった。こんな細い建物をこんな高さまで立てられるものなんだろろうか?
しかも、この塔の材質だ。どうみてもレンガ造りにしかみえない。それに白い漆喰を塗っただけだ。屋上もそうだったが、ところどころ漆喰が剥げて中の白っぽいレンガが少し見えている。ドアのみが木製でできている。こんなレンガ造りの建物を、こんな雲の上に達するような高さまで建てられるはずがない。
それに、こんな高さのところでそよ風程度しか吹いてないのもおかしい。もっと強風が吹いていてしかるべきだろうし、こんな過ごしやすい気温というのも変だ。こんな高さならもっと寒いだろうし、空気も薄いはずなのだが、呼吸がしづらいということもなく耳もキーンとならない。
太陽がどこにもみえないのも違和感がある。空は明らかに真昼の明るさだ。遮るもののない場所で全方角を見たはずなのにどこにもなかった。だが、ちゃんと体の下側には影がある。
それにこの高さまでどうやって来たのだろう。ヘリコプターがこの高さまで飛べるとは思えないし、飛行機でうまいこと人を下すことなどできないだろう。それにそんなことをするメリットは何だ?
彼女は誰だろう。俺よりも少し年下、20歳ぐらいに見えるが、なぜ俺もあの女も全裸なのだろう。充分に美少女と呼べる顔立ちだろう。いや絶世の美人というべきか。
最初はどこも隠していなかったので、程よい大きさの膨らみとその先端や足の付け根の黒い茂みまで全て見えてしまった。
やばい思い出したら大きくなってきた。隠すものもの持っていないのだから、これはまずいかもしれない。
「ねえ、」
突然、上方から声をかけられ体をびくっと震わせる。
「ちょっと、なんでまだそんなところにいるのよ?下に行ったんじゃなかったの。」
上を向くと屋上から彼女が頭だけを出してこちらを見ていた。見下していたというのが正しい表現なのだろうか?下から見上げてもやはり美人だ。階段部分には屋根がついていないので当然屋上からは丸見えになっている。大きくなりかけていたことには気付かれなかっただろうか。
「ここにドアがあるんだけど、開かなくて。」
言い訳みたいに聞こえないよう気をつけながら、今の状況を説明をする。
「ふ〜ん、そうやってそこに誘い出して、襲うつもりじゃないでしょうね?」
「そっ、そんなことしないよ。そもそも、俺じゃないって言ってるだろ。こんなところ初めて来たし。そもそも俺だってここにどうやって来たのかすらわからないんだから。
ドアのことが信じられないなら、俺が屋上に行くから交代でここに来て確かめたらいい。」
しゃがみこんでいても仕方がないので、階段を上り屋上に行く。もちろん手で隠しながらなので少し間抜けな動きになっているかもしれない。彼女は屋上の端っこで体を隠したままこちらの様子をうかがっている。
「俺が反対側の端っこに行くから下を見て来いよ。」
「わかったわよ。ドアが開いたらおいてくからね。あと、上から覗かないでよね。」
手を振って、了解のサインを出し、屋上の端に座り込む。階下に降りていく彼女を見ないようにして屋上を見回すがやはり何もない。階下の床や壁と同じレンガだと思われる白い床が広がっているだけでところどころ漆喰の剥がれた場所がある程度だ。
しばらく待っていたが、彼女が戻ってこないので様子をみに階段を降りた。
「どうだ、開かないだろう?」
「ちょっと、いきなり来ないでよ。開かなかったわよ!」
「いや、上から覗くなって言ったから。やっぱり開かないか。」
彼女はドアの前の踊り場で体を隠すように座り込んでしまう。ちょっとお尻が見えている。もうなんと思われてもいいので、近づいてもう一度ドアに触ってみようと狭い踊り場に足を踏み入れる。
ポーン。
間の抜けた音がドアのあたりから聞こえた。同時にガチャッと、触ってもいないのにドアノブが動きドアが内側に向けひとりでに開いた。