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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
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忍術と言う名の魔法にて②

「『アンチグラビティ!』、『マジックセイバー!』」


 審判のコールから文字を刻み始めて、最初に発現したのはチカであった。

 自身を強化しながら少しでもザザから離れようとバックステップを踏む。


「ククク、我が忍術、とくと味わうがよい。『分身の術!』」


 ヌルりと分れるようにして、本人からもう一人のザザが現れる。それは止まる事無く無数の分身を生み、あっという間に数十体ものザザが本体の周囲に密集していた。

 それを見たチカは息をのむ。


「ククク、お主の神速を誇る刹那を見切るのは至難の業でござる。かと言って空を飛べば空間さえも切り裂く究極の一撃が飛んでくる。ならば、フィールドを分身で埋め尽くし、お主をそれがしまで近寄らせなければいいだけの事よ」


 チカはザザの周囲を遠巻きに回る。全方向を分身で囲まれており、一直線で本体に向かうのは不可能であった。


「色々と試してみるしかありませんね。『ストレングス!』」


 強化を終えたチカが地を蹴り、一瞬で目の前の分身を切り捨てた。斬られた分身は光の粒子となり、空気中に霧散していく。

 だが同時に、数体の分身が同時に襲い掛かって来る。その両手には小刀が握られていた。


疾風はやて!!」


 三体の分身が二刀を振り下ろすよりも早く、チカの連撃が分身を切り刻む。


「分身にばかり気を取られていては危険でござるよ。『火遁の術!!』」


 地面を滑るように火花が広がり、チカの周囲で巨大な炎の檻となった。炎は分身を飲み込み、収縮しながらチカへ迫る。


「くっ! 分身だからいくら巻き込んでも構わないって訳ですか。『刹那!!』」


 炎に包み込まれる前に脱出を謀るため、チカは一部の炎に突撃をかける。魔法で作り上げられた炎を魔法の刀で切り裂き、全力で突破を試みた。

 ザザの炎を一気にぶち抜き、チカはゴロリと地面へ転がる。脱出には成功したが、着ている袴は焼けて損傷し、顔にはススがこびり付いていた。


(結構威力が高い。Sランクくらいはありますね……)


 すぐに体を起こして刀を構える。するとザザはすでに次の行動に移っていた。


「ならばこれならどうでござるか! 『雷神の術!!』」


 パリっと頭上で音がすると、途端に背筋が凍るような感覚になる。チカはすぐさまその場から跳び退けると、正に電光石火の速さで落雷がその場所を直撃していた。

 しかも落雷は止まらない。立て続けにチカを狙うように頭上から降り注ぎ、チカは文字を刻みながら回避に専念していた。

 肩や足を掠めながら高速で動き続け、ようやく落雷が止まった頃に、チカはその足を止める。


「ようやく止みましたか。次はこっちの番です! 『スカフォールド!』」


 空中に半透明の足場が出現した。落雷によって壊される事を懸念していたために、止むのを待っていたのだ。しかし――


「甘い。お見通しでござるよ!!」


 足場が現れた瞬間に、まるで待っていたかのような反応速度で分身達が飛び上がる。そして空中に出来た足場はあっという間に分身に占拠されてしまった。分身は小刀をチカへ向けており、強引に飛び乗ろうとすれば刃先が突き刺さりそうである。

 さらにチカの周りは分身達に囲まれて、完全に包囲されてしまっていた。


「くくく、勝負あったでござるな。空中の足場をつかって上から某を狙おうという作戦だったでござろうが、その程度の思考など読んで当然読まれて当然でござる」


 チカは周囲を見渡してみた。

 周りには多くの分身で逃げ道は塞がれ、空中の足場にも当然分身が小刀を構えて待機している状況である。


「私は最後まで諦めませんよ。特にあなたは一撃を浴びせなければ私の気が治まりません!」


 すると分身の隙間から見えるザザ本体は、やれやれと首を振っていた。


「某は忍び故、恨まれるのは仕方のないことでござるが、お主はお主で視野が狭すぎる。合併という話だって何も悪い事ばかりではない。田舎の村にいてはわからない出来事を経験する良い機会でござるよ。お主はまだまだ子供故、少しは居心地の良い場所を離れて都会という荒波の中に身を置くのもまた勉強でござる。どうせ今までの人生はぬるま湯に浸かっていたようなものだったのでござろう?」


 それを聞いたチカはピクリと反応を示す。


「私の人生がぬるま湯に浸かっている……?」


 刀を握る手に力がこもり、その肩は震えだしていた。

 なぜならば、チカの人生は苦悩と挫折の連続であったからだ。幼少の頃に侍を好きになってからはその修行を一貫して続けてきた。しかし、魔法使いという存在に敗れてから、その想いは蹂躙され、自分の進むべき道さえわからなくなったりもした。

 ガルに出会うまでチカは真剣に悩み、葛藤を続けてきたのだ。


「私の事なんて何もわからないくせに、知ったような口を聞くな……」


 怒りで眼光を鋭くして、相手を威圧するように低い声でそう呟く。


「あっはっは! 何を怒っているでござるか。まるで自分が修羅の道を歩んできたような言い草でござるなぁ。だとしたら見せてみよ! 修羅場をくぐり、命の駆け引きを経験しているならこの程度の困難などさほど問題にはなるまいて!」


 ザザのその言葉に、スゥっと空気が冷えていく。

 殺気が広がり、チカの足元の砂埃が広がるように舞い上がっていた。


「だったら見せてあげますよ……」


 そう言って、チカは自分の中から力を求める。

 自分に埋め込まれた力を欲し、手を伸ばして掴み取る!


 ——ピョコン。


 すると、チカの頭から猫耳が顔を出す。

 それは、以前にチカが求めた獣人の力。薬なしでは生きられなくなった非合法の力。

 そして、チカの人生で最大の汚点……


「先に卑怯な手を使ったのはそっちですからね。これでおあいこです」


 そう言って、刀を自分の目の前までもっていく。切っ先は空へ向けて、自然体のまま佇んでいた。


「ふっ。そこまで言うなら見せてもらおう。……かかれぇーー!!」


 ザザの一声で分身が動き出す。チカを目がけて、四方八方から十人以上の分身が同時に切り込んで来た!


絶牙ぜつが……」


 ——ズバァ……

 一瞬であった。

 チカに飛びかかった分身全員が、頭から真っ二つに割れて消えていく。そんな様子をザザは目を丸くして驚愕していた。


「なっ!? 奇想天外摩訶不思議! 一体何が起きたでござるか!?」


 チカは変わらず、刀の先を空に向けたままの格好でその場から動いていない。ザザの目には、飛びかかった分身が同時に真っ二つに両断されたようにしか見えなかった事だろう。


「もういいですよ。解除」


 チカが念じると、頭から生えた猫耳はペタンと倒れ、髪と肌に溶けて消えていく。


「くっ!? 分身よ、某を守るでござる!! 今の技、恐らくは自分の周囲に発生する斬撃のような技。結局のところ、某に近付けさせなければ恐るるに足らず!」


 ザザは自分の周囲をよりいっそう分身で囲う。

 もはやアリの這い出る隙間もないほどだ。


「無駄ですよ。あなたはもうすでに詰んでいます。『月下げっか……』」


 フッとチカの姿が消えた。それによってザザは困惑するが、何をすべきか考える間もなく悟る事となる。

 ザッと地面を踏みしめる音が聞こえた事で、今、自分の後ろにチカが居る事を。

 チンっという刀を鞘に納める音で、すでに自分が攻撃された後だという事を。

 そして……


「く……ぐっ……ぐはぁ!?」


 セイバーで切り付けられた時の白い斬撃が、頭の先から股にかけて一直線に浮かび上がり、ザザは断末魔を上げてその場に倒れ込む。それと同時に、周囲の分身達も消えていくのであった。


「ば、ばかな!? 周囲を囲っていたのに、なぜ背後に一瞬で現れた!?」


 地面に這いつくばるザザが未だ困惑した様子で問いかけてきた。


「まだわかりませんか? そのための足場なんですよ」

「足場……? 空中に作られたアレでござるか!? しかし上には某の分身を乗せて……ま、まさか!?」


 そこでようやく納得したように青ざめる。


「そうです。空中に足場を作ったからと言って、別にその上に乗る必要はありません。私は飛び上がり、その足場の下部を蹴り、あなたを空中から襲ったんですよ。この技が『月下』といい、それを連続して上下に動き続ける技が『絶牙』です。こう、獣が敵を噛み砕くイメージの技なんですが――」


 そう説明するチカだが、ザザは開いた口が塞がらないままガクリと地面に顔を埋める。


「ま、まさかこれほどまでの神速とは。無念……」


 そう言ってから気を失い、それを見た審判も高らかに手を振り上げた。


「ザザ選手戦闘不能! よってチカ選手の、勝ぉぉぉ利ぃぃぃ!!」


 声援が沸き、大歓声が鳴り響く。

 そんな中、チカは神妙な顔をしていた。


「やっぱり『神速』と呼ばれるなら獣人の力を使ったときの動きくらいじゃないてダメですよねぇ。いつかは獣人の力を使わなくともあれくらいの動きが出来るようになりたいです!」 


 そんな事を決意するのであった。


* * *


「ほっほっほ!」


 一人の老人が可笑しそうに笑い出す。


「あら、ご機嫌ねアル」


 その老人に、絶世の美女が声を掛けた。

 四回戦でワイルドファングと戦ったシルベーヌ支部のアルフォートとエリーゼである。

 彼等もまた、決勝戦を見に来ていたのだ。


「あの娘、あと一年も修行をすれば儂を超えると言うたが、これはもうすでに儂を超えたかもしれんのぅ。全く世の中は広いわい。ほっほっほ」


 アルフォートにそこまで言わせた事に驚きながら、エリーゼは再度フィールドに視線を移す。そこには、満面の笑みで観客に手を振る若き侍の姿が映っているのであった。


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