表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
91/108

決戦前夜の心境にて

* * *


「ふぅ~、これにて今日の仕事は終了かな」


 アレフが自室で書類をまとめながらそう呟く。

 準決勝が終わってからワイルドファングのメンバーは、いつもの通りノードの街へと帰還していた。


(さてっと、明日はついに決勝戦か)


 アレフは窓から外を眺めて思いにふける。彼はメンバーの実力を高く評価しているし、信頼もしている。しかしはっきり言って、ここまで勝ち進められるとは思っていなかったのだ。


(次勝てば優勝か。もうここまで来たら、何が何でも勝つ以外にあるまい)


 そう考え、机の中から紙を取り出して魔法の術式を書き連ね始めた。


(元々私は戦力外として、捨て駒というポジションで作戦を立ててきた。しかし恐らく、決勝戦では捨て駒は使えない。なら、自分にできる事をやる!)


 アレフは黙々と魔法の研究を続け、机の上は紙だらけとなる。


(少し小腹がすいたな。優勝祈願のためにカツカレーでも食べようか)


 そんな風に過ごしながら、夜は更けていくのだった。


* * *


 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ……

 その部屋の中にはペンを走らせる音だけが響き渡る。魔法の研究に時間を費やしているのはアレフだけではない。元々異常なほど魔法が好きで、その人生の大半を魔法に費やしてきたガルもまた、その夜は魔法の研究に没頭していた。


 (少し休憩するか。まだ夜は長い)


 そう思い、一旦手を止めて近くに置いてあったカツサンドを引き寄せた。

 これは、隊員が夜食の差し入れと持ってきてくれたものであった。明日の決勝に勝つためのゲン担ぎである。


(準決勝の次鋒戦、俺は相手の話術にハマり、自分の闘い方が出来なかった。その結果、引き分けに持ち込まれてしまい、その後のみんなに負担をかける事となった……)


 カツサンドを口に運びながら前回の闘いを思い返すと、自然にやるせなさが沸いてきた。


(もう惑わされない。明日は……絶対に勝つ!!)


 ギラりと獣のように目つきを鋭くして、想いを固くする。

 そうして再び魔法の術式を研究すべく、ペンを走らせるのだった。


* * *


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 夜の暗闇の中、月明りさえも遮る森の中。そこでセレンは肩で息をしながら汗を拭っていた。

 その瞬間である。背後から殺気を感じるのと同時に、何かが飛んでくる気配に杖を振り抜く。

 パキン、と乾いた音が鳴り、セレンの足元には木の枝が転がった。


「誰!?」


 枝が飛んできた方向に杖を向けると、木の影から人影が現れる。


「お見事。さすがセレンちゃんですね~」


 それはチカだった。

 セレンはハァっと息をついて、構えていた杖を下した。


「どうしたの、チカ」

「ちょっと休憩しません。差し入れ持ってきましたよ」


 そうして二人は、手ごろな岩の上に座った。

 頭上には魔法で作り出した光源を設置しているので周りは明るい。


「見て下さい。このおにぎり、中にカツが入ってるんですよ。縁起がいいです!」


 二つあるおにぎりの一つをセレンに渡し、二人並んで頬張る。


「むぐむぐ……それで、チカは私になんの用だったの?」


 セレンがそう聞くと、チカは少しためらいながら答えた。


「え~っと……セレンちゃんと一緒に修行しようかな~って思いまして」

「私と? それならガルとかに頼めばいいじゃない」

「師匠は部屋にこもって魔法の研究をしています。それにセレンちゃんは……ほら、私とちょっと似てるから」

「似てる? どこら辺が?」

「……こう言うのも何ですが、セレンちゃん、最近は勝率がかんばしくないじゃないですか」


 セレンはギクリと動きを止める。それは彼女にとっても気にしている事だった。


「セレンちゃんは四回戦で負けて、この前の準決勝で引き分けでした。私は三回戦、四回戦で負けてます。準決勝ではなんとか勝ちましたけど、このままじゃダメなんです。私、もっと強くなりたい! 師匠は言ってくれました。チカはまだまだ強くなれるって! だから……二人で特訓しませんか? 私、必殺技を考えたんです!」


 するとセレンは、残りのおにぎりをパクンと口に入れて立ち上がった。


「いいわよ。実は私もね、前から研究していた必殺技がやっと完成したの。ここは実戦形式で、ちゃんと試合の最中でも使えるように特訓しましょう」

「おお~!? いいですね、やりましょう! けど、手加減はしませんからね」

「もちろんよ。チカは速いから、その中でもしっかりと必殺技が出せるようになるまで付き合ってもらうわ」


 そうして二人はニヤリを笑い、距離を空けて武器を構える。

 今まさに、二人の秘密特訓が開始されたのであった。


* * *


「こんな所にいたんですね。アイリス」


 アイリスが流れる小川を眺めていると、突然後ろから声をかけられた。

 振り返ってみると、そこにいたのはカインであった。


「え!? カイン!? どったの、こんな時間に」

「それはこっちのセリフですよ。こんな夜更けに何をしていたんですか?」


 そう聞かれると、アイリスは言葉に詰まってしまった。


「べ、別にぃ~? 明日が決勝戦だから緊張して眠れなかっただけだし。カインこそ、私に何か用事?」

「腕の様子を見に来ただけですよ。もう両手は良いんですか?」

「うん! もうバッチリよ!」


 アイリスは準決勝の闘いで魔法を酷使したせいで、左腕が真っ赤に晴れ上がり、右腕に至っては炭になりかけていた。しかし、医療班の懸命な処置により、今、この月明りに照らされている両腕は綺麗な肌に戻っていた。

 しかし……


「嘘ですね」


 そうカインが断言する。


「う、嘘じゃないって。ちゃんと治ったんだから」


 そうガッツポーズを見せるアイリスに近付くと、カインはその腕を掴んだ!


「~~~~~~~~~っ!?」


 その瞬間、アイリスは声にならない声をあげて苦悶する。

 カインが慌てて手を離すと、彼女はその場にうずくまってしまっていた。


「す、すみません。そこまで痛むとは……しかし、これではっきりしましたね。やはりその腕は完治していない。回復魔法というのはそう簡単な魔法じゃありません。しかもあなたは腕が炭になりかけるほどの重傷でした。腕の表面は綺麗に治せても、内部の神経、血管、骨などをちゃんと治せるのは、かなりの技術と知識を持った魔法使いだけです。アイリス、あなたは明日の試合を棄権するべきです」


 するとアイリスは顔をあげる。

 そして痛みを堪えるせいで、涙目になりながらも首を横に振った。


「それはできない。私は最後まで戦う!」

「その腕で何を言っているんですか!? いいですかアイリス。痛みがあると言う事は、腕の細胞が生きている証拠です! 安静にしていればちゃんと治るんです! それを戦いに出て無茶をすれば、今度こそ腕が使い物にならなくなるかもしれないんですよ!?」


 誰もいない静かな小川に、カインの声が響いていく。

 そんな必死なカインの説得に、アイリスは静かに答えた。


「確かに、こんな腕じゃ魔法一つ使うのもやっとね。けどさ、それでも何かは出来る事があると思うんだ。相手の手の内を探ったり、魔力を消耗させたりとかさ。全くなんにもできないって訳じゃないと思うの」

「ダメです! 何をそんなかたくなになっているんですか!? 自分の体が最優先でしょう!!」


 いつになく必死なカインの表情に、アイリスは思わず目を逸らす。


「だって……どうせ私、ブスだし……」

「……はい?」


 カインが不思議そうな表情でアイリスを見つめる。


「私は戦う事しか取り得がないの! どうせブスだし、頭は悪いし、カインにとっては出来の悪い弟子だもん! 戦って、少しでも何かに貢献しないと存在価値なんかないの! ……どうせブスだし……」


 三度目のブス発言である。

 しかしアイリスは頬を膨らませて、まるでいじけているような、ヤケクソになっているよな、そんな様子だった。


「えっと……何かあったんですか? いつになく自虐的ですけど」

「……準決勝の相手にブスって言われた。別に私、自分でかわいいとは思ってなかったけど、やっぱそうなのかなって……」


 それを聞いたカインは小さくため息を吐く。そして、ぽふん、とアイリスの頭に手を置いた。


「アイリス。あなたは十分美人さんですよ。っていうか、あなたがブスだとしたら、世界中の女性は大半がブスという事になってしまいます」

「ふえ!? べ、別に気休めなんていいし。準決勝で戦ったアイツ、性格は最悪だったけど、顔は確かに可愛かったもん。やっぱアイツと比べたら私なんてブスだよ。どうせカインだって、ああいう可愛い系が好きなんでしょ?」


 するとカインは、アイリスの頭を撫でながら少しの間思案する。

 そして……


「準決勝の相手って、確かカリンさんと言う方でしたよね? 私の個人的な好みだけで言わせてもらえば、はっきり言ってアイリスの方が可愛いと思いますよ」


 と、そんな事を、サラリと口にした。


「……へ? それってどういう……え? えぇ!? ええぇ!?」


 困惑するアイリスの顔はみるみるうちに赤くなる。

 月明りだけでも分かるほど耳まで真っ赤となり、さらに熱暴走でもしたかの如く、体中の体温が急上昇していた。


「と、言う訳なので、アイリスは明日の試合を棄権する事!」

「はぅ……わかった……って、何がと言う訳なのよ! 私は棄権なんてしないからねっ!」


 雰囲気に流されそうになっていたアイリスが我に返った。


「ダメです。棄権して下さい!!」

「い~や~だ~!! 絶対に出場するんだから~!!」


 そんなやり取りを、しばらくの間続けるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ