表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
90/108

敗北の境地にて②

「そんな事を言われて、開幕早々降参すると思っているんですか?」


 チカは空に浮かぶリュウガンを睨みつける。


「ふっ、それもそうだな……なら、少々一方的になるが攻撃をさせてもらうぞ。『グラビティボム!』」


 空から黒い半透明の球体が落下する。チカはそれから離れようと走り出した。

 ドゥン!!

 地面に落ちたその球体が爆発する。そこまで大きな爆発ではないが、近くにいれば吹き飛ばされてしまうほどの威力があった。


「ふむ、この爆弾は相手を重力で引き寄せてから爆発する魔法なんだが、さすがに重力を変化させている下に落とすと効果が薄いな。なら、とにかくばら撒くしかあるまい」


 そう呟くとリュウガンは文字を刻む。

 それを見て、チカも文字を刻みながら走り出す。

 チカのスピードは一般人が走る速さとほぼ同じ程度であった。今、このフィールドにはリュウガンが張った重力によって重さが増加している状況である。けれど、チカにはストレングスという筋力を高める魔法がかけられているため、脚力も上がり、ほぼプラマイゼロと言った状態だった。


「グラビティボム!」


 リュウガンが、両手を使い大量の爆弾を無造作にばら撒いた。

 チカは息をのみながら、爆発が最小限に留まるスペースまで走り出す。

 地上に落ちた爆弾が爆発すると、チカはその爆風で吹き飛ばされてしまった。しかし、素早く身を起こすと、すかさず魔法を発現させる。


「スカフォールド!」


 空中に魔法で作られた足場が出現する。それは、空に浮かぶリュウガンまで続く階段のようであった。

 チカは全力でその階段を駆け上がり、リュウガンの元へ目指す。彼が両手の魔法を使い切った今が、カウンターとしては絶好のタイミングだったのだ。


「……無駄だ」


 リュウガンが新たに文字を刻む。それも凄まじいスピードで。


「やああああああ!」


 チカが走りながら刀を構える。

 しかしリュウガンはその場から動かずに、チカにその杖を向けた。


「グラビティショット!」


 巨大な球体が出現すると、階段状の足場を破壊しながらチカに向かって飛んでくる。

 空中で逃げ場のないチカは、その球体に体を弾かれて地面へと落下してしまった。


「くはっ!」


 背中から地面に叩きつけられ、チカはその場で身悶える。

 しかし、そうしている間にもリュウガンは文字を刻み、攻撃を仕掛けようとしていた。


「グラビティボム!」

「くっ……容赦ないですね!」


 チカは再び走り出す。止まっていては、上からの空爆にあっさりと巻き込まれてしまうからだ。

 必死に走り回り、爆発に吹き飛ばされ、地面を転げまわる。それを何度も何度も繰り返す。

 そんな一方的な状況下で、チカは昔の出来事を思い出していた。まだ自分が、魔法を使えなかった頃の事を……


 魔法の素質があるにも関わらず、侍にしか興味を持たなかったチカは、毎日のようにその技に磨きをかけていた。いつかこの刀で、悪人を裁く日が来ると信じて……

 そして、そんなチカの前に魔法使いが現れた。魔法を犯罪に利用して、私利私欲に溺れる者。

 チカはそんな魔法使いを裁くため、刀を抜いて立ち向かった。しかし、チカの刀は一度たりとも魔法使いに届く事は無かった。

 空を飛ぶ魔法使いの前に、刀はあまりに無力で……

 魔法で攻撃してくる相手に、身を守る術なんてなにもなくて……

 チカはその時、侍が最強だという想いを蹂躙された……


 そして今、リュウガンとの闘いがその時の状況と全く変わらないと感じていた。何も出来ずに、ただ逃げ惑う事しかできないでいるのだから……

 ついにリュウガンの魔法がチカのすぐそばで爆発した。


「うぅっああああぁぁ!」


 爆風に巻き込まれたチカは、フィールドの端まで飛ばされて背中から壁に激突した。そして、そのまま地面に倒れて動かなくなる。

 この時ばかりはリュウガンも勝利を掴んだと思ったのか、その攻撃の手を止めていた。


「ひでぇ……こんなの勝ち目ねぇよ……」

「もう見てらんねぇ。チカちゃん、ギブアップしてくれー!」


 周りの観客からは、そんな声が聞こえてくる。

 チカは、その声に甘えたくなるような感覚に陥っていた。絶望的な状況で、諦めても仕方がないと……

 しかし、地面の土を握りしめ、立つ!

 近くに落ちている刀を拾い、顔を上げた!


(確かに全く勝負にならなくて、見苦しい戦いかもしれません。私一人なら、ここで諦めていたかもしれません。……けど、これは決して私だけの問題じゃない! 今の私はワイルドファングの一員で、これはチームの命運をかけた勝負なんです! ここで私が簡単に諦めたら、アイリスさんが大怪我をした意味がなくなってしまいます! 無様でも見苦しくても、体が動くうちは諦めません!!)


 全身がズキズキと痛むが、決して動けないわけではない。チカは力を振り絞って再び刀を構えた。


(考えろ! 考えろ私!! 何か逆転の方法があるはずです! 私は今まで空を飛ぶ相手とどう戦ってきた?)


 チカは必死に考える。


(そう、私は魔法を覚えてから、空に逃げようとする相手を仕留める技を習得しました。けど、この大会では客席の結界を壊してはいけないので使えないと師匠に言われて……)


 そしてハッとした。


(あれ? アイリスさんは結界を壊さないように、空と地面に分かれて打ち合いをしていました。セレンちゃんも、空から地面に向かって強制解除レリースを使っていました。だとしたら……)


 チカは今一度リュウガンを見つめる。彼は高く飛んでおり、広い空をバックに佇んでいる。

 それを見たチカの体には、希望と言う名の力が湧き上がっていた!

 チカはすぐに走り出し、丁度いい場所でその足を止める。そして、手に持つ刀を鞘に納めた。


「まだ諦めないのか。仕方がない。次で決めてやろう!」


 リュウガンが素早く文字を刻み出す。


(落ち着け。観客の皆さんを巻き込んでは侍の名折れ。集中しろ……)


 一つ、大きく深呼吸をする。するとチカの耳から雑音が消えていった。

 観客の騒めきも、リュウガンの戯言も、何もかもが聞こえなくなる……

 その状態で、自分が斬るべき相手を確認するするために空を見上げた。

 すると、スゥーと世界の色が褪せていく。

 闘技場の建物も、空の色も、何もかも色が抜けて、真っ白な世界に変わっていく。

 そしてその中で、自分の斬るべき相手だけがしっかりと目に映っていた。


(……空気も――)


 足を広げ、納めた刀を腰に置き、体勢を少し低く保つ。

 刀はいつでも抜けるように、柄をしっかりと握りしめた。


(空間も――)


 フワリと、チカの足元の砂が舞い上がる。

 風は無い。重力も重いままだ。しかし、確かにチカの足元の砂が、彼女から円を描くように舞い上がっていた。


(重力さえも、切り裂いてみせます!)


 チカの殺気が膨れ上がる。

 そしてリュウガンもまた、魔法を完成させていた。


「これで終わりだ! 『グラビティブレス!!』」


 その魔法を発現させると、超巨大なブラックホールが出現し、チカに向かって降り注いだ。

 それと同時に、チカが抜刀する!


――『一閃!!』


 キイイィィィィン。

 甲高い音がフィールドに響く。

 すると、リュウガンの放った超重力の球体が真っ二つに割れ、チカを避けるように左右の地面にめり込んでいた。

 そして――


「がはっ!!」


 リュウガンが、胸を押さえて苦しみだす。

 血は出ていない。体も見た目は何も変わっていない。だがそれは当然だ。チカの一撃はセイバーによる攻撃なのだから。


「お、おい、あれ見ろよ」


 観客の一人が空を指差した。

 そこには大きな雲が浮かんでおり、それが真っ二つに割れていた。いや、雲という形のない物が真っ二つになると言うのはおかしな表現だろう。しかし、その雲は確かに割れていた。

 例えるなら、画用紙に雲の絵を描き、その絵をカッターで二つに切り裂いたような状態である。


「あれは空間を切り裂いたんですよ」


 近くで観戦していた、アイリスの師匠であるカインがそう言った。


「雲は形がありませんから、斬ろうとして斬れるものではありません。すなわち、あれは空間自体を切り裂いていますね。とてつもなく難しい技術が必要で、そう簡単に見られるものではありませんから、しっかりと目に焼き付けておいた方がいいですよ。斬られた空間はすぐに元に戻っちゃいますからね」


 そう説明している間に、雲は段々と元の形へと戻っていく。

 それを観客は、口を開けっぱなしにしながら眺めていた。


「ぐぅ……ごっ……おぉぉぉ……」


 そして空間や重力を切り裂く一撃をまともに喰らったリュウガンは、胸を押さえながらユラユラと高度を下げていた。

 そのまま地面に膝を付き、恨めしそうにチカを睨む。


「こ、こんな……とんでもない技を今まで隠していたのか……?」


 するとチカはキョトンとした表情を見せた。


「いえ、この技は範囲が広いせいで、今まで使い所が無かっただけです。下手をすると結界どころがお客さんまで斬ってしまいますからね」


 そう。空間さえも切り裂くこの技の前では、結界など無意味なのだ。


「む、無念……」


 ガクリと倒れ伏すリュウガンに、女性審判が近付いていく。そして、彼の状態を確認してからマイクを使い声をあげる。


「リュウガン選手、戦闘不能! よってこの勝負、チカ選手の……勝ぉぉぉ利ぃぃぃ」


 だが、闘技場は静まり返ったままだ。あんなにボロボロにされたチカが勝つなど、未だに信じられないようで、誰もが唖然としていた。


「これによって準決勝は、二勝一敗二分けとなったワイルドファングが~~、決勝戦にぃぃぃ進んんんん出うううだああああああ!!」


 ざわざわざわ……

 闘技場が再び騒めく。

 そしてその騒めきは次第に大きくなり、歓声へと変わっていく。


 ——ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 ついには鳴りやまないほどの歓声へと変わったその中心で、チカはようやくチームに貢献できたことによる達成感を噛みしめるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ