三者それぞれの動向にて
時が過ぎ、アイリスの修行も終わりが見えて来た。
手数で戦う実践をクリアし、防御無視の単発高火力の授業に移った。
それも数日でクリアし、今度は接近戦を主体とする授業に移った。
アイリスは毎日ボロボロになりながら必死にカインの教えを吸収し、当初の目的であるブーストとダブルマジックの扱いも中々に上達していた。そんなある日の事。
アイリスはいつものように、寝る前の研究でノートを見つめていた。以前から手を付けているマジックアクティベーションの魔法だ。
「そうか、効果を上げるにはどこかを削らなきゃダメなんだ。持続時間を減らしてみようかしら……」
一人でブツブツと呟きながら実際に文字を刻み、試行錯誤を繰り返す。
「あ! キャパシティの方と連動させてその分も合わせて……おお~! うまくいってる! やっと成果が出てきた~!」
少しずつではあるが効果が出始めてきた。この喜びを誰かに伝えたくて、カインに報告しようと外に飛び出した。
辺りを探すと川岸に佇むカインを発見して近寄ろうとしたが、その表情を見て足が止まった。
カインは真面目な顔をして川を眺めている。ただそれだけの事。しかしアイリスは何故か胸のざわつきを覚えた。
何となくこっちが本当のカインで、昼間は素顔を隠しているかのような錯覚。それは何というか……
『胡散臭い』という感じ。前々からアイリスは思っていた。どこか胡散臭い人だなと……
「おや? どうかしましたかアイリス」
こちらに気付いてカインが声をかけて来た。アイリスはとりあえずカインの隣に座る。
「あたしの研究してた魔法がやっとうまくいったの。もっと改良を重ねれば、まだまだ進化するわ!」
「ほう~。人は力みすぎるよりも、疲れて力が抜けた方がうまくいく場合もあります。毎日ヘトヘトにした効果がこっちにも来たのかもしれません。頑張りましたねアイリス」
「えへへ……」
褒められた事が素直に嬉しかった。カインを胡散臭いと感じる時もある。会話をはぐらかされる時もある。けれど、アイリスにとっては気の置けない関係になっており、普段の飄々としている彼の方が絡みやすいと感じていた。
そんなカインはすでにいつも通りのニコニコ顔に戻っており、アイリスは思い切って踏み込んで見る事にした。
「ねぇ、さっき何を考えていたの?」
「特には。もうすぐで修行も終わりだなぁと思っていただけですよ」
「……たまにはカインの事も教えてよ。今まで全然教えてくれないし」
「私の事よりも授業を叩きこむので精一杯でしたからねぇ。しかし何を話していいやら」
カインはいつもこうだ。何かを聞こうとしても自分の事は決して答えてくれない。
そんな二人は並んで小川を見つめる。月明りだけが二人を照らしていた。
「何で周りと関わろうとしないの?」
「その方が気が楽だからですよ」
「気が楽って事は……辛い事もあったって事?」
そう聞いた瞬間に、穏やかだったカインの表情が強張った気がした。
だがすぐにいつもの飄々とした口調で答える。
「まぁ、魔法使いは色々と頼られますからね」
「……どんな事があったの?」 とアイリスはおずおずと尋ねる。
「……アイリス、あまり人の事を詮索するのはよくありませんよ」
カインの声が少し険しくなった気がした。
「うん、そうね、ごめんなさい。あたし先にテントに戻ってるね」
これ以上踏み込んではいけない気がして、アイリスは話しを切り上げ、トコトコと急ぎ足でテントに戻って行く。その背中をじっと見つめて、カインは困り顔でため息を一つ漏らしていた。
* * *
一方その頃、セレンは自宅待機をしていた。
特にやる事がなく、メチャクチャ暇なご様子だった。
「お父さん、私は何かする事ないの?」
「何もない。お前は顔が割れているからむしろ今は何もしない方がいい。最後の黒不石の聞き込みもストルコ達が行っている。お前は石が見つかった時、それが入手困難な場所である場合、力ずくで回収するのが仕事だ」
「……分かってるけど、じゃあお母さんに合わせて」
「私も黒不石の探索魔法を常時使用しているせいで、アルメリアの治療の魔法陣に十分な魔力が行き渡っていない。しばらくは絶対安静だ」
「むぅ~、つまんない……」 とセレンが頬をぷくーと膨らませる。
「外で魔法の修行をしてきなさい。ガルという少年に一度は負けたんだろう?」
二度目の闘いでも負けた訳だが、結果的に黒不石を持ち帰った事で、戦いには勝った事にしている。そうでないとまた怒られてしまうから。
特にやる事のないセレンは、言われた通りに渋々と外に向かう。
「ガルとは……次に会ったらまた戦う事になるのかしら……?」
セレンは暗い面持ちで今日も一人で杖を振るった。
* * *
一方ガルは、対魔法犯罪特殊部隊に正式に登録され、歓迎パーティやら、業務説明やらで慌ただしい日々を送っていた。
そんな中、ここに来てガルが一つだけ不安を覚えた事ある。それが、メンバーのランク。
ここに配属されているメンバーは隊長含めて五人だが、その隊長がランクA+。その部下は全員ランクAだった。
魔法使いのランクAというと、Sランクの魔法は何も使えない事を意味する。
ガルがここに来て、自己紹介でランクS+と言った時にはひどく驚かれていた。
――ちなみに、魔法使いのランクを決めるのは大まかに自分が使える魔法のランクに依存する。Sランクの魔法が使えるようになれば魔法使いのランクもSとなる。他にも色々と細かい要素はあるのだが、大体はこんな感じで決められていた。
実は軽く噂には聞いていたのだ。ここノードの街には優秀な魔法使いは存在しない。特殊部隊のレベルは低く、各国のレベルと比較しても最弱レベル。故に、この街では魔法の犯罪が多発する。特殊部隊が頼りにならないからである。
だがガルは別にランクAがダメとは微塵も思っていない。不安なのは、セレン達のような、Sランク級を相手にしなくてはならない時に、戦えるのが自分しかいないという事実。そこが問題だと思っていた。
涙を浮かべ声をしゃくり上げるセレンを思い出すと、どうしても何かしてやれないかという気持ちになってくる。
ここ最近、ガルはずっとセレンの事だけを考えていた。
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ガルの不安をよそに、特殊部隊の拠点があるこの街は割と平和だった。
特にやる事がないガルはこの日、部隊の医療担当者の所へ足を運んでいた。
「こんにちはリコさん」
「あら、いらっしゃい。期待のルーキーじゃいない。どうしたの?」
セーターの上から白衣を着たリコと呼ばれた女性がにっこり微笑む。正確な歳は分からないが、見た感じは20代後半だろうか。
この部隊で唯一回復魔法を使えるのが彼女だった。
「あの、回復魔法の事を詳しく聞きたいんですが」、とガルがリコの正面の椅子に腰かける。
「いいわよ。どんな事が聞きたいの?」
「回復魔法って相当修練がいるってのは知ってるんですが、どんな怪我や病気も治せたりはできないんですか?」
ガルは基本的に回復魔法の事を何も知らない。
学園でもまず始めに、回復魔法を習うか、それ以外の魔法を習うかで分けられる。
回復を選択した生徒は、入学から卒業まで徹底してその知識を学ぶ事になる。
「何でもは治せないわ。熟練の魔法使いでもね。例えばガル君が炎の魔法を使おうとする時、印を組んだり、文字を刻むでしょ? それによって体内の魔力に属性を付けたり、効果範囲を決めたりする。回復魔法も基本的には同じなの」
リコは次にしゃべる事をまとめるように一息ついた。
「転んで膝を擦りむいたとするわね。その傷を回復させるのに、ただ傷を塞ぐだけじゃダメ。ばい菌が入っていないか、砂などの異物が入っていないか、それらを的確に見極めて、適切な回復魔法を組み上げなきゃいけないの」
「なるほど……」と、ガルは真剣に耳を傾ける。
「火傷、感電、骨折もそうだけど、病気なんかさらに難しいわ。ウィルス、毒素、体内構造、循環器構造など、体はもちろんのこと、病原菌のありとあらゆる知識を持ってないと魔法は使えない」
「……だから未だに原因の分からないような病気は魔法でも治せないんですね」
「そうね、結局回復魔法ってのは、科学的な医療の延長線上ってことね。情けない話しだけど、私も大けがを一瞬で回復させるだけの知識は無いわ。だから、何でも治してもらえるだなんて思わないでね」
リコが申し訳なさそうに語った。
ガルは聞きたい事を一通り聞いた後、リコにお礼を言って部屋を出た。
彼が考えていたのはセレンの母親の病気のこと。母親の病気が治ればセレンは罪を償うと言っていた。だが頼りの回復魔法はどうにも厳しいらしい。
残された方法はやはり……黒不石。見た目からしてあの石に願いを叶える力があるとは思えないが、もはやこれ以外に希望は見当たらない。
ガルは街の巡回をするついでに、黒不石の聞き込みを始めたのであった。
こうして三者それぞれが、それぞれの想いを胸に行動する。
今はまだ平和な日々。嵐の前の静けさとでも言うべき日常。
――こうして、一ヶ月が過ぎた。
回復魔法説明回。
このくらい学園で習ってそうなもんですけどね(汗)