女同士の喧嘩にて①
* * *
ワアアアアアアアァァァーーー!!
アイリスがフィールドに出ると、外はすでに大歓声に包まれていた。
アイリスにはその理由が分かっている。原因は、対戦相手のカリンという少女である。
「カリンちゃ~ん! 頑張ってね~~!!」
「応援してるよぉぉ~!! 怪我には気を付けて~~!!」
四方八方からカリンの声援が聞こえてくるが、気にしても仕方がないので構わずに中央まで歩みを進める。
ちなみに、次鋒戦のかくれんぼの際にガルが吹き飛ばした地面だが、審判らの懸命な処置により復元されている。
そしてそのフィールド中央で、カリンが観客に大きく手を振っていた。
(すっごい人気ね。でも女のあたしから見ても超絶美少女だわ)
アイリスは好奇心で、カリンに話しかけてみたくなった。
「あなた、整列の時に歌を歌ってたでしょ。あれってパフォーマンス?」
「ん~? 私はトップアイドルを目指してるの。だから少しでも目立って、少しでも顔を覚えてもらわないといけないから」
そうカリンは笑顔で答えた。
「トップアイドルって……だったらこんな特殊部隊に入らないで普通にアイドル活動すればいいじゃん?」
「えぇ~でも~、最初は意外な経歴から入った方が注目されるじゃない? それに私って攻撃魔法が得意だったしね~」
「ふ~ん。そんなものかしら。まぁ今日はよろしくね」
そう言って、アイリスは握手をしようと手を伸ばす。
「は~い、よろしくお願いしま~す♪」
カリンは快く手を握り、握手を交わしてくれた。
しかし……
――むぎゅう……
握られた手は次第に力を込められて、一向に離そうとしない。
「けどね、アンタは私の敵だから。手加減なんてしないからね」
カリンは笑顔のまま、声のトーンだけ落としてそう言った。
それを聞いたアイリスは衝撃が走る。
「えぇ~!? な、なんで!? あたしなんか恨まれるような事した!?」
「何言ってるの? これは戦いなのよ? お互いのファンを懸けた女の闘いなの!」
「ファン!?」
ようやく手を離されて、アイリスは少し涙目で強く握られた手をほぐす。
アイリスは学園で生活していた頃から友達が多かった。というか、彼女の明るくてさっぱりとした性格のせいで、周りから敵意を向けられた事は全く無かった。
そのせいか、こうして意味も分からずに敵意を向けられる事に少なからずショックを受けていた。
「アンタも私も、この闘技場にファンを抱えている。そして勝った方が相手のファンを総取りにできるのよ! このトーナメントは、自分のファンをどれだけ獲得して増やす事ができるか……そんなイベントなの!!」
「これってそんな目的だったっけ!?」
価値観の違うカリンに驚きと戸惑いを隠せない。そんな時だった。
「アイリスちゃ~ん! 頑張れ~!!」
カリンの声援にかき消されそうではあるが、微かにそんな声が聞こえてきた。
アイリスはその声に反応して、聞こえてくる方向に手を振って応えようとする。
「きゃ~~~!! アイリス~~、こっち向いて~~!!」
今度は別の方向から女性の声が聞こえてくる。
もちろんアイリスにとっては嬉しい事なので、すかさず手を振って応えようとした。
するとどうだろう。カリン一色だと思われた場内から、少しずつアイリスを応援しようという声が増えていくではないか。
アイリスは必死に、自分を呼ぶ声に向かって手を振り続けた。
彼女の自然な笑顔が。バカ正直すぎるほどの戦術が。裏表のない態度が、ついに観客の心を掴み始めたのだ。
「……ほら見なさいよ。とぼけた顔してしっかりとファンがいるじゃない」
ついに笑顔が消えたカリンがそう呟く。
「いやいや知らないし。あたし四回戦まで名前呼ばれて応援された事なんてなかったし! 本当だって!」
カリンの様子がおかしい事に気付いたアイリスは、必死に誤解を解こうとする。しかし、すでに闘技場の空気が変わりつつあった。
「アーイーリス!! アーイーリス!!」
「カーリーン!! カーリーン!!」
観客は二人の名前を連呼する。今まさに、この闘技場ではカリン側とアイリス側で観客が二分していた。
「……は? 何これ……」
カリンが呆然としながらポツリと呟く。
「……なんで私以外の名前を呼んでんの? 今ここには私がいるのよ?」
カリンの呼吸が荒くなる。ワナワナと体が小刻みに震え出す。
そんなカリンを見て、アイリスはどうすればいいのかわからないでいた。
「……しかも、こんなブスを応援するとか意味わかんない」
そのセリフを聞いたアイリスがピクリと反応する。
「ちょ、ブスって……確かにあたしはそんな可愛くないかもしれないけど、そこまで言う!?」
「本当の事でしょ! どこにでもいるような特徴のない顔に、アクセサリーで飾る事もせず、髪型もてきとう。こんなブスに私のファンを持っていかれるとかマジありえないし!!」
カリンの声は観客には聞こえていない。二人を応援する声にかき消されているからだ。
しかしその声が届いているアイリスもまた、怒りによって体が熱くなっていた。
「なに言ってんの!? あんたの方がブスじゃない。ファンの前ではぶりっ子して、その本性は人を平気で罵る性格ブス!!」
「はあ~!? 何こいつマジ調子乗ってるし!! ちょっと周りから応援されてるからっていい気になるな!!」
「それはこっちのセリフよ!! ちょっとチヤホヤされたからって自分が一番だとか勘違いしてさ! そもそもあんたのそういう性根が腐ってるのを感づいてるファンがあたしを応援してくれてんじゃないの!? 自分のせいで離れていくファンをあたしのせいにするなバカ!!」
言い返す! まっすぐなアイリスは思った事を全て言い返す!
「……潰す……」
そしてカリンは、目の焦点が合わないほどに怒りで震えていた。
「もう二度と人前に出れないほど、その顔面をメチャクチャに潰してやる!!」
そう言いながら杖を突き出して、構えを取る!
「やれるもんならやってみなさいよ!! あんたなんかに絶対負けない……死んでも負けない!!」
アイリスも杖を回しながら、ビシッと構えた。
「あ、あの~……そろそろ始めてもよろしいでしょうか~……?」
二人の喧嘩に怯える女性審判が、オドオドしながら聞いてきた。
「「さっさと始めてよ!!」」
こんな時ばかり、二人の声は綺麗にハモっていた……
「そ、それではこれより、副将戦を始めたいと思います。アイリス選手対、カリン選手、試合ぃぃ始めぇぇ!!」
かくして、副将戦と言う名の女の闘いが始まるのであった……




