ラズベリー支部の問題児にて
「それではこれより第五回戦、もとい、準決勝の試合を始めたいと思いまっす!!」
女性審判が高らかに宣言すると、闘技場全体が割れんばかりの歓声に包まれる。明らかに観客の数は日を追うごとに増えていた。
「それでは入場していただきましょう。……このチームが勝ち上がる事を一体誰が予想出来たでしょうか。過去の成績を見れば初戦敗退の大穴だったはずが、まさかまさかの快進撃! その名もノード支部の『ワイルドファング!!』」
なかなかの言われようではあるが、逆にそれが観客に心に火をつける。出入口から先頭のアレフが現れたとたんに、観客の盛り上がりは一回り大きくなった。
「うわ~、すごい声援ね。一回戦の時とは大違いだわ」
アイリスが田舎者のように、周りをキョロキョロと見渡している。
「くうぅ。まさかこんなにも注目される日が来るだなんて……夢のようだ」
隊長であるアレフはしっかりと前を向いて行進してはいるものの、感激に打ち震えていた。
「お次は黒マントが印象的なダークヒーロー!! 悪人であれば容赦なく、過激に成敗いたします! そのチームとは……『ラズベリー支部!!』」
――ワアアアアアアアアァァァァアアアア!!
ワイルドファングの声援を飲み込むほどの歓声が闘技場を支配する。
広い空間にも拘らず、割れんばかりの歓声である。
「すごい人気だな。そういえば人気だけは一二を争うという情報があったが、ここまでのものなのか……」
アレフはこの異常な声援に顔をしかめる。そして両チームが中央まで歩み寄り、お互いのリーダーが前に立って対峙する。
ラズベリー支部のリーダーは審判の言う通り、黒マントにフードを被って顔が見えなかった。いや、リーダーだけではない。後ろにならぶメンバー四人も黒マントにフードを被るという恰好であった。
「それでは、お互いのリーダー同士で試合形式を決めて下さ~い」
審判の指示で、まずはアレフが挨拶を交わそうと右手を出す。
「ワイルドファングのアレフです。よろしく」
「ラズベリー支部のリュウガンだ。よろしく」
リュウガンと名乗る黒マントは、低い声で握手を交わす。見た目は不気味だが、割と友好的だとアレフは感じた。
そんな時である。後ろで待機していたラズベリー支部のメンバーの一人が、突然黒マントを脱ぎ捨てた。
「みんな~! 今日は私の応援に来てくれてありがと~!!」
——ウオオオオオオオオオオオーーーー!!
その瞬間に再び観客から大きな声援が響き渡る。それもそのはず。黒マントを脱ぎ捨てた人物は、とてつもないほどの美少女であった。
「カリンちゃーん!! 応援してるよーー!!」
「可愛いーー!! 愛してるよぉぉ!!」
様々な声援が入り交じり、闘技場のラズベリー支部側の客席が大きく沸いていた。
これによりアレフは理解した。ラズベリー支部の人気の秘密が、この少女にあるのだと。
ピンク色の髪に大きなリボンを結び、フリルの付いたミニスカートの下にはスパッツを穿いている少女は、さながらアイドルのようであった。
準備のいい事に、カリンと呼ばれた少女はマイクを手に客席へと呼びかける。
「みんなにとってはリーダーの話し合いなんて退屈だと思うから、その間は私が歌をプレゼントしようと思いま~す。では聞いて下さい。私のデビュー曲。『あなたに届け、恋の魔法!』」
サラサラと指で文字を刻み、魔法を発現させると大音量の音楽が鳴り出した。そしてその曲に合わせてカリンはためらいも無く歌い出す。
「師匠、あの子なんで歌ってるんですか? 私達、戦いに来たんですよね……?」
「わからん……けど、パフォーマンスなんじゃないか……?」
ワイルドファングの一同は、カリンの突拍子も無い行動に唖然とするばかりだった。
「おい!? なに勝手に歌ってるんだ!? やめろ!」
すると他のメンバーが慌ててカリンを取り押さえる。どうやらチーム内でも異例の出来事のようであった。
「あっ! こら放せ!! 歌わせろー!!」
取り押さえられたカリンは、他のメンバーに引きずられながら退場していく。そして客席からはブーイングが起こっていた。
「ウォッホン! うちのメンバーが失礼をした……」
リーダーのリュウガンもまた、頭痛を堪えるよう額に手を当てながら、ため息交じりでそう言った。
「あ、あはは……なにやら個性的なメンバーのようで……」
アレフもフォローを入れながら、ここぞとばかりに話を戻す。
「では試合形式だが、こちらは一対一の三ポイント先取を希望したい。どうかな?」
「うむ。こちらもそれで構わない」
リュウガンはあっさりと承諾して、話し合いは驚くほどスムーズに終わった。
「試合形式は一対一の三ポイント先取に決まりました。では両チーム、一度控え室に戻りメンバーの配置を決めて下さ~い!」
審判に言われた通り、お互いのメンバーは背を向けて自陣に引き返す。……と言っても、ラズベリー支部はリュウガンただ一人な訳だが……
こうしてワイルドファング一同は控え室に戻り、アレフはメンバーの配置を考えるために頭を悩ませる。そんな隊長の姿を一同は見守っていた。
「なんか最初は根暗なイメージのあるチームだったけど、割と面白そうな軍団ね~」
両手を頭の後ろで組みながら、アイリスが楽しそうに語っていた。
「で、どうするの? また隊長さんは大将をやるの?」
そうセレンが聞いた。
「いや、もう相手には私が捨て駒だという事がバレている頃だろう。一気に三連勝を持っていかれないように、中堅には必ず強い者を置くはずだ。私は無難に中堅を務めて相手の強者を一人潰すよ。……そうなると、残り四人の配置だが……」
アレフはチラリと横目でメンバーの様子を伺う。そしてその中で、チカだけは特に注意深く気にかけるようにしていた。
ガル、アイリス、セレンは問題なくいつも通りに会話をしているに対して、チカは俯いたままずっと黙っていた。心なしか、握りこぶしを作る手が震えているようにも見える。
(四回戦で負けて以来、チカ君は自分を責め続けている。ここで変に相性の悪い相手に当たってしまうと最悪の場合、自信を無くしかねない。ここは出来るだけガル君、アイリス君、セレン君で勝負を決めてほしいところだな……)
アレフは迷いながらも決断をして、近くに佇む審判に配置表を手渡した。
「それでは両チーム、配置が決まったようなので発表いたします! どうぞ~♪」
ワイルドファング ラズベリー支部
先鋒 セレン ― グァバ
次鋒 ガル ― ライチ
中堅 アレフ ― ベルガモット
副将 アイリス ― カリン
大将 チカ ― リュウガン
対戦表がでかでかと公表されると、場内が騒がしくなる。そしてこの組み合わせを見て、アレフもまた眉をひそめて心の内で舌打ちをしていた。
(チームの三強を後半に集中させてきたか……リーダー自ら大将を務めているし、私の評価がどうなっているのかイマイチ読めないな……)
「それでは早速、準決勝第一試合を始めたいと思います。両選手は入場して下さい!!」
アレフの思考をかき消すようにして、審判の声が響き渡る。
こうして今、準決勝の幕が開けようとしていた。




