ラズベリー支部の内情にて
* * *
――コンコン。ガチャ。
フード付きの真っ黒なマントに身を包んだ人物が、ホテルの一室であるドアをノックする。そして中からの反応を待たずして部屋に入っていった。
「準決勝の相手が決まったでやんす。勝ったのはワイルドファングでやした」
部屋に入った、少し小柄の黒マントはそう報告する。
「なんだと!? あのシルベーヌが負けたのか!?」
部屋の中央にテーブルに鎮座する、低い声の男は驚いているようであった。
というのも、この部屋にいる人物はそのほとんどが黒マントに身を包み、その表情さえ見えないのだ。
「へい。三勝二敗でワイルドファングの勝利。どの試合もレベルは高いと感じやした」
「今、一番勢いがあるのはあのチームかもな……」
ベッドに座っている渋い声の男がそう言った。彼も黒マントを羽織っている。
「ぷぷぷ……キャッハハハハハハハ」
突然甲高い女性の声が響き渡る。
一同がその人物に顔を向けると、窓から差し込む光を浴びて、実に可愛らしい少女が足をバタつかせて笑っていた。
「え? マジでシルベーヌ負けたの? よっしゃザマァ~」
ヒラヒラとした服を着て、フリルの付いた短いスカートから伸ばす足を組み直し、爪にネイルアートを施していた手を止めてながら少女は笑い続ける。
一見すればかなりの美少女だが、その口から出される言葉には毒があった。
「なんだカリン。シルベーヌに恨みでもあったのか?」
黒マントの一人がそう聞いた。
「いや、別に恨みっていうほどの事じゃないけどさ~。ほら、あのチームの大将ってかなりの美人じゃん? エリーゼとか言ったっけ? 正直言って、この私を差し置いて男の視線を奪っていく女ってマジ気に入らないんだよね~」
そう言って、自分のネイルを仕上げようと再び手を動かす。
「けど、ワイルドファングも最近かなり人気が出てきたでやんすよ? シルベーヌといい勝負をした事もあって、爆発的にファンが増えたみたいでやんす。メンバーの中に可愛い子が三人いる事も影響してるんじゃないでやすかね?」
「……は?」
そして、自分のネイルを仕上げようと動かした手は再び止まる。
「まずセレンちゃん。本当に入隊できる歳なのかってくらい幼い体型の割に、攻撃的な魔法と先を見通す戦略でコアなファンが多いでやんす」
止まった手はワナワナと震え、持っているブラシも小刻みに揺れる。
「次にアイリスちゃん。この子はカリンちゃんと似たような戦闘スタイルでやすね。高火力の攻撃魔法で相手をねじ伏せるタイプなんでやすが、人当たりが良くてコミュ力が高い事で、怖いというイメージから身近で親しみやすいイメージが定着。それによってジワジワと人気が上がってきたようでやんす」
指先が真っ赤になるほど、手に持つブラシに力が入る。
「最後にチカちゃん。魔法使いとは思えない独特の戦闘スタイルで、当初から注目度は高かったようでやんすね。喜怒哀楽の激しい表情に着物と刀という組み合わせが人気を呼び、最近分かってきたドジっ子っぽい動きも人気の原因みたいでやんす」
ベキッ! っと、ついにブラシがへし折れて床に転がる。
その音を聞き、説明していた小柄な男は状況を把握して慌てて言い繕った。
「あ、でも全員カリンちゃんほど可愛くは……ヒッ!?」
だが、時すでに遅し。ユラリと立ち上がる少女は怒りのオーラを全身から放射していた。
しかし、その表情は決して崩れない。例え怒りが沸点に達しようとも、目の座ったその顔からは気高さすら感じるほど凛としていた。
「ワイルドファング……絶対に潰す!! そして湧いたファンは全て私のモノにするわ」
上目目線でそう呟く彼女は、傍から見ればライバルに立ち向かう美少女だ。しかしはやり、その言葉には毒々しさが滲み出ていた。
「とにかく、僕たちはまず目の前の闘いに勝たなくちゃいけない。そうしないとワイルドファングと戦うどころの話じゃないからね。それじゃあ四回戦の作戦会議に話を戻すよ」
と、テーブルに資料を広げていた声の若い黒マントが仕切り直そうとしていた。
「うむ。まずはやはり、全員が黒マントを着て登場し、マントを翻して相手を威圧するところからだな。その場の雰囲気をこちら色に染めるのだ」
「あ~……私、そのダサいマントもう着ないから」
カリンがあっさりとそう宣言する。
「な、何ぃ!? うちのチームはダークヒーローというイメージで行動しているんだぞ!? 勝手な行動は困る!!」
「いや知らないし。私はトップアイドルを目指してるの!! なのになんで顔を隠さなくちゃいけないのよ!? 意味わかんないし!!」
「なら最初だけ! な? 最初の登場シーンだけでいいから羽織ってくれ。その後は脱いでいいから」
「えぇ~!! もういっその事、派手に登場しようよ。みんなは私の後ろから、バックダンサーとして踊りながら登場するの。バック転とか披露しよう!」
「そんな特殊部隊がいるか!?」
ギャースギャースと、静かだった部屋の中は途端に騒がしくなる。
そんな様子を見て、資料を広げて作戦を練る黒マントは深いため息を吐くのであった。
* * *
「みんな聞いてくれ。準決勝の相手が決まった」
会議室の扉を開けるや否や、アレフはそう告げる。
四回戦を勝ち抜いたワイルドファングの面々は、いつも通りノードの街へと早々に帰還していた。留守にしている間、この街を任せられるだけのメンバーが足りないせいである。
「準決勝の相手はラズベリー支部だ。果汁園が多く、果物で有名な街だな。相手がどんな魔法を使うのか調査してくれている人達がまだ戻って来ないから、まだ作戦を立てる事はできないが、あのチームも中々強者揃いだという話だぞ」
そう言って、アレフは自分の定位置に座り込む。
「それにしても準決勝か~。隊長ってこのトーナメントが始まる前は、『準決勝に進めれば御の字だ』みたいな事を言ってなかったっけ?」
アイリスが明るい口調でそう言った。かなり機嫌が良さそうであった。
「……でも、四回戦は実際に際どい勝負だったわ」
静かに、セレンがそうたしなめる。
「確かにな。それにしても隊長があんな風に戦えるようになったのはかなり大きな成果だと思う。次も戦えるんですよね?」
ガルがアレフに向かってそう訊ねた。
「ははは。まぁなんとか開き直ったというか、割り切れたというか……けど、さすがに相手もここまで勝ち抜いたチームだ。もう私の実力なんかでは厳しいだろうな」
「そんな事ないですよ。十分通用しますって」
そんな話でガルとアレフが盛り上がる。
実際にガルは、様々な過去や責任を背負いながらこの街を守り、隊長として頑張ってきたアレフの事を尊敬していた。
そして会議室は作戦とは無縁の雑談で花が咲く。いつもは振り回されているアレフも、この時ばかりは話しに乗っていた。
しかし、そんな中でただ一人、一言もしゃべらずに俯いている人物がいる事にガルは気が付いた。それはチカである。彼女はクスリとも笑わずに、ただ無表情で俯くだけ……
「すみません。作戦会議が始まらないのでしたら、私は剣の修行をしてきます。相手の情報が揃ったら呼んでください」
低く、怒っているのではないかと思うほど愛想のない声でチカがそう言った。そして立ち上がると、誰の返事を待たず、また誰とも視線を合わせずに部屋を出て行ってしまった。
そんなチカの態度に、一同は少しの間、言葉を失っていた。
「チカ、機嫌悪いのかしら?」
と、アイリスが小首を傾げながらそう言った。
「四回戦の副将戦が原因だな。あの闘いで実力の違いを見せつけられたんだ。無理もないさ」
ガルが眉をひそめながらそう言った。
実際、チカのこれまでの成績は一勝二敗。決して良いとは言えないため、焦りを感じるのも仕方がない。ガルはそう思っていた。
マジックバトルトーナメント。それは出場すれば、自分の実力と向かい合うための現実を突きつけられる場でもある。チカは今、自分の実力を見つめ直し、受け止め、そして乗り越えなくてはいけない境遇に立たされていた。
しかし、試合という決められた時間は待ってはくれない。ヘコむ暇さえ与えられず、準決勝はすぐそこまで迫っているのだった。




