負け戦の行方にて②
『フライ!』、『マジックセイバー』
アレフとベイク、二人はほぼ同時に、同じ魔法を発現させた。
「まずは接近戦で様子見ッス!」
ベイクが一気にアレフに向かって飛びこみ、攻撃をしかけてきた。
アレフは初撃をヒラリと避けると、逃げるように飛び上がった。ベイクは後を追うように飛び上がり、二人は縦横無尽に動き回っての攻防を繰り広げた。
(大将戦だというのに、憶する様子もなく、強気に攻めてくる。シルベーヌはやはり、私が弱いと予想を立てて彼を大将に置いたのか)
負けることを前提に戦うアレフに対して、ベイクは果敢に攻めていた。
ついにアレフの側面を取ったベイクが、渾身の一撃を繰り出す。
「ぐぅ!」
その一撃をなんとか防御するも、アレフは弾き飛ばされてバランスを崩した。
「今ッス!!」
――バオン!
ベイクがブーストを使用してアレフの背後に回った。
バランスを崩した状態だと、うまくブーストを制御できないので、そこを狙うのは戦いの基本だ。
(ここらがやられ時か……)
アレフは目を閉じて、背中を斬られる覚悟を決めた。
――ドンッ!
その時だった。アレフは急に、右側から誰かに思い切り突き飛ばされた。
思わず目を開くと、すぐ横をベイクの一撃が肩をかすめ通っていた。
「なっ!! 避けられた!?」
ベイクが驚きの声をあげるが、驚いているのはアレフも同じだった。
今、この状況で、一体誰が自分を押したというのか……
アレフは突き飛ばしてきた右方向に目をやった。すると――
そこには、見覚えのある少女が浮かんでいた。
アレフと同じ、薄緑色の髪をした、小柄な少女。
「……ライラ!?」
それは紛れもなく、数年前に亡くなった、アレフの妹だった。
(お兄ちゃん、戦って……)
まるで心に直接語りかけるような、澄んだ声をアレフは聞いた。
もう何年も聞いたことがない、懐かしい声……
(みんなが一生懸命戦ってるのに、お兄ちゃんがそんなんでどうするの? しっかりしなきゃダメだよ?)
そう言って、少女は消えていく。
それを、唖然としてアレフは見つめていた。
「くそ! なんスか今の動きは!? もう一度!」
後ろからベイクが武器を振り上げて、再びアレフに向かって振り下ろした。
――ギイィィン!
その攻撃を、アレフは受け止めていた。
しっかりと、渾身の力を込めて、押し負けないようにと。
「お前を死なせてしまった私に、戦えと言うのか……」
アレフが俯いたまま呟く。
ベイクはそんなアレフから一旦距離を取った。
「なんかおかしな動きで不気味ッスね……戦法を変えるッスか」
ベイクは新たに文字を刻みだす。その間、アレフは自分の気持ちと向かい合っていた。これまでのけじめをつけるかのように……
そしてベイクが魔法を解き放つ。
『ビッグ!』
すると彼の持つ杖が、グングンと巨大化した。
セイバーを付与しているので、巨大な槍のように見える。
「小さいからってナメるなッス! うりゃあ!」
ベイクが掲げた巨大な得物を振り下ろした。
アレフは寸での所で回避をすることに成功する。
振り下ろされたセイバーはそのまま地面を抉り、削り取り、巨大な溝を作っていた。それを見てアレフはゴクリと喉を鳴らす。
「乱れ斬りッス!」
「くっ!」
ベイクが距離をあけながら、闇雲に武器を振るう。リーチが尋常でない上に、太さまであるために非常に回避しづらいのだが、アレフは必死に避け続けた。
今のアレフには、もう負けることなど頭にはない。勝つために動き続けていた。
「くっ! どこが最弱ッスか……そうとう粘り強いッスよお嬢……」
ベイクがぼやきながらも、巨大化の魔法を解除した。
そして、新たな魔法を発現させる。
「こうなったら一気に奥の手で決めるッスよ。『ドラゴンパース!!』」
元の大きさに戻った杖を高々と掲げると、魔法で生み出された巨大な龍が姿を現した。
狂暴そうに唸るその龍は、金色に輝いている。
「これで終わりじゃないっスよ!『ビッグ!!』」
ベイクはさらに、ダブルマジックで組んだ巨大化の魔法を発現させた。
対象は生み出された魔法の龍。グングンと巨大化して、その全長は三十メートルほどにもなっていた。
「行けッス!!」
ベイクが金色の龍を解き放つと、大口を開き獲物を飲み込もうとするように、凄まじい迫力でアレフに迫っていった。
その俊敏な動きに加えて、巨大化された太さも加わり、アレフが避ける暇もない勢いでかみ砕かれそうになった。
『ストルレイト……』
フッ、とアレフの姿が消えた。いや、一瞬で空中から地面に降り立っていた。
金色の龍は目標を見失い、観客の結界に突っ込んで行きそうになる。
「なに!? けどまだッス!!」
ベイクがグンと杖を振るった。すると、龍はその巨体に似合わずに素早く方向転換をして、再びアレフに向かって行った。
『ストルレイト……』
アレフの立つ地面に突っ込んで行く龍だが、またしてもアレフの姿が高速で移動して飲み込むことができない。
そんなアレフは、すでにベイクの隣に移動していた。
目を見開いて驚愕するベイクに、武器で薙ぎ払うように横へ振り抜く!
「ぐあっ!」
ベイクが防御するが、弾き飛ばされてバランスを崩した。
――バオン!
アレフはブーストを使い、ベイクの後ろに回り込む。
ベイクの背中を見て、武器を振り上げた。
だが、脳が一瞬、ためらいで止まる。
いつもと同じだ。いつもこうして頭が空白になって攻撃が出来なくなる。
妹を亡くした事件以降、自分が、判断が、基準が、本当にこれでいいのかと、わからなくなる。
――しかし……
「これでいいんだ、ライラが……私にそう伝えてくれた!!」
過去の呪縛を断ち切るかのように、アレフは思い切りセイバーを振り下ろした!
――ザシュ!
「ぅあ……」
ベイクが軽く声を漏らして、そのまま地面に落ちていく。
アレフは大きく肩で息をして、気持ちを落ち着かせる。
そのあいだ、審判が駆け寄り、ベイクの状態を確認していた。
「ベイク選手、戦闘不能! よって、アレフ選手のぉ~勝ぉ~利ぃ~!!」
ウオオオオオオオォォォ!!
雄たけびにも似た、大歓声がフィールドを包み込んだ。
「なんだよアレ!? ブーストを三連続で使用したぞ!」
「バカ! そんなことできる訳ねぇだろ! 多分、移動系の魔法だよ!」
「強ぇ! ワイルドファングは全員が強ぇよ! 今年はマジで優勝するかもしれねぇ!」
戸惑いや、喜び、衝撃が入り交じった声が響く中、アレフは地面に静かに降り立った。
「四回戦は三勝二敗により、ワイルドファングの準決勝進出決定でっす!!」
審判の宣言と共に、ガル達がフィールドに飛び出し駆け寄ってきた。
「隊長! なんですかあの高速移動! どんな魔法なんですか!?」
「そんなことよりも、隊長さん戦えるじゃないですかぁ! もう冗談きついですよ~」
仲間達がワイワイと騒ぐなか、アレフは俯いたまま、ガルの肩にポンと手を置いた。
「ガル君、私は少し顔を洗って来るよ。悪いが、準決勝の予定を聞いておいてくれ」
「え? あ、わかりました……」
戸惑うガルや、歓喜している仲間を通り抜け、アレフはフィールドを後にした。
スタスタと場内に入り、少し開いた場所には綺麗な噴水が設置されている。
そこでアレフは水辺に自分の顔を映してみた。
なんとも、暗く、情けない顔をした自分の姿が水に映っている。
「これでよかったんだろう? ライラ……」
アレフは妹の姿を思い出す。
もう一度話したくても、姿を見たくても、もう彼女は現れない。
あの試合中に見た妹の姿はなんだったのだろうか。
仲間達から切に願われたことで、自分自身が作り出した幻か。
あるいは本当に……
「ライラ……キミが戦えと言うのなら、私は戦うよ……だけど、今だけは……」
出場選手の控え室が近いこの場所には、現在全く人はいない。
そんな噴水の傍らで、アレフは人知れず、涙を流した……




