老剣士との真剣勝負にて②
* * *
「か、勝てません……」
ポツリとチカが呟いた。
全身全霊を込めた、最速の刹那が通じなかったことで、チカはすでに追いつめられていた。
(とはいえ、私が負けたら二勝二敗。隊長さんは戦えないから、実質敗退になってしまいます……)
プレッシャーが絶望に変わり、絶望が体全体を包んでいくような感覚だった。
「ほっほっほ! もしかして、手の内はしまいかの?」
トスンと、アルフォートが一歩近づく。
(な、何か作戦を考えないと……何かいい手は……)
トストスとアルフォートが歩み寄る度に、チカは焦り、震えあがる。
(なんでもいいから、力が欲しい……)
――ドクンッ!
鼓動が高鳴った。チカは無意識のうちに、自分の中の、封じていたはずの力を求めてしまっていた……
――ピョコン。
チカの頭の上に猫耳が生える。
以前、ガルと出会う前に力を求め、埋め込まれた獣人の力。
人間と動物の合成獣。非合法の力……
(あっ!)
チカが体の変化に気付いた。
カシャンと、刀を地面に落とし、両手で頭の上の猫耳を押さえつけた。
(こ、ここは日ごろの修練の成果を互いにぶつけ、競い合う場所。こんななんの努力もせずに得た、非合法な力を使っていい場所じゃありません!)
チカはその場にうずくまり、必死に戻そうと何度も繰り返す。
(私はこんな力を望んでません……治まれ、治まれ、おさまれおさまれおさまれおさまれ……)
相手から見れば、その姿は隙だらけだろう。攻撃をされても文句は言えない。
しかし、アルフォートはそんなチカの様子をジッと見守っていた。
次第に猫耳は、髪と肌に溶け、消えていく。
「はぁ、はぁ……見苦しい姿を見せてすいませんでした……始めましょう」
落ちた刀を拾い上げ、未だ虚ろな目つきのチカがフラフラと構えた。
「お主、何か訳ありじゃのう。体が少し変化した……同じ剣士として、ワシで良ければ相談にのるぞい?」
「いえ……私には、道を示してくれた師匠がいます。こんな私を受け入れてくれた仲間もいます。……あとは、自分自身の問題ですから!」
ようやく、チカの瞳に光が戻る。そうしてアルフォートを真っすぐに見つめた。
「ほっほっほ! 良い仲間に巡り合えたようじゃのう。ならばワシにできることは、世界の強さを教えることだけよ!」
アルフォートも武器を構えた。
(とんだ失態を見せてしまい、情けなくて降参してしまいたいです……ですが、それでも負けるわけにはいきません! 未完成ですが、この技で勝負します!)
チカは刀を振り上げ、前のめりの姿勢を取る。
「む!? 上段の構え!」
「この技で、最後の勝負です!!」
ふーっと息を吐き、チカは呼吸を整えた。
(どんなに無様でも、恥をかいても、今の私はワイルドファングの一員なんです! 勝負を諦めたりしません! 集中しろ……)
スゥ……と、観客の声援が遠くなっていく。
視界が黒くなり、その中にアルフォートの姿だけがくっきりと映し出された。
神経が研ぎ澄まされていくのがわかる。
――フワリ。
僅かに、チカの足元の土埃が舞い上がった。
風はない。だが、その土埃はチカを中心に円形に広がっていく。
そして、蹴り出す右足に力を込める。
『刹那・連……』
フッ……
チカの姿が消えた。
同時に、再びキイィンという刀がぶつかる金属音が一つ。
ザザァ―っとアルフォートの後ろで、ブレーキをかけたチカが、体制を低くして刀を振り抜いていた。
いつの間にか、アルフォートも刀を振るった姿勢のまま、動きを止めている。
「くぅ~……やっぱり動きが見えねぇよ」
「どっちが勝ったんだ……?」
「黙って見てろよ! 今にわかる!」
観客が騒めく中、アルフォートがふっと笑った。
「なるほどのぅ。上段から振り下ろしの一撃。それを防いでも、すれ違い様に下から払い抜けの二連撃。見事……」
ガクリと、アルフォートが片膝を付いた。
うおおーっと客席からは騒めきが大きくなる。
「その技が完成していたとしたら、負けていたのはワシの方じゃったかもしれんのぅ」
その言葉の意味は、チカ自身がよくわかっていた。
痛みに耐えきれず、ついにチカは両膝を地面につく。
刀を地面に突き刺し、体を支えようとするが、それでもズルリと体が崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……うぅ」
ドサリと、うつ伏せに倒れそのまま動けなくなる。
「チカ選手、ダウンです!!」
審判が駆け寄って、チカに向かって確認を取ろうとしていた。
「チカ選手、戦えますか?」
「……はい、まだ……戦えます!……くぅっ……」
起き上がろうとするが、痛みで体に力が入らない。
「無駄じゃよ。完璧に入った。もう立つことはできんじゃろう」
アルフォートの自信に、審判は決意したようにスッと立ち上がった。
「ま、待って下さい……まだ戦えます……今……立ちますから……」
必死に体を起こそうとするが、起き上がるどころか体を持ち上げることさえできない。
「チカ選手、戦闘不能! よって――」
「待ってください……私は……負ける訳にはいかないんです……私が負けたら……チームが……」
痛みで意識が飛びそうになる。それでもチカは立とうと必死に足掻いていた。
だが、無情にも審判が右手を振り上げる。
「アルフォート選手の、勝ぉ~利ぃ~!!」
審判の宣言を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり、ついにチカは、ぐったりと倒れたまま動かなくなった。
そこへガルが急いだ様子で駆け寄って来た。
「チカ、大丈夫か!?」
「……」
反応のないチカを、ガルは抱き起こす。
チカの右腕を自分の首に回して、力を込めて立ち上がった。
「歩けるか?」
「……」
無言だが、ガルが歩くと合わせるように歩き出す。
そうして、二人はゆっくりと控え室まで歩みを進めた。
チカは顔をダラリと下げ、その表情は見えない。
「師匠、私……負けてしまいました……」
今にも消えてしまいそうな声で、チカが呟いた。
「相手、強かったな。お前はよく頑張ったさ」
ガルが精一杯、励まそうとする。
「私……あの人の強さに動揺して……獣人の力を使ってしまいそうになりました……情けないです」
「……」
「前に師匠は、私が最強になれる可能性を秘めてるって言いましたよね……?」
「ああ、言ったな」
「私、すごく弱いです……心も、技も……グスッ、全然……成長してません……」
チカは俯いたまま泣いていた。
ポタポタと、涙が地面に落ちるのが見える。
「そんなことはないさ。お前は確実に強くなってる」
「でも負けました! 私の技なんか全然通用しなくて……最強になれるなんてバカな夢見て……もう、私……」
「チカ!!」
ガルが少し強めの口調で名前を読んだ。
今にも折れてしまいそうな、チカの心に届くように。
「お前が最強になれると言ったのは嘘じゃない。今でもそう思ってる。だけどそれはお前次第だ! お前にはまだ、高められる能力がある。会得できる技もある! 負けて挫折するのはさ、磨き上げられるもの全部磨いてからでも遅くないだろ?」
「っ……」
「お前はまだまだ強くなれる。今の何倍も強くなれる! この俺が保証するから安心しろ。……なんたって、お前は俺が見込んだ、自慢の弟子なんだからな」
チカが肩を震わせてしゃくり上げる。
嗚咽を飲み込むようにして、ガルに誓った。
「うっく……私、強くなります……誰にも負けないくらい、強くなってみせます! 絶対に……」
こうして、ここにも自分を見つめ決意するものが一人現れた。
お互いに影響を及ぼしながら、戦いは大将戦へと進んでいく。




