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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
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老剣士との真剣勝負にて②

* * *


「か、勝てません……」


 ポツリとチカが呟いた。

 全身全霊を込めた、最速の刹那が通じなかったことで、チカはすでに追いつめられていた。


(とはいえ、私が負けたら二勝二敗。隊長さんは戦えないから、実質敗退になってしまいます……)


 プレッシャーが絶望に変わり、絶望が体全体を包んでいくような感覚だった。


「ほっほっほ! もしかして、手の内はしまいかの?」


 トスンと、アルフォートが一歩近づく。


(な、何か作戦を考えないと……何かいい手は……)


 トストスとアルフォートが歩み寄る度に、チカは焦り、震えあがる。


(なんでもいいから、力が欲しい……)


――ドクンッ!


 鼓動が高鳴った。チカは無意識のうちに、自分の中の、封じていたはずの力を求めてしまっていた……


――ピョコン。


 チカの頭の上に猫耳が生える。

 以前、ガルと出会う前に力を求め、埋め込まれた獣人の力。

 人間と動物の合成獣キメラ。非合法の力……


(あっ!)


 チカが体の変化に気付いた。

 カシャンと、刀を地面に落とし、両手で頭の上の猫耳を押さえつけた。


(こ、ここは日ごろの修練の成果を互いにぶつけ、競い合う場所。こんななんの努力もせずに得た、非合法な力を使っていい場所じゃありません!)


 チカはその場にうずくまり、必死に戻そうと何度も繰り返す。


(私はこんな力を望んでません……治まれ、治まれ、おさまれおさまれおさまれおさまれ……)


 相手から見れば、その姿は隙だらけだろう。攻撃をされても文句は言えない。

 しかし、アルフォートはそんなチカの様子をジッと見守っていた。

 次第に猫耳は、髪と肌に溶け、消えていく。


「はぁ、はぁ……見苦しい姿を見せてすいませんでした……始めましょう」


 落ちた刀を拾い上げ、未だ虚ろな目つきのチカがフラフラと構えた。


「お主、何か訳ありじゃのう。体が少し変化した……同じ剣士として、ワシで良ければ相談にのるぞい?」

「いえ……私には、道を示してくれた師匠がいます。こんな私を受け入れてくれた仲間もいます。……あとは、自分自身の問題ですから!」


 ようやく、チカの瞳に光が戻る。そうしてアルフォートを真っすぐに見つめた。


「ほっほっほ! 良い仲間に巡り合えたようじゃのう。ならばワシにできることは、世界の強さを教えることだけよ!」


 アルフォートも武器を構えた。


(とんだ失態を見せてしまい、情けなくて降参してしまいたいです……ですが、それでも負けるわけにはいきません! 未完成ですが、この技で勝負します!)


 チカは刀を振り上げ、前のめりの姿勢を取る。


「む!? 上段の構え!」

「この技で、最後の勝負です!!」


 ふーっと息を吐き、チカは呼吸を整えた。


(どんなに無様でも、恥をかいても、今の私はワイルドファングの一員なんです! 勝負を諦めたりしません! 集中しろ……)


 スゥ……と、観客の声援が遠くなっていく。

 視界が黒くなり、その中にアルフォートの姿だけがくっきりと映し出された。

 神経が研ぎ澄まされていくのがわかる。


――フワリ。


 僅かに、チカの足元の土埃が舞い上がった。

 風はない。だが、その土埃はチカを中心に円形に広がっていく。

 そして、蹴り出す右足に力を込める。


『刹那・れん……』


 フッ……

 チカの姿が消えた。

 同時に、再びキイィンという刀がぶつかる金属音が一つ。

 ザザァ―っとアルフォートの後ろで、ブレーキをかけたチカが、体制を低くして刀を振り抜いていた。

 いつの間にか、アルフォートも刀を振るった姿勢のまま、動きを止めている。


「くぅ~……やっぱり動きが見えねぇよ」

「どっちが勝ったんだ……?」

「黙って見てろよ! 今にわかる!」


 観客が騒めく中、アルフォートがふっと笑った。


「なるほどのぅ。上段から振り下ろしの一撃。それを防いでも、すれ違い様に下から払い抜けの二連撃。見事……」


 ガクリと、アルフォートが片膝を付いた。

 うおおーっと客席からは騒めきが大きくなる。


「その技が完成していたとしたら、負けていたのはワシの方じゃったかもしれんのぅ」


 その言葉の意味は、チカ自身がよくわかっていた。

 痛みに耐えきれず、ついにチカは両膝を地面につく。

 刀を地面に突き刺し、体を支えようとするが、それでもズルリと体が崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……うぅ」


 ドサリと、うつ伏せに倒れそのまま動けなくなる。


「チカ選手、ダウンです!!」


 審判が駆け寄って、チカに向かって確認を取ろうとしていた。


「チカ選手、戦えますか?」

「……はい、まだ……戦えます!……くぅっ……」


 起き上がろうとするが、痛みで体に力が入らない。


「無駄じゃよ。完璧に入った。もう立つことはできんじゃろう」


 アルフォートの自信に、審判は決意したようにスッと立ち上がった。


「ま、待って下さい……まだ戦えます……今……立ちますから……」


 必死に体を起こそうとするが、起き上がるどころか体を持ち上げることさえできない。


「チカ選手、戦闘不能! よって――」

「待ってください……私は……負ける訳にはいかないんです……私が負けたら……チームが……」


 痛みで意識が飛びそうになる。それでもチカは立とうと必死に足掻いていた。

 だが、無情にも審判が右手を振り上げる。


「アルフォート選手の、勝ぉ~利ぃ~!!」


 審判の宣言を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり、ついにチカは、ぐったりと倒れたまま動かなくなった。

 そこへガルが急いだ様子で駆け寄って来た。


「チカ、大丈夫か!?」

「……」


 反応のないチカを、ガルは抱き起こす。

 チカの右腕を自分の首に回して、力を込めて立ち上がった。


「歩けるか?」

「……」


 無言だが、ガルが歩くと合わせるように歩き出す。

 そうして、二人はゆっくりと控え室まで歩みを進めた。

 チカは顔をダラリと下げ、その表情は見えない。


「師匠、私……負けてしまいました……」


 今にも消えてしまいそうな声で、チカが呟いた。


「相手、強かったな。お前はよく頑張ったさ」


 ガルが精一杯、励まそうとする。


「私……あの人の強さに動揺して……獣人の力を使ってしまいそうになりました……情けないです」

「……」


「前に師匠は、私が最強になれる可能性を秘めてるって言いましたよね……?」

「ああ、言ったな」


「私、すごく弱いです……心も、技も……グスッ、全然……成長してません……」


 チカは俯いたまま泣いていた。

 ポタポタと、涙が地面に落ちるのが見える。


「そんなことはないさ。お前は確実に強くなってる」

「でも負けました! 私の技なんか全然通用しなくて……最強になれるなんてバカな夢見て……もう、私……」

「チカ!!」


 ガルが少し強めの口調で名前を読んだ。

 今にも折れてしまいそうな、チカの心に届くように。


「お前が最強になれると言ったのは嘘じゃない。今でもそう思ってる。だけどそれはお前次第だ! お前にはまだ、高められる能力がある。会得できる技もある! 負けて挫折するのはさ、磨き上げられるもの全部磨いてからでも遅くないだろ?」

「っ……」

「お前はまだまだ強くなれる。今の何倍も強くなれる! この俺が保証するから安心しろ。……なんたって、お前は俺が見込んだ、自慢の弟子なんだからな」


 チカが肩を震わせてしゃくり上げる。

 嗚咽を飲み込むようにして、ガルに誓った。


「うっく……私、強くなります……誰にも負けないくらい、強くなってみせます! 絶対に……」


 こうして、ここにも自分を見つめ決意するものが一人現れた。

 お互いに影響を及ぼしながら、戦いは大将戦へと進んでいく。

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