攻略不能の魔法にて②
『フライ!』
二人は同時に飛翔の魔法を発現させた。
フワリと少し浮かび上がると同時に、エリーゼはもう片方の魔法をすぐに発現させる。
『シューティングスター!!』
魔力は空に昇り、流星群のようにセレンに降り注いだ。
「うぅ……『マジックシールド!』」
身を屈ませて、震えながら身を守るセレン。
「あらあら、そこまで多段攻撃が苦手っぽい仕草をされたら、相手に付け込まれるわよ?」
再び二人は文字を刻む。
「次でシールドも壊れるんじゃないかしら?『シューティングスター!』」
再びエリーゼが攻撃を仕掛けてくる。その瞬間、セレンは一気に飛び出した!
怯える演技をして、相手の攻撃を単調化させる作戦だった。
「『アブソリュートゼロ!』、『マジックセイバー!』」
降り注いでくる無数の魔弾を、絶対零度の冷気で無力化する。
そのままエリーゼに接近戦を挑んだ。
セイバーを付与した杖を思い切り振り下ろす!
――ブン!
渾身の一撃はヒラリとかわされてしまった。
大振りを綺麗にかわしたエリーゼが、セレンの目の前まで近付いた。
(……え?)
セレンはエリーゼに抱きしめられていた。
フワリと、両手を背中に回される。そのあまりにも優しい手つきに、強引に振りほどいていいのかためらわれるほどだった。
透き通るような青い髪からはいい匂いがして、それがまた思考を鈍らせた。
『パライスショック』
――バチンッ!!
「っ!!」
体の中に電撃を流し込まれ、目の前が一瞬暗くなる。
ドサリと、地面に倒れる衝撃で、飛びそうになる意識を繋ぎとめた。
体を動かそうにも、麻痺して動けない。
「セレン選手、麻痺状態により、戦闘一時中断です。……回復できますか?」
審判が隣でカウントを取る間に、震える指で文字を刻む。
「キュア……パライス!」
そうしてゆっくりと立ち上がった。麻痺を治しても、流し込まれた電撃で体が痛む。
「戸惑わせてごめんなさい。あなたは優しい子ね。だからどうしていいのか分からなくなったのね」
エリーゼが謝るのを聞きながら、セレンは様子を伺う。
綺麗な着物に身を包み、それを止める帯は長く、髪と一緒に風になびくところは美しい。
かなりの美人であることも含め、セレンは複雑な気持ちだった。
(なんか……すごく戦いにくい……。まるでお母さんと戦ってるみたい……)
一瞬、この人になら負けてもいいかな、と考えてしまうセレンだが、ブンブンと首を振る。
(違う! みんな勝つために一生懸命戦ってる。負けてもいいなんて考えちゃダメ!)
「私は……負けない!」
「ふふ。あなたは強いのね。フランも成長したらあなたみたいになるのかしら? 楽しみだわ」
なにやら楽しそうにしているエリーゼを前に、セレンは思考を張り巡らせる。
(さっきの攻防、うまく相手を騙せたと思ったのに、結局見抜かれてた。まさか時を戻された?)
考えても答えは出ない。セレンは揺さぶってみることにした。
「あの……時を戻して、私の動きを把握したの?」
「……」
楽しそうにしていたエリーゼが、キョトンとした表情を見せる。
「さぁ、どうかしら?」
再びニコニコと笑顔に戻るエリーゼ。
(私の演技がバレバレだったのかな……? でも、次は必ず当てて見せる!)
セレンは作戦を立てて文字を刻みだした。
『クラフトボム!』
爆弾を生成したセレンは、それをポーンと上に放り投げた。
放物線を描く爆弾をエリーゼが見上げた瞬間に……
――バオンッ!
セレンがブーストを使って真っすぐに突撃をかけた!
上に気を取られているエリーゼとの距離を一瞬で縮めて、武器を横薙ぎに払った。
『マジックセイバー……』
――ギイィィン!
セレンの攻撃はあっさりと弾かれた。
その小さな体を跳ね除ける一撃に、セレンはバランスを崩してしまう。
――バオン!
まずい! そう思った時には、すでにエリーゼは背後に回っていた。
ザシュッ! と背中を斬り付けられる。
「ぅあ……」
ズサァと地面に転がりながらも、すぐに受け身を取り、片膝を付いた状態でエリーゼに向き直った。
バランスを崩しながらも、背後から来る一撃に警戒していたおかげか、急所は避けられたようだ。
上に放られた爆弾が落ちてきて、何もない地面で虚しく爆発をする。
(今の、完全に上に気を取られていたはずなのに、また防がれた!? やっぱり、時間を戻されているのかしら……?)
考えるセレン。しかし、突破口は見つからない。
「そろそろ降参してくれないかしら? なんだかフランと似ているせいか、心苦しいわ」
困り顔でそう言うエリーゼは、さらにこう続けた。
「……それに、私のSSランクの魔法は絶対に攻略できない」
ドクン! と鼓動が跳ね上がり、絶望感が襲い掛かる。
だが、、そんな絶望感の中に、僅かな違和感を感じた。
(……絶対に攻略できない、時を巻き戻す魔法。でも、それならなんでSSS認定されていないの?)
セレンはこれまでに、時を戻す魔法を一つだけ知っている。
それが、カインの使う『クロック』という魔法。
以前、バージスに刃を振るった時に、この魔法で時を戻されたことを覚えている。
(カインの『クロック』は確か……その出来事だけを戻す魔法だから、人の記憶までは戻らないって言ってた。この人の魔法は使われると記憶までもが戻される。単純に考えると、カインの魔法よりもこっちの方が凶悪に思えるのに、ランクはSS止まり。その差はなに……?)
一般的に、SSSランクが存在することは知られていない。賢者によって隠されているからだ。
だが、SSSを知るセレンだからこそ、エリーゼの言葉に違和感を感じたのだった。
(多分、この人はハッタリを言ってる。アイリスの時も、ハッタリを混ぜて惑わせていた。絶対に攻略できない魔法なら、SSランクに留まっているはずがないもの。必ず何か欠点があるはず……)
「諦めないのかしら? 仕方ないわね……」
ブンと杖を振るって、エリーゼが近づいてきた。
セレンはギリギリまで考える。
(ガルの無敵魔法は一度使うと燃費が悪くてすぐに魔力が空になる。この人も同じで、そう何度も使えないのかもしれない。もしくは、使うためにはクリアしなきゃいけない条件がいくつかあるのかも?)
セレンは立ち上がり、エリーゼを睨みつけた。
「……強い眼差しね。絶対に勝負を捨てない者の目だわ」
「えぇ。絶対に攻略できない魔法なんてない! それだけはわかったもの!」
痛む体に鞭を打ち、セレンは再び杖を構えた。




