攻略不能の魔法にて①
* * *
「ぐへぇ~……お嬢、すまない。負けちまった……」
リッツがベッドに大の字で寝そべりながらそう言った。
「仕方ないわ。あなたの固有結界の中でどんな戦いをしたのか私は知らない。けれど、相手の様子を見る限り、かなり追い込んだのでしょう? あなたの詰めが甘かったのか、相手が最後の最後まで抵抗した結果か……。それはあなた自身が決めて、次の戦いに活かしなさい」
リッツは押し黙り、悔しそうに表情を歪ませていた。
「でもエリーゼ先生、これでもう二敗しちゃいましたね。次に負けたら敗退かぁ……」
「大丈夫よフラン。ここまではまだ想定内なのだから。次の中堅戦、私は絶対に勝つわ。副将戦もアルが勝つでしょう。そうして大将戦までもつれ込めば、ウチが有利よ」
「まぁ、相手の大将が弱ければの話ッスけどね」
ベイクは不安そうな面持ちだ。
「ワイルドファングはこれまで、アレフに順番が回らないような戦い方を徹底している。必ず何かあるわ!」
エリーゼは確信を込めてそう言い放ち、出撃準備を整えるのだった。
* * *
「ねぇ見た!? アイツの力! 左目に魔獣を封じてるんだって!!」
アレフに肩を借りながら戻って来たアイリスが、開口一番にそう言った。
「魔獣? 師匠、魔獣ってなんですか? そんなのがこの世界にいるんですか?」
「いや、そんな話聞いたこともないが……」
「でも、アイツの力みんなも見たでしょ? 目が光ったかと思ったら、一瞬で凍り付いたの!!」
アイリスが力説を続ける。それを考え込みながら聞いていたセレンがポツリと口を開いた。
「……アイリス、それは多分、普通の魔法よ」
「へ?」
「何も魔法は手のひらから発現されるとは限らない。術式を変えて、瞳から解き放つようにして、それっぽい力に思わせたんじゃないかしら?」
「で、でも……左右で瞳の色が違かったし……」
「そんなのカラーコンタクトを入れていれば説明できるわ……」
論破されたアイリスが完全に固まる。
「……もしかして、あたし騙された……?」
「多分ね。そういう異能の力があると警戒させて、時間を稼ぐつもりだったんじゃないかしら?」
固まったアイリスが今度はプルプルと震え出す。
「んが~~!! 騙された~~!! 信じてたのに~~!!」
子供のように地団太を踏み始めた。
だがここで、ガルが真面目な声を出す。
「だが今の戦いで、一つ分かったことがある」
「……何よ?」
「これからは、魔法が手から発現されるという常識を考え直さなければならない! 例えば、ブーストを使って相手の背後に回った時に、尻から魔法を放射されて撃退される、という可能性があるわけだ!」
ガルは真顔だった。
「ねぇ、アンタそういうこと真面目な顔して言うのやめてくれない? どう反応していいかわからなくなるから」
「俺は真面目だ!」
「わかってるわよ!! だからツッコむべきか乗っかるべきか微妙な空気になるっつってんの!!」
ガルの相手はお手の物、と言わんばかりのアイリスがうまく対処してくれたことに、メンバー一同は密かに感謝していた。
・
・
・
「さて、幸先よく二勝を取った訳だが……次の相手はリーダーのエリーゼだ」
アレフが中堅戦開始ギリギリまで話し合いを進めていた。
「彼女には、『時を巻き戻す』というSSランクの魔法が使えるという噂がある」
「しかも、時を戻すと記憶まで戻されるから、そういう魔法を使ったかどうか誰もわからない……」
セレンが考えながら付け加えた。
そう、エリーゼには時を戻す魔法が使えるという噂があった。
四回戦開始まで、散々この魔法についての攻略法を検討したが、未だ良案は無い。
「正直、時を戻したことに気付けないなら、対策の立てようがないのよねぇ」
アイリスがお手上げのポーズを取る。
――「それでは、中堅戦を始めたいと思います。選手の方は入場してください!」
ついに審判の声が鳴り響いた。
セレンは立ち上がると、みんなの顔を見渡した。
「とにかく、戦いながら様子を探ってみるわ。臨機応変に対応していくしかなさそうだもの」
するとチカと目が合った。彼女は何やら得意気な顔をしている。
「セレンちゃん、気楽に行きましょう! 大丈夫ですよ。セレンちゃんが負けてもまだ私がいます! むしろ、負けてくれないと私の出番がありませんから!」
気遣っているのだろうか?
一瞬そう思うも、チカはフンフンと鼻を鳴らして興奮しているように見えた。
「チカ、あなた本気で負けて欲しいって考えてるでしょ!」
「そ、そんなことないですよ……リラックスさせようとしただけです……」
チカはあからさまに目を逸らしていた。
そんな彼女に詰め寄ろうかと考えるも、そのような時間もなく、セレンは仕方なく部屋を出てフィールドに向かう。
フィールドに出ると、いつもよりも歓声がひときわ大きいように感じた。
中央に歩みを進めるセレンだが、その時だった。
「セ、レ、ン! セ、レ、ン!!」
どこからともなく、腹から声を出すような声援が聞こえる。
驚き戸惑いながら、周りをキョロキョロと見渡すと、中年のオジサンが集まって盛大に旗を振っている。
鉢巻を巻いて太鼓を鳴らす者もいる。
「超絶可愛いセレンたーん!」
こっちが恥ずかしくなるようなセリフを叫んでいる。
頭がパニックを起こしかけながらも、とりあえず笑って手を振ってみた。
「うおおおおぉぉーー! 天使だー! 天使の微笑みぃーー!!」
中年の男達は歓喜している。
そこまでいって、ようやくセレンはハッと我に返った。
ブンと勢いよく振り返ると、ガルが窓枠に腕を敷き、アゴを乗っけてジト目で見つめていた。
セレンは言い訳を考えながら控室の窓に近付いていく。
「人には物を投げつけておきながら、自分はしっかりとパフォーマンスするんだな……」
ガルが面白くなさそうな声でモゴモゴとしゃべる。
「いや……やっぱり無視する訳にもいかないし……でも、私はちゃんと考えているからいいの! ガルは女の子に見境ないでしょ? だからダメなのよ」
「ちょっと待て、誰が見境ないんだ? 全く身に覚えがないぞ」
「よく言うわ。いっつもチカやアイリスとばかり修行してるじゃない!」
「それはセレンがいつも猫と遊んでいるからだろ!」
「……そんなことないし!」
「いやある!」
「あのぉ~、セレン選手、そろそろ試合を始めたいんですが~……」
申し訳なさそうな審判の声に、セレンは言葉に詰まった。
「もういい!」
フイと顔を背けて、セレンは話しを切り上げた。
ほっぺを膨らませて、機嫌が悪そうに中央に歩いていく。
(ガルのバカ! 私の気持ち知ってるくせに!!)
だが、膨らませたほっぺは次第にしぼんでいく。
(……私じゃ、ガルの心を満たすことなんてできないのかな……)
ケンカなんてするつもりはなかった。なのに、なんでこんなことになっているのか……
ションボリと肩を落として歩いていると――
「どうしたの? 浮かない顔のお嬢ちゃん」
すでにフィールド中央まで歩いてきており、相手のエリーゼに話しかけられていた。
どうやらボーッとしすぎたようだ。
セレンは首をブンブンと振り、気持ちを切り替える。
「いえ、なんでもないわ」
相手は大将格。集中しないで勝てるほど甘くはない。
「それでは中堅戦、セレン選手対、エリーゼ選手。試合ぃ~開始ぃ~!!」
審判が高らかに宣言をして、今、戦いが始まる。




