隻眼の魔法使いにて②
* * *
「リッツさん、使いましたね。左目」
控え室から観戦するシルベーヌの一員、フランがエリーゼに向かって話しかけた。
「そうね。さて、あのハッタリがどこまで通用するかしら」
「でも相手の子、かなり警戒してるッスよ。めちゃくちゃ信じてるんじゃないッスか?」
ベイクの言葉に一同はアイリスに目を向ける。
ここから見ると、リッツに近寄ろうとせずに、遠くから何か喚き散らしている。
「……信じてるっぽいわね……」
「気持ちわかります。私も初めて聞かされたときは信じちゃいましたもん」
「フランは純粋ッスからねぇ。左目に魔獣を封じているなんて真っ赤な嘘。カラーコンタクトを入れて、その左目から魔法を発現しているだけッス」
そう、リッツの『ルナティックアイ』はただの魔法である。
魔法は基本的に、魔力を操作しやすい手のひらを通して発現される。しかし、それはあくまでそういう術式を組んでいるだけであり、リッツは左目から魔法が発現するように術式を組んでいた。
そうすることによって、魔法ではない他の力だと思わせるために。
……とは言え、目的は大半が格好つけたいという理由らしいが。
「ほっほっほ! 考えてみればワイルドファングはほとんどが未成年の経験が浅いチーム。もしかすると、こういったハッタリが通じやすい相手なのかもしれんのぅ」
アルフォートがおかしそうに笑い声をあげる。
「な、なるほど……確かにそうかもしれないわね……」
「でも、いい流れですよね。リッツさんこれで勝てるんじゃないですか? エリーゼ先生」
「まぁ、左目は相手を足止めするための時間稼ぎ。真の狙いはリッツの奥の手の魔法ね。準備に時間がかかるけれど、あれを発現できれば十分に勝機はあるわ」
いい具合に進んでいるリッツの戦い方に、シルベーヌ一同は固唾を呑んで見守っていた。
* * *
(ヤバい、魔獣を封じているとかカッコいい! そんなことできるんだ!!)
リッツと対峙するアイリスは、目を爛々とさせていた。
「コホン! ね、ねぇ、その魔獣ってどこで見つけたの?」
「へ?」
予想もしていなかった質問だったのか、リッツは戸惑うような表情のまま固まっている。
「あたしも魔獣の力を使役できるようになりたい! 自分で捕まえに行くから、見つけた場所をあたしにも教えてよ」
「えっと……あ~、どこだったかな……? そうそう! あれは確か未開の島を調査したときに見つけたんだ。強敵だったが故に封印したのさ」
「へぇ~、ってことは、封印魔法が使えなきゃダメってことよね? アンタも封印魔法が使えるんだ?」
「え……? 封印魔法……? ああ、そうだね! そうそう! 封印魔法は習得していった方がいいよ」
何やらたどたどしい話し方のリッツだが、アイリスは全く疑問に思っていない。
「うぉ~! あたし専用の魔獣を飼いならすぞ~!!」
完全に新たな力に魅了されていた。
「……ははは、まさかこんなリアクションが見れるとは思っていなかった。キミは本当に面白い子だね。だけど、今は戦闘に集中したほうがいい。そろそろ決着をつけるとしようじゃないか」
「ん、それもそうね。あたしが勝ったら、魔獣探しに付き合ってもらうからねっ!」
そういって、二人は再度睨み合う。
「時間は十分に稼げた。俺のとっておきの奥の手を見せてやろう」
「切り札の次は奥の手? ずいぶんと隠し芸が豊富じゃない」
「ま、俺はキミと違って、火力で押し切るタイプじゃないんでね」
そう言って、リッツはやんわりと杖を振るった。
「さぁ、ゲームを始めよう。『カレイドスコープ』」
ブワリと、辺り一面に濃い霧が立ち込める。
気が付くと、リッツの姿は見えなくなっていた。
代わりに現れたのは、自分の姿。
「うわっ! ビックリした! なんだ鏡かぁ」
あちこちに鏡が現れて、自分を映し出していた。
霧が濃くて、周りは鏡以外に何も見えない。
とりあえず、アイリスはその中の一枚の鏡に触れてみた。
「……これ、氷だ。氷でできた鏡……一体どんな魔法なんだろう……?」
リッツは「ゲームを始めよう」と言っていた。
だが、アイリスには今の状況をどうすべきか全くわからなかった。
「ん~、めんどくさい。ぶっ壊そ」
手に持つ杖で、目の前の鏡を叩きこ壊した!
ガシャーンと、粉々に砕け散る氷を観察すると……
――ズキン!
突然、胸の辺りを強打されたような痛みが走った。
「ぐぅっ……え? なに!?」
周囲を見渡しても、ポツポツと浮かぶ鏡と、深い霧しか見えない。
不意に、鏡にリッツの姿が映し出された。飛び回っているかのように、一瞬だった。
近くにいるのかと、グルリと回ってみるが、見失ったようだ。
――ガシャーン!
また一枚の鏡が割れた。
少し遅れて、左肩に痛みが走る。
「何これ……鏡が割れる度に、ダメージを受けていく……」
ひとまずアイリスは飛び回ることにした。この場に留まっておくのはマズい気がしたのだ。
鏡を横目に、真っすぐに突き進んでいく。
「どこまで行っても闘技場の端に辿り着かない……これ、客席からあたし達ってどう見えてるんだろう?」
修行中にカインから教わったことを思い出す。
相手の理解できない魔法に捕まった時は、とにかく、その性質を見極めることが大切だと言っていた。なんでも試して、考えて、そして攻略しろ、と。
――ガシャーン!
また一枚の鏡が割れ、右足の太ももに激痛が走る。
「痛っつ! 霧は水……鏡は氷……完全にアイツの固有結界にハマっちゃったみたいね」
時々見える、鏡に映るリッツの姿。
それが何を意味するのか、アイリスは考える。
「多分、アイツは鏡の中にいて、あたしと同じように、あたしの映っている鏡を割っているんじゃないかしら……だとしたら、こっちもアイツが映る鏡だけを壊していけば、ダメージを与えられる」
「ははは、ご名答! 意外と理解が早いじゃないか」
どこからともなくリッツの声が響き渡る。
「アンタねぇ! ルールくらい説明しなさいよ! ズルいじゃない!!」
「こっちも勝つことに必死だからね」
――ガシャーン!
また一枚割れた。
腹に打撃を受けたような衝撃に、呼吸が出来なくなる。
「ゲホッ……なんつークソゲーを用意してくれんのよ……」
文句を口にしながらも、アイリスは攻略の糸口を探った。
・
・
・
――ガシャーン!
あれから十分ほど、アイリスは必死に打開策を考えるも、結局は一度もダメージを与えることが出来ていない。
頭を強打された衝撃に、ふら付き、目がかすんでいた。
(ヤバ……意識飛びそう……次に攻撃を受けたらマズいかも……)
規則性、法則性、必然性があるのかもしれない。だが、この短い時間でそれを見つけることは、アイリスにはあまりにも難しかった。
「そろそろ降参したらどうかな?」
リッツの声が、周囲から響いてくる。
「冗談じゃない……降参するくらいなら、最後に一発、派手にぶちかますわ。『マジックアクティベーション!!』」
アイリスの魔力が活性化して、体が光りだした。
そして両手で文字を刻む。どちらとも攻撃魔法だ。
「攻略法が見つからないって言うなら……あたし自身が攻略法になる!『ここにある鏡を全部割れば、ゲームは終了! 元に戻る!』」
「……何をバカな。キミの姿が映っている鏡が割れて、自滅するだけだぞ」
リッツの声を無視して、アイリスは杖を掲げた。
「全て吹き飛べ! 全力全開!!『フレイムサークル!!』」
アイリスの周りに炎が現れ、爆発するかのように一気に周囲を吞み込んだ。
広がる熱と衝撃に、点々と浮かぶ鏡は一斉に砕け、溶けて消滅する。
周りを包む霧さえも、爆発的な熱風に吹き飛ばされていた。
気が付けば、周りからは観客の騒めきが聞こえる。
少し離れた所にはリッツが呆然と立ち尽くしていた。
アイリスは迷うことなく、リッツに杖を向ける。
「なんだ!? どうしてお前は立っていられる!? ダメージはどうした!? まさか、本当にダメージ計算が行われる前に空間が消滅したのか!?」
「バカげた行動だと思った? あたし自身もバカだなって思うわよ。だけど、だからこそ誰も試したことがなくて、どういう結果になるかわからなかったんじゃない?」
アイリスの杖が輝き出す。
「嘘だろ……こんなことが……」
「あたしにとってはラッキーだったわ。ま、運も実力のうちってことで……『クリティカルレイ!!』」
待機させておいたもう一つの魔法を解き放つ。
リッツが回避をしようと動くが、それ以上の速さでアイリスの魔法が直撃した。
砲弾のような、光り輝く弾丸は尾を引き、まるでレーザー光線のようだ。
そんな凄まじい威力に吹き飛ばされ、リッツは壁に激突する。壁にヒビが入るほどの衝撃で、彼は倒れ、動かなくなる。
「リッツ選手、大丈夫でしょうか~……」
審判が駆け寄り、声をかける。
「……リッツ選手、戦闘不能! よって、アイリス選手のぉ~、勝ぉ~利ぃ~!!」
――ワアアアァァァーー!
「勝った……危なかった~……」
脱力したアイリスもまた、その場に倒れるのだった。




