臆病者の決意にて
* * *
「フラン、あなたに家庭教師をつけようと思うの」
「家庭教師……?」
母親が突然そんなことを言い出した。
「行きたくない学園に無理していく必要はないけれど、でもこのまま魔法の才能を埋もれさせるのはもったいないでしょ?」
母親はいつでもフランを心配していた。そんな親の気持ちを無下にする訳にもいかず、フランは黙ってうなずく。
(誰が来るんだろう……今の学園の先生だったら嫌だな……)
そんな不安を胸に、家庭教師に教わる初日を迎えた。
ドアを開けて現れたのは、透き通るような青い髪の美しい女性だった。
フランは一瞬見入っていしまうが、頭のてっぺんに一本の跳ねっ毛があるのが妙に気になった。
「そういえばまだ言ってなかったわね。こちら特殊部隊のエリーゼさん。相談をしたら見てくれるって話しで、ホント助かるわ~。ほらフラン、挨拶しなさい」
そう、これがフランとエリーゼの出会いだった。
エリーゼは特殊部隊の仕事をしながらも、時間を作っては魔法を教えるためにフランに会いに行った。
フランがどんなに頭を悩ませても、魔法に失敗しても、エリーゼは決して責めたりはしなかった。
ただ優しく、親身になってフランを受け入れ、包み込むように接した。
人と触れ合うことに恐怖を抱いていたフランだが、そんなエリーゼに少しずつ心を開いていった。
半年が過ぎ、一年が過ぎ、何度も季節が巡り、フランが十五歳になったある日、エリーゼは耳を疑うような話をフランに持ち掛ける。
「フラン、考えたのだけれど、特殊部隊として私のチームに入らない?」
「……え?」
あまりにも唐突で、理解するのに時間がかかった。
「え? えぇ!? えええぇぇぇ!! 特殊部隊って、あの悪い人と戦うお仕事ですよね? 私なんか無理に決まってるじゃないですか!?」
「別に戦うことばかりではないのだけれど……あなたのゴーレムは人命救助にとても役立つ魔法だと思うわ。これを使えば多くの人を救うことができる可能性を秘めている」
「わ、私はただ、魔法でお人形を動かせたら素敵だなと思っただけで……それに私、ドジで頭も悪いし……」
「そんなことないわ。あなたは自分で思っているよりも魔法の才能があるし、それだけ素晴らしい魔法を身に付けているのよ?」
エリーゼはいつものように優しく微笑む。フランにとって、エリーゼの言葉は絶対的に正しいと信じていた。
「私を助けると思って、入ってくれないかしら? きっとフランの力が必要になる日がくると思うの。絶対に危ないことはさせないわ。後方でゴーレムを操って支援をしてくれればいいから」
フランはこの時、胸の高鳴りを覚えた。今まで人の役に立ったことなんて無かった。それが、エリーゼに必要とされ、求められたのだ。これが嬉しくないはずがない!
フランは一日考えたのちに、エリーゼと共に特殊部隊に入る決意を固めた。
自分の手を引き、真っ暗だった人生を照らしてくれた、恩師の力になることを夢見ながら。
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「私、どうして忘れてたんだろう……ずっと、先生の力になりたいと思ってたのに……」
「まぁ、目標が高すぎると、時には見えなくなったりするものさ」
ガルの言葉に納得しながら、フランはようやくその場から立ち上がった。
深く被っていた猫耳フードを後ろに下して、真っすぐにガルを見た。
「あの、ありがとうございます。ガルさんのおかげで、大切なことを思い出せました。……それで、もし次に会った時は、また戦ってください! そうして、今の私よりも成長したかどうかを確かめてほしいんです!!」
もう試合が始まる前の、へたり込んでいたフランはいなくなっていた。
その瞳には、力強い光が宿されている。
「あぁ、俺でよければ、いつでも相手になる。ただ、俺の魔法を見る目は厳しいぞ」
「はい、ありがとうございます。では失礼します」
フランはペコリと頭を下げ、自分の陣地に走り出した。
出入り口から中に入り、控え室に戻ると、メンバー一同がフランを待っていた。
みんなの顔をグルリと見渡してから、フランはまた頭を下げる。
「エリーゼ先生、ごめんなさい……私、負けちゃいました」
「いいのよフラン、相手が悪かったわ。それよりも怪我はない? 痛い所があるならちゃんと言うのよ?」
いつものように、優しく迎えてくれるエリーゼに、フランは心が痛んだ。
一体どれだけ、この優しさに甘えて来たのだろうか、と。
フランは顔を上げると、エリーゼの腰に抱き付いた。
「フラン?」
「先生……私、強くなります! 先生やみんなが、私を頼れるくらいに!」
エリーゼは目を見開いて驚いていた。フランがそんなことを言うのは初めてだったからだ。
「き、急にどうしたの?」
「私、ずっと逃げてました。怖いことや、嫌なことから……でも、そのせいで後悔したくないんです。私だって大好きなみんなを守りたい! それをガルさんが教えてくれました。だから、これからもご指導お願いします!」
その言葉で、エリーゼは涙ぐんでいた。フランのこの成長だけでも、四回戦まで勝ち進んできた甲斐があったと思えるほどだと……
「ほっほっほ! どうやら、ネジがうまい方向に回ったみたいじゃな」
「えぇ、ガルって子には感謝しなくちゃ」
アルフォートの言った通り、何がきっかけで人は変わるかわからない。
そんな出来事を体感しながら、次鋒戦へと戦いは進む。




