旅する魔法使いとの出会いにて①
* * *
時間は少し巻き戻る。
一人の男性が川岸に佇み、魚がいないか目を凝らしていた。
歳は20代後半くらいで、髪を切る気がないのか、腰ほどまで伸びていた。バンダナを巻いて前髪が目に掛からないように調節しており、目を凝らしているせいで糸目が余計に細くなっている。
なかなかの美形と長髪のせいで遠くから見ると女性に見間違えてもおかしくない風貌だ。
すると、ドンブラコと川上から大きな物体が流れて来た。
男はそれが人間だと分かると、少し考え込んだあと、ようやく助けるために魔法の刻み始めた。
フライを使い、ヒョイと流れて来た人物を救い上げると、それがアイリスだった。
自分のテントまで飛んでいき、その中で横にしてお腹をグッっと押してみると、口から噴水のように水が噴き出す。
「げほっ! げほっ!!」
アイリスが咳き込み、意識を取り戻した。
「おや、目を覚ましましたね。お嬢さん、お名前は?」
「敵!? いや、違うか……アイリスって言います。あなたは?」
一瞬敵かと思うも、敵が名前を聞いて来たりしないし、そもそも助けてくれたりしないだろうとすぐに理解して警戒を解き、横たわったまま答えた。
「私はカイン。世界中を見て回っている旅の魔法使いです。とりあえず着替えた方がいいと思いますが、ケガをしているみたいですね。痛みますか? 手伝いますよ」
「け、結構です! 痛みますけど着替えくらいできますから!」
痛む体をゆっくり起こして否定する。
冗談でも何てことを言うんだと、アイリスはジト目で再度警戒した。
「まぁ、私の上着とマントくらいしかありませんけどね」
そう言いカインは上着を脱ぎ、Tシャツ一枚になった。
マントもアイリスの近くに置き、テントの外へ出ていく。そしてテントの外からアイリスに話しかけた。
「その制服、近くにある魔法学園の生徒ですね? そしてその学園の方角から爆音も聞こえてくる。何かトラブルがあったようですが……」
「目的はわからないですけど、キメラを統率していきなり襲って来たんです」
「ふむ、学園を襲う目的……まぁ、じきに特殊部隊の救援が来るでしょう。それまで休んでいた方がいいですよ」
「ありがとう、ございます。それで……人工呼吸とか……したんですか?」
アイリスが気まずそうに小さな声で聞いた。
「いえ、呼吸が止まっていた訳じゃなかったので。勝手に着替えさせようとも思いましたが、その前に目を覚ましましたし」
「危なっ!」
「はっはっは! 子供に欲情したりしませんよ」
「~~~~~~っ」
言いたい放題のカインに何だか悔しくなるアイリスだった。
しばらくすると救援部隊と思われる人達がやってきて、カインと話をしていた。その間、アイリスは一つの決断をする。
アイリスを保護しようとする部隊に対して、アイリスはここで痛みが引くまで休息を取り、その後、自分で学園に帰還すると主張した。そして、その意思を決して譲らなかった。
救援隊は仕方なく戻っていき、またアイリスとカインの二人だけになった時、アイリスは力強く言い放つ。
「カイン、お願いがあるんだけど!」
やたら軽口を叩いてアイリスを子供扱いするカインに対して、アイリスはほぼタメ口になっていた。
「私に、魔法を教えてほしいの!」
「なぜ私に?」
「学園は今、授業できる状況じゃないと思うの。だったら色々と旅をしているあなたに教わる方がずっと力になると思うから」
「私にメリットがありませんね。そもそも、私は人に物を教えられるような身ではありませんよ」
「ふーん。人を子供扱いしたり、世界を回っているなんて大層なこと言って、実は大した事ないんじゃないの~?」
これまでのお返しとばかりにアイリスが挑発する。
カインはため息を一つ漏らして、
「アイリス、私はこの俗世に関わらないようにする為に旅を続けているんです。あなたを助けたのも、さすがに目の前で溺れている人を見捨てるわけにいかないから助けただけであって、それ以上の事はしません」
「あれれ~、でもカインだってお買い物とかするでしょ? この服も最近買ったんじゃない? 旅してる間ずっと着てた感じじゃないもの」
アイリスが自分に貸してくれた服をつまみながら細かくチェックしていた。その服は繊維が傷んだりはしていない。どう見ても新しく買ったばかりの一品だった。
「え? い、いやぁ~それはその~……」
「買い物をするって事はどっかでお金稼いでるんだよね? 臨時の仕事でお金を稼いで、次の街に行く分の買い物して、そうやって旅してるんじゃないの? 関わってるよ? 十分俗世と関わってますけど!?」
「いや……それはあくまで旅をする上で必要最低限の行為と、情報収集のためであって」
「あぁ~メンドくさい! もういい、分かった、分かりました! じゃあ私が勝手に関わる事にする。それでいいでしょ?」
「えぇ~……」
「んっとねぇ、とりあえずダブルマジックと、フライSランクのブーストを扱えるようになりたいの。勝手に練習するから、勝手にアドバイスして」
すでに勝手に話を進めるアイリスを見てとんでもない子を助けてしまった。そう気づいた時にはもう遅く、その日からアイリスに付きまとわれる事になった。
ガルとアレフが学園を飛び去った後、アイリスとカインが学園に戻ってきていた。アイリスは自分一人で行くとカインが逃げるかもしれない思ったため、無理やり同行させたのだが、カインも情報収集をしたかったみたいで素直についてきた。
アイリスは寮に戻って私服に着替え、荷物をまとめて教師に状況を説明した。この時学園は休校状態になっており、寮を使っている生徒に関しては待機する事になっていたため、アイリスにとっては好都合であったと言えた。そしてこの時、ガルが対魔法犯罪特殊部隊に着いて行った事も知る。
ちなみに、服を返してもらったカインも色々と詳しい話を聞いて回っていた。
学園でやる事を済ませた二人は川岸の近くのテントに戻って来て、野営の準備をした後、食事を取っていた。
「あの、アイリス? ここで私と一緒に野宿するつもりですか?」
「当たり前じゃない! 明日ここに来たら逃げられてたなんて困るし。あ、夜寝るときの敷き毛布、カインの分も持ってきたわよ。使うでしょ?」
「いえ、そういうのに慣れてしまうと後々大変なので私は結構ですよ」
「むぅ、せっかく持ってきたのに……」
「では、食事が済んだら早速勉強を始めますよ」
「ええぇ~! 何で!?」
「いや、何でって、ダブルマジックにしても、ブーストにしても、ちゃんとした知識を持たないといくら練習しても無駄ですから。言っときますが学園が再開するか、長くても卒業までの一か月間だけですからね」
「それで十分。先生、よろしくお願いします!」
流石にこういう時は敬語を使うのかと、苦笑するカイン。
カインが勉強を教えている間、アイリスは眠気と戦いながらパンクしそうな頭に必死で詰め込もうとする感じだった。
そうして一日目が終わり、寮から持ってきた敷き毛布に枕を添えて横たわる。
実技でガルとドンパチやり合ってから学園が襲われて、変な人に修行を見てもらう事になったりと色んな事があった。そんな一日を振り返っているうちに眠気が襲って来る。
「ねぇカイン」
「どうしたんですか?」
「私が寝てる間に変な事しないでよ……」
「しませんよ! そんなに不安なら自分の部屋に……って、あれ?」
すでにアイリスの意識は深い闇に落ちていた。