副将戦の戦術にて①
「ヤツデ君、彼は強いですよ。本気で行った方がいいでしょう……」
クレマチスは大将であるザクロに肩を借りていた。そして副将であるヤツデとすれ違い様に、情報を受け渡す。まぁ、ガルにも聞こえていたりするわけだが……
「ほ~う! アンタがそう言うんなら、そうなんだろうな」
ヤツデは、軽く了解、という手振りを見せてから開始位置に陣取った。
寝癖かと思うほどのツンツンと尖った髪の毛に、目つきの鋭い青年。作戦会議をした時は、このヤツデという青年はこれまで色々な戦術を使い分けてきたという情報だった。
「そんじゃ、今回は本気でも出そうかね!」
ガルに隠す様子もなく、そんなことを口にするヤツデは不敵に笑っている。
そんな時だった。
「お~いヤツデ! お前はどんな性癖を持っているんだ~?」
観客席から彼を茶化すような声が聞こえてくる。
「なんだそりゃ! 最初の三人が変態なだけで、俺はノーマルだよ!!」
ヤツデが声の聞こえた方向に向かって叫んだ。
「今日のツッコミの調子はどうだ~?」
「俺はツッコミ担当じゃねぇよ! 周りに変な奴が多いから仕方なく相手をしてるだけだ!!」
客に対して見事にツッコんでいる。どうやら彼は、このチームで苦労人のようだ。
「あぁ、すまねぇ。こっちの準備は万端だ。いつでも始められるぜ」
ヤツデはガルと審判の顔を見比べながら、右手で小さくチョップをするような素振りで謝罪をする。
「コホン! それではこれより第七試合、副将ヤツデ対、副将ガル。試合ぃ~、開始ぃ~!」
審判の合図で二人が文字を刻む。
ヤツデは言っていた、本気を出すと……。一体どんな戦術で来るのかガルには想像もできない。とにかく、その状況に応じて臨機応変に対応していくしかないと考えていた。ある意味、ガルの得意としているところであり、一種の強みでもある。
『フライ!』
前回の戦いと同じく、二人はほぼ同時に同じ魔法を発現させた。
さて、ここからどう動くべきか……。ガルは迷ったが、早々に攻撃を仕掛けることにした。
『マジックランス!』
ガルの周りにニ十本以上の鋭い槍が出現する。ガルは相手の実力を見る時に、大抵この魔法を使う。手数の多い攻撃は相手の実力を見るのに丁度いいのだ。
回避しきれるのか、武器で弾くのか、防御魔法を使うのか……。
どんな行動をとるかで、相手の得手、不得手が見えてくる。
ヤツデの使う魔法に最大の注意を払い、ガルは一斉に槍を飛ばした!
「うおおぉ! これはキツイぜ!『ウィンドスラッシュ!』」
ガルが警戒していた左手の魔法、それはなんてことない、ただの攻撃魔法だった。風の刃によって一部の槍が薙ぎ払われて、その弾幕が薄くなったところをヤツデは避けていく。
そんな行為を、ガルは不思議に思いながら観察する。彼は確かに、「本気を出す」と言っていた。それが、このような普通の攻防なのだろうか……? それともまだ準備が必要で、その手順の最中なのだろうか……?
ガルは悩みながらも再び両手で文字を刻む。
『マジックセイバー!』
無難に武器強化魔法を発現するガル。そして左手で組んだ魔法はSランクの高威力の攻撃魔法だ。理由はわからないが、相手がマゴマゴしているなら、さっさと倒してしまうにこしたことはない。
ギュン! と素早く飛び回り、仕掛けるタイミングを計る。
ヤツデはガルを警戒して、一定の距離を取るように飛んでいる。大体二十メートルほどだろう。
ガルはその動きを先読みして、攻撃に出た。
『ブレイクナックル!』
左の拳を振りぬくと、真っ赤な魔弾が凄まじい勢いで飛んでいく。
以前にナックルと戦った時に、彼が使った魔法をガルなりにアレンジしたものだ。半端なバリアなら打ち砕くだけの威力はある。
その魔弾は、移動するヤツデにしっかりと命中する軌道で進んでいく。
『マジックシールド!』
ハッとしたように防御魔法を展開するヤツデ。だが、やはりガルは不思議でならない。ヤツデは本気を出すと言いいながら、なぜシールドで身を守るのか……
――「やっと溜まったぜ……」
不意にヤツデが笑う。その瞬間だった。
バオン!!
この場面でヤツデがブーストを発動させた!
回避ではない。ガルの放った魔弾に向かって音速の速さで突っ込んでいく。
バァァン!
魔弾が粉々に弾け飛び、全く勢いが衰えないヤツデはガルの目の前まで迫っていた。あまりにも予想外の行動にガルの反応は遅れ、そのまま凄まじい勢いで跳ね飛ばされてしまう。上下左右もわからなくなり、フィールド端の壁に思い切り背中から激突した。
「ぐはっ! つぅ……」
ズルズルと壁に背をこすりながら、地面に尻をつける。
それを見て、ヤツデは追撃に出ようかと構えていた。しかし、突撃をしようとした瞬間にガルと目が合う。しっかりと捉えられていることを理解し、深追いは止め、その代わりか得意気にしゃべりだした。
「どうだ。俺は防御魔法をかなりの強度まで進化させている。そのシールドによる、攻、防、一体型の突撃戦法『シールドプッシュ!』。これが俺の本気の戦術だぜ!」
「……なるほど。初めて見る戦い方だ……ぐぅ……」
ガルがふらつきながら立ち上がる。全身がズキズキと痛むのをこらえ、フワリと宙に浮かびあがった。
「辛いなら降参したほうがいいぜ?」
「冗談はよせ……動くことも、魔法を使うこともまだまだできる。何より、ここまで仲間達が頑張ってくれた。このくらいで降参なんかしたら……男が廃る」
そう答えるガルの目つきは鋭い。いまだ闘志は消えていない。消せるはずがないのだ。この戦いは自分だけのものではなく、仲間と共にくぐり抜けてきたものだから。
「へへっ、怖ぇ目つきだな。だが、どんな攻撃も俺には届かねぇよ」
いまだに前方にシールドを張り、その後ろでヤツデは自信に満ちた表情を浮かべていた。




