中堅戦の美学にて②
「セレン選手、戦闘不能! よって、クレマチス選手のぉ~勝ぅ~利ぃ~!」
審判の宣告が響く中、クレマチスは打ち震えていた。
「すばらしい! あぁ……私が今までに見てきたどんな芸術よりも、セレンさんは美しかった! あの勝つことに対する執着、健気さ、そして散っていくときの儚さ! まさに最高傑作!!」
勝利宣告などどうでもよさげに、クレマチスはただ歓喜していた。
「クレマチス選手、聞いているんですか!? 試合は終わりです! セレン選手の拘束を解いてください!」
「わかっていますよ。少しくらい余韻に浸らせてくれてもいいでしょうに……」
冷たい目で見てくる審判にうんざりした様子で、クレマチスはセレンの四肢に巻き付く鎖を解除した。グラリと崩れ落ちるセレンを支えるように受け止めると、そっと地面に横たえる。
「セレン!」
そこへガルが慌てて駆け寄って来た。クレマチスの紳士的な行動に、若干の戸惑いを感じているように、複雑な表情をしている。
クレマチスが下がると、ガルはセレンを介抱しようとすぐ隣に座り込んで顔を覗き込んだ。
「ムニャムニャ……もう食べられない……」
「えぇ~~……」
セレンは本でしか見たことがないような寝言を言いながら、幸せそうに眠っていた。
「あっははは! 別に危険な攻撃はしていませんよ。疲れたから気持ちよく寝ているのでしょう。少し眠ればすぐに元気になりますよ」
「……あ、はぁ」
取り越し苦労に脱力するガルの元に、遅れてながらもアレフが駆けつけた。
「隊長、セレンのこと、お願いします」
「ああ、任せてくれ。……これで二対三。厳しい戦いだな」
二対三。相手の前だからこそ、そんな言い方をしているわけだが、アレフは戦うことができないため、実質的に一対三。ガルが三人抜きをしなければ負けという状況である。
「まぁ、なんとか頑張ってみますよ」
そう言ってガルは立ち上がり、クレマチスの方へと向き直った。
そして一歩、開始位置に向かって足を踏み出す。
ズン! と、三人抜きを果たすための一歩。にも関わらず、恐れも迷いもない、力強い一歩だった。
* * *
ガルはこの、バトルトーナメントを楽しみにしていた。多くの選手が、多彩な魔法を操るこの大会は、魔法オタクであるガルにとって、正に夢のようなイベントだったからだ。
そんなガルだが、この三回戦まで進出したことで、心境に変化が起きていた。
それが、『仲間と共に勝ち上がる喜び』である。
ガルは学園生活を送っていた頃、友達と呼べる相手は一人もいなかった。
強いて言うなら、アイリスが毎度毎度ちょっかいをかけてきたくらいである。ガルは学生として、仲間と共に力を合わせることだけは学ぶことができなかった。
それが、この特殊部隊に入隊してから劇的な変化が生じたことは言うまでもない。
勝手にライバル視され、毎度付きまとってきたアイリスとは共闘する仲間となった。
セレンには性格的にも、知識的にも引かれるところがあり、初めて友達になりたいと思う相手であり、今では色んな意味で気になる存在となっている。
チカは騒がしい性格で手を焼くこともあるが、彼女の戦闘スタイルは興味深く、また、師匠と慕うその眼差しは悪い気はしない。
そしてアレフの、この部隊を立派なものにしようという心意気。彼は昔、妹を亡くしてから戦うことが出来なくなってしまった。共に戦えないのは残念だが、隊長としてどれだけ頑張ってきたかをガルは知っている。
そんな仲間達と力を合わせて勝ち上がる達成感を、ガルは密かに噛みしめていた。
そんなガルが、最近考えていることがある。
それは、このチームにおいて、自分にできることは何かということだった。
例えば、「ここは俺に任せろ」と仲間の気持ちを楽にさせたり、「みんな頑張ろうぜ」と声を上げ、士気を高めたりしたほうが良いのだろうかと悩んでいた。
だが実際、ガルはコミュニケーションが苦手であり、必要最低限のことしかしゃべらない性格をしている。
そんな自分が、無理に声を出しても気持ちが悪いだけではないだろうか?
とまぁ、正に、初めての協力イベントに戸惑う若者全開で頭を悩ませていた。
結局、ガルが行き着いた答えは一冊の本に書かれていた言葉。それが――
『男は黙って、みんなの一歩前を歩け! そうして、その背中で、生き様で語れ!』
というもの。
ガルはこの言葉に感銘を受け、しゃべることが苦手な自分に取り入れることにした。そして今、チームが危機に瀕している。
(二回戦じゃセレンに迷惑をかけたからな……言葉はいらない。三回戦は俺がみんなを引っ張る!)
ズンッ!!
もう一歩、力強く前に踏み出し、クレマチスと向かい合った。
「それでは第六試合、中堅クレマチス対、副将ガル、試合ぃ~開始ぃ~!!」
同時に二人は両手で文字を刻みだす。
『フライ!』
二人は同時に飛翔の魔法を発現させた。
ワーワーと観客の声援がいつもよりも大きく聞こえる気がする。
「お~いクレマチス。また男も縛り上げるのかよ」
「特定の人種にしか需要はねぇぞ~!」
気になる言葉が聞こえ、ガルは一度動きを止めた。
「あんたが相手を捕縛するのは……趣味なのか?」
「趣味と言うよりは、自分の欲求を満たすためですよ。私はそういうのを芸術だと思っています」
「……男も縛るのか……?」
「芸術に性別は関係ありませんからね」
サァーとガルの顔から血の気が引いていく。
「しかし今の私は気分がいい。セレンさんを相手に欲求は満たされました。なので、あなたは欲求にこだわらず、勝つことを優先して動きたいと思います。『オートショット!』」
ブゥン、とクレマチスの右側に、直径三十センチくらいの魔力の塊が現れた。ガルはそれがなんなのか、少しの間様子を見ていると――
ダンッ!
そこから唐突に魔弾が放たれる。
「『マジックセイバー!』 くっ!」
杖を盾にして、なんとかその一撃から身を守った。
「やはりセイバーを組んでいましたか。あなた達のチームはやたら近距離戦が得意ですからねぇ。私くらいの歳になると、もう肉弾戦はきついので近寄らせませんよ」
お見通しですと言わんばかりの表情を浮かべるクレマチス。恐らく自動的に相手に向かって魔弾を放出する魔法なのだろう。シンプルだが実用的だとガルは関心するも、すぐさま気を引き締めた。
そして再び二人は文字を刻む。
「大人しく私と中距離戦をやることです。『サンダーアロー!』」
「せっかく近距離が弱点だと教えてくれたんだ。なんとか潜り込むさ。『サクション!』」
ガルの右側にも魔力によって歪みが生じる。これは魔力を引き寄せる魔法で、ガルに向けられる攻撃魔法はこちらに引き寄せられる。これによって必然的に攻撃を避けやすくなる。
クレマチスの放った無数の雷の矢と、定期的に打ち出される魔弾はガルには当たらない。ガルはサクションの特性がバレないように、常に旋回しながら徐々にクレマチスとの距離を詰めていく。
「そこです!『チェーンバインド!!』」
常に動き回っているガルだが、クレマチスの仕掛けた領域に踏み込んでしまったようだ。
ジャラリと何もない空間から鎖が伸びてくる。
しかし、それも魔力であることには変わらない。常にガルの右に揺らめく歪みに軌道が変わり、ガルを捕縛することができない。
ギシッ!
それでも一つの鎖がガルの右足を絡め取った。
「よし! 捕りました!」
クレマチスがガルに攻撃を仕掛けようとする。しかし、その動きよりも早く、ガルはグルリと逆さまになっていた。体を捻り、その遠心力を活かして、自分の右足に伸びる鎖に思い切りセイバーを振るう。
バキィン!
一撃で魔法の鎖は両断された。少し間違えれば自分の右足さえも切り裂いてしまいそうな行動に、クレマチスは唖然とする。
――バオンッ!
ガルが一瞬の隙を突いて、ブーストを使いクレマチスに向かって一直線に向かって行った。
しかしこのタイミングでオートショットがガルに向かって魔弾を放つ。
だが、サクションによって軌道が曲がり、ガルの頬をかすめるだけとなった。
ザンッ!
ガルがすれ違い様にクレマチスの左腕を切り裂いた。
「くっ!」
ガルの反応速度と、思い切りのよい動きに困惑しつつ、クレマチスもブーストを発動させる。
バオンッ!
ガルの背後を取ろうと音速の速さを巧みに操る。
クレマチスを切り裂いた勢いのまま、ガルも背後を取られまいと、波打つようにグネグネと飛び回った。二人は着かず離れず、お互いの背中を狙ってグルグルと螺旋を描くような動きで、少しも目が離せない。
カアァン!
ついに二人の武器が交わり、鍔迫り合いとなり動きが止まった。
「くっ! 私がブーストの後出しで背後を取れないとは……」
悔しそうに唇を嚙みしめるクレマチスだが、彼の隣にはオートショットがまだ生きている。ガルはすぐにクレマチスの左側に回ろうと旋回する。
魔弾が放たれても、クレマチス自身が射線上に入るよう、常に動き続ける。
「くぅ! 鬱陶しいですね!」
クレマチスも必死に杖を振るい、ガルを寄せ付けまいとするが、ガルはうまく攻撃を捌く。
ズバァン!
ここぞというタイミングで、ガルは逆回りに転じて、一気にオートショットにセイバーを振るった。切り裂かれたその魔力の塊は粉々に砕け、霧散していく。
纏わりついて決して離れず、少しずつ周りのものをそぎ落としていくガルの攻撃に、クレマチスは焦りを通り越して恐怖すら感じていた。
「この!『マジックブリッツ!』」
必死に魔法を発現させるクレマチスだが、フッとガルの姿が消えた。
いや、急速に下降したのだ。その時の沈んだ際に、クレマチスの足を切り裂く。
この斬撃で、足に付与されている飛翔の魔法フライに衝撃が加わり、制御ができなくなったクレマチスはグラリと体制が崩れた。
そのチャンスをガルは見逃さない。
『パライスショック!』
バチンッ! とクレマチスの身体に電撃を流し込む。
痺れた体で完全に動きが封じられた彼は、ズサァ……と地面に倒れ込んだ。
「クレマチス選手、麻痺状態です。麻痺状態の相手には攻撃禁止です」
審判がしっかりと見極めたうえで、ルールに基づいて指示を出す。
「いえ、これはもう私の負けでしょう……」
クレマチスは倒れたまま、ポツリと呟いた。
「ここまでダメージを受け、その上フライまで解除されました。今、麻痺を回復させても、すぐに止めを刺されてしまいます。降参しますよ……」
クレマチスは観念するかのように、目を閉じていた。
審判はその言葉を聞き届け、一呼吸置いて右手を高らかに振り上げた。
「クレマチス選手、降参。よって、ガル選手のぉ~勝ぉ~利ぃ~!!」
ワッと場内が沸き上がる。
その歓声を浴びながらも、ガルの気持ちは引き締まったままだった。
まだチームを要となる、副将と大将が残っているのだ。
「まずは一人……」
そう言って、ガルは相手チームの控え室に目を配る。
窓越しに見えるのは、毅然とした態度でこちらを見つめる、残り二人の姿だった。




