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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
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中堅戦の美学にて①

「わたくし、中堅を務めさせていただきます、クレマチスと申します。どうぞよろしくお願いします」


 四十代後半といった感じの、アゴ髭を伸ばした男は丁寧にお辞儀をしてきた。


「……こちらこそ、よろしく……」


 セレンもつられて頭を下げる。


「ほらヤツデ君、早くカザニア君を回収してください。皆さんが待ってますから」

「んなこと言ったって、このデブ重いんだよ! くそぉ……『ストレングス!』」


 気を失ったカザニアを、ヤツデと呼ばれた青年が引きずっていく。

 その最中、彼はクルリとクレマチスの方を振り返った。


「おいクレマチス、あんまやり過ぎんなよ? 相手はまだ子供なんだから」


 クレマチスは何も言わず、両手を広げてやれやれといったポーズで流している。

 あとに残されたのは対戦者二名のみ。


「それでは第五試合、中堅クレマチス対、中堅セレン、試合、開始ぃ~!」


 子供と言われたことに対して、反論したい気持ちのセレンだったが、とりあえず試合に集中することにした。

 お互いにシュッシュと文字を刻む。


『フライ!』


 二人はほぼ同時に飛翔の魔法を発現させ、フワリと浮かび上がった。


「さっき仲間の人に何か言われてたけど、もしかしてあなたもヘンタイさんなの……?」


 セレンは去り際に言い放ったヤツデの言葉が気になって問いただしてみる。


「失礼ですね。私は変態じゃありません。……しかしまぁ、客観的に見れば私も最初の二人と似たような感じです。相手を攻撃して、苦しめることに喜びを感じていますから」

「……やっぱりヘンタイじゃない」


 セレンは呆れた様子でジト目になる。しかしクレマチスはそれを強く否定しだした。


「いいえ違います! シャガ君もカザニア君も、自分の性欲を満たそうとする下賤げせんな理由ですが、私はこれらを一つの作品としてみているのです!」

「……は?」


 何やら熱く語り出したクレマチスに、セレンは戸惑う。さっさと攻撃したいところではあるが、自分から聞いたことなので、仕方なく最後まで静聴することにした。


「人はみな、生きることに執着します。攻撃を受けると、生きるために足掻こうとする。命の輝きを消すまいと必死になる。しかし、その努力も虚しく力尽きたときの悲壮感ともいうべき表情は、まさに芸術! 私は、ただそれを見たいだけなのです!」

「いや、全然理解できないわ……」


 理解したくもないと感じるセレンであった。


「ふぅ……まぁ仕方ありません。価値観は人それぞれですから。私は私の美学を追及するまで」


 そうして、スッと杖を前に出し、臨戦態勢を取るクレマチス。

 セレンもそれに合わせて杖を構えた。


『クラフトボム!』

『コンファイン!』


 セレンが爆弾の魔法をクレマチスに飛ばした瞬間だった。その直後、セレンの身体は球体に包み込まれてしまう。

 セレンの放ったボムは、クレマチスの必要最低限の動きで軽くかわされ、後方で爆発をした。


「フフフ。人は攻撃をする瞬間が一番無防備になるものです。そのタイミングにうまく合わせれば、捕縛が難しい封印魔法も成功率が上がるというものです」

「……っ!」


 セレンは地上から数センチ浮いた空中で、薄黒い球体に閉じ込めらてしまった。

 こういった魔法が『封印魔法』である。相手を閉じ込め、中から壊すことは困難だが、外からは干渉しやすい。

 しかしこの封印魔法は成功させるのが難しい。魔法が完成してから、どこを封印させるかを決める訳ではない。術式を組むための、文字を刻む際にどこの空間を封印するかを決めるのだ。そのため、使い手は高い空間把握能力と、相手の動きを先読みする戦術が求められる。

 ちなみに、セレンの使う『エリアルマイン』。これも同じで、文字を刻む際に空間を指定する。完成してからは設置場所を変えることはできないのだ。


「私は先ほど、相手を苦しめることで芸術を求めるといいましたが、実はこだわった方法があるんですよ」


 クレマチスはニヤリと不気味に微笑む。


「それが、体力吸収です!『ライフスティール!』」


 グラリと、急激な目まいをセレンは覚えた。動いていないのに、常に走っているかのような疲労感に鼓動が早くなり、息が切れた。


「体力を奪われ続け、限りある時間の中で懸命に足掻く。そうして生に執着するも、最後には力尽き、朽ち果てる……その絶望感と悲壮感を私は今までずっと追い求めて来ました。それこそが、私の欲求を満たす、唯一の芸術であり、美学なのです!」


 興奮のあまり両手を広げて喜びをあらわにするクレマチス。そんな彼の思い通りになるまいと、セレンは両指で文字を刻む。


「さぁ! あなたの必死の抵抗を見せて下さい! それでも覆せない現実に打ちひしがれながら果てるのです!!」

「くっ……」


 ガクッと、セレンの身体が崩れ落ちた。包まれている球体の底に両手を付き、苦しそうに大きく呼吸をする。そして――


『レリース!!』


 ガシャン!

 自分の体を通すことで、ライフスティールを砕き、さらに球体の底を打ち破った。そしてそのまま全体が崩壊していく。

 結局は客席の結界に触れなければいいだけのこと。真下に撃てば、なんの問題もなかった。


「ぬぅ! これは計算外!?」

『マジックセイバー!』


 セレンはフライを操り、一気にクレマチスに迫っていく。そのまま近距離戦にもつれ込んだ。

 必死に後退しながら距離を取ろうとするクレマチスだが、セレンはピッタリとまとわりつき、離れようとしない。


――ギィィィン!


 セレンの渾身の一撃がクレマチスを吹き飛ばした。フィールドの端まで追いつめられていた彼は、壁に背中から激突した。


「ぐはっ!」


 衝撃で体を丸めるクレマチスに、セレンはとどめの追撃を振るった。


『チェーンバインド!』


 ギシッ!

 セレンの右手が鎖に絡めとられた。続いて左手首にも鎖が巻き付いて、そのまま引っ張られると、セレンの小さな体は宙に持ち上げられてしまう。

 見ると、何もない空間から鎖が伸びて、自分の両手を拘束していた。

 ジャラジャラっと、下からも鎖が出現して、足首にも絡まってくる。

 こうしてバンザイをする格好のまま、セレンの四肢は完全に繋がれてしまった。


「ふぅ。危ないところでした。しかし、私の戦略勝ちですね」


 アゴ髭をつまみながら、クレマチスは不気味笑う。

 追いつめたと思っていたのが、逆にこの場所に誘い込むための戦術だったのだ。それに気づいたセレンは悔しそうに顔をしかめる。


「その状態では、先ほどの強制解除の魔法も使えないでしょう。狙いを定められない上に、観客席の結界もすぐ近くですから」

「……」


 そう言って、クレマチスは杖の先端をセレンに向けた。


「さぁ、先ほどの続きを始めましょう。次も抜けることができますか? 『ライフスティール!』」

「うっ……」


 再び、世界がグルリと揺れるような感覚に襲われるセレン。

 両手両足に力を込めて、引き千切ろうともがくが、そう簡単に壊れるものではない。


(くぅ……やみくもに暴れても体力を使うだけ……いい方法を考えなきゃ……)


 揺らぐ視界が煩わしくて、セレンは一度目を閉じた。

 ハァハァと息を切らしながら、最善の手を考える。


(こうなったらイチかバチか、新必殺技を試してみるしかないわ……まだ未完成だけど、これしかない……)


 奪われ続ける体力を考えるとチャンスは一度だけ。セレンはそれに賭けて、両手で文字を刻み始めた。


「ほう、まだ抗うのですね。いいでしょう! 見せて下さい! あなたの抵抗を!」


 クレマチスは、むしろ望むところと言わんばかりに目を見開いて凝視する。この光景を目に焼き付けようとするように。

 セレンの体力はもはや限界に近い。全力疾走で酸欠になった時のような息苦しさを感じるが、頭はまだ動く。冷静に文字を刻み、そして指で印を組み始めた。


 クレマチスはその辺りから、尋常ではない雰囲気を感じたのか、目を細めて警戒をしていた。いくらなんでも準備が長すぎるのだ。普通なら、すでに魔法の一つは完成するだけの文字を刻み終えている。しかし、セレンの指は印を組み、口からはブツブツと詠唱が終わらない。

 クレマチスは四十を超える年齢になる、熟練の魔法使いだろう。そんな彼でも、今、セレンが何をしようとしているのか理解できず、ただ身構えることしかできなかった。


 セレンは静かに目を開いた。すでに目はかすみ、チラチラと光が弾けるような光景で、相手の姿もろくに見えなくなっていた。額から一筋の汗が流れ落ちる。


(これで……完成……お願い、成功して……)


 最後の力を振り絞り、両手の魔法を解き放った。


――ガシャーン!!


 解放された魔法は粉々に砕け、空気中に溶けて消えた……

 セレンの試みは、失敗に終わった……


「ふぅ、魔法の失敗とは珍しいですね。まぁ、何をしようとしていたのか、少し気になるところでしたが……」


 クレマチスはまだ知らない。セレンがいかに、偉業を成そうとしていたのかを。

 失敗したというよりは、ただ単純に、まだまだ未完成だったのだ。

 しかし、理由はどうであれ、もうセレンにこの状況を覆すだけの力は残っていなかった。


(ガル……ごめん……一人しか……抜けなかっ……た……)


 そう思ったことを最後に、セレンの全身から力が抜け、意識を失うのだった。

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