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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
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次鋒戦の欲望にて①

「ア、アイリスたん待って~、貴重な金髪美少女が~……」


 後ろから聞こえるカザニアの喚きを無視しつつ、フラフラとした足取りでアイリスが控え室に戻ってきた。その表情はまるで、この世の終焉しゅうえんを体験したかのようだった。


「違う……あたしの望んだ戦いはこんなんじゃない……」


 そんなアイリスに仲間達が心配そうに駆け寄ってくる。


「どうしたのアイリス……具合悪いの……?」

「そうじゃないんだけど、ちょっと休むわね……」


 そう言ってアイリスは壁に背を付け、両膝を抱えてうずくまった。


「それではワイルドファング、次鋒の選手入場をお願いします!」


 その呼びかけにチカが反応する。


「あぁチカ、相手の言葉に耳を傾けちゃダメよ。最速でケリをつけなさい……」

「え? はぁ……わかりました」


 アイリスのアドバイスに、不思議そうな顔でチカはフィールドに出て行った。


「よしセレン、アイリスを元気付けてやってくれないか?」

「……私が? まぁいいけど」


 ガルに頼まれたセレンは、トコトコとアイリスの元に駆け寄っていった。


「アイリス元気ないわね……どこか痛い? 頭撫でてあげる」


 セレンは元気付けようと、アイリスの頭をナデナデと触れる。


「セレン、あたしの前に座って……」

「ん? こう?」


 ちょこんと座ると、アイリスはセレンに後ろから抱きついた。


「セレンは小さくて抱き心地がいいわね~……」


 小さいと言われたことに眉をピクリとさせるセレンだが、声に張りのないアイリスのため、されるがままになっている。


「ねぇセレン。アンタは相手と戦う時にどんなことを考えてる?」

「そうね……この攻撃を当てたら痛くないかな? とか考えるわ」

「あはは、セレンは優しいわね~」


 後ろからぬいぐるみをモフモフするかのように、セレンはこねくり回されていた。


「アイリス君は大丈夫だろうか……?」


 そんな二人の様子をアレフが心配そうに見守っている。


「まぁ、セレンには癒し効果があるし、今はセレンに任せましょう」


 そう言ってガルは、窓からチカを眺めた。


* * *


「フヒ。チカたんの短いポニーテールがピコピコしててかわいいなぁ。デュフフフ……」


 カザニアと対峙して、僅か数秒でアイリスの言っていた意味をチカは理解した。


(しょ、正直、気持ち悪いです……控えめに言って近寄りたくありません……)


 すでに戦意を喪失しかけていた。


「それでは、第二試合はカザニア選手の不戦勝になりましたので、第三試合を始めます。次鋒カザニア対、次鋒チカ、試合開始です!!」


 二人は即座に文字を刻む。


「フヒヒ、『フライ!』」


 フワリと空高く飛び上がるカザニア。


「むぅ、空を飛ぶなんてずるいです。『マジックセイバー!』『アンチグラビティ!』」

「フヒ、チカたんは空が飛べないんだよね? ここから攻撃させてもらうよ。『メルト!』」


 空から緑色の粘液をチカに向けてばら撒いた。

 タン、タンと軽やかに避けるチカだが、地面に跳ねた粘液が足元の生地に付着した。するとその部分は溶けて無くなる。

 目の前の粘液をセイバーで強化した刀で振り払う。散った粒が袖に付着すると、シュウシュウと煙を上げて溶けた。そこでチカはようやく気付いた。袴のあちこちが溶かされていることに。


「な、なんですかコレ!? 私溶かされちゃいます!?」


 残った粘液を慌てて払い落とそうとする。


「安心しなよ。僕の魔法は服しか溶かさない。肌に触れても平気だよ」


 ホッとするのもつかの間、服を溶かされるという事実に気付いたチカは、なぜアイリスが棄権したのかを知ったのだった。


「だ、だから最速で攻めろと言ったんですか……確かにこれは、さっさと倒さないと恐ろしいことになってしまいます。『ストレングス!』」


 いつもの強化魔法を揃えてから、さらにチカは文字を刻みだした。


「さぁ、少しずつその着物を溶かしてあげるよ。デュフフフ」


 空中からカザニアは、さらに大量の粘液をまき散らす。

 チカは流石の速さでそれらを回避する。そしてようやく魔法を完成させた。


「やっとできました……今度はこっちの番ですよ。『スカフォールト!』」


 ブゥン……と、空中のあちこちに半透明な足場が現れる。チカはそれらを凄まじい速さで駆け上がり、一瞬でカザニアの目の前に迫った。


 ザシュッ!


 チカの刃がカザニアの左腕をかすめた。そのまま地上に落ちたチカはクルリと一回転して綺麗に着地する。


「空が飛べないからと言って甘く見ないでください。このくらいの対策は用意しています」

「ヒィ~! こ、これはのんびりしていたらマズい……『マジックセイバー!』」


 カザニアは文字を刻みながら防御に徹した。まるで魔法を完成させることを最優先するかのように。

 当然チカは全力で攻め続ける。足場をフルに活用して縦横無尽に動き回った。だが、急所を守るカザニアに致命的な一撃を与えることができないまま彼の魔法は完成する。


「フヒ! 危なかった。『メルト!』」


 再び物質を溶かす粘液をまき散らすカザニア。だが狙いはチカではない。空中に設置された足場に向かって放たれていた。

 半透明の足場はみるみるうちに溶かされていく。


「あぁ~! せっかく作ったのに……まだ慣れてないから完成させるのに時間がかかるんですよ!?」


 プリプリとした表情でチカは、再度足場の魔法を刻み始める。


「チカたんはまだまだ実戦経験が足りないみたいだね。普通はいつ壊されてもいいようにあらかじめ完成させておくんだけど、そのおかげで助かったよ」


 ニタニタと不気味に笑いながら、カザニアは杖を振りかざした。


「一気に決めるよ?『メルトフォール!!』」


 ザバァァーーーーー!!

 地面から大量の液体が噴き出し、津波のように襲ってきた。その高さは優に十メートル以上はあった。

 その光景にチカは青ざめる。


「ちょ、ちょっと待ってください!! 足場がないと飛び越えることができません。他に逃げ場は……」


 スカフォールトの魔法の完成は間に合わない。そう判断したチカは逃げ道を探す。だが、闘技場の端から端まで隙間無く迫り来る、津波にやり過ごす場所はない。


(飛び越えることもできず、逃げ場もない。もう正面から切り裂くしか方法はないです。でも……これって触れたら衣服が溶けるんですよね……)


 ザザアァァーーーーー!!

 巨大な滝が襲ってくるような威圧感。そして触れれば即脱衣という状況に冷や汗が止まらない。


 ザッパアアァァーーン!!

 もやは覆いかぶさろうとするその波に、本能は告げていた。

 これは無理だ、と。


「うわあぁ~~~無理無理無理無理!」


 チカは神速で逃げ出していた。

 このフィールドの出入り口である扉を一瞬で切り刻み場内に飛び込むと、ガル達のいる控え室に転がり込むように逃げ込んだ。


「うわあああん酷いですよアイリスさん!! あんな相手を私に押し付けるなんて~~」


 部屋に飛び込んだ勢いで、その場に倒れ込んだチカはそのままの状態で泣き喚いた。


「いやぁ……あたしだってあんなヤツの相手なんか嫌だったからさ~……」


 多少元気になったアイリスは苦笑いを浮かべている。

 フィールドでは、カザニアより前に出ないように隅っこで小さくなっている女性審判が、チカの敗北を宣告していた。

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