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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
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先鋒戦の狂気にて②

「えっ……と、なんで吠えたの……?」


 アイリスが恐る恐る訊ねた。別に聞きたい訳ではなかった。しかし、相手の行動原理や心理状況からも戦略が変わってくる。修行に付き合ってくれたカインの教えだった。


「……これが吠えずにいられるかよ……俺はこの時をずっと待っていたんだ! この大会が始まる四年間ずっとな!」


 ハァハァと息を荒くして、シャガの興奮は止まらない。


「俺はずっと待ち焦がれていたんだ! 女と戦うこの日をなぁ!!」

「えっと……女の人と戦いたかったの……?」


 よく理解できないアイリスは追及する。


「そういう事だ。わかんねぇか? まぁわかんねぇだろうなぁ……さっき地面に叩きつけられた時のお前の表情、最高だったぜぇ……ククク」


 ゾクリと背中に寒いものが走る。自分でも驚くほどの嫌悪感だった。


「つまり、アンタは女性をいたぶるのが趣味ってわけ?」

「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ! 俺が女と戦う理由は、『性欲』を満たすためだ」

「……………性……欲……?


 またしても理解できない発言に、再び言葉のラビリンスに落ちていくアイリス。


「知らねぇのか? ほら、三大欲求って言うだろ? 食欲とか、睡眠欲とか……」

「知ってるわよ!! なんで戦いと、その……せ、性欲……が関わってくるのかって聞いてんのよ!」


 性欲という言葉に抵抗があるアイリスが、微かに頬を染める。


「なんでって言われてもなぁ。俺にとってはそうだからだよ! 女の苦痛に歪む表情が! 痛みで漏れるうめき声が! それらでしか俺の性欲は満たせない!! いいか? 俺にとって性行為ってのは、そういう本を読むことでも、女と一緒にベットに入ることでもねぇ。戦いだ! 戦いこそが俺の性欲を満たす、唯一の行為なんだよ!!」


 ジリッと、アイリスが後ずさる。シャガの言葉が、行動が、全てがアイリスの理解を超えていた。


「も、もしかして、アンタ達が戦いをつまらなそうにしてたのって……女性と戦えなかったから?」

「あん? そんなことまで調べてたのか? そうさ、特殊部隊ってのは男ばっかでよぉ。出場者に女が少なくてうんざりしてたんだよ! ここと当たってラッキーだぜぇ!!」


 アイリスには理解できない以上にショックなことだった。彼女にとって戦いとは、力と力のぶつかり合いであり、普段の修行の成果を発揮させるものだった。

 実力も、作戦も、それら全てを用いて勝利したその瞬間こそが、最高に達成感を味わうことができるもので、自分自身の努力の証明を行い、時には相手と分かり合う、それこそが戦いだと信じていた。


(それが性欲を満たすため……? それじゃ、あたしは今、なんのために戦ってるの? こいつを倒すことで、あたしが得られるものは何!?)


 アイリスは迷う。しかも一回戦で言ったように、相手の戦う理由を自分の価値観だけで否定することはできない。

 正に、見解の相違に戸惑っていた。


「そろそろ行くぜぇ!『フライ!』」


 待ちきれないといった様子のシャガが、鞭を振るってきた。荒れ狂う鞭に触れぬよう、必死に身を翻す。だが、体がうまく動かない。頭がうまく回らない。

 しなる鞭が、アイリスの頬を強打した。


「きゃあっ!」


 フライを操作してバランスを取る。心なしか、魔力の操作もおぼつかなかった。


「ひゃっはあぁあぁ~!! 今の悲鳴、最っ高だぜえええ~~!!」

「うぅ……」


 恥ずかしくて顔が熱くなった。そんな思いで戦いに集中できない。


(あたしで性欲を満たしてる……? そ、そんなのイヤだ……気持ち悪い! どんな顔して戦えばいいかわからない)


 ひたすら戸惑うアイリスが、がむしゃらに攻撃に出た。


『フレイムアロー!』


 十本もの魔力の矢を一斉にシャガに放つ。

 

「クヒヒ……」


 鞭を巧みに操り、急所に当たりそうな攻撃だけをはね除け、鞭はそのままアイリスに迫った。シャガの肩や脇に被弾するも、彼は怯むことなく鞭を伸ばした。

 シャガに攻撃が当たったことに気を抜いたアイリスは、一気に伸びてくる鞭に反応が遅れる。鞭は一瞬のうちにアイリスの首に巻き付いた。


「しまっ……! あぅ……」


 ギリギリと締め上げる鞭を解こうと引っ張るが、がっちりと絡まり離れなかった。


「クヒヒ……首を絞められた時の女の顔ってのはたまらねぇよなぁ。苦しそうに顔をしかめるところがよぉ、最っ高にエロいんだよ!」


 アイリスはセイバーで鞭を切り落とそうとする。しかし刃は弾かれ斬ることができない。


「無駄だ。『マジックウィップ』もセイバーを同じような強度だ。そう簡単には斬れねぇよ」


(やばっ……これ酸素たりない……このままじゃ……)


 かろうじて呼吸はできるが、全然足りないために、酸欠で目の前がチカチカと光り始めた。


(あたし、こんな奴に負けんの……? 向こうはドン引きするくらい楽しそうなのに、こっちはただ振り回されて……なんか腹立つ!)


 戸惑いや羞恥が段々と怒りに変わってくる。それに応じて頭も急速に回り始めた。

 目がかすんできたので、少しでも気を持たせようと目をつむり、高速で文字を刻んだ。


『マジック……アクティベーション!』


 掠れた声で魔法を発現させると――

 斬っ!!

 張っていた鞭を切り裂いた。


「うぉ! これが魔力を増幅する魔法!? それでセイバーを強化したのか!?」


 ゲホッと咳き込み、息を大きく吸い込んだアイリスは、未だ目のかすみが晴れないままシャガに飛び込んで行った。


「やああああああ~~!!」


 鬼神のごとき猛攻に出るアイリスを、シャガは短くなった鞭で応戦する。

 しかし、やはり魔力が凝縮されたセイバーはいとも簡単に切断していく。


――ズバッ!

 シャガの胸元をセイバーが切り裂く。


「クソッ! 近距離はやべぇ!」


 バオン!

 ブーストを使って逃げに転じるシャガだが――


「逃がすかぁ!」


 バオン!

 シャガの向かった方向に合わせて、アイリスもブーストを使用して追尾する。

 後ろに付きながら、細かい調整や操作を施し、うまくシャガの真上を取った。

 振りほどかれないようにアイリスは、左手でシャガの髪の毛をわしづかみにした。


「邪魔!」


 右手に持っていた杖を投げ捨て、後ろからシャガの右手首を掴んだ。足は背中を踏んづけるように置いて、完全にシャガの身体を固定させた。

 そしてそのまま一気に落下していく。


「潰れろぉぉ!!」

「うおおおおっ!?」


 ズガアアアアアァァン!!

 落下した勢いのまま、シャガの体を腹から地面に叩きつけた。

 背中にアイリスを乗せたまま、シャガは白目を剥いて動かなくなる。


「うわ! あの高さから踏みつぶしたぞ!」

「け、結構エグイことするなぁ……痛そ~……」


 観客からの悲痛な声が耳に届き、アイリスはようやく落ち着きを取り戻した。


「シャガ選手、気絶により戦闘不能! よって、アイリス選手の勝利としまぁぁぁす!!」


 審判の確かな宣言に場内が沸きあがる。しかし、アイリスの心は満たされなかった。


(やっぱり、こんな奴に勝っても嬉しくない……まぁ、負けるよりはマシだけど)


 とりあえずは、チームのための勝利だと考えれば喜ばしい。そう思うことで無理やり自分を納得させることにした。


「それでは続きまして、ブッドレア支部、次鋒の選手入場をお願いします!」


 審判が呼びかけた時にはすでに、太った男がすぐそばまで来ていた。


「フヒヒ、ごめんね~。ウチの先鋒、気持ち悪かったでしょ? あ、僕は次鋒のカザニア。よろしくアイリスたん」


 ニタニタと笑うカザニアと名乗る男が挨拶をしてきた。アイリスはとりあえずペコリと会釈をする。


「こいつってホント最悪だよね? 女の子を痛めつけて喜ぶなんてさ。ヤツデきゅん、こいつをさっさと運んでって!」


 カザニアと一緒に来た青年が、シャガを急いで回収しようとしていた。

 そんな様子に、アイリスは少しだけホッとした。


(ああ、やっぱりコイツが特別異常なだけだったんだ……そうよね、こんな変態がそうそう多いわけないわ……)


 気持ちを切り替えようとしたその時――


「やっぱ女の子は裸に剝かなきゃダメだよねぇ」

「………………は?」


 一瞬、アイリスの頭の中が真っ白になる。


「フヒ! 性欲ってのはさ、女の子が露出することで高まっていくもんでしょ。絶対そうだよ! 僕の魔法は分解魔法。女の子の服を全て溶かす魔法さ! デュフフフフ!」


 ピシッ! と、アイリスの何かにヒビが入った。


「少しずつ肌を露出させていって、見えそうで見えない絶対領域を堪能する。そうして恥じらう姿を楽しんでから全裸に剥くのさ! デュフフフ! きっと、観客のみんなもそんな展開を望んでいるんじゃないかな?」


 ガシャーン!

 音を立てて何かが砕け散った。


「あの、もう降参します。あたしの負けでいいんで、帰らせてください……」


 アイリスは死んだ魚の目をしたまま、そう告げた。

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