先鋒戦の狂気にて①
* * *
時は少しだけ巻き戻る。
「それでは対戦形式を決めて下さい」
もう三度目となる、おなじみの闘技場。
いつものようにアレフを先頭にして、相手のチームである『ブッドレア支部』と対峙していた。
「アレフです。よろしくお願いします」
「ザクロだ。こちらこそよろしく、アレフ君」
相手のリーダーであるザクロと名乗る男性は、ゆうに四十は超えていた。そのためアレフは敬意を表して敬語を使っている。
ちょび髭をそろたダンディな顔つきの彼は、スーツを身にまとっていた。
魔法使いは一般的にローブとマントを着込むが、そんな彼は魔法使いと言うよりは、どこかの会社の社長のようだった。
「こちらはシングル戦、三ポイント先取を要求します」
「私は勝ち抜き戦を要求しよう」
ザクロの提案に、アレフの鼓動は緊張で高鳴る。ワイルドファングにとって、勝ち抜き戦はもっとも不利な形式なのだ。
「勝ち抜き戦は認められません……」
「こちらも譲る気は無い。ウチのメンバーが、どうしても勝ち抜き戦にしてくれとうるさいのでね」
アレフはザクロの後ろに待機するメンバーに目を配る。すると、一部のメンバーがにやついていることに気付いた。
長髪の男は、その髪の隙間から覗かせている瞳を見開いて笑っていた。
腹の出ている太った男は、息を荒くして、ニタァと不気味に微笑んでいた。
もう一人のアゴ髭を伸ばした中年の男性は静かに目を閉じ、このメンバーで一番若いと思われる青年は、不気味に笑う二人に気付き、ギョっとした表情を見せた。
「おまえら、なに笑ってんだよ! キモすぎだろ! 相手がドン引くだろうが!!」
「悪りぃ悪りぃ、つい顔にでちまってよぉ……ククク」
「フヒ、フヒヒ! 楽しみだなぁ……」
そんな彼らに、アレフは得体のしれない不安を感じる。
「それでは、両者共に譲らないようなので、こちらが抽選で決めたいと思います! ではお互いに好きな色を選択してください!」
審判の女性はそう言って、二回戦で見せた時と同じ魔法を組み上げる。
ザクロは黒、アレフは青を選択して、二択の魔法が発現した。
――その抽選の結果、勝ち抜き戦が決定して、アレフは頭を抱える事になる。
「それでは両者、メンバーの配置を決めてください!」
審判に従い、一度控え室に戻ったアレフ達だったが――
「こうなった以上、やっぱりあたしが先鋒を務めるわ!」
アイリスは気合十分といった感じだった。
だがアレフは、ブッドレアのメンバーがニヤついていたことが頭から離れない。
「本当に彼らは強敵を求めているのだろうか?」
「もうそんなこと考えても仕方なくない? 勝ち抜き戦が決まった以上、全員倒さなきゃいけないんだから」
アイリスの言うことはもっともだ。
アレフはこれ以上考えても答えは出ないと思い、メンバーの配置を決断した。
「それでは両者のメンバー構成が決まったようなので、発表しま~す! ジャン!!」
ブッドレア支部 ワイルドファング
先鋒 シャガ ― アイリス
次鋒 カザニア ― チカ
中堅 クレマチス ― セレン
副将 ヤツデ ― ガル
大将 ザクロ ― アレフ
「さぁそれでは早速、先鋒戦を始めたいと思います! 選手は前へ!!」
審判の高らかな声に、アイリスは気合を入れるように両脇に力を入れた。
「よし! じゃあ行って来るわ! 五人抜きするわよ~」
「アイリス君、あまり無理はしないように。次の戦いに支障をきたしては意味がない」
わかってる、とうなずき、アイリスはフィールドに向かって行った。
* * *
「よろしく……って、アンタ髪長いわね~。前髪邪魔にならないの?」
ブッドレアの先鋒シャガと対峙して、アイリスはストレートにそう聞いた。
彼の前髪は胸元まで伸びている。分け目を付けていて、その僅かな隙間から目が見える程度だった。
「クク、俺ぁ人相が悪いって言われるからよぉ。顔を隠すくらいで丁度いいんだよ。髪を切るのもめんどいしな」
「いや、そっちの方が怖いって……幽霊みたいだし……」
髪と髪の隙間から覗かせている目は、ギョロっとして不気味だった。
「それでは先鋒戦、シャガ対アイリス。試合を始めてくださ~い!」
審判が手を振り下ろした瞬間に、二人は文字を刻みだした。
『マジックウィップ!』
シャガの杖から、ニュルリと魔力で構成された鞭のような長い得物が現れた。それを瞬時に振り下ろす。
バァン!
かろうじて回避したアイリス。叩きつけられた地面からは砂埃が舞い上がっている。
「うわっ! ビックリした!!『フライ!』」
急いで空中に飛び上がるアイリスに向かって、シャガは鞭を振り上げる。器用に使いこなし、アイリスの足首に巻き付けた。
「クヒヒ!『ストレングスゥ!』」
筋力強化を施して、力任せに思い切り鞭を振り下ろすと、アイリスの体は凄い勢いで地面に叩きつけられた。
土が高く舞い上がるほどの衝撃だった。
「くはっ……! この……『マジックセイバー!』」
刃で自分の足に絡まる鞭を振りほどくと、急いで身を起こして警戒する。
「げほっ……痛っつ~……」
背中の痛みに、むせるように咳こむアイリスだが、シャガの様子がおかしいことに気が付いた。彼はワナワナと打ち震えていたのだ。
「びゃああぁぁあああぁ~~~~~~~~~!!」
突然シャガは絶叫をあげた。天を仰いで、体を仰け反らせたまま吠えるその姿は、気が狂ったかと思うほどだった。
流石のアイリスも、そんなシャガの奇行にしばし動けずにいたが、少しずつ感じつつあった。
(喜ん……でる……?)
空に叫んでいたシャガが、ガクンと猫背に戻る。髪の隙間から見える瞳は血走り、歯をむき出しにして笑っていた。




