花の都の『ブッドレア』にて
「セレン、なに書いてるんだ? 新しい魔法の研究か?」
宿で一泊したワイルドファング一行は、次の日には自分達の街、ノードに戻って仕事をしていた。
そして今から、恒例となった三回戦の作戦会議を始めるためにガルが会議室の扉を開けた所、セレンがすでに着席しており、何やら一生懸命ノートに書き込んでいた。
「うん。新必殺技の開発よ」
「ほ~、どれどれ……」
技なのか魔法なのか、よくわからないガルはノートを覗き込もうとした。
「見ちゃダメ……」
ノートに覆いかぶさり、見ることを拒絶するセレン。
少しだけ術式が見えたのだが、どんな魔法を組んでいるのか、ガルには全くわからなかった。
ガルは今まで生きてきた時間のほとんどを魔法に費やしてきた。
若くとも、魔法のために使った時間と情熱は、熟練の魔法使いに負けるものではない。
そんな彼がセレンの術式を見て、何を組んでいるのかわからなかった。
少ししか見えなかったとか、中途半端だったとか、そんな理由ではない。見た瞬間から理解できなかったのだ。
これまでの魔法とは根本的に違う。そう思わせる術式が並んでいた。
「なんか独創的な術式が見えたが?」
「まだ未完成だから……この大会が終わるまで完成するかもわからないわ」
一体何を作ろうとしているのか、セレンに問いただして語りたい気持ちをガルは抑えた。本人が隠そうとするのだから仕方がない。
だが、そんなセレンの魔法を期待するなという方が無理だと思った。
ガルはこれまでにセレンと幾度となく魔法について話し合ってきた。そしてその度に驚かされてきたのだ。彼女の独創的な考え方に。
セレンは魔法学園に通っていない。魔法は全て、父親であるエルシオンに教えられてきた。そして、自分の母親を助けるために犯罪に手を染めて、一心不乱に魔法を習得してきた。
時間さえあれば魔法の勉強をするその姿は、目的は違えどガルと似ている。セレンもまた、これまで生きてきた時間のほとんどを魔法に費やしていた。
優秀な父親から、魔法に対するあらゆる知識を叩きこまれ、天才的かつ独創的な発想で術式を組む彼女の魔法に、ガルは一目を置いていた。
「あ、師匠にセレンちゃん。早いですね~」
次にチカが入ってきた。
「ん? セレンちゃん何してるんですか?」
「……空気の読めないチカには教えてあげない」
セレンはパタンとノートを閉じて片付け始める。
「あれ……? セレンちゃんなんか怒ってます?」
「別に……ところで、空気の読めないチカこそ麻痺回復の魔法は覚えたのかしら?」
「はい、なんとか頭に叩き込みました。知恵熱出そうです……」
「そう、よく頑張ったわね。空気読めないくせに」
「怒ってますよね!? 絶対なんか怒ってますよねぇ!?」
不安そうにうろたえるチカに対して、セレンは容赦なかった。
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「ではこれより、三回戦の作戦会議を始める!」
アレフが全員を見渡して呼びかけた。
「ではここからチカ君に進めていってもらおうかな」
「はい! わかりました」
チカが元気よく返事をする。それもそのはず、今回の資料はチカが持っていた。
「では皆さん、次の対戦相手の情報ですが、我が親友、シャノンが観戦してデータを取ってくれました。感謝しましょう! それで三回戦の相手は『ブッドレア支部』です。まず初めに、この街の特徴がわかる人、いますか?」
チカの問いに、ゆっくりとその場の全員が手を挙げる。
「それじゃあ……今日は五月十二日なので、十二番のアイリスさん!」
「いつからあたし十二番になったのよ!?」
チカのおふざけにツッコミを入れつつ、アイリスは答えた。
「ブッドレアってあれでしょ? 広大な植物園があって、観光地として超有名な街じゃん。四季の花を全て管理してるから、どの季節にいっても楽しめるって話よね」
「その通りです!」
チカが意味ありげな笑みを浮かべている。それにセレンが反応した。
「つまり、対戦相手のメンバー構成は女性が多いってこと?」
「あ、いえ、ただ単に街の特徴は述べようと思っただけで、メンバーは全員男です」
「だったら意味深な態度とらないでよ」と、セレンはジト目で眉をひくつかせた。
「あ、でも、美少年とか多いんじゃない? 花の都って呼ばれてる街だもの」
セレンはめげずに、期待を込めてそう聞いた。
「あ~……いえ、太っちょやおっさんが多いみたいですね」
「……チカってホント空気読めないわよね……」
「それ私のせいじゃないですよね!? まだ引っ張るんですか!?」
すると今度はガルが面白くなさそうな声をあげる。
「……へぇー、セレンは美少年が好きなのか……ほぉー」
「いや、違うのガル! そういうアイドルグループみたいなメンバーなのかなって思っただけで……ねぇ、なんで目を逸らすの!?」
そんな、みんなのこじゃれ合いにアイリスがニヤニヤしながら混ざっていく。
「セレンはカワイイわね~。きっとその街には、小人や妖精が住んでると思ってるんでしょうねぇ」
「思ってないわよ! バカにしないで!!」
もはや、作戦会議とは名ばかりの雑談に、いつもと同じようにアレフは頭を抱えるのであった。
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「それで、各選手の情報はないのか?」
アレフの心労を察して、ガルが話を戻すように誘導をする。
「あ、はい! リーダーのザクロさんは、厄介な封印魔法を使うみたいなので対策が必要です。ヤツデさんという選手は、毎回戦術を変えて行動パターンを読ませないようにしているらしいです。他の三人はまっすぐな攻撃魔法のせめぎ合いを好む、アイリスさんタイプだと思われるそうです」
「なんで戦闘タイプの種類にあたしが出てくんのよ!?」
アイリスの喚きを無視してチカが続ける。
「あと、ちょっと気になる情報があるんです」
「気になる情報? 何かな?」
アレフの顔つきが険しくなる。
「二回戦でブッドレアは快勝しています。にもかかわらず、ため息をはいている選手が多いそうなんです。『つまらない』、と吐き捨てるような言葉を聞いたという人もいるんです」
「勝ったのにつまらない? それはつまり、強敵を求めているってことだろうか?」
アレフは首を傾げた。
「多分そうだと思います。ブッドレアは戦闘形式を勝ち抜き戦に指定することもあるそうです。少しでも多く戦いたいのではないでしょうか?」
「だとしたらまずいな……勝ち抜き戦はウチにとって一番不利な形式だ。私は弱く戦力にならないから、実質四人で五人を抜かなければならなくなる」
そんな時、アイリスが勢いよく立ち上がった。
「だとしたら隊長、もしも勝ち抜き戦になった場合、あたしを先鋒に置いてちょうだい。強敵を求めているのなら、あたしが相手をするわ!」
アイリスは目をらんらんとさせていた。
「ふむ……アイリス君は今のところ絶好調だし、それも悪くないか……」
「あ、なら次鋒は私が務めたいです。私だって自分の力を計りたいです」
「言っとくけど、出番がなくても文句言わないでよ? あたし、五人抜きするつもりだから」
恐らく本気で言っているのだろう。アイリスは闘志を燃やしていた。
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そして、三回戦当日。
「あの、もう降参します。あたしの負けでいいんで、帰らせてください……」
アイリスは死んだ魚の目をしたまま、そう告げた。




