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魔法使いの世界にて  作者:
一章 黒不石にて
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セレンと家庭の事情にて

* * *


 セレンとストルコは住処に戻ってきていた。

 そこは、山の中にある一つの洞窟で、その中を魔法で削り、補強し、装飾して、お屋敷ほどの広さに作ってある。中はとても洞窟とは思えないほど綺麗に設計されており、一つ一つの部屋はドアで区切られていた。

 セレンは奥の方にある一つの部屋に入っていく。


「お父さん、ただいま」

「セレンか。学園の方はどうだった」


 父と呼ばれた男は本から目を離さずに聞いた。

 ダメージを負ったセレンに見向きもしない。


「ごめんなさい。回帰の杖に適合者が現れて……そいつに黒不石こくふせきも取られた……」


 パタン! と本を閉じ、父はギロリとセレンを睨みつける。

 その視線はとても冷たく、とても娘を見る目とは思えない。


「黒不石を狙っている事がバレたのか? だとしたら回収が難しくなるぞ」

「体力が回復したらすぐに取り返しに行くわ。その前に、お母さんに会っていい?」

「母さんは今具合が悪い。お前も知っているだろう」

「でも、今日はまだ一度も会ってない……」


 セレンが寂しそうな表情でそう告げる。

 そんな娘の願いに対して、父親は大きなため息を吐いた。


「……わかった、母さんの具合次第だぞ」


 セレンと父親は部屋を出て、一番奥のドアを開けて中に入る。そこは部屋というよりは広間のようで、床には大きな魔法陣が展開されていた。

 その真ん中にベットが置かれており、一人の女性が横たわっている。セレンはその女性に近寄り、声をかけた。


「お母さん、起きてる?」


 女性は目を開けてセレンを見た。

 その顔は本来美人なのだろう。が、今は疲れ切った表情でやつれていた。


「あぁセレン。今起きたところよ。けど体が痛くて動けないわ。息も苦しい。このままでごめんね」

「大丈夫よ。無理しないで寝ていて。お母さん、また黒不石を見つけたの。今から取りに行ってくる。お母さんの病気ももうすぐ治るわ」


 セレンにとって、この病気の母親と話をすることが何よりの活力だった。それが例え、限られた時間であったとしてもだ。

 父親の展開している魔法陣で病気の進行を抑え、一日にたった数分の間だけ会話する。それでも、まだ幼いセレンがこの隠れ住む生活を続けていく中で、この上ない支えとなっていた。


「あぁ、それは嬉しいねぇ。セレンが頑張ってくれているんだもの。私も頑張らないとねぇ。ゴホッゴホ!」

「大丈夫!? ねぇ寒くない? 私が温めてあげる、あ……」


 温めようとセレンは母の手を握ったが、その手は冷えきっていた。

 セレンは必死にその手を温めようと優しく摩り、強く握る。そこへ父も心配そうに声をかけてきた。


「アルメリア、無理をするな。セレン、そろそろ休ませてあげよう」

「……うん」

「父さんは魔法陣の力を強めながら、母さんの看病をする。お前は黒不石の回収に集中すればいい」

「……わかってる、行ってくるわ」


 部屋を出たセレンは自分の体をチェックする。

 ――体の麻痺はすでに解けているが、どこか動かない部分はないかを確認。問題は無い。

 ――ガルに刺された左肩を動かしてみて、痛みの確認。こちらはまだ痛みはするが、セイバーによるダメージなので肉体的には問題はない。気力でなんとかなるレベルだと判断。大丈夫、まだ戦える。

 セレンは心を強く持ち。再び洞窟を飛び出したのだった。


* * * 


 ガミガミガミガミ……

 現在ガルはお説教中だ。一人で散々暴れまわった挙句、結果アイリスを行方不明にさせてしまった。回帰の杖を勝手に持ち出して、校舎の中も壊している。

 ガルに返す言葉はなく、粛々として早く解放されるのを待っていた。

 三十分ほどでお説教が終わり、待機するよう言われたガルは、外でションボリしていた。そこへ、


「君がガル君だね?」


 いきなり声を掛けられた。見ると、30前後くらいの、しかしイケメンの部類であろう男性が立っていた。


「私は、この学園から通報を受けて来た、対魔法犯罪特殊部隊で隊長を務めさせてもらっているアレフだ。よろしく、ガル君」


 ガルも立ち上がり、丁寧にあいさつを返した。

 対魔法犯罪特殊部隊とは、その名の通り、魔法を犯罪に使う者が現れて通報を受けた時に、魔法で応戦する部隊の事だ。

 アレフはさわやかに握手を求めてくる。さわやかすぎて自分とは真逆の人間だな、と思いながら握手をする。


「君の事は聴いているよ。回帰の杖の恩恵を受けたんだって? そして犯罪組織の幹部を追い払った凄腕の魔法使いだそうだね」

「いえ、そんな、俺のせいで友達が一人行方不明になっちゃって、俺が救出を最優先にしていればこんなことには……」


 ガルはそのことだけが気がかりだった。

 アイリスは自分を庇い、川に流され行方がわからなくなった。割と本気でその事に責任を感じていたのだ。


「その件だが、先ほどアイリス君の発見が報告されたよ。大したケガはない。意識もはっきりしているそうだ」

「ほんとですか!? よかった」


 ガルはホッと胸をなで下ろした。


「旅をしていた魔法使いがたまたま彼女を発見してね。保護してくれたそうだ。それで話しは変わるのだが」


 アレフが話を仕切り直す。


「ガル君、うちのチームに入る気はないかな? 確か魔法学園では、卒業前でも認可されていれば仕事に就けるはずだ。卒業まで約一ヶ月、しかし壊された学園は復興中で授業の目処が立っていない」


 確かにガルは成績も含め、その実力で認可はおりていた。けれどガル本人は未だ仕事の事など考えておらず、どうしていいのか全くわからない状態だった。

 少なからず、誰かを助けるために魔法を使いたいという気持ちもある訳だが……


「何かやりたい仕事でもあるのかな?」

「いえ、ただ俺は魔法の研究が好きだから、それも含めて考えたいなって思って……」

「うちは通報がなければいくらでも研究して構わないぞ」

「わかりました入隊します!」


 研究に釣られて速攻で返事をしていた……


「そうか! うちは小さな部隊で実力者が少なくてね。君のような即戦力は嬉しいよ! あ、学園にはこちらから報告しておこう。手続きもやっておくよ」

「ありがとうございます。それとこの石なんですが、奴らが狙っていたんです。なんだか分かりますか?」


 黒くて丸い石をアレフに見せる。


「う~む、これは黒不石……かな。何に使うものなのか全く分からないが、持っていると不幸になるという噂がある石だよ。わかった! こちらで預かろう。このことも学園には伝えておくよ」

「あの、部隊に入るなら俺も一緒に行動するんですよね? だったら、俺が持ってちゃダメですか? セレンはまた奪いに来るって言ってました。その時に、もう一度話がしたいんです!」

「ふむ、わかった。それは君に預けよう」


 アレフもあっさりとガルの要望を聞き届けた。

 その事に対して、逆にガルが驚いてしまった。


「いいんですか? まだ手続きも済んでない俺に預けて」

「君はもううちの一員みたいなものだ。それに、君ほどの実力があればむしろ安全だろう」

「ありがとうございます。隊長」

「では、私はまだ被害状況を調べたり用事がある。ガル君はまだ戦いでのダメージがあるだろうから休んでいたまえ」


「はい。じゃあ俺はキメラの墓を作ってます。これをやったのは俺ですから」

「わかった。では本部へ戻るときに声をかける。君は今日から、こちらの寮で生活してもらうからね」


 そしてアレフは仕事に戻り、ガルはキメラの埋葬を始めた。これが終わる頃には日は傾いていたが、それでもまだアレフの仕事は終わりそうにない。

 次にガルはクラスメイト達に事情を説明して、別れを告げる事にした。アイリス以外とはそこまで親しい関係ではなかったが、何だかんだで今まで勉学を共に学んだ仲間として、やはりこういう礼儀は必要だと思ったからだ。

 結局アレフから帰還の声がかかったのは夕方だった。

 ガル達はフライを使って、拠点のある町へ一直線に飛ぶ。その街は学園から割と近い場所にある中規模の街だ。名前は『ノード』。特に盛んになる物もなく、自慢できる所はないが、必要最低限の施設はそろっているといった印象の街。

 その街へ移動中に、向こうから何かが近づいてくるのが見えた。


「セレン!?」


 驚く事に、本日二度目のセレンとの対峙である。


「ガル、その黒の石を渡してもらうわ!」

「数時間前にやり合ったばかりだぞ!? 今日は色々と疲れたし、また後日話し合わないか?」

「そんなの関係ない。石をよこしなさい!」


 何かおかしい。そうガルは思った。全く余裕がないように見える。大体一人で特殊部隊の前に出てくる時点で周りが見えていない。


「おいセレン、少し落ち着け。大体この石は何なんだ? これでお前は何をするつもりなんだ?」

「あなたには関係ないと言ったはずよ。力ずくでも奪い取る!」


 今にも襲い掛かってきそうなセレンの前に、アレフが割って入った。


「待ちたまえ。私の前で横暴は許さない。やるなら私が相手になろう」

「……誰が相手でも邪魔するなら倒すだけよ」


 にらみ合うアレフとセレン。そして二人は魔法を刻み始める!

 先制はセレン。


『ダークブリッツ!』

「ぐわ! 私の負けだ……」


 攻撃が直撃するのと同時に、あっさりと負けを認めるアレフ。びっくりするほど一瞬で終わってしまった事に、ガルは戸惑いを隠せないでいた。

 周りの隊員を見ると。くそ、隊長がやられた! とみんな悔しがっている。

 セレンもあっけなさ過ぎて、キョトンとしていたが、ハッとしたように我に返った。


「えっと、ガル! 次はあなたの番よ!」


 セレンが仕切り直す。とりあえずアレフの手当てのために地上に降りた。

 地上は緑が覆い茂っている森林地帯だ。この森の抜けたところにノードの街がある。最初に学園を襲うつもりで連れてきたキメラも、この森を使ってこっそり進めてきたのだろう。


「セレン、話しを聞いてくれ。ちゃんと話せば分かり合えるかもしれないだろ?」

「分かり合う? 散々邪魔しておいて、今更善人ぶる気?」


 セレンは全く話を聞こうとしない。それどころか問答無用で文字を刻み始める。

 ガルも仕方なく、体内に巡る魔力を指先に集中させ、文字を刻む。回帰の杖の効果で魔力の流れがとてもスムーズに行われ、今まで以上の速さで魔法が完成するが、ガルは発現せず待機状態のままにした。そこにセレンが仕掛けてくる。


『レリース!』


 例の強制解除の魔法がガルを突き抜ける。ガルの両手の魔法が解除された。

 ――発現しなくとも解除されるのかと、いよいよをもって対策を考えざるを得ない状況だった。


『ダークブリッツ!』


 ダブルマジックでレリースと同時に刻んだ攻撃魔法をガルに放つ!

 それを全力で横に飛び退け、ギリギリで回避をする。


「『レリース!』『マジックセイバー!』」


 ガルの両手の魔法が、パリン! と音をたてて解除された。


「おいセレン、ちょっとせこくないか? お前らしくもない」

「勝てれば何でもいい!」


 さすがにこれ以上はまずいので最速で文字を刻み、すぐに発現させた。


『フライ!』


 そして全力で後方に逃げる。


「森の中に逃げ込む気ね! 待ちなさい」


 セレンが追って来る。


『エアブリット!』

『レリース!』


 風の魔弾を地面に放つと、物凄い砂煙が巻き上がる。

 元々風の魔法なので効果絶大だ。


「目くらまし!」


 セレンが砂煙を抜けると、すでにガルの姿は見えなくなっていた。

 レリースを受けて魔法は全て解除されているはずなので、近くの木に身を潜めている事は間違いない。グルグルと周りを移動して確認をしている最中さなか、ガサッっと音がした。

 見ると、すでにフライを発現させたガルが移動しようとしていた。


「逃がさない、『レリース!』」


 バオンッ!

 セレンが唱えた瞬間、ガルがブーストでセレンの背後を取った。

 回帰の杖を捨て、セレンの両手を後ろから抑える。


「え? ちょ、嘘!?」

「レリースは波のように前方に広がっていくから回避しづらいけど、発現した瞬間を狙ってブーストで大きく回りすればなんとか避けれる。奥の手を使いすぎだセレン。あと回帰の杖のおかげでブーストのチャージも早くなった」

「この、離しなさいよ!」


 ジタバタと暴れるセレンは必死に抵抗をしていた。


「落ち着けって、戦いはもう終わりだ。それよりも事情を話せって。力になれるかもしれないだろ!」

「力になる? 敵が何を言っているの!」


 足を踏んずけたり、スネを蹴られたりと、ガルはたまらず手を放す。

 すかさずセレンがこちらに向き直って杖を振りかざした。


 ――しょうがない、信じてもらうために、一発斬られるか……


 ガルは覚悟を決めて、避ける意思はないとセレンを真っすぐ見つめる。

 セレンは思い切り武器を振り下ろした! ……が、ガルの頭ギリギリでその武器が止まっていた。


「やっぱりお前は無抵抗の相手を傷付ける事なんてできない優しい奴だ。そんなお前とは敵でいたくない」

「……じゃあ私はどうしたらいいの? その石がないと、お母さんを助けられない……」

「どういう事だ?」

「その石を全部集めれば一つ願いが叶うってお父さんが言ってた。だから私はそれを集めて、お母さんの病気を治すの! お母さん、毎日痛いって、苦しいって言ってる。そんな辛そうな姿、私もう見ていられない!」


 セレンは泣いていた。ポロポロと涙をこぼし、詰まっていた言葉を吐き出すように語った。


「手もどんどん冷たくなって、もうすぐ、死……死んじゃうんじゃ、ないかって……うぅっ、お母さんを助けるためなら、私なんだってする! 犯罪だってやる、治った後でならいくらでも罪を償う! 死刑になったっていい! だから、黒不石を持って帰らないと、グスッ」


 単純だった。少女の大切な人を助けたいと思う、そんな純粋で無垢な願い。


「思ってたよりハードだな。わかった! これはやるよ」


 ガルが黒不石をセレンに差し出すと、涙目の少女は唖然としていた。


「え……? 何で? いいの?」

「そんな話を聞いたら渡さない訳にいかないだろう……お母さん、助かるといいな」

「あ、ありがとう。あなたの事、誤解してたわ」

「どんな風に思ってたんだ?」

「イジワルで、やたら話しかけてくる、メンドくさい人」


 そう自分で言って失礼だという事に気づいたのか、ガルの気が変わらないうちにサッと黒不石を受け取り大事にしまうセレンだった。


「やれやれ、俺は素直で魔法に長けた奴と話をしたいだけなんだが」

「学園にたくさんいるじゃない」

「そうでもないさ、みんな嘘つきだったしな」

「じゃあ、襲って正解だった?」

「いや、さすがにそんな風には思ってない! あと、俺を庇って川に落ちた子も無事だったぞ」

「よかった。あの子には酷いことをしてしまったものね。いつかちゃんと謝りたい」


 少しの間、ガルとセレンは会話を続けた。

 ようやく、少しだけでも彼女と通じる事が出来たような気がして、ガルは質問を繰り返した。


「石はあと何個で揃うんだ? ってか、病院じゃ無理だったのか? 回復魔法とか」

「これであと一つよ。病院じゃ無理だったわ。元々体が弱かった上に原因不明の病気だから回復魔法は無理みたい」


 二人の会話は続いたが、周囲に人の気配を感じてガルは話しを切り上げる事にした。


「セレン、そろそろ隊長達が来る。キミはそろそろ帰った方がいい」

「ん、そうね。ガル、色々とありがとう」


 再度お礼を言うとセレンは飛び去った。

 その直後、傷の手当が終わったであろう隊長達がこちらに向かってきた。


「ガル君、彼女はどうしたのかね?」

「隊長、俺たちの話しを聞いてましたね?」


 ガルはなんとなく感じ取っていた。会話を続けている間、それを見守ってくれている隊長の視線に。


「はて、何の事かな? 私は今来たばかりだが」


 アレフはいつものように爽やかに笑っている。


「……黒不石は、奪われました。すいません」

「そうか、まぁ仕方ないだろう。では本部に帰還しよう」

「え? それだけですか? 俺、色々とその……」


 相変わらずあっさりした答えにガルが戸惑う。


「ガル君、キミを部隊に招いたのは私だ。君を疑うことは、自分自身を疑うことにもなる。私は君を、部下達を最後まで信じる。それだけだよ」


 ガルはなぜこの人が隊長なのか、少しだけわかった気がした。

 そして自分も隊長を信じなければいけないと感じた。


「それにしても隊長、負けるの早いですよ?」

「いやぁ、彼女が強すぎたんだよ! はっはっは!」


 なんだか読めない人だなとガルは思った。

 そうして一行は本部のある街、ノードへと向かったのであった。

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