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魔法使いの世界にて  作者:
三章 マジックバトルトーナメントにて
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いわゆるひとつの初見殺しにて

「チカ君、アイリス君、一応、簡単な作戦を立てている。聞いてくれ」


 アレフの呼びかけに集まった二人は、フムフムとうなずきながら打ち合わせを行う。


「それでは先鋒の選手は入場を開始してください!」


 しゃがみ込んで互いの陣形を確認していた二人が、響く審判の声と共に立ち上がった。


「よっし。じゃあ行きますか! チカ、作戦通りにね!」

「はい! やってみます!」

「二人とも、何度も言うようだが、最後まで絶対に油断しないように頼む!」


 二人は頷き、そして外へ向かって行った。


* * *


 一回戦では出番がなかったチカは緊張を隠せない。歩く際に手と足が同時に出てしまっていた。


「あ、侍愛好会のみんな! お父さん達も一緒にいます!」


 席に見知った顔を見つけてブンブンと手を振る。

 少しだけ力が抜けて、視野が広くなった気がした。


「ワイルドファングのチカって子は初めて見るな」

「前回は出番がなかったんだよな。なんか剣士みたいな恰好だけど、魔法使えんのかな?」


 観客が声が風に乗り、わずかに聞こえてくる。

 チカは気にせずに、中央で相手選手と向かい合った。


「うひょー! かわい子ちゃん二人が相手なんて、名乗っとかないと損だよな。俺はボルドー。よろしくな!」


 ヒョロっとした細身の青年が自己紹介を始めた。つり目で、やせ細った体格の割には堂々とした態度だ。


「オイラはコルクって言うんだな。よろしくお願いするんだな」


 もう一人の男性はまるっきり真逆だ。たれ目で、その体は肉付きが良く、腹が出ている。

 ヒョロヒョロとした体と小太りのタッグ。それだけで妙なインパクトがある。


「あたしはアイリス。あたし達とダブルデートをしたいなら、高くつくわよ」

「チカと言います。私は魔法使いと言うよりは侍ですが、特殊部隊所属の関係で出場しています。よろしくお願いします」


 チカは丁寧に頭を下げた。


「それでは両者よろしいでしょうか? これより二回戦先鋒戦、ボルドー&コルク対アイリス&チカ。試合ぃぃ、開始ぃぃ!」


 審判の宣言と同時に、アイリスとチカは文字を刻みながら二手に分かれて走り出した。

 それをボルドーは落ち着いた様子で眺める。


「ん? 俺達を分断する作戦か? まぁいい、乗ってやろうぜ。俺はチカちゃんの相手をするから、おまえは金髪……アイリスちゃんだっけ? そっちとやってな」

「わかったんだな!」

「作戦通り、隙があれば片方に割り込んで同時攻撃も仕掛けていくぞ。『フライ!』、『シェアリングス!』」


 二人が動き出した。ボルドーが空に飛び上がり、チカに攻撃を始めた。


「オラいくぜ!『マジックアロー!』」

「わわっ!『アンチグラビティ!』、『マジックセイバー!』」


 空から浴びせるように撃ち込まれる魔法の矢を、チカが慌てて刀で払いのける。


「おいおいチカちゃん、まさか空飛べねぇの?」

「わ、私は侍ですから、そういう魔法は使えません……」


 ボルドーは驚きの表情を見せるが、手は休めない。チカを魔弾で攻撃し続ける。

 その攻撃をチカは危なっかしく回避していた。


――チカ君、これから簡単な作戦を伝える。まずは二手に分かれて各自、一対一の状況を作り出してくれ。


 チカは控え室でアレフに言われた言葉を思い出す。

 ボルドーの攻撃をギリギリで避けながら、フィールドの端に寄っていった。


――次に、アイリス君との距離を取ってほしい。距離が離れれば離れただけ有利になる。この時、できれば相手の攻撃をギリギリで避けてもらえれば、さらに相手を油断させる事ができるかもしれない。


 アイリスも離れようとしているのだろう。互いの距離は三十メートルほどは離れた。

 ボルドーは油断しているのかはわからない。だが、攻撃を休めようとはしない。


――距離を空けたら、あとはキミの腕の見せ所だ。アイリス君が引き付けている相手を遠距離から一気に仕留める! この闘技場は端から五十メートルほどの広さだが、キミにとってはあって無いような広さだろ?


(……そうですね。制御が難しいですが、射程内です!)


「当たりそうで当たんねぇな。『ウィンドカッター!』」

『……ストレングス!』


 ボルドーの繰り出した風の刃は弧を描く。

 だがチカは、そんな動きにも惑わされる事なくギリギリの位置でやり過ごした。

 たんっ!!

 攻撃や止んだその瞬間にチカは地を蹴った。一瞬でボルドーの目の前まで跳躍した彼女は、手に持つ刀で脇腹を切り裂こうと横に払う。


「『マジックセイバー!』、ぐぁ!」


 瞬時にセイバーを付加されて決める事はできなかったが、勢いのあるチカの刃はボルドーを弾き飛ばした。


「ひゅう~。いい踏み込みしてくるぜ。……ってオイ、どこ見てる……?」


 すでにチカは体制を低くしてボルドーに背を向けていた。その体の向く先にはアイリスと睨み合うコルクがいる。距離にして約三十メートル。


「まさか……!」


 慌ててボルドーが杖をかざした。

 チカは刀を脇に構え、遠く離れたコルクを静かに見据える。


* * *


「隊長の作戦、うまくいきますかね?」


 控え室にて観戦していたガルが、隣のアレフに話しかけた。


「私は成功する確率はかなり高いと思うが、心配かね?」

「だってビリジアンは油断しないチームって言ったのは隊長ですよ? なのに、相手を油断させてその隙を狙う作戦なんて、なんだか矛盾している気がして……」


 ふむ、とアレフは少し考えてから口を開いた。


「厳密に言えば、これは相手を油断させる作戦ではない。相手に予想させない作戦だ」

「どういうことです?」


 めずらしくガルが、よくわからないという表情を見せている。


「ガル君達はこれまでチカ君と一緒に修行をして、練習試合を何度も重ねて来たから当たり前に思っているかもしれないが、チカ君の速さはもはや非常識なレベルだ」

「まぁ、そうかもしれません」

「これは常識の範囲外から攻撃するための作戦、つまり予想を超えた所から攻撃する、いわゆるひとつの『初見殺し』だ」


 そう言ってアレフは、ニヤリと笑った。


* * *


 チカは呼吸を整え、踏み出す足に力を込めた。

 その時、何かを察したのか、遠くでアイリスの相手をしているコルクがこちらに振り返った。


刹那せつな……』


 小さく呟いたチカの姿がフッと消えた。

 ズサァァ……。

 三十メートル離れていたコルクの斜め後ろに、チカはブレーキをかけるため、地に足を踏みしめていた。

 手に持つ刀は振り抜かれている。


「……え? ぐはぁ!」


 斬られたと気付くにはあまりに遅く、何もできずにコルクはその場に倒れ伏した。


「いえ~い!」


 何が起きたのか理解できない観客はシンと静まり返っている。

 そんなことは気にもせずに、チカとアイリスは作戦成功の喜びをハイタッチで分かち合った。


「な……なんだ今のぉ~!? 刀持ちの子が消えたぞ!?」

「一瞬で遠くにいる相手の後ろに現れた! 瞬間移動の魔法か!?」


 状況に混乱した観客の騒めきに、本来のにぎやかな空気が戻ってくる。


「バカ野郎~! あれは魔法じゃねぇ! 高速で移動したんだよ! あれがあの子の真骨頂ってもんよ! 侍をナメんなってんだ~!」


 侍愛好会の面々が周りの客に説明しているのがわかった。

 チカは妙な恥ずかしさを覚える。


「コルク選手。戦闘ぉ~不能ぉ~!!」


 確認していた審判が高らかにそう告げると、場内は熱い歓声で埋め尽くされた。

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