巧みな魔法の戦術にて①
(あと何回勝てば、昔の悔しさを上塗りできるんだろう……)
アイリスがそんなことを思いながら控室に戻った。
「アイリスさんお疲れ様です! 快勝だったじゃないですか!」
部屋に入った瞬間にチカが駆け寄って来た。かなり興奮しているように見える。
「最後の魔法、超カッコよかったです! 流石先輩って感じですよ!」
「そ、そう? ありがと……」
無理に笑うアイリスだったが、今度はガルが声をかけてきた。
「アイリス、最後の魔法って何ランクだ?」
「Sだけど?」
「それにアクティベーションをかけたのか? ここの結界ってS+らしいから、相手に避けられてたら結界を壊してたかもしれないぞ?」
「え……マジで……?」
そこまで考えていなかったアイリスの表情が引きつった。
「……ホント危なっかしいわね。でも、アイリスらしいかも」
セレンがクスクスと笑いだした。
それを見てアイリスは思う。
――あぁ、そっか。
「そうです。常に全力を出してこそアイリスさんですよ!」
その場は何も変わらない、みんなと過ごすいつもの時間。
――あたし、ここでみんなと一緒にいるのが楽しくて、昔の悔しさなんてずっと忘れてたんだ。
それに気づいたアイリスが、満面の笑みを浮かべる。
「まぁ勝ったんだからいいじゃないの。ガル、次はアンタの番よ! しっかりと決めてきなさいよね。あたしが最強なら、アンタだって最強なんだから!」
そう言ってガルの背中をバンバンと叩いた。
* * *
「ガル君、ここで決めて三人で終わらせよう」
アレフが緩い空気を引き締めるように声をかけた。
「はい、わかってます!」
「私はこの大会で、決め手となる場面やターニングポイントとなり得る場面には君を使うようにするつもりだ。必然的に苦労をかけることになる……」
アレフが申し訳なさそうに俯く。だが、ガルはむしろ嬉しそうな口調で答えた。
「構いませんよ。俺もその方が魔法を間近で見ることができて楽しいです」
「君は本当に魔法が好きだな」
ホッとしたような表情でアレフは微笑む。
「それでは中堅戦、選手の方は入場をお願いします!」
「呼ばれました。では行ってきます!」
そう言い残し、ガルは部屋を出た。
フィールドに出ると格段に胸が高鳴った。自然と笑みがこぼれる。
――ここで勝ち抜いていけば、それだけ多くの魔法を体験する事ができる!
ガルにとってはこれ以上にない興奮だった。
そんな中、名前を呼ぶ声が聞こえた。見ると故郷のみんなが応援してくれているのがわかった。ガルも手を振りながら中央まで歩いていく。そこで相手と顔を合した。
「油断するつもりはなかったが、こうも追いつめられるとは思わなかったよ。自分は中堅担当のビレッドだ。よろしく」
「あ、俺、ガルです。よろしくお願いします……」
真面目そうな青年に対して思わず敬語を使っていた。歳はまだ二十代前半くらいだろう。背筋を伸ばし、今までの相手と比べると礼儀正しい印象を受ける。
「それでは中堅戦、ビレッド対ガル、試合ぃ~、始めぇ~!」
ババババッ!
お互いに両手で文字を刻みだす。
『フライ!』
『マジックセイバー!』
二人が全く同じ魔法を発現させた。
「おお! ついに空中戦か!?」
「それでもやっぱり、最初は武器を使った接近戦になるんだな」
観客の騒めきが聞こえてくる。
ギィン! ガギィン!
何度か刃を交えると、優勢、劣勢が見えてくる。ここでも優勢なのはワイルドファングの方だ。
「くっ! 君達のチームは剣術が尋常じゃないな。相当に力をいれているのか!?」
「ウチには近接戦闘のエキスパートがいるんで、そいつと練習していると嫌でも剣術が身についてしまうんですよ。まぁ、俺は強化魔法による近接戦闘が最強の戦術ではないかと考えていた時期があったんで、特に慣れてますけど」
そう口を動かしながらも、ガルは相手の隙を見逃さない。
一瞬ビレッドの動きが鈍ったところに、すかさず強撃を入れた。後方に飛ばされながらも、ビレッドは攻撃魔法を発現させる。
『アイスブリッド!』
ガシャーン!
ガルがその魔法を一刀両断にすると、砕けた氷が飛び散り、瞬間的な目くらましとなった。
バオンッ!
ビレッドがブーストを発動させた音が耳に届く。ガルは身構えるが、ビレッドはなんと真上に飛び上がっていった。
音速の速さで一気に上空に昇っていくビレッドに困惑しつつ、ガルは頭で次の行動を考えた。
自分もブーストを使って後を追うことも考えたが、出遅れたために、すでによく見えないほど離されている。
ガルは上空に気を付けながら、女性審判に近寄っていった。
「あの、上空にはどれだけ昇っても反則とかにはならないのか?」
「はい。特に反則行為とかはありません……ですが、観客の見えないところでの戦闘は……その、パフォーマンス的に困るんですが」
それはそうだと納得したガルは、仕方なく相手の出方を見ることにした。
ガルが予想したのは、上空からの降り注ぐような攻撃魔法の乱れ撃ち。それを防ぐために防御魔法をいつでも発現できるように文字を刻んでおく。
次にガルは、観客席に張られている結界に背を付けた。こうしておけば、結界を壊すような無茶な攻撃はしてこれないだろうし、相手に背中を取られることもなくなる。
「うおっ! ワイルドファングの選手が目の前にいるぜ!」
「もし目の前で戦闘になったら迫力あるだろうな!」
真後ろにいる観客の声が聞こえてくる。だが、今のガルにはそんな観客の声に反応してあげるだけの余裕はなかった。
上空に昇ったビレッドを警戒して空を見つめるが、依然として何も起こらない。それが逆に不気味さを醸し出していた。
ガルは油断なく、周囲にも警戒して周りを見渡す。すると、一瞬だけグニャリと景色が歪んで見えた。
ハッとしたように目を凝らすと、その揺らめく歪みが大きくなるように思えた。
ガルはとっさにその場を離れると――
ガギィィン!
さっきまで自分が背をつけていた結界に、何かがぶつかる音がした。その出来事を冷静に分析する。
一つの結論を出したガルは、魔法を使うために文字を刻んだ。
『シャイニング!』
その場に光の玉を出現させ、周りを照らした。すると、先ほど結界に衝撃があたえられた位置にビレッドの姿が現れる。彼は一直線にガルに向かい、武器を振り下ろした。
キィィィン!
ガルはしっかりとその攻撃を受け止める。
「なるほど、あなたの使った魔法、それは透明化の魔法『トランスペアレント』ですね」
「くっ!?」
言い当てられたビレッドが、驚きの表情を見せている。
「面白い発想だと思います。まず空に身を隠してから透明化を使い、上空に気を取られている俺の隙を突いて攻撃する。悪くはない。ですが、俺も透明化魔法を使えるので、その欠点も知っています」
ガルがビレッドを押し返し、距離を開けてからタネを解き明かすように話し始めた。
「そもそも目でモノを見るということは、物体に当たった光が反射して、それを目に映すことで視認できるようになる。透明化魔法の原理は、自分に当たる光を屈折させることで姿を見えなくする訳ですが、その光の屈折率が非常に難しいため、背後の景色が歪んでしまう欠点がある。あなたの魔法も完璧ではなかった」
「はは……その歳でこの魔法を知っていて、見破られるとは思わなかったよ」
この戦法で仕留める気だったのだろう。ビレッドが悔しそうな表情を浮かべている。
「俺の作り出した光は魔法の影響を受けません。もう透明化魔法は通じない。しかしわからないのは魔法を重ね掛けしていることです。基本的に魔法を重ね掛けすることはできない。しかしあなたは自分の周囲に発生させる重力操作の魔法『フライ』と、透明化『トランスペアレント』を同時に使用している」
「確かに『フライ』は自分の周囲に発生させているが、『トランスペアレント』は違う。自分の肉体に直接かけている。これなら重ね掛けが可能だろ?」
しかしそうすると、今度はセイバーと重ね掛けになってしまうのではないかとガルは考える。だがよく見ると、ビレッドの杖にはセイバーは掛けられていない。トランスペアレントを使うために、上空に昇った時に解除したのだろう。そこまで計算されている戦略にガルは驚いた。
「すごい! そこまで計算して……しかも直接作用させる透明化でこの完成度! 相当苦労したでしょう!」
「おぉ! わかってくれるのか!? やはり屈折率を調整するのが難しくてね」
「わかります! これを完璧にするのは至難の業だ!」
なぜかこの場面で二人は熱く語り出した。
 




