囚われの魔法使いにて
* * *
暗い。辺り一面が真っ暗だ。そんな中に『自分』は立っていた。
歩き出そうと足を動かすと、何かにぶつかる。足元を見ると、少女がうつ伏せに倒れていた。
周りが暗い中、その少女の色合いがはっきりとわかる。
青白い肌の色。
自分と同じ、薄緑色の髪の色。
そして、大量に流れ出る真っ赤な血の色。
血は止まることなく、真っ暗だった周りの色が次第に赤に染まっていく。
『自分』は、うつ伏せに倒れている少女の顔を見ようと手を伸ばす。
――やめろ! 見たくない!
そう思っても『自分』の行動を止めることができない。
少女の肩を掴むと、硬さと、冷たさが伝わってきた。
息が苦しい。どんなに呼吸をしても、まるで足りない。心臓も高鳴って手が震えた。
それでも『自分』は、思い切って少女を仰向けに転がした――
「はっ!」
そこでアレフは目を覚ました。汗でTシャツがグッショリと濡れて気持ちが悪い。
「またあの夢か。最近は見なくなったと思ったんだが……」
額の汗を袖で拭い、髪をかき上げると、諦めにも似た笑いが込み上げてきた。
「はは……そうか、トーナメントが近いせいで戦いを意識してしまっているのか。ライラ……どうやら私はまだ救われないらしい……」
アレフは重たい気分を変えようと、シャワーを浴びに浴室に向かった。
* * *
季節は廻り、十一月になった。このあたりからガルは一つの疑問を抱くようになり、思い切って踏み込んでみることに決めた。
「ライザーさん、お疲れ様です」
「おう、ガルじゃねぇか。どうした?」
ライザーはこの特殊部隊でいうところの、副隊長のような存在だ。アレフ隊長とは同期で、サポートや仕事の代わりを務めることもある。
剃った頭を包むようにバンダナを巻いており、爽やかなアレフとは逆に、漢としての渋さがある。
彼は、今日オープンする店の警備を担当しており、今はちょうど昼休みの休憩中だった。
「アレフ隊長のことで、聞きたいことがあるんです」
「なんだ? 言ってみな」
ガルの割とまじめな雰囲気を読んで、ライザーもまた真剣な面持ちになる。
「俺がここに来てから、もう半年以上になりました。しかしその間、俺は隊長が加害者を取り押さえたところを見たことがありません」
「ははは、まぁあいつは弱いからな」
ライザーは声を上げて笑ったが、ガルはそのままの表情で続けた。
「俺はそうは思いません。隊長は弱いんじゃない。なんと言うか……わざと相手の攻撃をくらい、わざと負けているように見えます」
「……」
「これは俺の気のせいですか? そうじゃないとしたら、隊長に一体何があったんです!」
はぁー、と、ライザーは大きくため息を吐き、バンダナの上から頭を掻いている。そうして迷いながら話し始めた。
「そこまで気付いてんなら隠しても仕方ねぇか……。あいつは、アレフはよぉ、ここに入隊した時は期待の新人だったんだ。まぁガル、お前ほどじゃねぇよ? お前は優秀すぎだからな」
「いえ、俺なんて魔法しか取り得がなくて……」
ライザーは軽く笑うと話を戻した。
「アレフは前向きで向上心があった。正義感も強くてよぉ、まぁその時からここは弱小部隊で、優秀な人材が集まらない場所だったんだけどよ、あいつはここを立派な部隊にすることを常に目指していた。数年が過ぎて、前の隊長が引退する時にはアレフはみんなの信頼を得ていたよ。満場一致で次の隊長はアレフに決まった」
グイッと水を飲みほして一息ついたライザーが、再び語る。
「あいつが隊長になってから一つの事件が起きた。ケチな事件だったよ。魔法を盗みに使った犯人を捕まえるためにの追跡だった。犯人をもう少しで追いつめるところまでいってよぉ、そこで犯人は町中で人質を取ったんだ……それが偶然にも、アレフの妹だった」
「隊長に妹さんがいたんですね」
「ああ……名前は『ライラ』って言ってよぉ、アレフは自分の妹だからって特別視しない、隙があれば確保すると決断して、俺達はそれに従った……そん時はなんだかんだで取り押さえることに成功してよぉ、一件落着に思えたんだ。だが、犯人は諦めていなくてよぉ、凄まじい抵抗を見せ、暴れ始めたんだ。周りを俺達に囲まれて、完全に詰んでいるにもかかわらず、俺達の理解を超えてそいつはとにかく暴れまくった。噛みついて、蹴っ飛ばして、骨が外れてもお構いなしに髪を振り乱してよぉ、俺達を払いのけて振り回した凶刃がライラに刺さっちまった……」
ガルは言葉を失っていた。だがハッと我に返り、何か言葉はないか探し始めた。
「妹さんは、そのまま……?」
「ああ、アレフは後悔して自分を責めてよぉ、その日から変わっちまった。相手を攻撃することができなくなり、戦闘は全部俺らが担うことになった。さらにはどんな失敗も、どんな責任も自分一人で背負ってよぉ、俺らを責めることもしなくなったんだ。ガル、お前も何か失敗した時、あいつが責めることはなかったろぉ?」
「……はい」
ガルは思い返す。
アレフはいつも部下を信じるだけで、結果をとやかく言うことなんてなかった。
「まぁ、そんな感じだよ。結局俺らにできる事なんて何もねぇ。あいつ自身の問題だからよぉ」
ライザーはそういうと仕事に戻っていき、ガルはそんな彼に頭を下げた。
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ライザーの話を聞いたガルは、自分にできる事はないか考えていた。しかし、いくら考えてもライザーの言う通り、結局はアレフの心の問題。どうすることもできなかった。
ガルは頭を悩ませながら派出所に戻っていくと、何やら騒がしいことに気付いた。なんと、アレフ隊長がアイリス、セレン、チカの三人に言い寄られて引っ張りだこにされていた。
「隊長さん! あと半年ほどでトナメが始まってしまうのに五人目が決まりません! このままだと本当に隊長さんがメンバーになってしまいます! もしものために隊長さんも修行しましょう!」
「い、いや、私は、その……」
チカに強引に腕を引かれ、アレフが困った顔をしていた。
ガルはアレフの過去を知った手前、青ざめながら間に割って入った。
「おおおお前達、何をしている!? 隊長に失礼だろ!!」
「あ、師匠! ただ隊長さんを修行に誘っているだけですよ?」
何もわかっていないチカ達がキョトンとしている。
「あ~、ほら、隊長は忙しいからダメなんだよ。ですよね? 隊長」
「あ、ああ。悪いがまた今度誘ってくれたまえ」
アレフと話を合わせてその場を収めようとする。しかし――
「じゃあ、あたし達が隊長の仕事を手伝うわよ。そうすれば隊長は修行できるでしょ?」
普段さほど気を使わないアイリスが、こんな時ばかり気が利いたことを言い始めた。
なんでこんな絶妙なタイミングで優しくなるのか。ガルは歯がゆさを感じながら、一か八かアイリスに合図を送ることにした。
パチパチパチパチ!
何度もまばたきをして、アイコンタクトを送る。
「はっ! ガル、もしかして……」
アイリスが何かを感じ取った。
ガルはホッと胸を撫で下ろすも――
「アンタも混ぜてほしいのね! あたし達が隊長を囲ってるから、嫉妬してるんでしょ~!」
「ちっが~う!!」
全然わかっていなかった。
今度はセレンがアレフに手を伸ばしている。
「……ガルも一緒に修行しましょう。さぁ隊長、こっちにきて」
「うおお! 隊長にさわるなぁ!」
ガルが必死にブロックをすると、女性陣が固まった。
「『俺の隊長にさわるな』って……え、ガルと隊長ってそんな関係だったの……」
『俺の』なんて言っていないのだが、そんなアイリスが何か勘違いをしている。
「師匠×隊長。アリかもしれません……」
チカが顔を赤くしながらブツブツと呟いている。
「ちょ、ちょっと待て、お前達、何を言って……」
嫌な予感しかしないために、弁解しようと一歩踏み出そうとした。しかしガルのつま先が小石に遮られて躓いてしまった。
「危ない!」
転びそうなところをアレフが後ろから抱きかかえる格好で止めてくれた。振り向くと妙に顔が近い。
「キャー! やっぱり二人はそういう関係だったのね!!」
女性陣は何故か嬉しそうに興奮している。
「ふむ、ここは女性隊員のモチベーションアップのため、もう少し続けた方がいいかな?」
アレフも何故かノリノリだった。
誰のためにこんな苦労をしているのか。ガルはその時、考えるのを止めた。
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その日の夕刻、寮にあるガルの部屋にて例の女性陣三人は正座をしていた。
「まさか隊長さんにそんな過去があったなんて……」
ガルは身の保証のためにアレフの過去を説明せざる得なかった。するとこの正座である。
「ガル聞いて! 私はガルのことを信じてたわ。いつだって私はガルの味方だから!」
セレンが真剣に、真っすぐにそう訴えかけた。その言葉にガルは感動を覚える。
しかし――
「ガルが受けで隊長が攻め」
アイリスがセレンの耳元で囁いた。
「……っ!!」
次の瞬間にセレンの顔は真っ赤になり、俯いてしまった。口元が緩んでいる。
本当に信じているのだろうかと、ガルはわからなくなってきた。
「とにかく! 隊長を修行に誘ったり、戦わせたりするのは禁止だ!」
「は~い!」
マジックバトルトーナメントまであと半年。
五人目は未だ隊長のまま、季節は移り変わっていく。
ようやく次からトーナメント開始になります。




