トーナメントの話し合いにて
時間系列がちょっと分かりにくいので、年号を載せておきます。
3月:アイリスの修行終了。ガルと合流。バージスと決戦。後日、セレン入隊。翻訳魔法研究開始。
5月:翻訳魔法、セレンに引き継ぎ。
6月:チカ登場。誘拐事件解決。 ←今このへん
11月:翻訳魔法完成。
翌年
5月:マジックバトルトーナメント開始
* * *
「ふぁ~あ……」
派出所のお留守番の最中に、アイリスが大きな欠伸をした。周りに人がいないせいか、手で隠すことしない。
事件も何もない、平和な一日が終わろうとしていた。
そこにチカとセレンが入ってきた。チカは学校帰りに遊びに寄ったのだろう。セーラー服を着ていた。
「……アイリス、お手紙がきているわよ」
セレンがそう言って、手紙をゆらしてみせた。
「へ? あたしに? 誰から?」
「カインから」
「貸して!!」
セレンから手紙を奪うようにつかみ取ると、アイリスはそのまま奥の休憩室に転がり込んだ。そして、いそいそと手紙に目を通す。
「はぁ……ま~たブラブラしながら旅をしてるのね、あいつ……」
カインの手紙を読み終えたアイリスが、ポツリと呟く。
「ほほ~、これがアイリスさんの想い人ですか?」
ギョッとして隣を見ると、チカが手紙を覗き込んでいた。
「ぎゃあああ~~!! 勝手に見ないでよ!!」
喉を痛めそうなダミ声でアイリスが絶叫する。
「いや、戸も少し開いてましたし……それよりこのカインって誰なんですか、セレンちゃん」
「ん……カインはアイリスの師匠よ。一ヶ月間修行を見てくれたらしいわ」
逆側にはセレンがちょこんと身を低くして手紙を覗き込んでいた。
「わあああ~~!! セレンまでぇ!?」
アイリスが慌てて手紙を片付けようと折りたたむ。
「おぉ~! アイリスさんにも師匠がいたんですね! 近くにいてくれなくて寂しいんじゃないですか?」
「……遠距離恋愛ってやつね。応援してあげたくなるわ」
勝手なことを言う二人に、アイリスの体がワナワナと震える。
「だぁ~~!! 何言ってんの!? 別にアイツのことなんてなんとも思ってないし!!」
「え~? でも、一ヶ月間ずっと二人きりでいたんでしょ?」
「その時にいい雰囲気になったりとか、何かなかったんですか?」
二人が興味津々で聞いてくる。アイリスは困りながらも、当時のことを思い返した。
「いや、特に何もなかったわね。ずっと修行に明け暮れて、実戦訓練じゃ毎日気を失うくらいボコボコにされたわ……正直、辛かった記憶のほうが多いんじゃないかしら……」
青ざめるアイリスを見て、二人が若干引き始めた。
「えっと……その人ヤバくないですか……?」
「女の子をボコボコにするとか、普通に最低ね……」
「え? あれ?」
チカとセレンが、またしても勝手に妄想を膨らませていく。
「結婚したら稼いだお金、全部遊びに使い込むタイプじゃないですか?」
「うん……それでアイリスが止めようとすると、暴力を振るうタイプね……ドメスティックバイオレンスよ!」
「あ、あの……」
アイリスが何か言おうとするも、二人は止まらない。
「アイリスさん、私、その人はやめた方がいいと思います。もっと別の人を探したらどうでしょうか」
「不幸になる未来しか見えないわ……」
「そ、そんなことないし!」
何も知らない二人の物言いに、アイリスが声を荒げた。
「修行が厳しかったのは、時間がないからあたしがそう頼んだだけだし! それにあいつは、ちゃんとあたしを見てくれて励ましてくれた! 優しかったことだって……はっ!!」
そこまで言ってアイリスが我に返った。そんな必死なアイリスを見て、二人がニヤニヤとしていたのだ。
「いやぁ~、のろけられちゃいました! お熱いですねぇ」
「……必死になって庇おうとするアイリス可愛い」
アイリスは顔が熱くなっていく感覚をどうすることもできない。
「アッチッチ! アッチッチ!」
「アッチッチ……。アッチッチ……」
ウザい……!! そう思うアイリスの怒りが頂点に達した。
「アンタら……さっさと出てけぇ~!!」
その怒号に、二人は逃げるように部屋を飛び出した。
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* * *
「では正式にルールの通達がきたので、来年に行われる『マジックバトルトーナメント』の説明をする」
「わ~、パチパチ!」
アレフがそう告げると、チカが口と手、二つで拍手を表現した。
「と言っても、四年前とルールは変わらない。まぁチカ君は初めてということだし、ちゃんと聞いてくれたまえ」
「了解です!」
「まずバトル中の『インタラプト』等の、勝敗がつきにくくなる魔法の禁止だ。痛覚遮断の魔法は死ぬ一歩手前まで戦うこともできるからね」
チカがうんうんと頷いている。本当にわかっているのだろうかと、ガルは不安を拭い去る事ができない。
「そしてこれが一番重要なルールなんだが、試合は闘技場のような場所で行われる。その際には観客も大勢集まる訳だが、当然観客席には結界が張られる。だが、その結界を破壊してしまうとペナルティで警告を受けてしまい、これを二回繰り返すと退場になる。さらに言えば、結界を壊し観客に被害を与えた者は一発退場になる」
チカはうんうんと頷くばかりだ。
「チカ、これがどういう事かわかっているのか?」
「え!? ええっと、要は結界を壊さないように戦わなければならないってことですよね?」
ガルから急に振られたチカが、慌てながら誰でもわかるような回答を口にする。
「……つまり、私の『レリース』が完全に使えなくなってしまったってことよ」
セレンが自ら答えを示した。そう、『レリース』は前方に広がっていく魔法。その波が結界に触れれば全て強制的に打ち砕かれる。
「我々は対魔法使い最大の武器を使えない状況で戦わなくてはならない」
そう言うアレフの顔つきは渋かった。
「なぁセレン。結界が壊れない程度にランクを落とすように術式を変えることはできないのか?」
「それがかなり難しい……この魔法はお父さんに習ったのだけれど、うちの家系しか使えなように色々とロックがかかってる。それを紐解かないと威力の増減は難しいわ。バージスと戦った時は魔力を大量消費とかで強引に威力を上げたけど、逆にランクを落とす方法はない」
「バージスって誰だい?」
アレフが不思議そうに聞いてきた。
バージスの記憶はガル達三人にしか残されていない。セレンがハッと口を滑らせたことに気付き、タラタラと滝のような汗を流している。
「カ、カインの知り合いよ! 前に一度会って、魔法や戦い方を見てもらったりしたの!」
「へぇ、そうだったのか」
何とか誤魔化したものの、アイリスがジト目で見ていた。セレンは目を合わせないように、そっぽを向いている。
「これって戦力的にどうなんです? セレンちゃんヤバくないですか?」
「まぁ、セレンはレリースが使えなくとも戦闘能力は普通にある。それにヤバいのはチカ、お前も一緒だぞ」
「へ?」
チカは何もわかっていない顔でキョトンとしている。
「お前の『一閃』も使えないだろ」
「え……? あぁ~~!!」
『一閃』、以前見た時は空間さえ切り裂くほどの威力で、景色を歪ませていた。
チカ最大の必殺技。それをなぜ自分で忘れることができるのかとガルは頭を悩ませた。
「あれの威力にしろ範囲にしろ、闘技場で使えば大惨事になる」
「は、はい。肝に銘じておきます……」
しかし、そこにアレフが口を挟んだ。
「だがチカ君には神速を誇る『刹那』がある。それを極限まで磨き上げてもらいたい。あの技が、我々のチームを勝利に導く鍵となる気がするんだ」
「は、はい! 任せて下さい!」
チカが敬礼のポーズを取る。
「……チームと言えば、これってチーム名とか決めたりするのかしら?」
今度はセレンがそんな疑問を投げかけた。
「街の名前をそのまんま使うところが多いが、チーム名をちゃんと決めて出場する支部もあるよ」
「んじゃさ、チーム名をみんなで決めない? 隊長、あたし達で決めていい?」
「はっはっは、この戦いはキミ達がメインだ。キミ達で決めるといい」
アイリスの訴えに、アレフは爽やかに笑って承諾してくれた。
「はい!『暁の侍』なんてどうでしょうか」
「……それ、本のタイトルじゃない。そもそも侍はあたなだけよ? ここは『ガルと愉快な仲間たち』でいいと思うの」
「ダッサ!!」
セレンのネーミングセンスに、アイリスが顔を歪ませた。
「むぅ……じゃあアイリスは何がいいの?」
「もっとカワイイ名前にしましょう? そうね……『キューティーフェアリーズ』とかどう?」
「ちょっと待て! そのチーム名で俺が登場したら恥ずかしすぎるぞ!」
ガルはイメージする。自分が登場する時のことを。
「ではキューティーフェアリーズ先鋒、ガル選手の登場です!」
スッとガルが登場すると観客がざわつく。
「キュ、キュー……ティー?」
「フェ、フェアリ……は?」
「キューティーとは……フェアリーとは一体……」
ガル青ざめ、アイリスに切望した。
「頼む、それだけは勘弁してくれ……」
「え~? じゃあアンタはどんな名前がいいのよ」
ガルは少し考え、こわごわとした様子で呟いた。
「えっと、まぁ普通に……『ワイルドファング』とか……?」
一同が顔を見合わせている。
「いいんじゃないですか? ワイルドファング! 流石師匠です!」
「いいと思うわ」
「ま~、ちょっと厨二っぽい気もするけど、妥当なところかもね」
意外と高評価だったようで、ガルはホッと息をついた。
「じゃあチーム名はワイルドファングで決定です! あとは修行してトナメに備えるだけですね。あ、そういえば対戦形式ってどうなるんですか? 先鋒から大将までの三ポイント先取ですか?」
「それなんだが、試合開始前に、チームのリーダー同士で話し合い、対戦形式を決めることができるんだ。三分間の話し合いで決まらない場合は、審判がクジで決める。その後に選手の配置を決める流れとなる」
「ふ~ん、まぁその辺はリーダーに任せて、私は当たった相手と全力で戦うだけですね!」
なんだかチカの脳みそは筋肉で出来ているのではないかと、ガルは心配になってくる。アイリスが二人になった気分だ。
「……でも、私達はまだ四人。五人目が揃わないと、どんな対戦形式が有利かわからないわね。隊長、五人目の当てとかあるの?」
誰もが引っ掛かっていた問題点をセレンが浮き彫りにする。
「いや、特にない。強いて言えば、次の卒業シーズンで誰かが入ってくれるのを待つくらいだ」
「もしそこで、誰も来なかったら……?」
アイリスが不吉なことを聞いた。
「その時は私が五人目になるしかない」
――え? た、隊長が……?
誰もがそんなことを考えていそうな表情で固まった。
「なぁに、何とかなるさ」
そう言って隊長は爽やかに笑う。
しかしチカを除く、その場の全員が不安を隠せなかった。
 




