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魔法使いの世界にて  作者:
二章 失踪事件にて
33/108

侍少女のけじめにて

* * *


『アンチグラビティ!』


 チカは、ノードの街から西に行ったところにある森に来ていた。その森には遺跡や廃屋など、昔は街として人が住んでいたであろう痕跡が残されている。


『ストレングス!』


 その中の一つである遺跡にチカは入っていく。すでにいつもの侍としての袴を着て、腰には刀を携えていた。


『マジックセイバー!』


 強化した刀を抜き、石畳に突き刺し、左右に揺らすと石畳がグラグラ動いた。それを払いのけると、そこには隠し階段が現れる。

 チカはその階段を下り、複雑な迷路のような通路を迷うことなく歩いていく。一つの扉に辿り着くと、ノックもせずに中に入った。


「キャットか……」

「博士、子供をさらいましたね?」


 博士と呼ばれた男の眼鏡がギラリと光る。まだ三十代ほどの白衣を着た男はつまらなそうに答えた。


「私の研究を完成させるためだ。人と獣の合成獣キメラは驚くほどに能力が高くなる」

「もう……こんなことは止めて下さい」


 チカが辛そうに訴えかけるも、その男は尚も揺らぐ気配はない。


「何を言っている。獣人じゅうじんの力を完璧に制御できれば魔法使いにも対抗できる。お前は考えたことがないのか? 魔法使いがその気になれば、魔法の使えない我ら一般人を奴隷のように扱うこともできるのだぞ!」

「だからと言って、人をさらって実験材料にするのは許されることではありません……」

「大いなる成果のための、些細な犠牲さ」


 男は薄気味悪い笑みを浮かべた。

 狂ってる……チカは男の笑みを見る度にそう思っていた。


「大体お前も、魔法使いを憎んでいたじゃないか。魔法使いに負けないだけの力が欲しい……そう言って獣人の力を、私の研究を求めたじゃないか! なぁ『キャット』?」

「……っ!」


 チカは悔しさに拳を強く握りながらも、男から視線を逸らさなかった。


「あの時の私は未熟ゆえ、獣人の力を欲してししまいました。けれど、もう私は自分の進むべき道をみい出すことができました。これ以上、あなたの暴挙を見過ごすわけにはいきません」


 そう言って、チカは刀を構えた。


「まさか、ここの場所を誰かにしゃべって応援を呼んだのか?」

「いえ、誰にも言っていません。心が弱っていたとはいえ、一度はここに救いを求めた身。私一人で終わらせに来ました。それが、私なりのけじめです!」

「そうか。だが、お前一人でどうにかできるかな?」


 男がパチンと指を鳴らすと、後ろからゾロゾロと人が姿を現した。


「全員、獣人の力を解放しろ。キャットは強いぞ」


 その指示で、およそ十人ほどの人間が突如変貌した。

 ゴキゴキと骨が鳴り、骨格が変わる者。

 獣のように毛深くなる者。

 獣の耳が生える者。それぞれだ。


「ラビット、お前がキャットの動きを抑えろ。恐らくキャットの動きについて行けるのはお前だけだ」

「……わかりました」


 ラビットと呼ばれたウサギの耳を生やした女性は軽く頷き、小刀を構えた。

 そして白衣を着た男は、薄ら笑いを浮かべて合図を出す。


「では裏切り者を処刑する。殺せ!」


 一斉に迫り来る獣たちのうち、一人に狙いを定め、チカは地を蹴った。一瞬で目の前まで到達すると、身を屈めた体制から刀を振り上げる。

 ガキィィン!

 その斬撃をラビットが小刀で受け止めた。チカの魔法で強化した一撃を、全体重を乗せるようにして必死で堪えている。

 その間、チカの後ろに荒々しいたてがみを持つ大男が回り込み、思い切り拳を振り下ろした。

 サッと身を引き、一旦距離を取ったチカは相手を翻弄すべく走り出す。目にも止まらぬ速さで動くチカだが、フッと隣に人影が現れ、刀を持つ右手を掴まれた。

 ラビットがチカのスピードに追い付き、動きを止めるために抑え込もうとしていた。


「グオオオォォ!!」


 けたたましい咆哮ほうこうが響き、熊のような毛むくじゃらの大男が突進してきた。

 ラビットに抑え込まれているチカは、ラビット共々跳ね飛ばされてしまう。

 ズガァン! と、壁に激突したチカは、背中の痛みを堪えながら立ち上がるが、すでに周りを取り囲まれていた。

 まだ強化魔法の重ね掛けに慣れていないことで、自分の動きにためらいを感じてしまう。そんなチカからは冷や汗が流れ落ちていた。


「こうなったら、獣人の力を使って、超感覚で自分の動きを把握するしかない……こんな力、できれば使いたくはありませんが」


 そう呟いて、チカは自分の中に眠る力を求めると――

 ピコッ! と、チカの頭から猫耳が生えた。


「『キャット』、獣人の力を得た者は副作用として発作が起きる。私を捕らえると薬が手に入らなくなり、生きていけなくなるぞ? そこまでする必要があるのか?」

「あります!」


 博士の問いにチカは迷わなかった。いや、もう迷わないと決めていた。


「私には、自分の進むべき道を示してくれた師匠ができました。その人のおかげで、この刀は正義のために振るうという、忘れかけていた信念を思い出すことができた……もう、師匠に無様な姿を見せたくないんです!」


 チカは再び刀を構えた。


「あなたを倒して、さらった子供を助けて……私も死にます」


 その時だった。

 ズガァーーン!

 突如、チカから見て右奥の壁が破壊された。目を向けると、そこには二つの人影が。


「げほっ! アイリス……強引すぎ。ここが崩れたらどうするの!?」

「だって、なんか迷路みたくなってたし、壁を壊した方が早いじゃん?」


 チカは目を疑った。


「アイリスさん……? セレンちゃん……?」

「二人とも進んでくれ。俺が通れない」


 男の声も聞こえる。


「し、師匠!?」

「む!? なんだチカ。囲まれてすっかりピンチじゃないか。それになんだその耳」


 慌てる素振りもなく、ガルが淡々と言い放つ。それに対してチカが、ハッと思い出したように自分の猫耳を、刀を持ちながらも隠すように押さえつけた。


「み、見ないでください師匠!」

「ふ~む、なるほどな」

「なに? どゆこと?」


 相変わらずアイリスは状況がつかめていない。


「この状況を見て思いつくのは、『チカもこの失踪事件に何かしら関与していた。罪悪感からか、自分一人で解決しようと乗り込んだが、思いのほかピンチになってしまった』っといったところか?」

「うぅ……」


 チカが返す言葉をためらっていると、博士が待ちきれず声を上げた。


「キャット! やはり仲間をここに呼んでいたんだな!?」

「いえ! 私は誰にも言わず、一人できました!」


 するとガルが、博士に向き直って一歩踏み出した。


「あ~、チカは本当に何も言わずにここへ向かったんだ。ただ、最後に会った時に様子がおかしかったんで、『サーチ』の魔法をかけておいたら、こんなへんぴな所に向かって行ったんで、追跡してきた。……んでチカ、このおっさん誰だ? 犯人か?」

「はい、人と動物の合成獣キメラを研究するために、人をさらって実験を繰り返していました」

「んじゃ、拘束させてもらうか」


 ガルがまた一歩、博士に向かって踏み出した。


「し、師匠は手を出さないで下さい! これは私の、けじめの問題なんです!」

「そんなこと言って、お前ピンチだろ……」

「い、今から本気を出そうと思ってたんです!」


 意地を張るチカに、ガルは困ったように頭を掻きながら一つ提案した。


「わかった。なら今は、師弟とか特殊部隊とか関係無しだ。俺らはただの仲間として、友達として、お前のけじめをつけるケンカに乗っけてもらう。これでいいだろ?」


 そう言うと、部隊の紋章が入ったマントをバサッと放り投げた。


「やれやれ、ま、あたしは戦えればなんでもいいけど」

「……ガルは少しカッコつけすぎ」


 ブツブツ言いながら、アイリスとセレンもマントを同じように放り投げる。


「カッコつけてるとか言うな! チカに何かあったらシャノンだって悲しむだろ」

「師匠……みんな……」


 ツカツカとためらいなく近づいていくガル達に、博士が慌てた声で指示を出した。


「ラビットはキャットの相手をしろ。それ以外は全員でこの三人を殺せ! よく見ればノード支部の紋章だ。あそこは弱小部隊として有名だからこの人数ならば問題はない!」


 その指示で、チカを取り巻く獣が一斉にガル達に襲い掛かる。

 三人は杖を構え、臨戦態勢を取った。


「ねぇ? この人達って殺しちゃダメなんでしょ?」

「ダメ……ちゃんと手加減するのよ?」


 乱戦となったこの広間で、アイリスとセレンはしゃべりながら応戦している。


「……アイリス、しゃべってると舌嚙むわよ。まじめに戦って」

「わかってるって。別に油断したりしないから」

「くっ! どこが弱小部隊なんだ!? こいつら無駄口を叩きながらスキがねぇ……ぐあっ!」


 一人、また一人と獣達は倒され地面に転がっていく。

 そんな中、チカとラビットが距離を置いて睨み合っていた。


「ラビット……あなたに恨みはありませんが、博士を庇うというなら本気でいきます!」

「スピードだけなら私が上よ。あなたに私が斬れるかしら?」


 ピコッ、と猫耳を引くつかせながら、チカは姿勢を低く、刀を脇に構えた。それを見てラビットも小刀を構える。

 少し前のめりの体制で、チカは蹴り出す足に力を込め――


刹那せつな……』


 フッ! と、チカの姿が消えた。

 ズザアァァ……

 チンッ!

 ラビットの背後、五メートルほどの位置でブレーキをかけ、刀をすでに鞘に納めていた。


「え? くはっ……」


 ドサッ……と、ラビットがその場に倒れ込む。

 一瞬の出来事だった。


「こんな獣人の力を使うのは、これが最初で最後です……」


 ラビットが倒れる姿を見て、博士も、戦闘中だった獣達も動きを止め、言葉を失っている。

 この戦いの勝敗がはっきりと決まった瞬間だった。

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