侍少女の決意にて
「え~、つまり、ストレングスは直接肉体に作用させて、アンチグラビティは自分の肉体の周囲に作用させることで重ね掛けが可能になるわけだ。言わばフライと同じ原理だ。フライも周囲に作用させる魔法で細かい操作は足で行っている。故にストレングスも合わせて使う事ができる訳で――」
「……師匠!」
チカがビシッと手を挙げた。
「チカ、どうした?」
「何を言っているか全然わかりません!」
「……」
考えてみればチカは魔法の初心者だ。学園にも通っていない彼女にゼロから魔法の原理を教えるとなると、それはとんでもない時間を掛けなくてはならない。
「……シャノンはよくキミに三つも魔法を覚えさせることに成功したな」
「なんか色々と試しながら、うまくいく術式を丸暗記しました!」
「……なら俺も、原理とか抜きで丸暗記させるか。チカ、キミの術式を見せてくれ。肉体に作用させる式から、周囲に作用させる式に書き換えるから、それを覚えればいい」
するとチカは、うーんと不思議そうに唸り出した。
「私の術式を変えるのではなく、師匠の術式を私がそのまま使えばいいのではありませんか?」
「いや、同じ魔法でも、自分に合う術式を組まなくては発現できない。俺のを真似したところで無駄だぞ」
「へぇ~、魔法ってメンド臭いんですね」
そうしてチカの魔法を重ね掛けできるように改良した後、ガルは自分が巡回中だったことを思い出した。
「やばい、そろそろ派出所に戻らないと。じゃあ教えた術式をちゃんと覚えるんだぞ? あと、少しずつでもダブルマジックを練習した方がいい」
「はい! わかりました。……よいしょっと」
帰ろうとするガルに、チカがおぶさって来た。
「……何をしてる?」
「いや、師匠帰るんですよね? 私は飛べないので一緒に乗っけていってもらおうかと。ついでに派出所の皆さんに昨日のお詫びも言いたいですし」
はぁ~、とガルはため息を吐いた。
「お前キャラ変わってないか?」
「ん~、ずっと迷ってて、あまりしゃべりませんでしたからねぇ。普通はこんな感じですよ?」
急に懐いてきた彼女を無碍にする事もできず、ガルは仕方なくおぶったまま帰路に就いた。
派出所に戻り、降り立ったガルをセレンとアイリスがお出迎えをしてくれた。だが、チカをおぶっていることに気付くや否や、騒めき始める。
「あれ? 昨日の道場破りの子じゃん。どうしたの?」
アイリスがそう聞くと、チカがペコリとお辞儀をしてから説明に入った。
「実は先ほど、ガル先輩に人生という道を切り開いて頂きました。ひどく感銘を受けた私は、先輩に弟子入りをして、色々と学ばせてもらう所存です」
それを聞いたセレンは、ジィーとガルに冷たい視線を送った。
「ふ~ん。確かに私は、優しくしてあげてと言ったけど、弟子入りを認めてオンブまでしてあげるなんて、ずいぶんと仲良くなったのね」
「いや、俺も展開が急すぎて、イマイチついて行けないんだが……」
「こんなかわいい子を弟子にして、さぞ良い気分でしょうね」
「な、なぁセレン、なに怒ってるんだ……? 俺は断ったんだぞ? だけど半ば強引にだな」
するとチカは、突然ガルの左腕に抱き着いた。
「師匠~、私、重ね掛けした状態からの必殺技の確認がしたいんです。付き合ってもらえませんか?」
それを見たセレンは面白くなさそうにほっぺを膨らませて、ガルの右腕にしがみつく。
「ガルはまだ仕事中よ! そろそろ帰ってくれないかしら?」
「ちょっとくらいいいじゃないですか~」
唐突に左右からの引っ張り合いが始まり、焦ったガルはキョロキョロと左右を見比べる。
「おいチカ、お前はここにお詫びを言いに来たはずじゃなかったか? むぐぅ!」
そしてなぜか、アイリスがガルの後ろに回り込み、首に腕を回し締め上げて来た。
恐らくその場のノリと雰囲気でやっているのだろうが、迷惑極まりないとガルは思った。
「チカ、腕を放して! ガルは私とお仕事するんだから!」
「セレンちゃんこそ放して下さい! 師匠が苦しそうじゃないですか!」
「二人とも放しちゃダメよ! このロリコンに制裁を加えるの!」
アイリスが煽るせいか、二人はどんどんエスカレートしていく。
締め上げられたガルが、もう意識を手放そうかと考えた時だった。
「あれ? チカじゃない。何やってるの?」
「あ! シャノン!」
チカの親友であるシャノンが、フライを操作して上空から降りてきたことで、チカはパッと手を放した。それによって絡んでいた三人はドテッとその場に転がってしまう。
「シャノン聞いて。実はね、ガル先輩は私の特別な人になったの!」
ピシッ! と、シャノンが石になった。
「おい! 誤解を招く言い方をするな。勘違いするなよ? 弟子入りをしたって意味だからな!」
「あ、あぁ、そうだったのね。ビックリしちゃった……」
「えぇ~、師匠ひどい~。魔法を教えてくれた時、後ろから覆いかぶさるようにして優しく抱きしめながら、手取り足取り教えてくれたのに~」
ピシッ! と、その場の全員が石になった。
「だから変に含みのある言い方をするな! 後ろから術式を覗き込んで講義しただけだろ!」
「ガル、あんたツッコミうまくなったわね」
「ツッコミじゃない……捻じ曲げられた真実を元に戻そうとしているだけだ」
アイリスの軽口にげんなりした様子でガルは答えた。
「ガルがそんなタラシだったなんて……最低よ!」
「たらしなんて言葉どこで覚えたんだ!?」
うわああ~と叫びながら走り去っていくセレンを引き留めようと思うも、口から出たのはそんなツッコミだった。
結局、その日セレンの誤解を解くのに苦労したのは言うまでもない。
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「師匠~、ダブルマジックが非常に難しくて全然できません!」
「お前の場合は原理とかすっ飛ばして、もう丸暗記するしかない。体で覚えろ」
あまり命令口調を好まないガルだが、チカの破天荒っぷりに遠慮がなくなっていた。
「ってか、何で毎日派出所に顔出すの? アンタ勉強とか大丈夫? 普通の学校に通ってんでしょ?」
アイリスが至極まっとうな疑問を投げかけた。チカはここ毎日、学校帰りにセーラー服のまま必ず派出所に顔を見せていた。
「何でって……、それは、師匠に会いたいから……」
頬を染めてモジモジと恥ずかしそうに語るチカに、セレンがツカツカと近付いていく。
「帰りなさい! 帰って勉強でもしてなさい、この泥棒猫!!」
「きゃあ~、ごめんごめん! 冗談です。修行を見てもらいたいだけです。許して下さい」
セレンはクッションをチカに何度も振り下ろす。じゃれ合う二人にため息を吐くガルだが、そこにアレフが巡回から戻って来た。
「みんな聞いてくれ。また失踪者が出た!」
その言葉に、場の空気が一瞬で緊張したものに変わる。
「今度は小さい子供だ。ここ最近、立て続けに起きている失踪事件。犯人も目的も、まだ何もわかっていないが、全員で手分けして手がかりを見つけるぞ!」
『はい!』
「チカ、そういう訳だから、今日はもう帰れ」
「……」
「チカ?」
隊員達がバタバタと動く中、ガルはチカに声をかけるが、彼女は動かない。
顔を覗き込んで見ると、チカの顔色は真っ青だった。
「わ、わかりました。もう帰ります。あ、セレンちゃん!」
チカがセレンに駆け寄っていく。
「私、師匠の事セレンちゃんから奪うつもりありませんから。今までごめんなさい。今日まで楽しかったです」
こんな時に何を言っているのかと理解できないセレンは戸惑ってしまう。
チカは外に出ると、クルリと振り返り、深々と頭を下げた。
「師匠、今までありがとうございました。……さようなら」
そうしてチカは走り去っていく。
「ガル、あの子……」
何か様子のおかしいチカの背中を、セレンと二人で少しの間見送っていた。




